第47.3話 六日目。午後。1-A(三)

「――その依り代にうつるがよい。娘もそなたも、これ以上苦しむことはなかろうよ」


「え!?」


 突然そんなことを言い出した奇稲田くしなだに、りくは驚いた。


「――今ならまだその罪、あがなうことも出来よう。そなたとて、このまま終わるのは本意ではなかろう?」


「ちょ、クシナダ様! なんでそんな――!」


「すまぬが陸よ。ちと控えていてくれぬか?」


「……っ!」


 奇稲田にたしなめられては、もう黙るしかない陸。


 奇稲田は、こんなやつに恩情を与える気なんだろうか?

 こいつが何をしてきたのか、知らないわけじゃないだろうに。


 ひまりは今、奇稲田だけを警戒していた。それでも背に腹は代えられないらしく、人形ひとかたに手を伸ばしている。


「うむ。賢明な判断じゃ。それでこそ木花このはな――」


誰が誰ガ貴女の貴女ノ施し施シなんか!ナンカ!


「クシナダ様っ!」

 

 奇稲田を強襲するひまりに、陸は声を上げた。


 ああもう! だから言わんこっちゃない。


 けど、今さらそんなことを思ったところで後の祭り。

 奇稲田はあっという間に組み伏せられて……


「あったた……そ、そなた。いくらなんでも今のはひど過ぎぬか? 飛びかかるならなら飛びかかると言ってくれぬと、わらわ今、頭打って……」


ふふ……フフ……それはごめんなさい。ソレハゴメンナサイ。でもデモ言ったら、言ッタラ、貴女避けたでしょう?貴女避ケタデショウ?


「それはそうじゃが……あ」


 自分のあごをくいと持ち上げてきたひまりに、奇稲田は言葉を止めた。


あら、アラ、さすがにサスガニ気付くのね?気付クノネ? ええそうよ。エエソウヨ。貴女の力を貰うの。貴女ノ力ヲ貰ウノ。だって、ダッテ、今の状況を今ノ状況ヲ解決するには、解決スルニハ、それが一番ソレガ一番手っ取り早いん手ッ取リ早インだものダモノ


「や。さすがにそれはちょっと……わらわ、そなたのこと嫌いではないが――」


し……もう黙ってシ……モウ黙ッテ


 ひまりの人差し指が、奇稲田の口を塞いだ。


 ◇ ◇ ◇


 奇稲田がピンチだった。迂闊うかつすぎた彼女は、まんまとひまりに組み伏せられてしまったのだ。


 けれど、その様子をすぐ傍で見ていたはずの陸は――


「……」


 この光景を前に、ただ固まっているだけだった。


 なにが起きてんの? ――自分の常識の外にある微妙にエッチな光景に、我を忘れてしまう陸。


 今、馬乗りになったひまりは、奇稲田の顔を両手で包み込んで、自身の顔を近づけているところだった。じっくりと。焦らすように。

 その様子は、彼女がなにをしようとしているのか、陸にもなんとなくわかってしまうもので。


 そう。これはつまり――


「……はっ!?」


 陸は我に返った。


 魅入みいってる場合じゃなかった! 止めなきゃ!

 ああでも。こういう時、間に男が挟まっちゃダメって聞いたことがある気がするし……


「ク、クシナダ様ァ? オレ、助けた方がいいすかァ?」


「ああよい。そなたはそのままに」


 思いがけず声が裏返った陸を、奇稲田が止めた。


「え? あ。そっすかァ? や。でも……」


「よいと言っておる。それよりもそなた、氷室ひむろの守りを持っておらぬか?」


「え? おま? あー……や。お守りは……ないす」


「やはりそうか」


 やれやれとため息を吐いた奇稲田。すると彼女、なにを思ったのか、迫ってくるひまりの背に自分から腕を回して……


……あら?……アラ? もしかしてモシカシテ降参かしら?降参カシラ?


「いやな。もしかしたらわらわ、今までそなたのことを見逸みそれておったのかもと思うての」


 奇稲田とひまりが、睦言むつごとのように語り合っていた。


見逸れ?見逸レ? と言うことは、ト言ウコトハ、見直してくれたの?見直シテクレタノ?


「まあの……じゃからしてわらわな。これからは、そなたにも厳しく当たろうと思ったんじゃよ。でな、木花知流姫このはなちるひめよ。そなた……」


 それまで穏やかだった奇稲田が、ひまりをきっと睨みつけた。


「――いい加減目を覚まさぬか!」


 奇稲田の手からひまりの首筋に、パチッと電撃のような閃光が走った。


…………


 ひまりは、崩れ落ちた。

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