「3−18」無能勇者、再会と窮地

 こうして俺達のパーティに、伝説の鍛冶師ぺパスイトスが加入した。眠っていたイグニスさんも目覚め、戦いができるまでには完治することができた。


「というか、お前さんらのパーティにはまともな魔法使いもいないのかい? もしも俺が帰ってこなかったら、あのまま毒にやられてお陀仏だぞ?」


 森の中を歩き始めてすぐに、ぺパスイトスからこんな事を言われた。こういうのは何とも年上に対する不敬だとは思うのだが、先ほどからいう事全てが爺臭いというか、保護者目線というか。


「それを言われると痛いな。でも、ぺパスイトスさんも中々でしたよ?」

「話題をすり替えるんじゃねぇよ、とにかく次は魔法使いを仲間に引き入れるぞ。それから敬語やめろ、俺だけ仲間外れな気がしてならねぇ」


 入って来たばかりなのに、まるで古参の様な安心感。不意に俺が思い出したのは、いつも冷静だったマーリンさんの顔だった。彼女はいつも、俺達が次に何をするべきなのか、何を為すべきなのかを示してくれていた。


「……」

「おい、シャキッとしやがれ勇者。何でぇその面は、心が後ろ向きになってんぞ」

「あっ、すいませ……じゃなかった、ごめん!」

「その調子でタメ口を目指せ。――それから、聖剣についてなんだが」


 ぺパスイトスの軽快な声色が、研ぎ澄まされた職人の声に変わる。その早変わりと言ったら激的なもので、思わず別人かと疑うほどの雰囲気であった。


「聖剣っつーのは、言わば剣として満たすべき全ての条件を達成した思考の品だ。折れない、曲がらない、刃こぼれしない、重さは無く持ち主と一心同体。宿した魔力の太刀で全てを斬り裂き、あらゆる魔を退ける」


 造っている側から話を聞くと、やはりすさまじい存在だという事に気づかされる。何の苦労も努力もせず、今までそんなものを握っていたのかと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。


「とまぁ、こんなところなんだがな。お嬢ちゃん、そんなバカげた剣が本当に撃てると思うか?」

「撃っていただけなければ困ります。第一、貴方は名工ぺパスイトスなのでしょう? 神々の武具をも作り上げた貴方なら、聖剣を造り出すこともできるのでは?」

「……かなり着色されてるんだな、俺。まぁそこをざっくりすると、あれだな。『特殊な金属を好きなだけ使える状況だったから造れた』って感じだ」

「そんな! それじゃあ、アンタは聖剣を撃てないってことか⁉ 役立たずじゃん!」

「おうとも! 俺ぁただの鍛冶師! 聖剣魔剣の類なんて、それ相応の素材が無きゃ作れねぇのさ!」


 開き直りやがった! 俺は心の中の声をぐっと抑え、そのままため息をついた。しかしイグニスさんは冷静で、品物を値踏みするかのような声色で尋ねた。


「逆に言えば、素材さえあれば聖剣が撃てる……そういうことですね?」

「鋭いなぁ嬢ちゃん。――ああ、正解だ。何を隠そう、今からその素材を取りに行くんだよ。ここ以外にも俺はいくつか工房を持っててな、そこに隠してあるんだ」


 もったいぶるそのスタイルに、そこそこ焦った。もしもここで聖剣が手に入らなかったら、魔王討伐への道はほぼ断たれていた……まぁ何はともあれ、聖剣造りには何の弊害も、邪魔も無さそうであった。俺はてっきりもっとこう、魔王軍の幹部クラスが妨害にでも来るのかと思っていたのだが……。


(心配性だな、俺)


 木々の間を潜り抜けながら、俺達は外の光を見た。二日ぶりの太陽……目が眩み、ゆっくりとその風景が映し出される。光が反射し、俺の網膜で像を結んだその景色には――。


「よぉ」


 そこには、銀髪の男が立っていた。旅人のような見た目、気怠そうな声と顔立ち……すぐにそれが、記憶の中の人物と結びついた。


「……あっ! 霧の森の中で、俺を助けてくれた人!」

「覚えてたのか、嬉しいねぇ。お前が女だったら、もっと嬉しかったんだけどなぁ」


 ふざけた物言いに、思わずイグニスさんを横目で見てしまう。向こうも近づきこそしないが、視線が俺から完全にイグニスさんに逸れていた。何となく嫌な感じがして、俺はきつく睨み返した。


「怖いねぇ、まぁそりゃそうか……俺は魔王軍、お前は勇者。対立しない訳ねぇよなぁ?」

「――え?」


 心底楽しそうな表情が、驚いた俺の思考回路に潜り込んでくる。やけに印象的で、焼け焦げたように何度も脳裏に移り込んで……再び出てくるのは、やはり疑問だった。――直後、空気の流れが変わった。


「自己紹介がまだだったな」


 轟音、そして振動。荒れ狂う魔力の流れは渦を巻き、その中心には赫雷を従えた彼が立っていた。その規模は俺の物とは比べ物にならないほど大きく、怒りの感情の中にはもっと別の、どろりとした気持ちの悪いモノも混ざり込んでいた。


「俺は、アルカ。かつては栄えた『憤雷の一族』の長であり、お前を除けば、神に抗った唯一の生き残りだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る