#12 中間考査赤点回避作戦 決戦とその後
その後も何度か勉強会を実施して迎えた中間考査当日。高校初の定期考査ということで緊張感の滲む教室では、「最後に試験範囲を再確認する者」と「友人と問題を出し合う者」で二極化していた。
クラスにこれといった友人がいない霧也は前者で、静かに数学の参考書に目を通していた。
(面倒だった勉強生活も今日でいったん終わり。これさえ終われば俺はもう自由に……)
教科が少なくすべての日程が一日で終わる中間考査、つまり昼上がりまで残り数時間の苦労。見てくれは寡黙に見えても、その内は滾る高揚感で心を躍らせていた。大きな壁の先に見える光を、その目で確実に捉えながら。
「よっ、霧也。本腰入れてるね」
「あぁ、言うまでもなく気合十分だ」
参考書を開いてから十数分後、同じく気合の入った顔をした妃貴が登校してきた。霧也の顔を見るなり、それを写すように上がった闘志を表情に見せる。
「てっきり怠そうな顔してるのかと思った。面倒くさくないの?」
「面倒くさいよ。でもそれ以上にこの先の自由のことを考えると、もうやる気がみなぎってきてさ……」
「そいつは結構。頑張ったからね、あたしら」
「そうだな。有終の美を飾ろうぜ、妃貴」
「変にクサいこと言うとイタいよ、霧也」
お互いの健闘を祈ったところで担任が試験用紙を抱えて教室に入ってきた。適当なHRを終わらせた後、十分休憩で机の上を片付けておとなしく椅子に腰をかけるクラスメイト。本格的に試験らしい空気になってきてようやく、霧也に緊張感が訪れた。
一時限目は、数学。初っ端から苦手教科が立ちはだかる午前九時。配られる試験用紙を前に、これに惨敗する自分を想像してしまい不安と焦燥に駆られる。
(な、なにを今更怖気づいてるんだ俺は。今まで頑張ったって、妃貴も言ってたし大丈夫だろ。うん、大丈夫)
心拍数の上昇を、何とか自分を鼓舞することで抑えた。チャイムが鳴るのを刻一刻と待つその時間が、とても長く感じる。
精神を統一している内にどんどん欠いていた冷静さを取り戻していく。もう逃げられない、本来苦痛になるはずのその現実が、今はクッションになっていた。
(……よし、今なら最高のパフォーマンスが出来そうだ)
決意が決まった時、チャイムが鳴った。戦いが、始まったのだ。
◇
「いやぁ~意外といけてよかった~」
「ホントにな。勉強した甲斐が出た」
安堵の表情を見せて機嫌よさげにメロンソーダをがぶっと
「あそこまで論文解けたの初めてだよ、ありがとね霧也」
「私も漢字全問正解したの初めて。やっぱり教えるの上手いんだね」
「やめいやめい。俺はそんな大それたことはしてない。俺が数学解けたのも二人のおかげだよ。助かった」
「私だって特に何も。でも何とかなったならよかったよ」
「そうだよ霧也、言いすぎだよ。教え方が良かったのは事実だけど」
「おい妃貴。そこは渚乃さんを見習って謙遜しろ」
中間考査という重石が除かれた三人には、いつも以上に温かい空気が流れていた。勉強会を経て関係が深まったというのもあるのだろう。
特に霧也と渚乃の間には、未だ少し関係値が足りていないところもあるが、前のようなぎこちなさはあまり見られなくなっていた。
「この後どっか行く?というか行きたいとこある?」
「う~ん……この変なんかあったっけ?」
「ゲーセンがあるらしいぞ。徒歩十分だって」
「霧也……女の子二人を引き連れてゲーセンとかないわ。ここのチョイス結構試されるよ?」
「えぇ~そんなん知らんし……」
悲しいかな、今まで女子と出かけるなんてしたことがない霧也には、どこに行ったらいいかやエスコートなど全くの無知であった。呆れた目で妃貴に見つめられる霧也。
何となく見られて嫌な気持ちになったので渚乃の方向に視線を移すと、そこには予想に反して期待に目を輝かせている渚乃の姿が。
「げ、ゲーセン……!!」
「えっと……めちゃめちゃテンション上がってるっぽいけど、ゲーセンで良いんですか?」
「はい!行きましょう!!ゲームセンターなんてめったに行かないので!!」
「って言ってるけど、妃貴。いいか?」
「う、うん……いいけど」
「よし、じゃあとっとと食って行くか」
その後、何かしらの昼食を取って三人は店を出た。会計の時に霧也だけで払った額は、約千五百円。世間を知らない霧也は、これを見てしばらくファミレスに行かないことを心に決めた。
◇
ゲームセンターは平日の昼間だというのにいつもと変わらない喧騒の色を見せていた。稼働する筐体、LEDの輝くクレーンゲーム、霧也にとっては見慣れた光景でも、隣に立つ渚乃は別世界に来たような好奇の眼差しでそれらを見まわしていた。
「クレーンゲームだっ!行こうよ!!」
「はいは~い……全く、遊園地に来た子みたい」
「俺もたかがゲーセンであんなはしゃぐ子初めて見た。楽しそうでいいんだけどさ……」
「で、霧也はどうすんの?お金ある?」
「金欠……だが俺のスキルをもってすれば価格以上のパフォーマンスができるから問題なしだ」
「はいはい、死亡フラグね」
「大丈夫、大勝ちしてやるさ」
「お~い二人とも~!!こっちこっち~!」
「今行くよ~!ほら、霧也も」
よく届く声で呼ばれた二人は渚乃の元へ向かう。光るLEDの眩しさに目を細めつつクレーンゲームの前まで来た時、霧也はそれについている液晶画面を見て絶句した。
「ワンプレイ……に、二百円!?馬鹿な、百円のはずじゃ……?」
「霧也さん、知らない?だいぶ前からこんなんだけど」
「まずい……は、破産する……!!」
「金なさすぎっしょお前」
絶望に打ちひしがれて頭を抱える霧也を軽蔑の目で見る妃貴。霧也に飽きて辺りを見回すと、いつの間にか渚乃が姿を消していた。
「ほんと、自由なんだから……」と渚乃を探してクレーンゲームコーナーを歩く。曲がり角を曲がった先、そこにはフィギュアの箱を三つほど抱えても尚、更にもう一つ取ろうとアームの位置調整に勤しむ渚乃の姿があった。
「あ、妃貴ちゃん。これってもう少し左だと思わない?」
「いや、あたしクレーンゲーム得意じゃなくて……。てかいくらかかったの?これ」
「ん?千円くらいかな。結構取れやすくてね、ここのゲーセン」
「へ、へぇ~……」
会話の応対をしながらゴトっと箱を落とす渚乃。普段の品行方正な姿とは打って変わって熱くなっている様を見て、妃貴は唖然として固まった。後に合流した霧也も、その光景を見て同じく言葉を失う。
「おい、あれ本当に渚乃さんか?」
「に、にわかには信じがたいけど」
「あれ、俺の出る幕ある?」
「う~ん……ないね」
「俺もう帰ろうかな」
「まぁまぁそう言わず、プチハーレムを楽しんでけよ」
「……そうする」
自分の立場を失った霧也はついに意気消沈して肩を落とした。そんな屍へとなりゆく幼馴染と、サバンナの猛獣の如く景品をかっさらっていく渚乃を、妃貴は慈愛と慈悲に満ち満ちた目で見守っていた。
◇
ゲームセンターを出たころには既に夕焼け空が淡く赤く世界を照らしていた。あたしら三人は今、電車にゆらゆらと揺られている。
左で景品のたくさん入った袋を持って寝ている
霧也はその後「いや、ここまで来て成果ゼロとか恥ずかしい」と息を吹き返してなけなしのお金をはたいてクレーンゲームに赴いた。が、渚乃ちゃんのように上手くは行かず、結局成果ゼロでお金を溝に捨てる羽目となり、今に至る。
「霧也?大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
「そっかぁ」
さっきからこんな感じである。いい加減切り替えて元気出してほしいんだけど。渚乃ちゃんが寝るのは良いとして、霧也までこんなんだとさすがに退屈だ。
「元気出そう?もう過去には戻れないし」
「でも、三千円飛んだ……」
「……ねぇ、楽しかった?今日」
「うん、楽しかった。……楽しかったな」
意気消沈してても楽しいとは思ってもらえたことがとりあえず今は嬉しかった。精神やられてても言えるってことは、多分本心なんだろう。霧也があたしに嘘つくとも思えないけど。
「またみんなで、勉強会やろうね」
流れに乗って、少し気恥ずかしいが、聞いてみることにした。
「……あぁ、当たり前だ」
その時だけ、霧也はこっちを向いて弱々しくも笑いかけてくれた。期末テストもこれで確約されたらしい。嫌気が刺していた期末テストが、少しだけ楽しみになった。
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