第42話 星空一面 その六

(さて、どうしたものか……)


 レアな軍艦デートだ! と意気込んでみたものの、当然ながらボーリング場のような娯楽施設が軍艦内にある筈もなく。

 かといって艦内の酒場は、アルコール除去の魔法陣が出口にあるとはいえ、二人とも未成年なので入れない。


 デートであるからには、二人とも満足出来る方が良いに決まっている。

 ハルナが食事を終えるまでの間、デートの計画を練るも、そもそも娯楽が少ない上に、オスプレイ内の情報に乏しいエインツには困難な作業だった。


「……これからどうしようか悩んでいるんでしょ?」


 スープをスプーンで飲みつつ、人相占い師さながらにハルナは、エインツの顔を覗き込む。


 ハルナが好きでたまらない。

 彼女に尽くし、喜ばせたい。

 エインツの想いをハルナは、完全に見透かしていた。


 それでいて、心から想われている事を嬉しく思っているし、自分も尽くしたいと思っている。

 一人の女としての幸せを存分に。嬉し恥ずかしく噛み締めている。そんな思いが透けて見える。

 愛と理想と妄想が混ざり合っているエインツの目と脳は、ハルナの顔をそのように見ていた。


「お互いの気持ちが通じ合っていれば、特別な事は必要ないわよ」

「……そうだな。少々気が先走っていたようだ。ハルナの言う通り、二人でいる事の方が大事だ」

「そ。難しく考えなくても良いよ。エインツが隣にいてくれる。それだけで私は充分に幸せなんだから」


 完全に一本取られた形だが、エインツの心に去来したのは多幸感だった。

 気がつけば、悔しいと思うどころか、満ち足りた思いに全身が浸かっている。正に魚と水の関係であった。

 改めてエインツは、愛の火が灯る目でハルナを見た。


「ご馳走様でした」


 残さず食べ終えたハルナは、食後のコーヒーに手を伸ばした。


「あ、確かにこのコーヒーはエインツの好みに近いけど、初心者の私にはちょっと苦いかな」

「だったらミルクを入れてみたらどうだ。飲みやすくなるぜ」

「ミルク……試してみるね」


 ハルナはジャスが置いていった、コーヒーミルク一個を手に取った。

 ミルクを入れ、スプーンで混ぜ合わせたハルナは、茶色になったコーヒーを飲む。


「あ! 確かに飲みやすくなった。初めて飲んだけど、私はミルクコーヒーの方が好みかも」

「コーヒーの飲み方は人それぞれ。ハルナが美味しいと思う飲み方で飲めば良い」


 直前にグラハムの話題になったからかエインツは、コーヒーについてのグラハムの受け売りを思い出し、それをハルナに語って聞かせた。

 エインツがコーヒーを飲むようになったのは、グラハムがミルクコーヒーを好んで飲んでいたからだった。


 それまで水しか飲んでいなかったエインツは、その事をグラハムに問われ、問答の末に興味が湧いたのがきっかけだ。


「グラハムもハルナと同じで、ミルクコーヒーが好きだったぜ」

「そうなんだ。グラハム様と好みが……」

「遺伝かもしれんぞ。俺はブラック派だけど、コーヒーを飲み始めたのはグラハムの影響だ。逆にアリーシャは、紅茶などのお茶が好きだったな」

「アリーシャ様はお茶派だったのね。私と同じだ」


「そうだ。グラハムもアリーシャも。一度ハルナに会わせたいくらい良い奴らだったぜ。……ラルシェももちろんそうだが、本当にあの二人とパーティーを組めて良かった。心からそう思っている」


 昔を懐かしみ、最高の記憶を味わうようにエインツは言った。

 エインツがハルナの護衛任務に名乗りを上げたのは、ハルナがグラハムとアリーシャの子孫だったからだ。

 そうでなければエインツは、別の依頼をこなす日々を送っていたかもしれない。


 そう考えると、エインツがハルナと出逢ったのは、五百年前から決まっていたとも言える。

 時空を超えた、壮大な赤い糸。

 奇跡より宿命と言うべき出逢い。

 艱難辛苦かんなんしんくの末に手に入れた幸せ。むざむざ手放す気などある筈が無い。


「何て言ったら良いのか。……本当に不思議な感じ。エインツがラルシェと一緒に、グラハム様とアリーシャ様とパーティーを組んでいたなんて」

「……」

「エインツ? あ……ごめん。辛いのなら話題を変えるね」


 エインツの沈黙を、辛い過去を思い出させたせいと解釈した様子のハルナが、謝罪混じりに言った。


「あ、いや。全く辛くないと言ったら嘘になるが、そんな意味じゃない」


 火消しに走るエインツ。

 口からでまかせの言葉では無かった。


「俺の中では、二人とパーティーを組んでいたのは、数年前の出来事だ。それが二人の。それも五百年後の子孫とこうしてつき合えている。この感覚を表現しようがなくて、つい黙ってしまっただけだ」


「……その気持ち、凄く良く分かるよ」

「なんだか、変な方向に話が進んでしまったな。……気分転換に歩きながら話さないか?」

「あ、そうだね。そうしよ」


 言ってハルナは、残ったミルクコーヒーを二回に分けて飲み干した。

 使った食器を水で軽くゆすぎ、コンベア式の食洗機に流した後でエインツは、ジャスの様子を伺った。

 忙しくしていたので、声を掛けずに食堂を後にする。


「グラハムは盾と槍を装備して戦う、壁役の前衛で。アリーシャは補助や回復を得意とする魔導士だった」


 グラハムとアリーシャを、自身の境遇や気持ちに絡めて話すから、明後日の方向へ話が飛んでしまう。

 なのでエインツは、純粋に二人の事だけを話すようにした。


「って、これくらいの事、ハルナなら当然知っているよな」

「ううん」


 ハルナは頭を左右に振った。


「言い伝えを聞くのと、お二人の傍にいたエインツが話すのでは全然違うよ。込められた想い。人としての温かさがあるって言うのかな? もっと聞かせて」

「ああ。良いぜ」


 二人は食堂の隣にある娯楽室に入った。

 若者から中年まで。

 六人の男女が室内でくつろいでいた。


 エインツとハルナは、二人掛けの椅子と机の席に座った後も、同じ話題を続ける。

 四人で乗り切った冒険譚や、何気ない日常の一時など。


「それで傑作だったのが……」

「うんうん。それでどうしたの?」

「ピピッ!」


 肩肘張らずに話すエインツと、好奇心で傾聴するハルナとニクス。

 本やトランプなどがある娯楽室だが、二人と一羽の会話にそれらは全く必要無かった。

 時に話し手と聞き手を交代させながら、一時間以上話している事にエインツは気がついた。


「もうこんな時間か」


 壁のアナログ時計は、午後八時三十分過ぎを示している。

 楽しい時間は過ぎるのが早い。

 その事を実感しながらエインツは、室内を見渡した。

 先にいた六人はいつの間にか、全員がいなくなっていた。娯楽室内にエインツとハルナ、ニクス以外はいない。


「皆風呂にでも行ったのか? 俺たちはどうするハルナ」


 午後十時丁度に通常の電灯は消え、艦橋や機関室などの一部を除き、艦内は赤い光の照明が灯る。この間、娯楽室や風呂などは使えない。


 また、男女の居住区画は明確に分けられている。

 女性専用区画に男性は入れず、女性だけが知る、正しい暗証番号を入力しなければ開かない扉と壁で区切られている。

 午後十時を過ぎれば二人は、明日の朝まで会えない。

 禁を破れば罰則が科せられる。


「もう少し一緒にいようよ」

「だな。俺も同じ気持ちだ。……ハルナが行きたい場所はあるか? このままここにいても俺は構わないし」

「……それなんだけど私、トレーニングルームに行きたいの。エインツと一緒に」

「トレーニングルーム? 寝る前に一汗流したいのか?」


 ハルナの発言にエインツは、内心で首を傾げた。

 戦闘やダンジョン探索する上で、体力はもちろん必要不可欠だが、ハルナの職業は魔導士である。

 就寝前に鍛えなければならないほど、体力が求められる訳ではない。

 エインツの頭の中で、両者はきれいに結びつかなかった。


「違うよ」


 エインツの言葉にハルナは、頭を横に往復させながら言った。その声と動きに自信は感じられない。


「私は……エインツの口からご先祖様の話を聞いて、やってみたいというか。克服しなければならない事が出来たの」

「克服しなければならない事。……どういう意味だ?」

「暗所恐怖症よ……フォルテアとの戦いを前に、出来る事なら克服したいの」


 ハルナは不安が貼りついた、それでも覚悟を決めた顔で言った。

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