第1話 それは異世界転生のようで

 ────スープで溺れた事はあるかい?


「ごぼ、ぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!?!」


 あったよ。


 *


 というか改めて思うが、コーンスープと言うのは実に麦茶のような香ばしさを内包していたのだなぁ。

 などと現実逃避したくなる。いや、しかし許して欲しい。

 誰だって目を開けた瞬間───というか鼻で息を吸った瞬間に温いスープが鼻に入ってきたらびっくりするだろう?!

 しない奴がいるならそれはもうあれだ───鼻でスープを食べることが趣味の変態さんだ。関わるなよ。というかそいつは今すぐ病院に行ってこい。金は出さん、自腹で払え。


 と、そんな俺の顔に直ぐさまふかふかのタオル、タオルかコレは?

 麻とかの上質なやつ?みたいなもので顔面をゴシゴシと擦られた。


 痛いです、その?誰だか知らない人……人、人?人ッ!?うえっ?ま、まじの人?!


 俺 は途方もなく驚きを隠せずにいた。

 仕方ないだろう?人と会ったのは実に10年振りなんだ。そりゃあびっくりもするさ。


 そうして慌てる俺の視界の中に、さらに色々な情報が飛び込んできた。

 見渡す限り豪勢な飾り付けが目に付く。食卓と思わしき場所には飾り付けに負けないほどに豪華な服装の男と女が座っているではないか。


 煌びやかな服装は、多少ゲームなどの知識がある人間ならばすぐに気がつくだろう。かつて中世ヨーロッパでよく見られた貴族の服装?ゲームと言うよりかは小説の中でよく見られるソレと言うべきかもしれない。


 なるほどね。つまりここはとは違うってことか。それじゃあコーンスープに顔面からダイブしても仕方ない───訳ないだろうが。余計に訳分からなくなったが?

 まぁここは今触れるべき内容じゃないのかもしれないし、一旦ここの状況を─────、っておや?


 目の前に座っていた女の人が急に立ち上がると、そのまま俺の傍に歩み寄ってくるではないか。

 美人、という言葉すらおこがましい程の美貌を携えた白髪の女性。それが微笑みながらこちらに向かってくる。


 まるで御伽噺の一頁のようだな。そう思っても仕方ないほどだ。まるで現実味が欠けている、これは最早リアリティとかファンタジーとかの区切りが思いつかないぞ。

 ───ってかヤバい。女の人が近くに来るのなんて、実に10年ぶりだよ?!あわわ……緊張してきたッ!


 慌てている俺を見て、その女性は微笑みの中にはてな?と言った表情を浮かべつつも歩みを止めることはなく。

 そうして歩みを進めきると、そのまま手を優しく握り、口を開く。


 一体どんなことを言われるのだろうか。やはりコーンスープに顔面からダイブしたのはまずかったという事だろうか。というかそれしかないだろう俺。


 まさかかなり怒られるのでは?貴族的な人達からするとひょっとしたらマナーとして最悪のことだったのかもしれない。

 ってかそもそもマナー以前の問題な気もしなくもないが。


 まぁひとまず何を言われるか次第───


「??????、??!!?」


 ?


 な、なんて言いました?少なくとも言葉として成立していないような”音”はしたけれど……逆に言うなら音以外はまるで分からないのだが?


 ───あーわかったぞ?コレは俺があまりにも緊張しすぎって事だな。まぁそりゃあ確かに引きこもりで、ニート暮らしを満喫していた俺にとって、こんな起こりえないイベントに耐性があるわけないもんな。

 おいおいしっかりしてくれよ俺!この程度で緊張で言葉が聞き取れないとか、あまりにも情けないが過ぎるぞ?


 そう思いながら、俺は息を深く吸い込み、それから再び声に耳を傾ける。

 今度こそ何を言っているのかを聞き取って、理解しようとするために。


「──────────────」


 ??


 え、えっと?今声、というか喋った?喋りましたか?

 こ、言葉、言葉を喋りましたか貴方は。俺には何ひとつとして聞き取れなかったんですけど?!

 ───いかんいかん、まだ冷静じゃないのか。ふう、落ち着け落ち着け俺。


 そうして、何度か再び深呼吸をした後俺は再び声を聞き取ろうとした。しかし何度やっても、何度必死に聞き取ろうとしても、精々音止まりであった。


 そうして訳が分からなさが限界に達した頃、俺は唐突な眠気に襲われた。

 眠気を感じ取ったのか、女性はすぐに俺の手を取るとそのまま引っ張っていく。

 優しく、包み込むような手に思わず俺は懐かしい記憶がよみがえって───暗っ!?



 部屋を出た瞬間、あまりの暗さにびっくりした。

 夜の海か、と思う程の真っ黒な庭を抜けて俺は部屋に連れられた。


「───────!!〜〜〜!」


 何を言っているのか、相変わらず俺には分からない。けれども何となく、本当に何となくだが───


「おやすみなさい」


 そう言っているように聞こえたのだ。ほんとだよ?


 その後メイドさんにあっという間に服を着替えさせられ、そのままベットに横になったのであった。


 *


 結局何一つ分からないままだ。そう、何ひとつとして理解出来ない。


 せめてさぁ、何か説明してくれる人とかよこすべきじゃないんですか?

 少なくとも、このシチュエーションは異世界転生とかそこら辺の類いだろう。だったらせめて説明書をよこせ!とは思うでしょう。


 ちなみになぜ、異世界だと思ったのかと言うと───


 簡単だ。その理由は……まぁ、あっちの世界では。ただ少なくともひとつ言える事がある。と言う事だ。だから人が生きてる時点でここは前の世界じゃないってわかったってわけさ。


 まぁマルチバースとか、多次元宇宙とかよくいいますし?あるんじゃないですか?異世界ってのも。

 ──くそう、そういやこう言ったマルチバースについて研究していた知り合いに聞いときゃ良かったぜ。

 まぁやつも死んだのだ。うん、不可抗力だったとはいえ惜しいヤツを亡くしたものだぜ。


 そんなことを考えながら、やがて俺はゆっくりと眠りにつくのであった。

 お風呂、とかは入らなくて良いのかと思ったが、よくよく身体を見ると風呂上がりとまるで変わらなかったし───何より途方もなく眠かったので、まぁいっか!と思いながら眠ってやったぜ。


 何が起きているのかさっぱりなはずなのに、ここで素直に眠ることができるのは、ひとえに―――彼の持つ元来の図々しさからくるものだろうか。


 *


 そうして、彼はぐっすりと眠りについた。こんなに眠ってしまうとそのまま死んでしまうのではないか?とすら思うほどに。

 ───だがもし仮に前世(*ここでは前の世界のこと)を知っている人がこの状況を見たのならば、それはもう途方もなく喜んだことであろう。それほどにも彼が眠るのは珍しかったのだ。


 *


【ひとつ君に質問をしよう】


 夢の中で、突然俺は声をかけられた。

 誰だか知らないが、急に話しかけてくるな。夢の中ぐらいゆっくりさせてくれ。


【終わりゆく世界には必要だと思うか?】


 話聞いちゃいねぇなコイツ。だから寝かせてくれ?いや待て、ここは夢だ。

 夢の中で人は夢を見るのか?


 ……夢の中で寝かせてくれ。なんて言葉気持ちが悪いな。


【この世界は時期に終わる。このままでは全てがダメになってしまうだろう】


 さいですか。だから話しかけてくんなって言ってんだろうが。


【そなただけが頼りなのだ。だから、そなたに我々の権能そのを授けようぞ】


 けんのー?あぁ、権能か。

 はぁ……要らねぇなぁ。


 呆れたように俺は首を横に振り、やれやれと肩を窄めた。


【汝に授けるは、その一端を担う権能。人の理想にして"完璧であれ"と願う人類の希望】


 ……話を聞かない人だなぁ本当に。


 本当に。


【即ち───『理想』と『人理』そしてそれを終点まで管理する力、即ち『編纂者』……汝の祝銘はただ一つ。『理想人理編纂者デッドエンド』】


 ……急に厨二病溢れる名前……。というかこの命名システム……。


 あぁそういうことかい。お前らの正体、わかっちまったよ!クソが!


【我々はシステムに過ぎぬ。そなたに肩入れ、いや自我を持ってして話をできることはもう無いだろう。この対話は僅かに生まれた歪みにすぎ……】


 はいはい煩い煩い。わかったから、あんたらの話より俺は寝るんだよ。寝たいんだよ。

 ───んじゃあおやすみ!!


 俺はぶっきらぼうに言葉を投げつけると、そのまま眠りにつく事にした。


【……汝は…………】


 なんか言ってるけど、知らん!!寝る!


 *


 ……って俺の頭の中に無理やり能力を流し込むなぁぁぁぁあ!?!やめろバカ!
















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