⑤-6 大戦への追想②
「アイツの軍は強かった。歩兵に騎馬兵、訓練が全て行き届いていたんだ。加えて、こちらは部族兵と獣人兵隊、そしてコルネリア率いる騎士団兵しかいなかった。差は歴然だったよ。それでも、負けるわけにはいかなかった。結果的に、俺の手で滅ぼすまでに至った。……大丈夫か」
レオポルトはそこまで話すと、放心状態のティトーの横へ座った。ティトーは頷くと、何度も浅い呼吸をしてから口を開いた。
「ぼく」
ティトーはまだ6歳だ。そんな子供が、残酷な話の当事者となった。ティトーが生まれた年の翌年に戦乱の火種が現れた。否、その前からずっと――。
「ルゼリア領内で誰からも知らされていなかったんだ。コルネリア将軍も、話せなかったに違いない。ティトーのせいじゃない」
ティトーは首を横に振った。そして、強く頷いたのだ。
「その戦争に、何か裏があるっていうんですよね」
「ネリネ歴948年。ティトーは一歳になろうという時だろう。北方のルゼリア国領内で作物が不足し、夜を越せない事態となったとき、大陸全体がそうだった。セシュール領内でも、作目は不作になり始め、アンセム国領内だって、不作続きだった。どこもそうだった。大戦最後の、光の柱のせいだなんて、ただのルゼリアの流した
レオポルトは力任せに手を握ると、テーブルを殴りつけた。テーブルは傷つくことは無かったが、それは殴る加減をしていたからに過ぎない。掌には、指先が食い込んでいる。
「……アルは捕虜となって、セシュール国へ連れてこられた。そして、ルゼリア国はアルの処刑を望んだ。母が行方不明になったのは、アンセム国の責任だから、とな。そして、一方的に死刑執行を報道した。俺たちセシュールが死刑執行しなければならない、でなければセシュールへ宣戦布告すると言わんばかりにな」
「……そんな! なんでそんなひどいことを」
ティトーは感情を露わにすると、声を荒げながらベッドから飛び降りりた。文字通り、兄へ向かって吠えたのだ。
「あんまりだ! 悪いのは、ルゼリア国だったのに!」
「そうだ。それでも、戦勝国は戦勝国なんだ」
「そんな……だって」
ティトーは絶句し、項垂れると床へ力なく座り込んだ。
「勝たせたのは、俺とコルネリア将軍だ。俺が、勝たせた」
「………………」
「結果、アルブレヒトは祖国を失い、両親を失った。城も、家も、妹も、家族も全て」
「そんな…………。そんなの、あんまりだ」
ティトーは涙を浮かべ、それでも零さないように歯ぎしりした。
「ルゼリア国が一方的に報じたから、マリアさんは勘違いしたんだ」
「そうだな。あいつは今でも
レオポルトはティトーの目線が自身へ向くのを待った。
そして、ティトーの目線が合わさったとき、微笑みながら話した。
「アルと俺は親友だ。父や部族民が処刑と云おうが、俺は反対だ。だから、こうして逃げて来たんだ」
「………………え。ええ!?」
「処刑なんてさせるわけないだろう。戦争は一枚岩じゃない。今話した真実だって、殆どの奴は知らない」
「ど、どういうこと?! 逃げて来たって」
ティトーはそこまで話すと、すぐに押し黙った。
「それを。戦争の裏側を、二人は探っていたんですか」
「そうだ。おかしな部分しかないんだ、あの大戦は。あれだけの犠牲を払って、ルゼリアはだんまりなんだ。それが許されるべきではないのに、ルゼリア領民もルゼリアの貴族も何も言わない。何の情報すらない」
「そう、ですね……」
ティトーは居たたまれずに兄から視線を外した。
「光の柱についても、謎が多い。本当に、わからない事だらけだ」
レオポルトはティトーに向き合うと、抱きしめようと両腕を出した。そのまま力なく、腕を背まで回しながら、自身の手で腕を抓った。
「………………」
「家族だと思っていた者が、友人だと思った者が、人殺しで怖いか」
「ッ……!!」
「そうだ。俺も、アルブレヒトも人を殺めている」
レオポルドは帯剣を握りしめると、歯を食いしばりながら自虐的に笑った。あまりの痛々しい微笑みに、ティトーは絶句してしまう。以前アルブレヒトが問うてきた、怖いかという言葉が、胸に刻みつけられるように、酷く胸を掴む。
「………………」
「善人なんかじゃないんだ、俺たちは。血塗られて、鉄の濁った生臭い匂いしかしない」
「にいさま……」
「俺の腕で、ティトーを抱くなんておこがましい。こんな兄ですまなかった」
レオポルトは静かにティトーから離れると、結界を切ったのだった。
「だからこそ、兄弟であるかは確かめなければならない。わかって欲しい、ティトー。ティトーの存在一つで、戦争になる」
そこには兄として。
王族の血を引く者として、責務として、家族としての、兄がいた――――。
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