第48.3話 六日目。午後。1-A(三)

 それはまるで鳳仙花ほうせんか――


「――っザケんなよテメエっ!」


りく君!?」

「りってぃ!?」

「ちょっと――!?」


 奇稲田くしなだに触れられた瞬間、弾ける種のように飛びかかった陸に、海斗かいとたちが一斉に驚きの声を上げた。


「誰がもう起きねえって!? 破滅はもう終わったんじゃなかったのかよっ!?」


「な、なにをするっ!?」


 陸に飛びかかられた相手が抗議する。

 その相手とは、破滅の元凶・木花知流姫このはなちるひめ――ではなく、なんと奇稲田くしなだ


「いいから答えろよっ! あいつ止めたら、もう助かるんじゃなかったのかよっ!? なのにサクは起きねえだってっ! どういうことだっ!」


「そ、それは今申したじゃろう……辛いのは分かる。が、今は一度落ち着いて――」


「落ち着け? ザケてんじゃねえぞっ! だったら今すぐサク起こせってんだよっ! テメエ神様なんだろっ!? だったらサクの一人ぐらい、どうして……どうして起こせねえんだよっ!」


 陸は、悲しみと怒りで心がいっぱいになっていた。感情がそのまま言葉になって溢れ出してくる。

 胸倉を掴まれた奇稲田が、それでも懸命に陸を宥めている。


 けれど陸は――


 どこで間違えたんだ? なにを間違えたんだ?

 分かってる。クシナダ様が悪いんじゃない。

 でもこんな終わり方、どうしたって納得できるわけがない。


 だって……だってサクが――




「ねーアンタさぁ。そろそろ手ぇ離したほーがいいよ? いやマジで」


 横からかけられた言葉に、陸は再び怒りを燃え上がらせた。


 木花知流姫このはなちるひめだ。


 彼女、服装こそ巫女衣装を豪華にしたような、いかにも神様っぽい格好だったけれど、口調はまったくの別物。

 その上、髪もかなり派手めにアレンジしていて、化粧・ネイルも当たり前ときている。これじゃ神様と言うよりは、どこぞで見かけるギャルにしか見えなくて……


「ああっ!? そもそもテメエがシャシャんなきゃこんな事にならなかったんだろうがよっ!」


 奇稲田を放り出した陸は、知流姫に掴みかかった。


「ザケた恰好しやがってっ! それで神とかなめてんのかっテメエ!?」


 コイツさえいなければ! 陸はあらん限りの憎悪をぶつけて、彼女を締め上げた。


 けれど彼女は、


「だから手、離せっての。言っとくけど、あーしはそこのババアほど優しくないよ?」


「ああっ!? テメエ何様のつもりで――ぎゃんっ!?」


 陸が悲鳴を上げて倒れた。

 陸に神の罰が下ったのだ。


 そんな陸を、知流姫は、「あーあー」と冷笑する。


「陸よ! 大事だいじないか? まったく無茶しおって。わらわはともかく、他の神にそんな態度、ダメに決まっとろうが」


「テメ……ザケんな……」


 奇稲田に支え起こされながら、それでも陸は知流姫に悪態をつき続ける。


「別にザケちゃいねーけど。でもこれでもあーし、神様だから」


 知流姫が、ふふんと鼻でわらう。


知流ちるよ。そなた、まだそんな力を隠し持っておったのか。そなた、まさかこの期に及んでも、まだ諦めぬつもりではあるまいな?」


「はっ。んなわけねーって。だいたいあーしの力、今ので正真正銘しょうしんしょうめい完っ全に、すっからかんになってっし」


 やれやれ。と、知流姫が肩をすくめた。


 ◇ ◇ ◇


 人と神。知流姫との絶対的な存在の違いを見せつけられた陸は、どうしようもない無力感にさいなまれていた。


「なんでだよ……なんでこんな……」


 なにもできない。―つらすぎる現実に、たまらず涙がこぼれ落ちてくる。


 ――なんでだよ。なんでオレはこんなに何もできないんだよ。

 サクがガチでヤバいのに、どうして何もしてやれないんだよ。


 そりゃ本当は分かってたさ。今日までやって来れたのは自分の力じゃないってことぐらい。

 

 絵馬小路えまのこみちでサクを助けた? そんなのはクシナダ様の警告があったからだ。

 むすひで、迷惑動画取りに来た朱音からサクを守った? それもひまりの手柄。

 今日だってそうだ。飛び降りようとしたサクを救えたのだって、お守りの声を信じただけだし。


 こうして見ると、結局自分は何もしてないのだ。ただ状況に流されてたら、たまたま上手くいっただけ。




「……サクぅ……あ……あ……あぁあ……」


 陸の嗚咽おえつが教室に響いた。


 諦められるわけがない。でも奇稲田がムリだって言っている。諦めるしかない。


 すると――


「――のう陸よ。そなた、娘のことが好きか?」


 打ちひしがれる陸に、奇稲田が尋ねた。

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