第48.2話 六日目。午後。1-A(二)

 咲久が目覚めることは、もうない。

 奇稲田から聞かされたその事実は、ここにいる全員を驚愕きょうがくさせた。


「そんな……咲久さくが……」

「破滅って終わったんじゃないの?」

「ウソ……」


 咲久と親しいひまりは勿論、あまり接点のない海斗かいと朱音あかねでさえも、突然突き付けられた現実にショックを隠せずにいる。


 けれど、そんな彼らにもましてショックが大きかったのは、やっぱりりくで。


 ――サクが……え? なに?


 陸は息をするのも忘れて、ただただ呆然としていた。


「そも、なにゆえこのような事態になったのか。それは、娘の荒魂あらみたまが操られた昼時にまでさかのぼらねばならぬのじゃが――そなたら、和魂にぎみたま……を、知っておるか?」


 ◇ ◇ ◇


 和魂にぎみたま

 それは、荒魂あらみまたと対を為す霊魂の名称だ。

 和魂は、ここからさらに奇魂くしみまた幸魂さきみたまに分けられるのだけど、奇魂は智才を、そして幸魂は幸運を司っているとされる。


 ◇ ◇ ◇


「――智才と幸運を司る魂、ですか?」


 奇稲田の説明に、まず口を開いたのはひまりだった。


「うむ。この娘は、氷室ひむろの子であるがゆえに、日頃からわらわの加護を受けておるじゃろ? そんな娘の荒魂を暴走させるには、並の手段では間に合わなかったらしいのじゃ。そこで、そこな木花知流姫このはなちるひめが目を付けたのが、和魂だったわけなんじゃが――」


「あ。もしかしてそれ、和魂の力を弱くして、運を悪くしようとしたってことですか?」


 次に口を開いたのは海斗だ。


「さよう。和魂の中でも、幸魂は幸運を司る霊魂。この働きを弱めれば、いかに氷室の加護を受けておる娘といえど、付け入るスキがあらわれるはず――と、知流姫ちるひめは考えたのじゃ。まあ、その目論見はまんまと当たったわけなんじゃが……」


「でも待って。アタシもあいつに操られてたけど、別に運悪くなってなんかなかったんだけど? あれ? やっぱりアタシも悪くなってたのかな?」


 最後に朱音が尋ねた。


 けれど奇稲田は、そんな朱音にだけは、「いいや」とかぶりを振ると、


「そもそもそなたは氷室の加護を受けておらぬじゃろ? じゃからして、そのような手間はかけずとも、そなたを操ることはできような」


「貴女……奇稲田様はちゃんと、咲久は氷室の子だから、って言ってたじゃない。なに聞いてたのよ?」


「う、うっさいし。アタシはアンタみたいに頭良くないの!」


 朱音は赤面した。


 ともかく、三人は奇稲田の話に真剣に耳を傾けていた。


 しかしその中で、ただ一人だけこの会話から取り残された人がいて……


 ――なんで?

 なんでサク、起きないんだ?


 陸だ。

 咲久はもう目覚めない。そのことが彼の心を凍てつかせ、あとの説明がまったく届いていないのだ。


「――知流姫はやり過ぎたのじゃ。結果、娘の和魂はたいとなり、このような事態を招いてしまった」


 ――サクが死に体?

 でもオレ、勝ったじゃん。

 あいつ、やっつけたじゃん。

 なのに……なのにどうして――?


「――だったらその、サミタマ? っての、また元に戻せば? お守りの力で」

「当たり前の状態であればその手も使えたんじゃが、ここまでのものともなると……」


 ――幸魂? 幸運?

 知らねえよ。

 だってクシナダ様、廊下でサク助けた時言ってたじゃん。

 もう大丈夫だって。念のためお守りでも渡しとけば、それでいいって――。


「――神様は治せないんですか? あ。もしかして、そういうダメってルールがあるとか?」

「いや。そういうルールはない。ルールはないんじゃが、今回ばかりはわらわには手出しできぬ訳があって……」


 なにができないだよ。

 やれよ。神様なんだろ。

 神様なら神様らしく、たまにはバシッと決めてくれよ。


 じゃないと……じゃないと、オレ……

 



「あ! 貴方。顔真っ青じゃない!」


「……陸よ。そなた、大丈夫か? いささか顔色が悪い様じゃが」


 陸の異変に気付いたのは、ひまりと奇稲田だった。


「娘がこのようなことになり辛いのは分かる。が、かような時こそ気をしっかりと持たぬと――」


 気遣った奇稲田が陸に触れる。と――


「――っザケんなよテメエっ!」


 触れられたその瞬間、陸の中のなにかが、ぷつ――と切れた。

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