六日目 午後・危機

第47.1話 六日目。午後。1-A(一)

 りく常世ユメ現世ウツツのハザマにいた頃――




「りってぃ! しっかりして! 起きてよりってぃ!」


 1-A教室では、陸を膝枕した朱音が、彼を起こそうと躍起やっきになっていた。


「いい加減起きてよ。じゃないと――」


 視線を移した朱音。

 その視線の先にいるのはひまりだ。

 彼女、気絶しているのか、眠っているのか。とにかく今は微動だにしていなかった。


「……ああもう起きろっ! じゃないと氷室ひむろさんにイタズラするぞ!」


 焦った朱音は、ぱちんっ! と、陸の頬を引っ叩いた。


 なぜこんな状況に? それは、朱音とひまりが衝突した時にさかのぼり――


 ◇ ◇ ◇


「――負けたくない……アンタに……だけは!」


 立ち上がった朱音は、ひまりに向かって行った。


 彼女、先の一撃でもうふらふらだ。

 逃げていいなら逃げ出したい。ひまりも、見逃してくれるって。

 でも朱音はそうしなかった。


 馬鹿だとか売春女だとか、好き放題言ってくるひまりが許せなかったのだ。

 けど、それ以上に許せないのが、そこまで言われてるのに尻尾巻いて逃げようとか考えてる自分。


「――あああああっ!!」


 朱音は叫んだ。黙ってたら自分の心に負ける。


 そして、お互いのお守りが交錯……いや。衝突して――


 ◇ ◇ ◇


 あの時、なにがどうなったのか実は朱音にも分かっていなかった。

 あのあとひまりが倒れると、呼応するように陸も気を失って、そして今に至っているのだ。


 刹那せつなの閃きで、ひまりのお守りを攻撃してみたのが良かった? でも、その正否を確かめる手段もない。

 ただ言えるのは、今動けているのは朱音だという事実だけ。




「あーもう。りってぃ全然起きないし……こうなったら氷室さんだけでも……」


 朱音は、咲久さくに目を向けた。

 彼女、呪いでもかかってるのかと思いたくなるぐらい、目を覚ます気配がない。


 咲久だけ連れて逃げる。でも本当にそれでいいのだろうか?

 あれ・・の本当は狙いは陸だったらしいし、だとしたら陸を置いていく方がよっぽどリスキーだけど……


「う……」


「りってぃ!? 起きた?」


 ふいに唸り声をあげた陸に、朱音はぱっと表情を明るくした。

 彼が目を覚ましてくれさえすれば、悩みは全部解決なのだ。


 けれど陸は、


「お……母……さん……」


「……」


 朱音の表情が固まった。

 そして彼女、なにを思ったのか、陸を膝枕したまま立ち上がって――


 ゴトン!


「――ってえっ!?」


 陸は飛び起きた。


「おはよう」


「あ。シュオン! なに今の!? 今すごく頭がゴン! て! すごくゴン! て! 頭が!」


「さあ? それよりもごめんねー。アタシりってぃのお母さんじゃなくてー」


「????」


 不機嫌な朱音に、困惑した陸。


 なにしろ陸には寝言を言った自覚がない。

 だからそんな態度を取られても、その理由がサッパリだ。


「あ! そんなことよりもサクは!?」


「あーそこはとりま平気。全然起きないけど、寝てるだけみたいだし」


「ほ……」


 咲久を見た陸は安堵した。

 彼女、相変わらず眠っているけれど、確かに無事だ。


「あ。センパイ……――これもシュオンが?」


 倒れているひまりに気付いた陸は尋ねた。


「あ。うん。でもほら、アタシってやる時はやる子だから」


 陸の問いに、胸を張った朱音。けれど、陸はそんな彼女を見てふと気付いたことがあって――


 朱音の服がヨレヨレになっていたのだ。

 その上、髪はボサボサだし頬とか膝なんかも擦り剥いている。

 彼女、余裕ぶっているけれど、大変な思いをしたんだろう。


「ごめん……」


「そんなの今どうでもいいっての。それよりほら。早く行こ?」


 うなだれた陸に、朱音は言った。


 ◇ ◇ ◇


 陸は眠ったままの咲久を背負うと、一足先に出口に向かった朱音を追った。けれど――


「……あれ? ……開かない?」


 ドアを開けようした朱音がそんなことを言う。


 ガタガタっ――と、何度か試してみるけれど、ちっとも開く気配がない。


「なにやってんだよ? 早く」


「いや。別にふざけてるとかじゃなくて」


 もしかして鍵が? 疑念を抱いた陸は、もう一つのドアに向かった。

 けれど、やっぱりこちらもガタガタ言うばかりで開かない。


 一体誰が?

 どうして?

 いや。そもそもドアは両方とも開けっ放してあったはず。それがいつの間に?


 好ましくない事態に、陸たちは目を合わせた。


 と、その時――


「ふ、ふふふ……まさか、逃げられるとでも?」


 背後からの声に、陸は戦慄せんりつした。


 見なくても分かる。ひまりだ。

 振り返ると、やっぱりひまりだ。彼女、怪我でもしたのか片方の目を抑えて、ゆらりと立ち上がっている。


「……貴女、大したものね。まさかこの私に傷を付けるなんて」


 立ち上がったひまりは、まず朱音を称賛した。そして次に陸の方を向く。


「それに貴方も。その女の邪魔が入ったとは言え、まさかあそこから戻って来るなんて……ふ、ふふふふふ……」


 静かに笑うひまり。けれど、その体はわなわなと震えていて、


「失セよ! 端女はしためどモっ!」


 ひまりが命じた。

 すると開かないはずのドアがバンッと開き、朱音と咲久が何者かに突き飛ばされたように、廊下へと放り出される。


「サクっ!?」


 陸が振り向いた時、ドアはもう閉じていた。


「コれでモう邪魔は入らなイ……さあ、今度コそっ!」


 ひまりが、黒のお守りを握り潰した。

 すると潰れたお守りから、蛇のようなあざが湧き出て、彼女の腕にシュルシュルと巻き付いてゆく。


 ひまりの隠された目に、黒紫色の炎がボウッと灯った。


 そして――




「――我ガ権能ケンノウッテ命ズル。コノハナ、散レ――」




 教室が――枯れた――

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