【三十二.カウンセリング・四】

 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?

 真っ白。真っ白な部屋。天井から床まで、全部真っ白。カウンセラーの先生の白衣も真っ白。

 全てが明るいこの部屋で、わたしはぼんやり上を向いている。


「なにが、見えますか」


 赤い縁のメガネが良く似合う、カウンセラーの先生が、いつものように聞く。


「おうちのあるマンション。なんか人が集まってる」


 かたかたかたかた。

 わたしには見える。たくさんのひとが。物珍しそうにあつまって指を指すひとびとの群れが。


「今は、いつですか」

「わかんない。夜だね。赤いくるま……消防車が沢山来てる。……火事だ。おうちが。おうちが燃えてる。ぷっ。ふふ。ふふはは。あははは」


 かたかたかたかた。

 わたしには見える。花火みたいな、洪水みたいな炎が、ベランダを舐めて真っ赤なその舌をべろんと出しているのが。


「どうされましたか」

「あはははは、だって嬉しいんだもん。かいちゃんを取り上げようとするひと、みんないなくなっちゃったから」


 かたかたかたかた。

 わたしには見える。焼けこげたみっつのかたまりが、担架に載せられて運ばれていくのを。そのひとつに、包丁がささっているのが。


「みんなって、それは誰ですか」

「……みんなは、みんなだよ。あははは、みんな、みんな死んじゃったよ、あはははは!」


 かたかたかたかた。……たんっ。


「荒浜さん? ……荒浜さん?」


「あはははは! あーっはっはっはっは! きぃゃぁあああ!」


 わたしには見える。ひとりぼっちに、本当にひとりぼっちになって、夜の幹線道路の車道を彷徨うわたしが。


「はあ、はあ、はあ……」


 わたしには見える。制限速度を大幅に越えた銀のクーペの運転手のおばさんが、ほんの一瞬、オーディオをいじっていて前を見ていなかったのが。


「落ち着かれましたか」

「……はあ。あー、可笑し……ふふっ」


 わたしには見える。二度とは起きない奇跡をせっかく手にしたのに、それを文字通りに自らつぶす、そんなわたしが。


「あははははは! もう、可笑しいったらないわ、あっははははは!」

「今日はここまでにしましょうか」


 わたしには、見える。

 わたしには、見える。


 たったひとりになっていく、さびしくてさびしくてしかたない、わたしが。

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