ユメとウツツ
第46.1話 ユメとウツツ(一)
――通りゃんせ 通りゃんせ
「ひぐっ……ぐずっ……」
とても悲しくて、とても不思議で、そしてちょっと怖くて温かい。10年前の、そんな夢を。
「どうしたの?」
女の子が現れた。
「――そっか……あなた、おなまえは?」
その子は、初めて会った陸にも優しくしてくれている。
「あなた、いくつ? ――5? てことは……ふうん……」
けれど陸は知っていた。この女の子の正体が何者なのかを。
「あのね。きょうおまつりだから、りっくんのおかあさんもあっちのほうにいるとおもうの。ちょっととおいかもなんだけど――」
まだ幼い陸は、同じぐらいの咲久の言葉に頷くと、夜闇に映える
――ここはどこの 細道じゃ
「ここね。とおりゃんせのみちなの。――あ。ほら」
――天神さまの 細道じゃ
「ね?」
細道を行く咲久は、ニコニコと言った。
彼女、いつの間にかほんの少しだけ大きくなっている。小学生ぐらいだろうか。
幼いままの陸は黙って付いて行く。
「……」
陸の歩みが遅くなった。石畳がデコボコで、脚をとられたから?
――ちっと通して 下しゃんせ
――御用のないもの 通しゃせぬ
「あ。ちょっとお参りしてこ?」
社殿の前に来ると、咲久が言った。
陸は、黙って
彼女はまた少し大きくなった。幼いままの陸に、抗うことは出来ないだろう。
道の両側にある
「……?」
陸の心がざわついた。
――この子の七つの ×××に
――××を××に まいります
「おまたせ」
参拝が終わると、咲久はまた陸の手を取った。
社殿はなくなっていた。その跡は下り坂へと変わっている。
「じゃ。行こ?」
「……」
陸は頷くと歩き出す。
心のざわつきが収まらない。
「ふ……うふふふ……もう少し……」
また少し大きくなった咲久がほくそ笑んだ。
――りってぃ! しっかりしてよ!
「っ!?」
陸は脚を止めた。そして辺りを見回す。
なんだ今の? そんな
「どうしたの?」
すっかり成長した咲久が尋ねてくる。
どうしたのって、まさか今の異変に気付いていない?
「どこに?」
咲久が意味の分からないことを聞いた。
あれ? そのセリフ、まだ早いんじゃ? 自分はまだ「いかない」とも、「かえる」とも答えていない。
あ。そうか! ――陸は違和感の正体に気が付いた。
◇ ◇ ◇
「行かない」
陸ははっきりと告げた。
ここは記憶に従うだけの思い出の世界。そういう場所だと思っていた。
けど、そうじゃなかった。
「帰る」
陸は続けて自分の言うべきセリフを言った。
「……お母さんは?」
咲久が尋ねた。
「それはもう……いないし」
思い出の外にあるセリフを言った陸。心がギュッと締め付けられる。
そうだ。ずっと考えないようにした。ずっと忘れてた。
けど、母とは10年前にお別れしている。
「……だからオレ、帰る」
「……」
咲久は答えなかった。しばらく陸のことを見つめる。そして、
「そう……そうなの。あ~あ……」
咲久は、とうとう思い出にまったくないセリフを発した。
◇ ◇ ◇
この世界のカラクリに気付いた陸は、高校生になっていた。
ちょいちょい違和感はあったのだ。
思い出の中では、鳥居は石造りだったのに、ここではピッカピカの朱塗りになっていた。
道の両側に並んだ木も、灯籠に替えられていた。
そしてなによりも違っていたのが、今咲久がやっている役だ。
あの時自分を
「やるんならもっとちゃんとやれって」
陸は言った。
「でもあなた、10ねんまえこわがったから」
巫女姿の女の子が答えた。
なるほど。だから道を灯籠で照らして、あの子も咲久に変えたのか。
「だからってやり過ぎ。つか、オレのことナメ過ぎじゃね? こんな露骨に変えたら、イヤでも気付くに決まってんじゃん」
「そう? でもアタシ的にはけっこーいー線行ってたと思うんですけどぉ?」
朱音が反論する。
けどまあ、彼女の言う通りではある。途中まで
でも、女の子を咲久に変えたのは悪手だった。
そのせいか知らないけれど、セリフの端っことかちょっとしたところで雑さが目立っていた。
「まあいいわ。どうせ余興のつもりだったんだもの」
最後に出てきたのはひまりだった。そして彼女は続きを
「――行きはよいよい 帰りはこわい」
「うわっ!?」
立っていられなくなった陸は、地面にしがみついた。
ひまりが謡い出すのと同時に、世界が傾き始めたのだ。
「本当はね。こうするのが一番手っ取り早いのよ。けど、そんなやり方だと、いつまで経っても悪霊だとか妖怪だとか言われちゃうじゃない? だから私――」
「は!? 最初から妖怪じゃないのかよ!」
陸は言ってやった。
人を害するのが妖怪なんだろ? なら、どう考えたってこいつは……!
「……いいえ。私は神。れっきとした神なのよ。だから私は神に相応しいやり方で貴方を導いてあげようとしたの……なのに貴方は……」
はぁ……と、ひまり。
「でももういいわ。これ以上貴方に時を与えてしまうと、それこそ取り返しがつかなくなるもの。私ね、きれいなものをきれいなまま終わらせる。そういう神様なの。そして、あの時の貴方の涙と悲しみは、とてもきれいで……ふふふふふ……」
「なんだよそれっ!?」
陸はしがみつくのに必死だった。
細道が、陸を奈落へと誘っている。
ここから落ちたらどうなるのか、陸には分からない。けど、その答えはたぶん……
「今ならまだあの時のことを思い出して泣けるのでしょう? でも安心して。向こうに行けば、大事な人にまた会えるはずだから」
「そんなのっ――うわあっ!?」
そんなのお母さんが望むわけない! しがみついていられなくなった陸は、奈落へと滑り落ちた。
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