#23『一人じゃない』と
「なぁ、妃貴。孤独感ってなんだ?」
「……何、藪から棒に」
翌日の昼時。渚乃が用事で席を外しているため、久々に二人だけの昼食となっていた。そんな青春も真っ只中みたいな状況の中、突如として告げられた質問に、妃貴は豆鉄砲を喰らったような反応を見せた。
「え~っと、孤独感、孤独感ね~……」
答えは出ている、だが妃貴は答えを出すのに渋っていた。何故なら妃貴の孤独感の心当たりは、中学二年の夏を越えた辺り。丁度転校して霧也と離れた辺りであった。今まで一緒だった幼馴染が、急に離れ離れになり、心に大きな穴が空いたような感覚。
友達はそれなりにできたが、それはあくまで上辺のように思えて、やはりどうしても霧也がいなければ自分は一人であるような感覚に苛まれて。
人はいるのに、居ない。これこそ紛れもない孤独感なのだろうと確信はしていた、がこれをまんま伝えるわけにいかないことも分かっている妃貴は、何とか断片的に特徴を探して紡いだ。
「なんかこう、心にぽっかり穴が空いたような感覚?充実してるんだけど、どこか足りないみたいな。そんな感じ、かな」
「充実してるけど、足りない……」
その言葉は、霧也曰く渚乃に当てはまっていた。クラス内では地位を獲得し、スクールカーストも高位に位置してはいるが、やはり心には曇天が広がっているような女の子。やはり霖の言っていることは的を得ていたと思い知らされた。
「なるほど……分かった」
「てか、何急にそんなこと聞いて。……もしかして孤独感でも感じてる?」
「いや、俺は別にそんなんじゃ」
「嘘つかなくてもいいんだよ?ほら、悩みあるなら聞くよ?」
「いや、ホントに大丈夫だから、な?」
珍しく本気で心配する幼馴染を、霧也はなぁなぁと宥める。宥めて、「そう、なら良いんだけど」と落ち着いた妃貴を見て、ほっと息を付く。だが局所的な勘の良い妃貴は、晴れない霧也の表情を見て何かを察していた。
「……もしくは、他に悩んでいる人がいるって感じ?」
「……何故そう思う?」
「う~ん、顔に書いてるから?」
「えっ、俺そんな分かり易い?」
「駄々洩れだよ」
遂には妃貴からも指摘され、霧也はポーカーフェイスでも学ぼうかと考えていると、妃貴はやれやれと息をついていやしくにやけた。
「晴れない幼馴染を見たら心配になるって。で、誰その人って」
「な……し、知り合いでさ、中学の頃の」
「中学?あんた中学に知り合いなんていたんだ」
「い、いるわ。一人や二人くらい」
渚乃の名前を出そうとした霧也は、口を開いて発声しようとしたところで言い淀んだ。ここで渚乃の名前を安易に出すのは、どこか妃貴との関係に板を挟むような真似な気がして。渋々その場しのぎの嘘で誤魔化した。
「女の子?」
「うん、結構悩みがちな子っぽくて……。今でも引きずってるっぽいから、何か力になれないかなぁって思って」
「へぇ~そりゃお優しいことで」
妃貴は小言をついて、腕を組んで「う~ん……」とうなって考える。思った以上に親身になってくれている幼馴染を見て、霧也は嘘を付いたことに罪悪感を覚えた。
しばらく黙る時間を挟んだ後、昨日の霖のように窓の外の街を神妙な面持ちで眺めながら、妃貴は口を開いた。
「あたしもさ、孤独って感じることがあって。でもなんでそういったのを乗り越えて行けたのかって、あたしに親切にしてくれる友達がいたからなんだよね」
「は、はぁ……」
前置きなしで自分語りを始めた妃貴を、霧也は急になんだと訝しみながらも耳を傾ける。そんな霧也のことなどそっちのけで妃貴は話を続けた。
「近くに誰かがいるって感覚って、想像以上に安心できて。『あたし一人じゃないんだ』って思えるからね」
「一人じゃない、か……」
「そう。一人だと怖くても、誰かがいると怖くない。逃げ道を作ってあげたら、少し楽になるんじゃないかな」
「……そうか」
『逃げ道』という言葉を聞いた時、霧也はすとんと腑に落ちるような感覚を覚えた。相手に介入しすぎても、相手の意思を無視していても何も解決しない。だから、『解決する』のではなく『いつでも逃げられるような環境を作る』。こうすることで、相手のペースを尊重して解決に導ける、そんな気がした。
「急にすまんな、こういうこと聞いて」
「いや全然だよ。あたしにもなんかできることあったら言ってよ」
「あぁ、頼らせてもらう」
珍しく頼りがいのある幼馴染に、霧也は『一人じゃない』感覚を覚えるのだった。
◇
力強いアドバイスをもらった霧也は、進みはしたが今も尚考えていた。『いかにして解決するか』ではなく、『いかにして逃げ場を作るか』について。そのような旨のことなど知る由もない霧也は難航の一途をたどっていた。
(そもそもだ……関係の薄い俺がそんなこと言ったって説得力ないんじゃ?)
渚乃と仲良くなったとはいえ、せいぜい話すようになってから二ヶ月と少ししか経っていない。中学から交流のあった六音や莉樹と並べてみては、霧也はまだ他人の域を出ないだろうと、先入観か否か、感じていた。
(……いや、もう時間もないんだよな)
あまり時間をかけていられない状況なことも分かっている霧也は、だが葛藤してしまう自分を嫌悪してしまっていた。『負のスパイラル』に陥りつつある中、機会は待つことを知らなかった。
「あれ?斎条さん、奇遇だね」
「な、渚乃さん……今帰り?」
「うん、今日は部活なくてね。同じ方向だし、一緒に行かない?」
「……えぇ、良いですけど」
同じく下校時の渚乃と昇降口でばったり会った霧也。突如として訪れた好機、視点を変えれば危機ともとれる状況に、霧也は隣を機嫌よさげに歩く渚乃に意識が極振りされていた。霧也の胸の内を知らない渚乃は、普段通りの会話を展開する。
「化学の先生、スキーできるんだって。体大きいのに意外だよね~」
「へぇ~、重さでずっこけそうだけどね」
「ね~」
表面上は何気ない、寝て起きれば記憶すらなくなってそうな雑談。見てくれは通常通りを貫いている霧也でも、その内面はいつ話を切り出すか、タイミングを見計らっていた。
「そういえば、前に男友達から相談受けてさ~。結構難しい悩みでね。私とりあえずで答えたんだけど、ちゃんと答えになってたかなぁ」
「どんな相談だったんですか?」
「『男子の誕生日プレゼント何がいい?』みたいな。私に聞かれても~って感じだよね~」
「そ、そうですね~……」
『悩み』というワードが出てから、渚乃の話は耳をすり抜けてゆくほど霧也は『渚乃さんには悩みとかないんですか?』を挟むことだけに注力していた。そして話が切り上がったタイミング。霧也は機を逃さなかった。
「そういえば、渚乃さんには悩みとかないんですか?」
「う~ん……悩みか……」
用意していた言葉をそっくりそのままペーストすると、渚乃は空に目を向けて考えだす。長く感じる時間の中、渚乃から返ってきたのは笑顔だった。
「特にないかな。今の学校生活で十分楽しいし」
「そっか、ならいいんです」
空に目を向けるのも、笑顔を見せるのも、ひねくれている霧也にはすべてがごまかしに見えてしまう。悟られない様に霧也も渚乃のような笑顔を貼り付け、「でも」と続けた。
「悩みとか、そういうのもしできたらいつでも話聞きますよ。アドバイスは期待しないでほしいっすけど……ゴミ箱ぐらいにはなりますから」
「……!」
「……ど、どうかしたんすか?」
霧也の言葉を聞いて、その場に立ち尽くす渚乃。隣にいないことを数歩歩いて気付いた霧也は、後ろを振り向く。そこには、唖然とした顔で目を開いた渚乃が、こちらを一点に見つめていた。
手を振ったりして我に帰った渚乃は、帰るなりそっと視線を外して儚げに笑った。
「ご、ごめんね?急に黙ったりなんかして」
「あ、いえ、俺の方こそ急にすみません……」
「いや、全然いいの!むしろありがとう、悩んだら頼らせてもらうね?」
「……えぇ、勿論。いつでも待ってますよ」
あどけなさの裏に、やはり少しの闇を抱えた顔で笑う渚乃。こう言ってしまったからにはもう後には引けないと、それを見て霧也は思うのだった。
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『ラブコメ主人公』になろうとした結果、幼馴染がヒロインになりそう ドコイチ @dorcoid
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