第1話裏話 それは異世界転生のようで

 ────【家族side】────

 豪華な部屋で二人の人間が会話をしている。その表情はかなり真剣そのものである。

 黒髪の壮年の男性が、深く刻まれたシワを撫でながら開いていた本を閉じた。


「あなた、アルは寝ましたよ」

「そうか──」

「……」

「………………」


「あなた?ボーッとして珍しいわね?何かあったの?」

「───ああ、気にしないでくれアシリア。私はただ、今日のアルフォンスは少し妙だったと思っていただけだ。あの子は普段から他の兄妹と違ってぼやっとしてはいるけれど……流石に今日はそれがかなり酷かったのがな」


「それは確かに───まさかスープを飲もうとしている最中に頭からスープを飲もうとするなんて……あれは確かに普段とは違いましたわね」


 銀髪の女性はそういうと男に相槌を打つ。二人はかなり息のあった熟年夫婦といった様相で、会話の間も特に気には止めていなかった。


 *


「でも仕方ないと私は思いますわ。アルバート様。だって明日は『 祝銘』を授かる日なのですから」

「それはもう、緊張に緊張を隠せなくて、寝不足になっていてもおかしくはありませんこと?アルバート様もご経験がお在りなのではないでしょうか?」


 アシリアと呼ばれた女性はそう言って微笑む。それはあまりにも美しく、御伽噺のお姫様と見間違う程の優しいものだった。


「ああ、確かにある。確かに───特にアルフォンスは昔から楽しい事があると前の日から寝不足になりがちだった。そうか、それを考えるとそこまで心配する必要は無いか……」

「ですわね。それにしても、他の二人……アムールとアイギスはまるで緊張なんてしていませんでしたわ。流石は剣聖様と姫騎士の私の血を引く者……やはり度胸が違いますわね!」


 そう言うと鼻高らかにアシリアは胸を反らせた。貴族的な服装の隙間から僅かに見える筋肉が、彼女が言った事が事実なのだと裏付けさせている。


「───そうだ。あの二人は私と君の子だ。だからそこまで心配はしていないのだが……」


 そう言って言葉を濁すアルバート。


「えぇ、アルフォンスは────というかあの子の母親は何を考えていますの?!折角息子が祝銘を貰う日になるってのに、まさか手紙一つだけで済ますとは思いませんでしたわ!!」


「……はは……彼女は、うむ───少々自由人だからなぁ……」

「アルバート様、そこは自由人では無くて……と言うべきでは?はぁ全く、これだから精霊ってのはタチが悪いんですわ!嫌いです嫌いッ!」


「ううむ、確かに……あの精霊……アルテリアは……本当に何処で何をしているのだ……あぁ、誰か教えて欲しいものだ」


 その二人の対応から、アルテリアと呼ばれた精霊に対する苦労が伺える。


「ま、まぁ──手紙を寄越しただけ成長した、そういう事にしておきますわ!(にしてもハードル低すぎますわね)」


「はは……そうだな。……さて、あの子達が明日どんな祝銘を授かるのかは気になるところではあるが……まぁあまり心配は要らぬだろうな。それこそSランクか……低くてもAランクは保証されているからな」

「……そうですわね。でももしEXランクだった場合はどうするおつもりですの?……流石に全線に早急に送り出すなんてのは無茶がありますし」


「───その時はその時だ。……考えることはいい事だが、考えすぎるとかえって無駄骨になりがちだからな」


「それは自分の経験則ですわね」


「分かっているじゃないか。───さぁもう夜も遅い、早く寝るとしよう。────メイド長!就寝準備は済ませたか!?」


 アルバートの声に、すぐにドアがノックされる。


「失礼します。もう既に全て終わらせてあります」


「流石だ。──ではまた明日。愛しているぞ、アシリア」


「ありがとうございますですわ。アルバート公爵様。今宵もお話出来て光栄でございました。また、明日」


 二人はそう言うと談話室を出る。すぐに灯りが消え、そして屋敷全体から灯りが消えた。



 *


 寝床に横になったアルバートは、静かに天井を見上げた。

 壁際のランタンからは硝煙が未だに残留している。


「アルフォンス……アムール……アイギス……お前達がどんな力を授かったとしても、私は───見捨てたり等はしない」

「そうだ。だがまぁそこまで気を張る必要は無いと思いたいが……万が一もあるからな。うむ、明日はどんなリアクションをしてあげるべきなのか……ふふふ明日の朝が楽しみだ───っと寝なければ。当主たる私が寝不足では子供達に示しがつかんからな!」


 そう言うとアルバートは布団を被り、そのままぐっすりと眠りについたのであった。













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