第3話 いつかまた世界の終わりに③

「んなもん、なんでもいいんだよ! 英雄王ファリスと精霊の王は、砂となって崩れ落ちる始原の岩山から辛くも脱出した。その地下深く邪悪なるものの門は砂によって永劫に封じられるであろう、ってことでな」


 はっはっはと豪快に笑い、少年の背中をバンバン叩く。いつもならそろそろ「やめろ!」と怒られるところだが、返ってきたのは妙に真面目な言葉だった。


「そうだな、そうして言葉にして声に出して耳で聴くことは、とても大事なことだ。君が凱旋したら文字にも残すといい。『邪悪なるものの門は永劫に』……いい言葉だ」


「おぉ、おう」


 いつもの調子を崩され、戸惑うファリスの手は少年の背中を叩くのを止め、お行儀よく引っ込んだ。ふと胸を掠めた不安には、気づかないふりをした。


「それにしても、君は意外と詩人だな。永劫なんて言葉を知っているとは驚きだ」


「褒めてるようで褒めてないぞ、それ」


「そもそも褒めてない。君を褒めるなんて、それこそ永劫無い。未来永劫無い。筋肉バカが意外にも詩人ぽいこと言って驚いたと言っただけだ」


「そーかよッ! だがっ! 『筋肉バカ』は褒め言葉だからな!!」


「これが褒め言葉になる種族がいること自体が自然の摂理に…」


「そういうのがいちいち面倒くせぇんだよ、王サマは。いいよいいよ、詩人の英雄王ファリス様がちゃあんと書き残してやるから。精霊の王サマは性格面倒くせぇけど、怖い岩山壊してくれましたって」


「急に子供の作文より酷くなったぞ。それに精霊の王というのは……」


「わかってる、まかしとけって! ちゃんと書いときゃいいんだろ?」


「そうだ。ちゃんと書け。歴史は記録があって初めて存在する」


 それからしばらく、偉業を成し遂げた興奮の醒めるまで、二人は示し合わせたようにわざとらしく、いつも通りの掛け合いをして笑い合った。それ以上話すことのなくなった後の沈黙もしみじみと噛みしめ、ここで座ったまま交わす言葉が本当にもう、すっかり出なくなってから、ファリスはようやく重い腰を上げ、大きく伸びをした。

 そうしてみると、あれほどの苦しい戦いを繰り広げた後の身体だというのに、疲労はあるものの痛みはほとんどなく、四肢の動きは軽かった。精霊の王の力の中で、これだけはファリスが誤解無く理解でき、ありがたいと感じるもの、治癒だ。


「ありがとな」


 地平の彼方に目をやりながら静かにつぶやくと「ああ」と短く、いつもの通り愛想のない声が返ってきた。


「さぁて、帰るか!」


 腰に手を当て、太陽の位置から帰るべき方向の目星をつけるが、当然ながら砂の丘を下りきった先には、禍々しさが薄れたとは言え木々の深く生い茂る森が続き、道らしい道もない。剣も盾も無くなり装備はずいぶんと軽くなったが、それだけ命を守るものも無いということだ。

 だが、ファリスは迷うことなく砂の中に一歩を踏み出した。


「先、行くぞぉ」


 少年に背を向けぶっきらぼうにそう言い、肩越しに目をやることすらなく、上げた片手をひらひらと振った。


「ああ、さっさと行け。後から行く」


 いつもと変わらない声が答えるのをしっかりと耳に捉え、ファリスは砂の坂を躊躇いもなく下っていく。さくさくと小気味よく砂を踏む音だけがあたりに響いた。


「ごめん、嘘ついた」


 しばらく後に背後でそう続いた、恐らくは聞かせるつもりのなかった小さな声も、ファリスの鋭敏な耳は聞き逃しはしなかった。だが、振り向かなかった。代わりに口の端を吊り上げ、誰も見ることのない笑みを無理やり作った。やわらかい砂地には、踏みしめるほど深く足を取られるが、ファリスは危なげもなく迷いもなく進む。

 そして、砂の上に何か軽いものが落ちる音。足は止まりかけたが、それでも振り向かずに進んだ。


 ただ、進んだ。


「嘘じゃあねぇわ。いつかまた世界の終わりに………、な」




 その後、凱旋したファリスは、始原の岩山の崩壊と、彼の故郷でもある神都ハッシメルの滅亡で混乱を極めた人々を治め、新たに都市国家ファラナシアメルを打ち建てた。それが伝説の英雄王ファリスと、その後に続く栄光のファラナシア王国のはじまりである。

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