第9話 ルテンシアの食事
翌日、再び木のうろを通ってルテンシアへやってきた。
時刻は昼前。
少し早すぎたのか、ルファの姿はまだ見えない。
今日は色々と荷物を持ってきてみた。
まずみたらし団子だ。
せっかく食事を分けてもらうので何かしらお礼をしたいとおばあちゃんに話したところ、みたらし団子を渡されたのだ。お返しにしては少ないかもしれないが、ないよりはいいだろう。
それと勉強道具だ。
友達と一緒に勉強すると楽しく進められるので、ルファと一緒に勉強したいなと思ったのだ。
それらを入れたバッグを肩にかけて、ルファの到着を待つ。
しかし、立っているだけというのは随分寒い。上着を羽織ってはいるものの、凍るような冷たい空気がじわじわと侵入してくる。
「へくちっ!」
くしゃみが出た。
ぶるりと身体が震える。
もこもこの上着だけじゃ足りないかもしれない。けれど、厚着しすぎてもここに来るまでが辛い。
うーんと唸っていると、遠くの方にルファの姿が見えた。
小さい点のようなその姿は、次第に大きくなっていく。
「ごめん! 少し遅くなった?」
「ちょっとだけ待ったけど、大丈夫だよ」
早くルファのお家に行きたい一心だった。
あの家なら暖房があるのでぽかぽかだから、きっと快適だろう。
「乗って!」
ルファのホウキに急いでまたがると、ピュンと加速した。
氷のような風が肌にしみて痛い。
最初の頃は空を飛ぶ高揚感で気にならなかったが、さっきまで寒い中耐えていたことも相まってか、普段よりも空気が冷えているように感じた。
――――――――――
ルファのお家に入ると、全身の力が抜けるような心地よい熱に包まれる。
あったかいっていいなぁ……と緩みきった心で思う。
でも暑すぎると不快だ。
特に日本の夏の暑さはじめっとしていて息苦しい。
夏もこれくらいの暖かさだったらいいのにと思いながらわたしは柔らかなソファへ座った。対面にルファも腰掛ける。
「もうすぐ完成するから二人とも座って待っててねー」
キッチンからシャーファさんの声が届いた。それと美味しそうな香りも。
そういえば、この家にはルファと姉のシャーファさんしかいないのだろうか。
二人の両親を見たことがない。
仕事に行っているのだろうか。
でも、二人以外に住んでいる気配があまり感じられない。
気にはなるが、深い事情があるかもしれないし安易には訊きづらい。
「マナ、お昼食べ終わったら何しよっか?」
ルファの問いかけに、思考が現実へと引き戻される。
目の前にルファがいるのに、黙って一人で考え事をするのは申し訳ないことに気付く。
わたしは今朝バッグに入れた物の存在を思い出しながら言った。
「一緒に勉強でもどうかな?」
「勉強かー、やらなきゃいけないし……うん、いいよ」
ルファは苦笑いを浮かべながら返事をした。
迷惑だっただろうか。
でも、勉強なんて好きな人はあまりいないけれど、やらなきゃいけないものなのだ。
問題はない……はず。
「夏休みの宿題がいっぱい出てて、終わらせるのが大変なんだ。……あれ、ルファって学校はどうしてるの?」
素朴な疑問を投げかける。
わたしとよく遊んでくれるけれど、大丈夫なのかな。
「普段はちゃんと学校に通ってるよ。でも今は冬休みっていうのと試練を控えてるから、みんなお休みなんだ」
「試練?」
季節が反対で冬休みなのはわかるが、試練とは一体?
「うん。より高位の魔女になるための試練」
「もしかして……わたし、邪魔しちゃったかな?」
ルファは魔女の中でも一番すごい大魔女になることを夢見ている。それなのにわたしが遊びに誘うせいで思うように練習できていないかも。
「そんなことないよ! マナとあちこちホウキで飛び回るのも魔法練習の一環だし、それにマナと遊ぶのは楽しくて良い息抜きにもなるからね」
手をブンブン振りながらルファは慌てて否定した。
「ならよかった……」
ルファに肯定されて、身構えていた肩の力が抜けた。
「はい、おまちどおさま!」
そこへ、シャーファさんが大きな鍋を持ってやってきた。
蓋をぱかりと開けると、もくもくと昇る湯の隙間から、半透明なスープとたくさんの具が見える。
「「わぁ……!!」」
すごく美味しそうで、わたしとルファは揃って声を上げた。
「マナちゃん、これがここの郷土料理、カルダジだよ。ホーラルをすり潰しているから、どろっとしているのが特徴なんだ」
シャーファさんが器へ取り分けてくれる。
そしてコトンとわたしの前に置いてくれた。
確かに、近くで見るとスープはどろっとしていた。
「二日目に食べる時は大体アレンジを加えるんだけど、今日は山菜を入れたから香りが強いはずだよ」
よく嗅ぐと、香ばしい香りの中にすぅっと爽やかな香りが混ざっている。
食欲が刺激され、ごくりと喉が鳴る。
わたしは料理を前に、両手を合わせた。
「いただきます!」
「……イタダキマスって、なあに?」
ルファがぽかんとした顔をしていた。
そっか。いただきますは日本にしかないんだっけ。
「『いただきます』は食材や作ってくれた人に感謝する言葉だよ。わたしの住んでる日本では食事の前にみんな言うんだ。それで、食後には『ごちそうさま』って言うんだ」
簡単に説明をすると、二人はふむふむと頷いていた。
「へえー! じゃあワタシも……イタダキマス!」
「イタダキマス!」
ルファにつられるように、隣に座るシャーファさんも口にした。
大きな木製スプーンで、どろっとしたスープと具をいっぺんに掬い、息を吹きかけてから口へ運ぶ。
柔らかな具材と程よい酸味がとても癖になる。
「すごく美味しいっ!」
次々とスープを口元へやっていく。
熱々なので汗もかくが、動きは止まらない。
はふはふと口の中で冷ましながら食材の旨味を噛み締めていく。
あっという間にスープは消えていった。
「お、おかわり……いいですか?」
遠慮がちに告げると、ルファもシャーファさんも目をまんまるとさせた。
「もう食べ終わったの!?」
「まだまだあるからいっぱい食べていきなっ」
シャーファさんがわたしの器に二杯目を盛ってくれる。
そうして、みんなで何度もお代わりをして、鍋の中身は空っぽになった。
「ごちそうさま」
「「ゴチソウサマ!」」
わたしを真似て、二人は元気よく言った。
食事を終えた後、シャーファさんは嬉しそうに「作った甲斐があるよ」と微笑んでいた。
異国の魔女と奇跡の魔法 水面あお @axtuoi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異国の魔女と奇跡の魔法の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます