5.お嫁様獲得作戦

主君の動揺が酷い。

どれほど恐ろしい鬼が出た時でも沈着冷静に指示を出す主君が、まともに喋ることすらできなくなっている。

「まぁ、そのような経緯で。父からは何の説明もなかったので、詳しく聞けて助かりますわ」

主君が使い物にならないので、後々のシコリにならぬよう、小十郎が一生懸命事情を説明する。


「でもそのお話だと、杜人様ご不在で進んでいた縁談のようですね」

お嫁様、改め、ユウ様は少し困ったような顔で微笑む。

小十郎はそんな事はないと言って欲しくて、高速で主君を肘打ちするが、血の繋がりのない女性から『杜人様』などと名前で呼ばれたことが無い主君は、全く使い物にならない。

大いに動揺し、赤面しているのだが、地黒ゆえ、見慣れていない者には、その色の差が全くわからない。


「私は『可愛げがない』と婚約者に首をすげ替えられてしまうような女でございますから、突然嫁にと言われてもお困りかと思います。一代限りの終身華族である我が家とでは婚姻で縁を結んでも大した利もございませんし」

小十郎を含め、お嫁様の捜索にあたっていた家臣たちが高速で首を振るが、肝心の主君が惚けたようにユウ様を見つめたまま動かないので、誤解されてしまう。


「ですので、とりあえずは、私が役に立つ女であることを証明する時間を頂けないでしょうか?他家には嫁入り前の修行とでも言ってくだされば、見込みなしとなった時にも、私を家に返しても、私が不出来であったと思われましょう」

しかしユウ様は朗らかに交渉を持ちかけてくる。

「いや、我らは嫁入りしてくださるだけで……」

「そうそう。ユウ様のように可愛らしいお嬢様をお迎えできるなんて幸いでございます」

慌てて家臣たちが口を挟むが、

「あら、ありがとうございます」

と、ユウ様はお世辞と流してしまう。


「主君は、その、ちょっと今日お疲れで、こんな感じですが、お嬢様のような方がお嫁様に来てくださると絶対喜びます!!」

小十郎もそう言いながら主君を強く肘で突つくが、ハッと意識を取り戻した主君は状況が掴めず、周りをキョロキョロと見ている。

(主君〜〜〜〜〜〜!!!)

家臣一同が主君に目で合図するが、主君には通じない。


「ふふふ。皆様方、有難うございます。しかし心配ご無用です!私は全力をもって杜人様にも認めてもらえるように努め、必ずや使える人間だと証明してみせますわ!」

そんなに張り切る必要は全くないのに、ユウ様はご自身の胸をポンと叩かれる。

「????」

意識を飛ばしていた主君は話についていけなくてオロオロしているが、やはり見慣れないものにはわからない。

冬眠から覚めたばかりの、飢えた熊が餌を探しているように見えるだろう。


そんな主君にユウ様は、にっこりと笑いかけられる。

(あぁ、また主君の意識が……)

こんなに愛らしい人に笑いかけられた経験がない、主君の魂が、異世界に彷徨い出るのが見える。

「まだこの地に不慣れですので、暫しの間、案内をつけていただけると助かりますわ」

多分、ユウ様の言葉は、主君には聞こえていない。

「も、もちろんでございます!!ユウ様にご不便はおかけしません!」

「我ら一同、いつでもお声がけください!ユウ様の手足となりましょう!!」

主君の両隣の、小十郎ともう一人の家臣が前に躍り出て、主君の分まで返事をする。

主君から返事がもらえなかったユウ様は、少し困った顔をしたが、すぐにまた朗らかな顔に戻って頷かれる。


「少しの間、ご迷惑をおかけしますわ。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」

ユウ様が頭を下げると、緩く編まれた豊かな黒髪が肩から滑り落ちる。

主君はその様に見惚れている。

親しくない者から見たら、獲物を見定める人喰い虎のようだが、家臣たちにはわかる。

主君は今、恋に落ちようとしている。

(主君〜〜〜〜〜〜!!!)

だからこそ、もっとちゃんとして欲しい。

これまで完璧人だった主君のへっぽこぶりに、家臣一同が心の中で叫ぶ。


生涯独身やむなし。

善良な主君なのに、安らげる家庭を持ないのか、血も残せぬのかと覚悟を決めつつあった家臣たちの前に、主君を全く怖がらない、稀有けうな女性がやっと現れた。

性格は少し『帝都の御令嬢』という括りからは外れてしまう様子だが、歯に絹着せず、ハキハキと語る姿は好ましい。

容姿も申し分なく、笑顔が何とも愛らしい。

しかも主君を好ましく受け止め、嫁いでくれる気満々。

こんな好物件二度と現れない。

家臣一同としては、もう夜が明けたら、一番で嫁入りの手続きを済ませたい。

なのに肝心の主君が腑抜けてしまっている。


「ユウ様、お部屋は南の離れをお使いください!高貴な客人をお泊めする間でございまして、手入れが行き届いております!」

「離れは広く、ご一緒の女中殿の部屋もあります!」

「生活に不自由などあれば、何でもお申し付けください!」

「男所帯で手が行き届かないことがあるかと思いますので、遠慮なく何でもおっしゃってください!」

小十郎を含めた家臣一同は主人の分まで好感度を上げようと、口々にユウ様に話しかける。


はっきり言って日々の訓練や戦いで、屋敷は全く手が行き届いていないが、視察が来た時に備えて、離れだけは何とか見栄えがするようになっている。

お嫁様を獲得するのが最重要事項なので、中央から派遣される視察ごときに見栄を張っている場合ではない。

万が一、視察がやってきたら町の旅籠にでも押し込もう。

お嫁様が獲得できるなら、視察官のそしりも受け入れよう。


「まぁ、厚遇に感謝しますわ。フクも喜ぶと思います」

そう言ってユウ様は微笑むが、その後に小さな欠伸が溢れる。

お嫁様獲得に家臣たちの神経は冴えまくっていたが、もう草木も眠る丑三つ時だ。

家臣たちは車が屋敷に着くと同時に、慌てて離れを準備して、気絶したままの女中とユウ様を導く。


それをボンヤリと見守る主君に小十郎はため息をつく。

「主君!しっかりなさってください!!」

そして一括する。

「っは……!あ、す、すまない」

意識をやっと取り戻したらしい。

「あの、ユウ殿は……その、女、だよな?」

と思ったら、まだ混乱が続いているようだ。

小十郎のため息が止まらない。

「何言っているんですか、主君!!どこからどう見ても可愛らしいお嬢様ですよ!!」

そう言っても信じられないらしく主君は何やら戸惑っている。


「今までの女性にょしょうは悲鳴をあげるわ、逃げるわ、漏らすわだったから仕方ないですが、主君を受け入れてくださる海よりも広いうつわの女性が現れたんですよ!?この縁談、絶対に逃してはなりません!」

小十郎はかなり失礼な事を言っているのだが、彼の主君はそんなことを咎める人ではない。

「うむ……まぁ、でも、嫁いできてくれるような事を……その、す、末長く可愛がって良いと言ってくれていたような……」

強面が頬を染めても全く可愛くない。

というか、そんな肌色の違い、家臣ぐらいにしかわからない。


「乙女心は秋の空と申します!主君があまりに頓珍漢とんちんかんな事をなさったら愛想を尽かされて逃げられますぞ!!」

「そ、それは困る。しかし……一体どうすれば……」

主君は戦の達人だが、女性には全く免疫がない。

「ここはしっかり主君のお気持ちを伝えて、ユウ様の気持ちを掴み、一刻も早く婚儀に持ち込むんです!!」

小十郎以外の家臣たちもわらわらと集まってくる。

「花です!何はなくとも女子おなごは花が好きです!」

「いや!上等な服です!女子には服です!」

「いやいや!装飾品です!きらきらと輝くやつが女子には響くんです!」

そんな主君に家臣たちは口々に言い募る。


「ふむ、花と服と装飾か。早速手配しよう」

素直に家臣たちの意見を取り入れる主君に、小十郎は眉毛を逆立てる。

「主君!まずはユウ様との対話でございます!我らが千差万別であるように女性も千差万別。戦と同じでございます。まずは敵を知る事です。彼女の口から需要を聞き出すのです」

敢えて口には出さないが、ここの家臣どもの奥方は、問題を持っている奴が多い。

彼らは辺境の地までついてきてくれるのだからと、多少の浪費は仕方ないと許してしまっているが、未婚の小十郎から見ると、欲深過ぎる嫁が多い。


「敵を知る……か。うむ、確かにな。明日、時間を作って彼女に会いに行こう」

主君が緊張をはらんだ声で言うので、少し表現が過激だったかなと思いながらも、小十郎は頷いた。

しかし千載一遇のお嫁様獲得の機会だ。

主には戦場と同じ心持ちで挑んでならねばいけない。

こうして彼らの『お嫁様獲得作戦』は開始されたのである。

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