4章

第25話 第六号法廷

 ごきげんよう、紳士淑女のみなさん。次元の狭間に漂う『大迷宮カテドラル』大裁判所へようこそ。案内人は僕、アロイス・ナンバーエイトがお送りします。ちなみに偽名です。本名が知りたい方は個別にDMください、お待ちしております。


 さて、当裁判所の役割についてご説明しましょうか。こちらは主にランズエンドで複数の国にまたがる犯罪や、国家間の紛争について審議をする場所です。

 たとえば先の大戦終了時は、勇者によって倒された魔王バラベスが、珠に封印された状態のまま大法廷の被告人席に置かれたことは、記憶に新しいと思います。

 この時は種族を超えた十五人の判事によって、バラベスはあらゆる五感と魔力を遮断され、永久的にその刑を続行する極限封印刑の裁きが下されました。

 法廷はどの国にも属さない『大迷宮』内に置かれ、安全のため全ての魔法が無効化される仕組みが取られています。

 どれ、ちょっと試しにこの傍聴席で、オイルライターなんかをつけてみましょうか。


 ──はい、もちろんつきませんね。


 着火用の火打ち石に含まれた、ごく微弱な魔力が無効化されているからです。なんとその程度でも駄目なわけです。厳密な規定で驚きですね。──え? そもそも法廷内は、禁煙で火気厳禁だろうって? ええごもっともです。武器の持ち込みも、アースサイドの機器を使った録音や写真撮影なども禁止されています。


 現在は魔王軍幹部の審議も全て終了し、『大迷宮』大裁判所で取り扱われる案件は、魔王軍残党によるテロ犯罪が主となってきました。 


 本日ここ第六号法廷では、先だってメリアカン最大の商都ユヨクで起きた爆弾テロ事件の主犯、ダダ・ドバエクの初公判が行われる予定です。

 それでは現場より、あなたの心の杖となりたいアロイス・ナンバーエイトがお送りしました。シーユーアゲイン。




「──ってことをつらつらと考えるかな、暇な時は」

「暇潰しにしても限度があるだろ、その妄想の量は」


 時間を潰す方法なんて沢山あるよという世間話をしようと思っただけなのだが、救国の勇者にばっさり斬られるエルフというのは、あまり多くないだろう。たぶんヒトでも少ない。アロイスはその、数少ない一人であることは確かだった。


(ま、僕は君の相棒だからね。甘えられもするさ)


 場所は定刻の開廷を待つ、法廷の傍聴席だ。これから審理される事件の大きさにしてみれば、周りは空席が目立つ方かもしれない。しかしアロイスが妄想で述べた通り、ランズエンドの大裁判所は空間的に断絶した『大迷宮』内にあって、外部の人間は気軽に立ち入りできないのだ。例外は伊吹やアロイスのような、『大迷宮』内に職場がある者ぐらいである。


「なんにしろ、隙間時間にぶらっと見に来られるのはいいよね。君もそう思うだろう?」

「俺は初めから立ち会うつもりで、ここにいるけど」


 伊吹はそっけなく答える。たぶんそうなのだろうなとは思う。

 たとえばアロイスはいつでもランズエンド側に出動できるよう、現地の魔法使いが使う防魔のローブを着ているが、伊吹はスーツにネクタイを締めたままだ。これがアースサイド人にとっての正装に近い格好で、勇者としてのけじめなのだろう。


 どうしてもこの目で見たいのだ。自分で捕らえた犯人が、おとなしく罪を認め、裁きを受けるところを。


 大戦が終わった後の、魔王裁判の時からそうだった。伊吹は傍聴席の一番後ろから視線を送り、珠に封じられた相手に無言のプレッシャーをかけていた。被害に遭った大勢の人たちの想いも背負って、ただただじっと見る。そうすることまでが、勇者の自分に課せられた義務なのだと信じているようだった。


 アロイスがこの青年とつきあうようになってからの、十年という歳月。エルフにとってはつい昨日のことのようだが、ヒトと似たりよったりの寿命のアースサイド人にとっては、短いものではなかっただろう。口を開けば帰りたいと泣き言しか出てこなかった初期の頃から、戦うことを覚え魔王を倒し、復興にかけるエージェントになった今にいたるまで、伊吹の根底に流れているのは弱者への共感だと思っている。

 力なき市井の人々に寄り添い、悪を憎み、心の底から正義を欲してきた。未曾有の危機にもたらされる剣という予言の書の通り、彼は芯まで正義の勇者なのだ。


 やがて開廷の時刻がやってきて、所定の位置に判事や書記官、弁護人や検察官がそれぞれついた。

引き続いて奥の扉が開き、手錠と腰縄で拘束された被告人が、二人の刑務官に付き添われ法廷内に入ってくる。

 アロイスの隣に座る伊吹から、透明な炎が燃え上がったような気がした。


「名前はなんと言いますか」

「ダダ・ドバエク」


 判事の質問に、被告人のオーガが低く温度のない声で答える。


「生年月日はいつですか」

「神歴二二五年、赤の月の五日」

「生まれはどこですか」

「魔族領オーガ自治区ヒルエル村」

「住所はどこですか」

「定まった場所はありません」

「職業は」

「戦士です」 


 時限のダダ。

 魔王軍の残党として活動を続けてきた、オーガのテロリストだ。

 関わったとされる事件は国をまたいで片手に余り、軍の曹長時代に覚えたという、魔障石を使った爆破技術が彼を非情な爆弾魔に変えた。

 今回ユヨク市内に潜伏中という報を受けて、現地の騎士団とともに捕縛に向かったのだ。しかし、そんなこちらの動向を察知しあざ笑うかのように、ダダはユヨク市内三箇所を、軍の幹部釈放を唱えて次々に爆破してのけた。うち一件は、市民がごったがえす休日の市場だった。


『──この子たちが、いったい何をしたって言うんだ』


 子供の靴が片方落ちた瓦礫の前で、伊吹が呟いたのを覚えている。

 被害者の内訳はヒト、エルフ、ドワーフ、獣人にオーガにオークと分け隔て無く、商都ユヨクがあらゆる人種のるつぼであることを象徴しているかのようだった。

 もちろん『MKL』の名誉にかけ、即座に捜索が行われた。最終的には横にいる伊吹が、ダダを捕らえ裁判の場に突き出したわけだ。


(さあて。ダダ・ドバエク。君はおとなしく罪を認めるか?)


 ようやく始まった初公判。伊吹と同じように問うてみる。

 法廷内では人狼の検察官が、朗々と起訴状を読み上げている。今までの判例に従うなら、国家の安全を脅かすテロリストは最低でも無期懲役になるはずだ。アロイスの感覚でも、そこそこ長い期間刑に服すことになるだろう。


「──では被告人、今検察官が読んだ控訴事実に間違いはありますか?」


アースサイドの形式だけ借りて付けるようになった国選弁護人も、今さら犯行自体を否認する方向で争うことはないはずだ。

 証言台に立ち、ずっと押し黙っていたダダ・ドバエクの虚ろな目に、意志の光が灯った気がした。


「……なに?」


 違和感を覚えた次の瞬間、ダダが吠えた。

 獣のように雄叫びをあげ、両腕に力をこめて鋼鉄の手錠を引きちぎった。

 腰縄を持っていた刑務官ごと引き倒し、残りを拳で殴り倒した。飛んできた警備兵が突き出した槍の柄を、顎の一噛みで噛み砕いた。


(どういう力だよ。デタラメだ)


 法廷内は、悲鳴と絶叫の渦に落とされた。ここは何重にもかけられた結界内で、魔力が全て無効化されている。純粋な腕力だけで鋼の手錠を引き裂くなど想定外だし、『青の血族』クラスの魔族でもできないことのはずだった。

 ダダは床に固定された証言台をむりやり持ち上げ、裁判長席へ投げつけた。床に落ちた槍の柄と先端部分を素早く拾い上げ、両手でやみくもに振り回しながら周囲を威嚇する。


「君、暴れるのはやめ──」

「黙れ!」


 ダダのふるった槍の切っ先が、高齢の裁判長へ飛んだ。ガウンの老人が息をのむ。喉元に突き刺さろうとしたその軌道ぎりぎりに、横合いから人が割りこんだ。

 傍聴席を乗り越えて飛んで来た、三輪伊吹だった。

 武器の携帯が許されず、彼は落ちていた椅子で槍を受けていた。


「勇者イブキ──」

「おとなしく裁判を受けると思って、とどめは刺さなかったんだ。自分で命を捨てたか、ダダ・ドバエク!」


 切っ先が深々と突き刺さって貫通しかけた椅子を、伊吹が床に放った。あらためてダダを睨み据える。あの時見えた透明な炎が、陽炎のように彼の周りを取り巻き膨れ上がった。


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