第46.2話 ユメとウツツ(二)

 陸は、「天神さまの細道」から落とされた。


 そして彼はいつ終わるかも分からない奈落の中を落ち続け――




「わあああああ……――ぎゃふんっ!」


 突然現れた地面にお尻をしたたかに打ちつけた陸は悲鳴を上げた。


「ってぇ……あー尻が二つに割れるぅ……ってて……」


 それでも無事(?)奈落の底へと着いた陸。よろよろと体を起こし、辺りを見回す。


「洞窟?」


 陸は呟いた。


 ジメっとして淀んだ空気。ろくに視界も利かないような暗闇。ゴツゴツした岩肌。

 実際に入るのはこれが初めてだけど、ここはまごかたなき洞窟だ。


 陸は背後の斜面を見上げた。はるか遠くに仄明ほのあかり。たぶんあそこから落とされたんだろう。


「これ、登れるか?」


 陸は明かりを目指して斜面に脚をかけた。

 けれど――


「うわっ!?」


 ズルッと滑って終わる。

 この坂、粘土かなにかで出来ているらしい。登ろうとするとズルズル滑って取りつく場所がない。何度も試してみたけれど、結果は同じ。


「ああもう! なんだよ!」


 怒った陸は斜面を蹴っ飛ばした。


 こんなことしてる場合じゃないのだ。こうしている間にも、あの神霊が咲久さくを破滅させようとしているかも知れないのに。

 あれ・・は、咲久には興味がないとか言っていたけど、あれだけ好き勝手やってくれたやつの言葉なんか信用できるはずがない。


「ああああ! くそっ! くそっ!」


 焦りから激昂する陸。何度も斜面を蹴っ飛ばす。

 けれど……


「くそっ……くそ……」


 忘れていた昔のことを思い出してしまったせいだろうか。

 今までずっと眠っていた小さなりっくんが、――いかないで。ひとりぼっちにしないで。おかあさん……――と、心の中で泣きじゃくっているのだ。


「……おか……さん……」


 もうなにも考えられなくなった陸は、座り込むと、自分の膝に顔をうずめてしまった。


 ◇ ◇ ◇


「そこに誰かいるの?」


 そんな声がしたのは、どれだけ時間が経ってからだろう。


「――っ!?」


 突然の声に、陸は顔を上げた。

 見れば、向こうの方から灯りが近づいてくるのが見える。


「待って。今そっちに行くから」


「……」


 待てと言われたところで、行く当てなんてない。陸は不安を抱きながら、そこに留まり続けた。




 そう言えば、あの神霊は言っていた。自分は、「終わらせる神」なのだ。と。

 終わらせる神とは、たぶん死神のことだ。と言うことは、その死神に送られてきたこの場所は、死後の世界。

 なら、今こっちに向かって来る相手は、死後の世界に巣食う亡者か魔物か、さもなきゃこの世界の案内役か……




「やっぱり人。珍しい」


「ぅゎぁ……」


 姿を見せた相手を見て、陸は嫌な声を上げた。


 やって来たのは、亡者でもなければ魔物でもない。燭台しょくだいを持っただけの女性だった。


 ならどうして陸はそんな声を出してしまったのか? それは、そのヒト・・が、亡者とかとはまた違ったベクトルの気持ち悪さがあったからで……


「『ぅゎぁ』?」


「ああいや……なんでも」


 怪訝けげんそうにした相手に、陸は慌てて誤魔化ごまかした。


 やって来たヒトとは、たぶん普通の女の人だ。

 なんで「たぶん」なのかと言えば、彼女の顔面には遺体に被せる布の面――おおい――がかけられていて、まるで顔が見えないから。

 その様子は、一言で言えばカルト宗教の凶信者。

 今まで、おっかなびっくりビビり散らかしていた陸をもってしても、思わず「ぅゎぁ」とか言ってしまうぐらいには、胡散臭さあふれる恰好だった。




「ふうん。まあいいけど、でもここは本来君のような子が来ちゃいけない場所だよ。はやく帰りな?」


 そのヒトは、陸の無礼な態度を気にせずに言った。


「あ……や。出来ればオレもそうしたいんすけど……」


 と、相手の寛容さに、かえってばつが悪くなった陸。


「あ。なに? もしかして君、迷子?」


「え? や。別にそういうわけじゃ――」


「そう? でもなんか目元腫れてるみたいだし、目も赤いよ?」


「え? ――や。ちがっ! これはそういうんじゃなくて――」


 指摘された陸は、慌てて目をグシグシっと擦った。

 別に泣いてたわけじゃない。ただ、色々考えてたら目から分泌液ぶんぴつえきが漏れきただけで。


「違うんす! オレ、なんかこう、上から落とされたーみたいな!」


 ちょっとムキになった陸は、自分が落ちてきた方を指差した。

 どうも雰囲気からすると、彼女は自分よりも年上。三十路凸凹アラサーのようだけれど、だからって高校生にもなって子ども扱いされたんじゃ、たまったもんじゃない。


「ああ。あなた、導かれた人・・・・・なのかあ」


「導かれ? あー、よく分かんないすけど……たぶん、はい」


 意味が分からなかったけれど、とりあえず頷く陸。


「ふうん。そういうこと……なら、お姉さんが出口まで案内してあげる。付いて来て」


 そう告げた彼女は、陸の返事も待たずに歩き出した。


「ねえ君ー! 別にそこに居たければ止めないけど、どうするー?」


「あ。はい。行きます!」


 敵ではなさそう。彼女に、根拠のない好感を抱いた陸は、とりあえず彼女の後を追った。

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