第5話

目的の場所に到着した二人は、そのままゆっくりと馬車を降り、自分たちがこれから訪れるレストランを改めて見つめる。


「ほらエリス、すごいでしょう?」

「た、たしかにすごい…」


店の外からも分かるほど、店内の装飾品は豪華できらびやかであった。

エリスはいまだ内心、この食事会に乗り気な気持ちを抱いてはいなかったものの、お店の景色を見た時は素直にその胸をわくわくと弾ませた。


「それでは、主の待つ場所までご案内させていただきます」


そんな二人に対してロンメルは丁寧な口調でそう告げると、二人を先導するように店の中に入っていき、目的の人物が腰かけるテーブルを目指して歩き始めたのだった。


――――


その人物は、レストランの中で最も高価な席に大股を広げて腰かけて待っていた。

まぎれもない、セントレス社の社長令息であるリーウェルその人である。


「リーウェル様、本日はこのような素敵な場所にお招きいただきましたこと、娘ともども本当にうれしく思っております。こんな素晴らしい場所をご存じなんて、さすがはあのセントレス社の御曹司…」

「これくらいの店で感謝されても困るよ。こんなの僕の中じゃ低レベルもいいところだ。…あぁ、いずれはあなたたちにもというものが分かるようになりますよ」


マリンのあいさつに対し、リーウェルは座っている椅子から立ち上がることもなく、得意げな表情を浮かべながらそう返事をした。

…そんなリーウェルの態度に、やや自身の表情をピリつかせるマリンだったものの、その思いをなんとか押し殺して無理矢理に笑みを浮かべ、努めて自然な口調で言葉を返す。


「まぁ、それは楽しみですわ。…こちら、失礼してもいいのかしら?」

「ええ、どうぞ」


リーウェルからの返事を受け、まずはじめにマリンが、そしてマリンに促される形でエリスが、それぞれ用意された椅子に腰かけた。

…が、リーウェルは招待に応じてきた二人の事をねぎらうような様子もなく、自分の言葉をそのまま続ける。


「これ、気づきませんか?僕が今日君たちに見せてやるために準備してきたこの服、そこらの庶民が一生かかったって買えないほどの額なんですよ?上流階級に生きる僕の事を際立たせてくれる、素晴らしい代物しろものだ。よく似合ってるとは思わないか?」

「え、えぇ…。ですがリーエル様ほどのお方であれば、どのような衣服でもお似合いになるかと思いますよ?」

「冗談はよしてくれ。僕は下品な安物は嫌いなんだ。…正直、今君たちが来ている物だって僕にしてみれば目の毒でしかないけれど、まぁこういう場だし我慢してあげるよ」

「それはどうも…。お気遣いいただきありがとうございます…」


…ふつふつと煮えたぎる感情をその心の中に抱きながらも、なんとか笑顔を作り出してその気持ちを抑え込むマリン。

そんな彼女の横に座るエリスが、リーウェルに聞こえない程度の声の大きさでマリンにこう耳打ちした。


「お母様、本当にこの人と結ばれることが正解だって思ってるの?私にはどう見てもよくない人に見えるんだけど…」


それは内心では、マリンも同じことを思っているところではあった。

…しかしマリンからすれば、そんなことは最初から分かっていたような様子…。


「あのねエリス、この世に性格もよくて金持ちな男なんていないの。もしもそんな相手を望む女がいたりしたら、それは身の程知らずの夢見女もいいところだわ。リーウェル様は少し自信が強い性格をしているだけで、彼自身は裕福な家に生まれているんだからそれでいいじゃない。あんまりわがままを言うものじゃないわよ?」

「……」


マリンがエリスに返した言葉は、それはそれは心のこもっていないものであった。

…やはり彼女自身、エリスとリーウェルとの婚約は自分が金持ちの仲間入りを果たすための手段でしかなく、エリスがリーウェルとの婚約でどのような関係を強いられようとも、あまり関心はない様子だった。


「おいおい、僕を差し置いて秘密の話はやめてほしいな」

「ごめんなさいね、リーウェル様。娘ったらあなた様の事を前にして緊張しちゃってるみたいで、ちょっと気を落ち着かせたかったのよ」

「それならいいが…。まぁほどほどにしてくださいよ。これからは僕の妻として隣に立ち続けてもらうことになるんだから、きちんと堂々として置いてもらわないと。…そんな黙って大人しくしているだけなら、人形でもできますからね」

「…えぇ、そうですわね」

「おい、そろそろ料理を運んできてくれ。まずいものはいらないからな?」

「承知しました」


やや横柄な態度をとりながら、テーブルを整えに来た召し使いにそう言葉を発するリーウェル。

彼の中ではその態度が当たり前であり、決して偉そうに振舞おうとしているわけではないのだが、それがより一層彼の性格の邪悪さを際立たせていた。


「それで、リーウェル様はうちの娘のどう言ったところを気に入ってくださったのですか?母としてぜひお聞かせいただきたいのですが」


マリンはこの場の雰囲気を変えようとしたのか、自ら話題を変えるよう促した。

そして話の議題は、リーウェルがどうして自らの婚約相手としてエリスを選んだのか、というものに移っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る