#11.5 ここで、俺ならば
勉強会が終了し、帰る渚乃を見送った後、俺は約束通り妃貴を部屋へと招いていた。特に掃除も片付けもしていない、あの惨憺たる部屋である。
「だいぶ変わったね~。前来た時なんて本当に何もなかったのに」
「前って言っても、最後にお前を部屋に入れたの六年くらい前だけどな。それに比べれば他人の部屋みたいなもんだろ」
「そうだね~霧也の部屋じゃないみたい。あ、この漫画懐いな」
本棚を見たり、フィギュア棚を見たりしながら俺の部屋をうろつく妃貴。オタク趣味が浮き彫りになる光景、渚乃さんを部屋に入れなくて良かったと心の底から思う。
じっくり見た後、本棚から数冊漫画を取り出すと、俺の座っているベッドに座って漫画の表紙をまじまじと見つめ出した。その漫画は、小学生のころからずっと本棚に置いている物だ。
「ねぇ、これ借りてもいい?久々に読みたくなっちゃった」
「まぁ、傷とかつけないって約束してくれればいいけど」
「ありがと、絶対傷つけないから、だいじょぶ」
「本当に大丈夫かなぁ……」
あたしを信じて、というようにグッドサインを見せつけてくるのを見て、渋々了承した。ページ折れくらいは覚悟しておこう。
そうして漫画をバッグに入れる。もう帰るのかと思ったが、入れた後、再び俺の隣に座ってきた。何をされるのかと思ったが、妃貴の表情が陰っているのを見て、良いことが起こることは期待できなかった。
「どうした?」
「いや、特に何でも」
「何でもなくないだろ、家来たときはもっと元気だった」
「……」
「誤魔化しても顔見りゃ分かるっての。悩みでもあるなら聞いてやる」
「……仲良いの?渚乃ちゃんと」
「は?」
元気のない妃貴から出てきたその言葉は、渚乃さんとの関係を探るようなものだった。別のところで他の女と仲良くしていたことが彼女にバレた彼氏の気持ちは、こんな感じなのだろうか、そんなことを考えながら俺は返事をした。
「まぁ、それなりにはって感じ。というか、お前が俺に紹介したんだろ?」
「そうなんだけど。自業自得なんだけどさ、やっぱり、今更だけど怖くなっちゃって」
「怖い?」
「……あたしから、霧也が離れていく気がして。あたしはもう、『唯一話せる女友達』みたいなのじゃないからさ」
「……!」
俯妃貴の言う通り、自業自得だ。今更不安とか、実際俺が知った話ではない。
でも、それは弱っている幼馴染に言うことなのか?そもそもこいつが俺に紹介したのは俺の苦手意識を改善するためなわけで……俺のことを優先して自分のことは棚に上げたから、今こうして予想外の不安に苛まれているのでは?
ならここで、妃貴を支える一手が必要になる。ここで、『ラブコメ主人公』ならどう発言する?いや、『俺』なら……
「妃貴!!」
「っ、はい!?」
俺は妃貴の肩をがっと掴んだ。突然のことに面食らった妃貴が、ぽかんと口を開けて俺の顔を見る。
「確かにお前はもう『唯一話せる女友達』じゃないかもしれん。だが、お前は大事なことを忘れている!!」
「大事なこと……って何?」
「『唯一話せる女友達』である以前に、お前は俺の『唯一の幼馴染』だろうが!!」
「『唯一の幼馴染』……?」
「そうだろ。そしてお前が俺の唯一である以上、俺はお前から離れることはない!だから、そんな取り越し苦労なんて寝て起きて忘れることだな!!」
ひとしきり言いたいこと言ってから、俺は急に恥ずかしくなった。めっちゃクサい台詞を並べまくった気がする。今すぐ目を反らしたいがここで反らせば男が廃る。ここで退くのは主人公のすることではない。
「……ふふっ」
「な、なにがおかしい」
「顔、めっちゃ赤いよ?トマトみたい」
「や、やかましい!!そんな赤くはない!!」
「見たことないくらい真っ赤だよ、マジで」
俺の顔を見ながらくすくすと笑う妃貴。さっきまでの陰りは見えず、その顔にはいつもの晴れ間が陽光を輝かせているようだった。
「でも、ありがとう。元気出た」
「なら、いいんだけどさ」
「うん、もう大丈夫。じゃああたし帰るね。外結構暗いし」
「送ってこうか?」
「いいよ、遠いから」
荷物を持って立ち会がる妃貴。ドアを開けたところで、「あ、もう一つ」と言って立ち止まる。今度は何を言いだすのかと座りながら身構えていたら、こちらに振り向いて微笑みを見せた。
「めっちゃ、かっこよかった。それだけ」
「あ、そ、そりゃどうも……」
それだけ言い残して部屋を出る。人生で初めて言われた「かっこいい」だった。憂いを取っ払った幼馴染は、もう一つ、俺に唯一を残していった。
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