2-4
四月十日水曜日。
天候は晴れ。うざったいくらいに晴れて、太陽は私たちを照らす。
教室にいても日差しは入ってくる。燦々と輝きを放ちながら。眩しい。できればカーテンで遮って欲しいと思うが、誰も触らないので仕方ない。私にはカーテンを触る勇気がない。しょうもない女である。
始業のショートホームルームが始まるのを座って淡々と待つ。私には友達と呼べる存在が梨沙しかいない。梨沙が他の人に取られるとその時点で私のぼっちが確定する。悲しいなぁ……とは思うけど。でもこれは明らかに私の怠慢。友達作りを怠った過去の私への罰。じゃあ友達を作れば良いじゃないか、それで万事解決じゃないか、と思うかもしれないが。そういう単純な問題ではない。友達作ろう、で友達が作れるのならば今こうやってぼっちになっていないわけだし。友達を作る、というのは難しい。
後方の教室の扉が開く。意味もなく視線を一度向ける。
扉を開けたのは戸村瑠菜だった。白銀の艶やかな髪の毛がゆらっと揺れる。
並な感想しか出てこないけど、やっぱり可愛いなぁと思う。ぼんやり彼女のことを見ていると、戸村はひらひらと手を振った。どうせ私に向けられたものでは無い。だから無視する。
反応せずにぼーってしていると、今度は手招きのジェスチャーをした。
私に向けられているような。でも向けられていないような。そんな複雑な感情が心の中で渦巻く。
一人で葛藤していると、彼女はすたすたと教室内に入って、私の方へと歩いてくる。しかも不機嫌そうに。
周囲をキョロキョロ見渡す。
戸村と会話しそうな人はいない。梨沙は他の友達と会話中だし。
状況的には私しかありえない。でも私もありえないよなぁと思う。
うじうじしている間に彼女は私の元までやってくる。そして足を止め、私の耳に口元を落とす。ふんわりと石鹸の香りが私の鼻腔を刺激する。本能的に匂いを堪能してしまった。すーっと鼻で息を吸ってから、待って、私今すごく気持ち悪いことしているのかも、と我に返った。
それからすぐに、
「どうして無視するんですか。いくらなんでも悲しいですよ。無視されるのは」
と、囁く。
やっぱり私に向けたものだったか。
無視したのは悪かった。でもそういうことを言うのはずるい。せこい。卑怯者。
「無視したんじゃないです。合理的な反応をしたまでですよ」
無視したと認めるのはなんとなく癪だった。癪もなにも実際問題無視したのだが。まぁ要するに私のちっぽけなプライドだ。
「そうですか。なら、これ以上突っかかるのはやめておきましょうか。合理的な判断というのなら、こちらも合理的な判断をすべきでしょうし」
戸村はそう言って、すっと顔を私の耳元から離す。
「ちょっと来てください」
「はい?」
「昨日の続きをしますよ」
腕を組む。
多分私になにか言いかけてたアレのことだと思う。
「用件話してくれるんですね」
「元々話すつもりでしたし」
淡々としている。作業感がある。
「でも、今から?」
今からどこかへ連れて行かれて会話をする。それが一分、二分で終わるような簡素なものだとは思っていないし、実際終わらない。良くて五分。悪ければ十分くらい話し込むかもしれない。今から十分……。ショートホームルームが始まってしまう。私はこれでも優等生だ。ショートホームルームを抜け出す……みたいな不良じみたことはしたくない。怒られたくないし。
じゃあ用件とやらが気にならないかと言われるとそれもまた違う。気になる。すごく気になる。
天秤が揺れる。傾いたと思えば、すぐに逆側が重たくなって、ゆらゆらと不安定に揺れる。
「今からですよ。今ならいけそうですし」
戸村の視線は梨沙へと向けられている。たしかに。今なら昨日のように邪魔が入る……みたいなことはない。
いやでも、タイミング間違ってるような気がする。ショートホームルームを抜け出してまでするようなことではないと思う……。けど、戸村はもう行く気満々だ。私が立ったらそのまま手を引くんじゃないかってレベルで意気揚々としている。
引き摺られて教室を出るのはさすがに目立ち過ぎる。悪目立ちはしたくない。
「わかりました。行きましょう……」
変に目立ってしまうくらいならば、自発的に動いた方が良い。動くべきだと思う。少なくとも自発的に教室を出れば目立つことはない。
だから、立ち上がって、彼女の答えを待つことなく、私はさっさと廊下へと出る。
「え、ちょっ……やる気満々? ですね」
困惑が滲む声が私の背中から聞こえてきた。
教室を出てすぐ先頭を入れ替わり、彼女の後ろをついていく。背中をずーっと見て追いかけて、辿り着いたのは屋上へと繋がる階段の踊り場。段差を椅子のかわりにして、戸村は座る。そしてとんとんと隣を叩く。直接言わないけど、座れって言いたいんだろうなってのは簡単にわかった。
ここは普段人が立ち入るようなところじゃない。アニメやドラマなどとは違って、私たちの学校の屋上は出入り禁止であった。理由は危ないから。単純明快だ。しっかりと施錠もされている。鍵が壊れてるってこともない。だから「立ち入り禁止だけど実は入れる」みたいなことはない。だから尚更人は近寄らない。屋上へ行かないのにここを使う人なんて……人に見つかったらマズイようなやましいことをする人くらいだ。もしかしたらカップルと鉢合わせするかもしれないけど。それはまぁ……お互い様、ということで見て見ぬふりすることになるのかも。
「それで……早速なんですけど良いですか?」
「前置きとかないんですね」
「求めてるのならしますが……」
「大丈夫です。求めてないです」
ぶんぶんと首を横に振る。
「岡島さんってループしていませんか?」
梨沙の言葉を受け入れるのに少し時間がかかった。
え、なに? なんて言った。なにを……ん、んん? ループ? ループって言った? 言ってたよなぁ。ループって。絶対に言ってたなぁ……。と、徐々に理解していく。
ふーむ、なぜバレているのだろうか。
一周まわって私は冷静でいられた。
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