第7話

「あ、そういえば君たちの家には召し使いは何人くらいいるんだ?」


絶え間なく続けられていた自慢話の最中、唐突にリーウェルはそう言葉を発した。

その言葉が予想外だったマリンは、どう答えるべきかと必死にその脳内を回転させる。


「え、えっと…(ここで本当の人数を言ったら、絶対に低級貴族だと馬鹿にされる…。かといって人数を盛りすぎても、嘘つき呼ばわりされて機嫌を損ねるかも…。な、なんて答えるのが正解かしら…)」


ここで嘘をつく必要など決してないものの、自分が安い貴族だと見られることをマリンは何よりも恐れている。

さらに、どうあっても二人の婚約を取り消しになどしたくはないマリンは、印象を悪くするのを防ぐためにいったん質問を棚に上げ、相手の出方を伺うこととした。


「それでいえば、リーウェル様のお屋敷にはどれくらいの召し使いの方がいらっしゃるのかしら?お屋敷の中は私たちには想像もつかないほどに広いのでしょうし、そこらの貴族家程度の数では足らないですよね?私すっごく気になりますわ」


自然に貴族家を下げる形で、大きく自分たちのハードルを下げるマリン。

リーウェルはそんなマリンの言葉に少し気をよくしたような様子で、こう言葉を返した。


「別に大したことはないですよ。数えたこともありませんが、屋敷だけで言えばざっと100人か200人か…。これでもまだまだ足らないくらいですからね。…それで、そちらは?」

「あらまぁ、そんなにいらっしゃるなんて、さすがはリーウェル様!…リーウェル様の後で私たちの話をするのも本当に恥ずかしいのですが…。ざっと、50人といったところでしょうか?」

「(嘘…。もうほとんどみんないなくなっちゃったじゃない…。お母様、どこまで見栄を張って…)」


あくまでも自分の家の貧しさを隠したくて仕方がないマリン。

ある意味、彼女のそんな性格がこの現状を招いた要素もあるのだが、人間なかなか性格を変えるということは難しい様子…。


「50人ですか?思ったよりは多いなぁ。まぁ仮にも貴族家というならそれくらいいても不思議ではないか…」

「お、恐れ入りますわ…」

「っと、それにしても…」


リーウェルの言葉をなんとかかわしたマリン。

するとリーウェルは話題を変え、そのままエリスの体をじろじろとなめ回すように見つめると、若干の舌なめずりをしながらこう言葉をつぶやいた。


「それにしても、君は本当に私好みの体をしているな…。こうして眺めているだけでも、お酒のつまみになりそうだ…」

「(ひっ…!)」


自分よりも11歳年上であるリーウェルの下心全開なその言葉に、反射的に激しい嫌悪感を抱くエリス。

その姿は”嫌悪”という感情を通り越して、”恐怖”さえ感じさせられているようにも見て取れた。

そんなエリスの様子を隣に座るマリンは瞬時に見て取ったのか、そのまま彼女に対してこう耳打ちする。


「我慢しなさいエリス。あなたも女でしょう?男性から求められることをうれしく思わないと。リーウェル様にはまだ気づかれていないようだけれど、の時にそんな顔を見せては絶対にダメよ?」

「(ふ、二人きり…?)」


二人きり、マリンから告げられたその言葉は、エリスにとってこの上ないほどの拒否感を生じさせてしまう…。


「(こ、こんな気持ちの悪い人と二人きりにならなきゃいけないの…?二人で食事をしたり、二人でお出かけをしたり、二人でどこかに遊びに行ったりしないといけないの…?なによりも、私、ベッドの上でこんな人の事を相手にしないといけないの…?それが、私の運命だってお母様は言うの…?)」


自分の未来の姿を想像したのか、エリスは小刻みにその体を震わせ始める。

そんな彼女にもう一度マリンが声をかけようとしたその時、それまでやや遠い位置で待機していたロンメルがそそくさとマリンの元を訪れ、彼に言葉を告げる。


「リーウェル様、そろそろお時間です」

「あぁ、そういえば今日だったか…。まだまだ話したりないが、時間が過ぎるのはあっという間だな…。自分がもう一人ほしいくらいだ」

「まったくでございますね」

「分かった。この後は商談だったな?私は急ぎこれからその相手のとことに向かうとしよう」


そう言うと、おもむろに退席の準備を整え始めるリーウェル。

彼はそのかたわら、横目にエリスの体を再びいやらしく見つめ、低い口調でこう言葉をつぶやいた。


「今日はこの後、二人きりで愛し合おうと思っていたのだが…。商談とあっては仕方がない。楽しみは後に取っておくとして、今日はここで失礼しよう」

「…!」


再び発せられたリーウェルの直接的ないやらしい言葉に、恐怖心からその体を震わせるエリス…。

生理的に無理、という言葉は、まさにこの時の感情を形容するためにあるのだろう。


「あぁロンメル、二人はきちんと家まで送り届けておいてくれ。このまま私だけ去ったら、ケチな男だと噂が広まって私の評判が下がってしまうからな」

「承知しました」


最後までらしさを全開にしながら、その言葉を最後に二人の元からさっていったリーウェル。

そして彼が命じた通り、ロンメルは二人を送迎用の馬車まで案内した後、きちんと二人が元いた屋敷まで送り届けるのだった。

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