⓪-5 追憶の朱は何を見て⑤


「!」


 誰も来ていないはずの通路だったはずだ。座り込んで動かない男が血だまりを作っている。見覚えのある服装の男は、既に絶命している。


「…………」


 彼は逃げようとしたわけではない。ここに至るという事は、そういうことだ。退路とわかっているからこそ、外から入ってきたのであろう。


「本当に裏切り者が居たなんて………………」


 自分たちを裏切ったにもかかわらず、彼は味方を討つことも、戦闘に加わることも出来なかった。かといって逃げ遂せることも出来ず、退路に居たのだ。

 逃走する気のある者だけでも、罪滅ぼしに助けようとでも言うのだろうか。それとも、ここで討ち果たそうと考えていたのだろうか。絶命した男は、今も拳銃を握ったままだ。


「……うそ、偶然、かな」


 男の左手に握られていた拳銃には覚えがある。使用弾は、自身の拳銃と同じものだ。男が普段愛用していたのは、ライフルだったはずだ。左手の中には、ひしゃげた紙が握られている。写真だ。確か生まれたばかりの、娘だったはずだ。拳銃の弾は、6発残っている。


「…………銃弾、もらうわよ」


 自身の拳銃は満たされた。残った二発を胸ポケットにしまう。背後からの銃声音、戦闘音は聞こえない。レイスに逃げる気があれば、通るのはここだ。だが、彼女がここを通ることはないだろう。


「皆やレイスが居ない世界で、ひとり生きて、どうなるっていうの」


 当たり前の事。それが現実であり、自身にとっての常識である。


「私だって逃げられないのよ、レイリー。あなたがここで倒れようと、なにも終わらないのよ」



 朱色の髪を靡かせ、少女は来た通路を戻る。先ほどよりも、足取りは重く、軽やかに動く。

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