008 ペッパーマン

「昨日はご迷惑をおかけしてしまい……誠に申し訳ございませんでしたー!」


 翌朝、起きたばかりのフリックスに有無を言わさぬ土下座を披露。

 何卒クビだけは堪忍したってくださいと懇願する。

 すると、フリックスは「ふっ」と笑ってこう言った。


「気にしなくていいが、宿泊費として1000ゴールドを差っ引くからな!」


「ありがとうございます……! 宿屋より安いなんて、フリックスさんなんていい人……! 1000ゴールドなら喜んで支払うので、よかったら今後もここに泊まりたいなぁ……なんちゃって!」


 何食わぬ顔で無理な要求をする。

 あまりにも図々しい女だと我ながら思った。


 しかし、これが私の処世術でもある。

 良い子ちゃんの孤児は野垂れ死ぬだけだと孤児院で学んだ。


「住み込みか、悪くないな」


 驚いたことにフリックスは前向きな反応を示した。


「いいんですか!?」


 提案しておきながら驚く私。


「ああ、かまわん。お金も不要だ」


「えええええ! じゃあ無料で住める!? 何か裏があるのでは……」


 太っ腹すぎてかえって怪しむ。

 そんな私を見て、フリックスは「そうだ」と笑った。


「住まわせてやる代わりに条件がある」


「やっぱり! 嫌ですよ私、破廉恥なことは!」


「安心しろ、女には困っていない」


「え? フリックスさんってモテるんですか?」


「モテ過ぎて困るからマスクをしているのだ」


「あはは、上手いこと言いましたね!」


 フリックスは小さく笑って話を進めた。


「俺が望む条件は家事一式をすることだ。毎日食事を作り、週に一回は掃除し、洗濯も欠かさずすること。それができるなら無料でいい」


「やります! これでも家事は得意なんで!」


 ライルの館に住んでいる頃は、メイドさんと家事に明け暮れたものだ。

 その時に有名な料理店の料理長から教わったので、料理の腕にも自信がある。


「それでは今後もよろしく頼むよ、アイリス」


「はい! よろしくお願いします!」


 こうして、私はフリックスの家に住まわせてもらうこととなった。


 ◇


 朝食が終わって本日のお仕事へ。

 フリックスが株式投資をするため作業場に籠もる一方、私は――。


「ぬおおおおおおおおおおおおお!」


 がむしゃらに収穫していた。

 畑に眠るキャベツをポンポコポンと抜いては投げる。


「モー! モー! モー♪」


 宙を舞うキャベツにボルビーがヘディング。

 装着されている荷車に積まれた木箱の中へ入っていく。

 私のボルビーの連携収穫術だ。


「キャベツ終了! 次はジャガイモ!」


「モー!」


 昨日とは比較にならない速度で作業を進める。

 これには理由があった。


 今日は露店ではなく卸売業者を利用するからだ。

 あと2時間で商品の買い取りにやってくる手はずとなっている。

 それまでに畑の作物を全て収穫しておきたかった。


「それにしてもパソコンってすごいよねー」


 ボルビーに話しかけながら作業をする。

 パソコンが何か知らないボルビーは適当に「モー」と鳴いた。


「本当に伝書鳩が不要になっちゃったよ」


 卸売業者を利用するにあたってメールを使った。

 フリックスがパソコンでチャチャっと済ませてくれたのだ。


 通常であれば、業者のもとへ直接行って依頼せねばならない。

 それか数日前から伝書鳩を使ってやり取りをする。

 こうした手間が、メールによって解決された。


「キーボードをスッタカタッタターンってするだけで遠くの人とでも簡単にやり取りできるんだから本当にすごいよ」


「モー!」


「どういう仕組みなんだろうね」


「モー?」


「そもそもパソコンって誰が発明したんだろうね」


 パソコンが登場したのは3年ほど前からだ。

 ただ、最初の頃はただの不思議な箱という扱いだった。

 それが約1年半前から便利なものとして扱われるようになった。

 メールの登場によって利便性が向上したのだ。

 ――と、前にライルから話を聞いた。


(もうちょっと普及したら、ライル様にメールとかしてみたいなぁ)


 少し前までライルとは毎日話をしていた。

 だからだろうか、久しぶりに彼の声が聞きたくなったのだ。

 恋愛感情は抱いていないが、友達として近況を報告したかった。


 それに彼の生活が順調なのかも聞きたい。

 私に大変な思いをさせたのだから、幸せになってもらわないと困る。


 ◇


「フリックスさん、来ましたよー! お友達のペッパーマンだよー!」


 収穫が終わってのんびりしていると、卸売業者が現れた。

 青髪の男性で、年齢は私と同じ、いや、少し上といったところ。

 二頭立ての立派な馬車に乗っている。

 初老のおじさんが来ると思っていたので、思わず「若ッ」と呟いてしまう。


「おや? あんたは?」


 ペッパーマンと名乗る男が私を見て言った。


「フリックスさんの農園で働かせてもらっているアイリスです!」


 深々と頭を下げる。


「すると、あんたが俺を呼んだのかい?」


「はい! フリックスさんに卸売業者さんに作物を販売したいとお願いしたところ、連絡してくださいましたです!」


 不慣れな敬語で話す。


「そういうことかー! いやぁ、おかしいと思ったんだよ。ここ1年くらい株式投資に夢中だったフリックスさんが急に農業を復活するなんて」


「ペッパーマンさんはフリックスさんのことをよくご存じみたいですね」


「まぁね! 同じ20歳だし、ビジネスパートナーっていうより友達みたいなものだよ!」


「なるほど」


 ここで初めてフリックスが20歳だと知った。

 黄金のマスクで顔を隠す彼は、なんと私の二つ上だったのだ。

 ライルと同い年である。


「おっと、フリックスさんがいないところでフリックスさんの恋人と長話するのはよくないね! さっそく買い取らせてもらうよ!」


「恋人ではありませんが……お願いします!」


 私はすぐ傍に積んである木箱に手を向けた。


「この木箱の野菜全部です!」


「すんごい量だなぁ! こいつはえらく頑張ったもんだ!」


 ペッパーマンは馬から降り、木箱の中を一つずつ確認していく。

 その際の目つきはこれまでと打って変わって鋭い。

 雰囲気もピリピリとしていて、ビジネスモードに入ったのだと分かる。


「どの作物も申し分ない!」


 そう言うと、ペッパーマンは懐から紙を取り出した。

 そこにペンで何やら書き込むと。


「買取額はこれでどうかな?」


 と、私に紙を見せてきた。


 露店で手売りすれば10万ゴールドは確実の野菜。

 それをペッパーマンにまとめて買い取ってもらった場合の額は――。

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