第46.3話 ユメとウツツ(三)

 陸はこの薄気味悪い洞窟で、胡散臭い恰好の女性と出会った。


 彼女は何者なのか? どこに行くのか? 不安がまったくないわけじゃない。それでも陸は、彼女を信じてついて行った。




「あの……あとどれくらいかかります?」


「はい。着いたよ」


 長すぎる道のりに陸が尋ねると、彼女は計ったように振り向いて言った。


「え?」


 ここのどこに出口が?

 キョロキョロと辺りを見回す陸。けど、出口どころか、道と言えそうな所すら見当たらない。


「えと。出口……すよね?」


 もしかして何か勘違いしてらっしゃる? 陸は戸惑った。

 今、自分たちの前にあるのは、ただの岩壁。要は行き止まりだ。そして左にも右にも道らしいものはない。


「うん。ここがその出口。でもここ、出口には違いないんだけど、いつでも開いているわけじゃないんだよね」


 彼女は、正面の岩壁をペシペシと叩いた。


「え? じゃあ、いつ開くんすか?」


「うーん……すぐに開くかも知れないし、100年後かも知れないし……」


「ええっ!?」


 あまりにも気の長い話に、陸は目を剥いた。

 そんなに待てるわけがない。今は一分一秒だって惜しいのに。


「どうにかならないんすか!?」


「んー、まあわたしにはどうにもできないっかなあ。でもそんなに焦らなくても大丈夫だと思うよ。君、お友だちいるでしょ?」


「え? あ。はいまあ」


 急に振られた話題に、ちょっと嬉しくなった陸。




 高校に入ってからこっち、友だちと呼べるような存在がなかなかできなかった陸だ。

 けど、それがいったいなんの因果なのか、この1週間ばかりの内に、海斗やひまりと行動を共にするようになっている。

 そしてさらにすごいのが、最初は敵対していた朱音でさえも、今ではギリ友だちと言えないこともないような関係になりつつあること。

 短期間のうちにこれだけの交友関係を築くなんて、これはもう陸史上稀に見る快挙だった。




「ま、まあさっきまでは一緒だったんすけど? 色々あって今はちょっと別行動してて? だから早く戻んないと、みんな心配するじゃないすかあ?」


 陸は柄にもなく饒舌だった。

 自分にこんなことを言わせてくれるなんて、やっぱりこのヒト、ものすごくいいヒトなんじゃ?


「ふうん、君って愛されてるんだね。でもそう言うことならやっぱり大丈夫だと思う。ここ、そういう人には得てして開きやすくなってるらしいから。そんなに急ぐんなら、ここでちょっと待ってみるのがいいと思うんだけど、どうする? ただ待ってるのも退屈だし、二人でちょっとお話ししたりしてさ」


「あっはい」


 すっかり上機嫌になった陸は、彼女の誘いに二つ返事で乗った。


 ◇ ◇ ◇


「立ってると疲れるでしょ? どうぞ」


「えっ!? あっはい。じ、じゃあ失礼します……」


 彼女に隣を勧められた陸は、それまでの調子コキから一転、緊張モードになった。


 さっき知り合ったばかりのお姉さんと隣り同士でお話する。これは、ぼっち気質の彼のとって相当ハイレベルなイベントだ。


 一体何を話せばいいのか? 悩み? 交友関係? 趣味の話? それとも学業? まったく予想がつかない。


 すると、先に口を開いたのは彼女で、


「ねえ君。ヨモツヘグイって知ってる?」


「あっはい! ……はい?」


 陸は頷いた。けど、全然知らない単語にすぐに首をかしげる。


「えー、と……はい。すんません。やっぱ知らないす」


 話が広がらない。陸は気まずそうに答えた。


 けれど彼女、せっかくの話題をふいにされても、すぐに話題を変えてくれて。


「わたしもね、元は君と同じ導かれた人・・・・・だったの」


「じゃあ! あの……あれ・・に!?」


「あはは。あれ・・じゃ分かんないよ。でもたぶんそれ・・。わたしの時もね、わたしのこと心配してくれる人はいたし、戻れるはずだったんだ。けど……」


 彼女の言葉に、陸は気が付いた。「戻れるはずだった・・・・・」と言うことは、今の彼女は、もう……


「まあいいや! とにかく君は絶対ここの物、食べちゃダメだよ? 分かった?」


「はい」


 陸は頷いた。今の話だけじゃ分からないこともある。というか分からないことだらけだ。

 でも、彼女の言葉には裏がないと言うか、思いやりがある。そんな気がするのだ。


 けれど彼女、今の会話で押し込めていた想いが溢れたようで、


「けど、せめてあともう一回だけ、ハグてしてあげたかったな……りく……」


「え?」


 陸ははっとした。今なんて? 聞き間違いじゃなければ、今確かに「陸」って……


「あの、今なんて――」


 思わず尋ねる陸。けれどその時――




 ――りってぃ! しっかりして! 起きてよりってぃ!




「あ。ほら。お友だち。でしょ?」


 聞こえてきた朱音の声に、陸の問いは遮られた。


 そうして岩壁の方を見てみると、それまでただの行き止まりだったはず場所が、ズゴゴゴゴ……と、音を立てて道を造り始めている。


「さ。行って。君ともお別れだね」


 女性が別れを告げた。


「あ、あの。一緒に……どうすか?」


 せめて、あともうちょっとだけ。この人が誰なのか分かった気がして、惜別の想いに駆られた陸。


「ははは、ムリムリ。わたし、ここに住むようになってもう長いんだよ? もうそっちには行けないって」


「えと、じゃあ……また、会え……たり……?」


「なあに君ぃ? もしかしてお姉さんに惚れちゃった? そりゃあまだ全然若い自信はあるけど、これでもわたし旦那も子どももいて――」


「じゃなくて――!」


 ケラケラと笑う相手に、陸は怒鳴った。


 そうじゃない!

 そうじゃないんだよ!

 もしかして、

 あなたは……!

 オレの……!


 どうしてもこれだけは確かめたい。けれど、気持ちばかりが先走って、言葉が出てこない。


「あ、そうだ。一つだけ忠告しておくけど――」


 けれど女性は陸の言葉を待ってくれなかった。


「この坂、戻ってる最中は絶対に振り返ったりしちゃダメだよ。もし振り返ったら――」


「あ。はい……それは、大丈夫す。なんとなく……分かるんで」


 今は、ダメなんだ。悟った陸はこぶしを握り締めた。


「そう? じゃあ、頑張ってね。君がシワシワのおじいちゃんになって、いい人生だったなって言えるようになったら、その時また会おうね」


「……はい……ありがとう、ございましたあっ!」


 陸は吹っ切るようにお礼を言うと、一気に駆け出した。


 元の世界へと続くこの坂に、涙が落ちて、そして消えた。

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