六日目 決着・そして……

第48.1話 六日目。午後。1-A(一)

 県立川薙かわなぎ女子高等学校。4階。1-A教室。

 

 氷室咲久ひむろさくの破滅を巡る一連の事件は、顕現けんげんした奇稲田くしなだの活躍によって終息した。


 そして、この事件に関わった高校生――りく海斗かいと朱音あかね、そして神霊から解放されたひまり――の四人は、始まったばかりの二柱ふたはしらの神の話し合いの行方を、静かに見守っていた。




「では始めるとするが、まずは、そなたの名を申してみよ」

「……木花このはな……知流姫ちるひめ

「正気ではあるようじゃな。では次の質問じゃが――」

「――。――」


 これは長くなる。始まったばかりのヒアリングに、陸は思った。


 奇稲田が話している相手は、破滅をもたらそうとしたあの神霊だ。半ば強引に依り代よりしろうつされた彼女、今、「木花知流姫」と名乗ったようだけど……


 ▽ ▼ ▽


 木花知流姫このはなちるひめ


 古事記に登場する国津神くにつかみで、大山津見神おおやまつみのかみが一女。

 その名が示す通り、木花(さくら)が散る様子を神格化した存在。

 けれど、今回はその権能・領分を超え、陸の命を散らすことに執心していた。


 △ ▲ △


 知流姫? 誰? ――聞いたことのない神様に、陸は疑念を覚えた。

 けれど、今は神同士の話し合いの場。その質問はあとでもいい。


 陸は咲久に目を向けた。

 咲久は今、朱音に膝枕されてすうすうと寝息を立てている。


「よく寝てんな……ま。その方が都合いいけど」


 つい笑った陸。


 今回の件、咲久に知られずに済んで本当によかった。

 もし咲久が知ってしまえば、きっと感謝されただろう。いまいちだった自分の評価も、爆上がりになるはず。


 けど、陸はそれを望まなかった。


 咲久には今まで通りでいて欲しい。

 自分から告白する度胸はないくせに、幸運にも頼りたくない。そんな陸だ。


 それから陸は、教室の光景に目を向けた。




 教室の惨状は目に余るものだった。知流姫が放った「枯れ」のせいで、あらゆる物が「枯れ」てしまったのだ。

 金物は錆び、窓は煤け、合板もボロボロ。

 中でも特にひどいのが震源地周辺で、ひまりのいた床タイルなんかは、完全に塵と化してしまっている。


 もしこの「枯れ」が、校舎全体に波及していたら。奇稲田が現れなかったら。

 自分が今こうしていられるのも、単なる幸運でしかない。




「そう言えば小宮山君さあ」


 気が重くなった陸は、気晴らしに海斗に話しかけた。


あの人・・・、誰だか知ってる?」


「知ってるよ。神様でしょ」


「知ってたの?」


「そりゃ神様呼んだのぼくだし」


「ええっ!?」


 驚かせるつもりが、逆に驚いた陸。


「さっきぼくの所に庶民派さんからメッセージが来てさ。言う通りにしてみたら出てきた」


「あ。うん」


 陸はげんなりした。


 なんだそのざっくり過ぎる説明は? あの奇稲田姫の召喚だぞ? もっとカッコいい言い方はなかったの?


「でもぼくも初めて知ったんだけどさあ、神様ってホンットうるさいんだね。こっちはちゃんとやってんのに、『違う、そうじゃない』とか言ってくるし。あ。あと、水槽割れてんの見つけたんだけど――」


「あー、けどクシナダ様の召喚って、どうやったの? やっぱ魔方陣的な?」


「魔法陣……じゃ、ないかなあ? 注連縄しめなわは使ったけど」


「注連縄? そんなのどこに?」


「陸君のバッグ」


「は?」


 また驚かされた陸。

 海斗が自分のバッグをあさったのは勿論全然いい。けど、注連縄なんて入れたっけ?


「必要な物は全部ジャージ袋に入ってたよ。人形ひとかたとか御神酒おみきとか。なんか神社のハッピーセットみたいな感じだったけど、知らない?」


「……? ああっ!」


 ちょっと考えた陸は、すぐに思い当たった。

 雨綺うきだ。「使えそうな物入れといた」とは聞いていた。けどまさかそんな物を入れてたなんて。


「ん? てことは、くー様=クシナダ様なのか?」


 陸は考えた。

 なるほど。言われて見ればあのメンドクサさは、奇稲田そのものだ。

 でもそれならそうと、最初から言ってくれればいいのに。


 なんか悔しくなった陸は、スマホを取り出した。


[How are you?]


 このぐらいの英文ならギリ分かる陸だ。そして送信。


「あれ? 陸君、今なにかした?」


「まあ見ててって」


 すると、向こうの方で知流姫と話し合っていた奇稲田が、体をピクッとさせて、


「なんじゃ? わらわ今とっても忙しいから、ノットファインなんじゃが?」


「あ。ごめんなさい」


 ムッとする奇稲田に、陸は謝った。

 けれど、妙な可笑おかしさがこみ上げてきて、海斗と二人、クックッと笑い合う。


「貴方たち……なにやってんのよ……」


 そんな陸たちに呆れたのはひまりだった。

 彼女、知流姫にかれた影響か、ぐったりと壁に体を預けて、起きているのがやっとだ。


「そういうの……あまり、感心しないわね」


「ひまセンパイ。やっぱ保健室行きません?」


「大丈夫よ……ちょっと、疲れてるだけ……」


「でも……」


「あ。だったらアタシ、氷室さん連れてくから一緒に行く?」


 陸が心配していると、そう提案してきたのは朱音だった。

 彼女、咲久を膝枕なんてしていて、ほんの数時間前まで迷惑系で通していたとは思えない献身けんしんぶり。


 けれど、そんな提案にひまりは、


「ほっといて。ここまで来て私だけ蚊帳かやの外はないでしょう?」


 意地でも最後まで見届けるつもりらしい。




 とにかく。破滅の件は解決した。

 陸たちは話し合いが終わるのを待った。


 ◇ ◇ ◇


 奇稲田がこっちに来るのを見た陸たちは、彼女たちを出迎えた。


「で、結論は出たんすか?」


「ああうむ。まだもう少し詰めねばならぬこともあるが……実は……ちと、面倒な――ああいや。相当マズいことが判明しての」


 言いにくそうな奇稲田。

 彼女がこういう言い方をする時は、大抵破滅関連の話なのだけど――


「ハッキリ言ってくれていいすよ。どうせ神託しんたくの期限まではあと1日あるんだし、オレ、別に驚かないすから」


 察した陸は、奇稲田を励ました。


 そうだ。神託では、破滅は最長で7日だって言っていた。

 なら、あと1日ぐらいどうってことはない。こっちは最初から7日のつもりでやってたんだから。


「そうか。そなた、強くなったな」


 気丈な陸に、奇稲田が微笑んだ。そして――


「ならば、わらわも腹をくくるとするが……実は、氷室の娘じゃがな。あやつが目を覚ますことは、もう二度とない」


「……え?」


 陸は凍り付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る