たった一つの冴えたやり方

 アストロノーツに綺麗に収まっている少女は、小さな酸素ボンベを抱くようにして丸まっていた。とても窮屈そうで見ていられず、ストレルカと二人がかりで外に出した。急に体勢を動かさないように、慎重に関節を伸ばして何とか横にする。体温はやや低い。僅かにだが、胸部が上下している。息はまだあるみたいだ。

「ど、どうしよう、ストレルカ。人だ、人間だよ!」

「お、落ち着いてよベルカ。まずは深呼吸よ。ひっひっふー」

 それは陣痛を緩和するラマーズ法じゃなかったかな?

「ストレルカ、君こそ落ち着くべきだよ」

「そ、そうね。ひっひっふー」

 それで本人が落ち着くというならば、止めるのは野暮だろう。それに、僕よりも慌てているストレルカを見ていると、逆にこちらは冷静になってくる。

 少女を観察する。背丈は百十五センチほど。髪の毛は銀色。色白で、標準よりは痩せ気味。着ている服は何か公的機関が支給するものだろうか、一般的な衣料品店のものではない。腕に何かデバイスを巻いているが、画面は真っ黒だ。

 再び少女の顔へと視線を移す。頭などに目立った外傷はない。だが、声をかけても少女は一向に目を覚まさない。海に落ちたとはいえ、落下衝撃が強くて気を失っているんだろうか。アストロノーツにはタリン衝撃吸収材(注1)など使われていたような気がするが、それはこの旧型でもそうなのかどうか分からない。もし脳震盪のように何か異常が起きていたとしても、僕たちに医療の知識はないし、この惑星に治療できるキットも存在しない。

「ねぇ、ベルカ。この子も私たちみたいにこの星の調査で送られたのかな?」

 呼吸法のおかげなのか幾分か落ち着いた様子でストレルカが訊いてくる。

「いや、違うと思う。僕たちも人のことを言えたことじゃないけど、彼女は幼すぎる。こんな小さな女の子を単身調査に送り込むなんて、常識じゃ考えられない」

「ということは、この子は自分で望んでこの星にきたっていうこと?」

「それも違うと思う。望んでくるとしたら、アストロノーツに入って落ちてくるなんてありえないよ。そもそも人が入る想定なんてされていないだろうし、こうして息があるのが奇跡だよ」

 そうだ、なぜ少女はアストロノーツに入っていたのか。もしかして自殺かとも思ったが、もしそうなら酸素ボンベをつけている時点で矛盾している。これは生きるためにつけているのだ。ということは、何かこうせざるを得ない最もたる理由があるはず。

 濁った海のほうへ視線を向ける。彼女が落ちてくる前に、何が降ってきたか。

 僕は目を凝らして海面に浮かぶそれを認識する。自分の記憶にあるものと照合して、再びアストロノーツに目を向けた。

 思考する。一つ一つの事象に対してあらゆる面からアプローチをしていくのは苦ではない。むしろ、存在理由レーゾンデートルともいえる。

 一分。二分と時間が経つが、ストレルカは何も言わない。僕の思考を妨げまいとしているのが、なんとなく伝わってきた。

 たっぷりと時間をかけて、見解を述べる。

「この子は、旧型のボイジャーの乗組員に違いない。そして恐らく、僕らが脱出ポッドで投下されているときに近くにいた機体に乗っていた。旧型ボイジャーは遠征向けじゃない、となると僕らが乗っていた宇宙船にアナウンスしていたスプートニクが母艦でそこに乗っていたんだろう。つまり、この少女はスペースデブリ課の船外活動員の可能性が高い」

「スペースデブリ課? それがなんでこの星に降りてくるのよ」

「旧型ボイジャーは大気圏に耐えられない。現に、バラバラになった機体が降ってきただろう。何かトラブルがあって、咄嗟にアストロノーツに体をねじ込んだんだろう」

「そんな簡単にボイジャーが落ちるなんて考えられるの? それにこんな小さな子が船外活動員なんて信じられないわ。百歩譲ってスプートニクに乗っていたとして、密航者じゃないのかな」

「それも無理があると思うよ。この子の服装を見れば密航者じゃないことは一目瞭然だ」

 少女が公的機関の制服を着ている以上、その仮説は立証できない。僕が否定すると、ストレルカはまだ十分に納得していないようで反論する。

「制服を盗んで、紛れ込んだ可能性だって少なからずあるんじゃない?」

「この子はとても背が低い。このサイズは特注だろう。となると、そんなぴったりなサイズがたまたま侵入したスプートニクにあったとは考えにくい」

「なるほどね、それもそっか。やっぱりベルカには推理で敵わないや」

 別に頭の良し悪しを競っていたつもりではなかったが、ストレルカはその場にどっしりと座り込んだ。考えすぎて疲れたのかもしれない。よく考えれば、この星に降りてから少しも休憩していない。僕もストレルカに倣って腰を下ろした。

 少しだけでも休もうと思っても、やはり僕のさがなのか、思考が展開していく。もう自然と構築されていくシグナルに身を委ねる他なかった。

 少女がスペースデブリ課の船外活動員だという推論は、おおよそ当たっていると仮定して考える。ではなぜ、アストロノーツに入ってここに来たのか。それは何かトラブルがあったから。そのトラブルとは何か。具体的な内容を的中させるのは雲をつかむような話だろう。だが、おおよそのことであれば思い当たる節がある。なぜなら僕にはその答えに近づけるだけの材料を持っているからだ。

 ヴェスタ孤児院で、盗み聞いた言葉は一言一句覚えている。

 先生もとい、ジオテールは司祭様にこう言っていた。

 ――なにやらデブリ課の話も再燃しているらしいし、顔を出さねばなるまい。

 ――なんと、まるで馬鹿の一つ覚えのように……折角英雄まで使ったというのに、苦労されますな。

 ――ふん、あれは死んで当然。それにデブリ課共も、所詮烏合の衆だ。蘇ったところで、どうとでもなる。

 ――流石はジオテール様。

 この文章から読み取れることは多い。デブリ課の話が再燃している、ということは以前にもデブリ課の話が持ち上がり、公的機関が動いたということだろう。そしてあれは死んで当然、と続く。あれ、とはもちろん英雄のことだ。そして死なせるために英雄まで使った、と司祭様はいった。

 英雄とは、チャイカが言っていたリモンチクという人物のことだろう。ジオテールはリモンチクを使う――具体的には何か利用をして、デブリ課を潰した。だが、デブリ課は蘇った。現に、僕らの目の前にいたデブリ回収船スプートニクが証拠だ。

 しかしデブリ課は、ジオテールにとっては烏合の衆でどうとでもなる存在。つまり、ジオテールが裏で糸を引けば再びデブリ課を壊滅させられるということだ。

 そしてジオテールの策略によって、この少女はこの星に降りざるを得ない状況になった。機体のトラブルが妥当な線だろう。だが少女は、アストロノーツに身を委ねるという、たった一つの冴えたやり方で九死に一生を得た。

 恐らくジオテールはこの少女が事故により死んだことにして、デブリ課を糾弾するつもりだろう。ならば、この少女が生きていればジオテールの計画は破綻する。

 とすれば、僕らがとるべき行動はただ一つ。ジオテールのために資源や情報収集するのではなく、目の前にいる少女の命を守り切ることではないか。

「ストレルカ、人間が生きるために必要なものはなんだろう」

「何か考えが纏まったんだね?」

「うん、あながち間違いじゃないと思う。それに間違っていたとしても、僕はこの子を見殺しになんてしたくないよ」

「それは私も同じ。じゃあ早速行動しなきゃね」

 ストレルカは立ち上がってお尻をはたくと、腕組みした。

「まずは、飲み水がいると思うわ」

 水は目の前に大量にある。だが、濁っているし空から落ちてきたボイジャーの破片や黒い煤のようなものが水面に浮かんでいる。いくら水が必要とはいえ、逆に人体に害を与えそうだ。ストレルカは僕の視線に気づいたのか、人差し指を立てて説明した。

「私とベルカが持ってきた荷物と、現地にあるものを寄せ集めて簡単な濾過装置を作って、煮沸消毒すれば飲み水にできると思うわ」

「なるほど、そういった知識はストレルカのほうが豊富みたいだ」

 ストレルカは汚名返上とばかりに手をパンと叩いて指示を出した。

「さ、考えるのは終わり! 二人しかいないんだから、てきぱき動くわよ!」



(注1)タリンと呼ばれるタンパク質ベースの衝撃吸収材。TSAM。

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