終章

第22話

 事件終結から一週間後。


 楽一は晴矢の見舞いをするため、丸田病院を訪れていた。


 本当はすぐにでも行きたかったのだが、楽一も戦闘の傷を癒す必要があったし、その上作成しなければならない書類も山ほどあり、なかなか時間が作れなかったのだ。


 最も、事後処理に駆り出された特別機動隊や警察署の警官たちは、大学内に散らばった火炎瓶などの回収に加え、損傷した装備の修復、病院への支払いなどで、しばらくは休む間もない。


 それに比べれば、死者も出さず現場での撤収作業も免除された銃器運用部隊の事後処理は、比較的少なかったと言える。


 とはいえ、戦闘で得たデータの分析など、その作業量は膨大だ。


 入院中に書類作業をやったとしても、本来なら一週間で終わるような量じゃないし、実際まだ完全には終わっていない。


 だが、西田副長の計らいもあって、楽一は次の飲み会にて全員分の飲み代を支払うことを条件に、晴矢の見舞いに行くことを許可された。


「お姫様を安心させてくるんだね」「そうっすよ」「ああ、頑張ってこいよ」「うん。頑張れ」


 病院へと向かう楽一を、作業で疲れた表情の隊員たちは、元気よく激励した。


 若い隊員が多いからか、色恋沙汰には敏感だ。


「そんなんじゃないが、行ってくるよ」


「ちゃんと言うべきことはことは言うんだぞ」「そうっすね。はっきりしない男は嫌われるっすよ」


「だからそんなんじゃないって。それじゃ、できるだけ早く戻ってくるよ」


「今晩は向こうに泊まってきてもいいぜ」「作業は私たちがやっておくから」「そうそう。ゆっくりしてきなよ」


「……」


 楽一は、そんな気軽な感じで病院まで向かったが、いざ病室の前に立つと、急に緊張が湧いてきて、なかなかドアを開けられずにいた。


 あいつらが余計に囃し立てるからだと、署で業務に追われる部下たちに内心で責任転嫁しつつ、楽一は必死で緊張を押さえ込む。


 ただの見舞いだと、自分に言い聞かせて。


 楽一は、ただの見舞いにしては小洒落た私服のシワを軽く整えて、病室の扉をノックした。


 しばらくの沈黙。室内から、「どうぞ」という声が聞こえた。


 楽一はドアを開ける。


「失礼します」


 晴矢はベッドの上で半身を起こし、窓の外を眺めていた。


「楽一……。無事だったのか」


 楽一の姿を見た晴矢は、泣きそうな嬉しそうな表情を浮かべる。


「ええ。まさかあなたに会う前に死ぬわけには行きませんから」


 楽一は、ふっと笑顔を浮かべ、晴矢と笑い合った。


 しばらく、穏やかな沈黙が流れる。


「……これで答えが聞けるな」


 晴矢から放たれた言葉に、楽一の笑顔は緊張で固まった。


「それは……あの、その……」


「ここを立つ前に言っていたじゃないか。あの日、私が聞きそびれてしまった答えを、言ってくれるんだろ?」


 少し言い淀んだ楽一の様子に、晴矢は嗜虐的な笑みを浮かべて聞く。


「あ、それは」


「私も勇気を出して言ったんだ。君の答えも聞かせて欲しい」


「あれはその場の勢いで言ってたじゃないですか。卑怯ですよ」


「約束は守ってもらうぞ。警察官だろ」


 楽一の反撃は、晴矢の言葉にあえなく撃墜される。


「うーん」


 楽一は時間を稼ぐように考え込むふりをした。


「こういう時に私が攻勢に回るのは珍しいな。事件も恋愛も、守っている時より攻めている時の方が楽しいらしい」


「変な方に目覚めないでください。いや、そういう趣味については、警察署の裏手で壁ドンしていたし今更ですかね」


 楽一は、なんとか会話の主導権を取り戻そうと試みる。


「ああそうだな。それで君は守って、いや、受けている方が楽しいのか?」


 だが、楽一の思惑とは裏腹に、晴矢は一切動揺せず攻撃の手を緩めなかった。


「その聞き方はやめましょう。我々、一応は公務員ですから」


「私的な見舞いなんだろ?なら、今は公務員じゃない。なあ、教えてくれよ」


「うぅ……、降参です。ちゃんと言いますから」


 ついに楽一は根を上げた。晴矢はしばらく笑っていたが、ふと表情を硬くする。


「答えてくれ。君は私のことが好きなのか。それとも……好きじゃないのか」


 晴矢は少し不安げに聞いた。


「……もしあなたが嫌いだったら、壁ドンされた時点で言っていますよ」


「だが、私は君に酷いことを言った」


 晴矢は、今にも泣き出しそうな口調で言う。


「俺の方がよっぽど言っていますし、その程度で嫌いになるんなら恋なんてしていません。たとえ罵詈雑言の嵐を向けられても、俺は貴方が好きですよ」


「随分と恥ずかしいことを言うな」


 晴矢は、ふっと表情を真顔にすると、いかにも真面目な口調でそう言った。


「貴方が言えって言ったんですよね!?」


 数秒の沈黙。ふっと、二人は笑った。


 ひとしきり笑った後、二人は窓の外を見る。


 病院からは、高層ビルが建ち並ぶ首都の街並みがよく見えた。


 平穏な日々が、着々と進行している。東大学も、つい数日ほど前に授業を再開したそうだ。警察も、ゆっくりと通常業務に戻りつつある。


「綺麗ですね」


「ああ」


 穏やかな風が、レースのカーテンを揺らした。



 終






 ※この物語はフィクションです。登場する団体や人物などは全て架空のものであり、現実との関係は一切ありません。


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大学占拠 曇空 鈍縒 @sora2021

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