第24話「私はペンです」
-翌日の事-
「昨日話した事で、ちょっと思った事があるんだが……」
「何?」
色々ぶっちゃけた日の翌朝。リビングで優雅にモーニングコーヒーを楽しんでいるユキに話を振る。
今後の展開を考えていく中で、前提が少し間違っている事に気付いたのだ。……いや、崩壊がどうとか前世がどうとかいう話ではない。
「俺はちょっと勘違いしてたんだが、よくよく考えてみたらあちらでいう龍はこちらの冒険者に相当するわけだ」
「無限回廊攻略してるわけだから、そだね。忘れてたの?」
「いや、忘れてたのはそこじゃなくてだな……俺たちは基本的に六人パーティを組むわけだが、あちらさんも六体の龍でパーティ組むんじゃないか?」
「ほうほう、そういえばそうかもね。モンスターとしてのドラゴンってボス役な事が多いから、連携するところはあんまり見ないかも。でっかいし」
あの巨体……ダンマスが見せてくれた映像で見る龍の大きさは尋常ではない。幼いという銀龍でさえ、ボスとして登場してもおかしくない存在感だ。山のような連中が俺たちと同じ"冒険者"であるというのは、知識で理解してもイメージし難いものである。
だが、無限回廊の根本的なシステムが同じなら、パーティの一単位は六。いくらでかいとはいえ、龍だって一は一だ。その数字にコストやレシオの概念はない。基本的に挑戦者の体格に合わせてダンジョンの大きさも変わるらしいし、巨体が詰まる事もないだろう。
空龍が言うには無限回廊は修行場で単独で挑むものって話だったが、そういうシステム的な土台はあり、認識はしているはずだ。
「となるとだ、模擬戦やるにしてもパーティ戦……複数でやる事もあるんじゃないか?」
「…………あ」
ユキは俺の言葉の意図が掴めたのか、ピタリとコーヒーを飲む手が止まった。……やはりイメージが先行して思い至ってなかったな。
「ツナは病み上がりだし、やっぱり無理しないほうがいいと思うんだ。うん。……ボク、ほんとはツナが無理するんじゃないかって心配な……」
「タッグ戦申し込まれたら、ちゃんと指名するから」
逃さん……お前だけは……。
-1-
実は、無限回廊第五十層攻略、《 魂の門 》でエリカと会って前世に触れて因果の獣に会って、悶絶しながらパイソン渡辺になって、ダンマスと世界崩壊についての話をして、ユキへ暴露話をしてと、ここまでで一日の出来事である。……詰め込み過ぎだ。
そんな感じで、たった一日で色々な事があったものだが、そこからは極めて日常に近い日々が続く。
ここまで情報の整理と考察、その情報を共有する相手の厳選と説明方法の検討、ダンマスから追加報酬という名目でもらったクラン設備の手続き、ディルクへの逆襲と、あの日の後始末だけでも結構な量の作業が待ち受けていた。三日間はマスクをしていたが、それももう必要ない。今は別の顔に装着されている事だろう。
ついでに言うならクランマスター講習も始まっている。まだ始まったばかりで講習内容に難しいところはないのだが、全然頭に入ってこない。予習として行っている関連資格の勉強も同じなのだが、あまりに大きなイベントに巻き込まれているのと《 魂の門 》の後遺症が主な原因である。むしろ、あれだけ嫌な顔をしていたユキのほうが要領良く学習を進めているようにも見える。……なんというか、内容の中から重要なポイントを抜き出して関連付けるのが上手いのだ。地頭がいいとはこの事と突き付けられているような気さえする。
このままでは特に苦難もなくこの地獄を突破してしまうから、なんとか道連れの方法を考えねばならない。……一部でいいから、関連資格受け持ってくれねえかな。
ユキがどこまで深刻に捉えられているかは分からないが、俺が……俺たち?が現在抱えている問題の一つは世界的に見ても最大級のものだ。本来、俺が頭を悩ませるようなスケールの話ではないのだが、これが解決しないと世界が崩壊するのだからクランも設立できないし、する意味もない。つまり勉強の意味もなくなるわけで、どうしたって意識の優先度は低くなる。そりゃ集中力も落ちるというものである。
後遺症のほうも地味に深刻だ。体はミシミシいうが動けない事はないし、痛みもさほどではない。全身くまなく限界まで酷使したあとの筋肉痛のようなもので、松葉杖だって最初の日の夜以降使っていない。言われていた通り、この程度なら中年のおっさんが全力疾走した翌々日の筋肉痛のようなものなので、日常生活に問題はない。……ないが、勉強に集中するのには激しく邪魔で、能率だって上がらない。いっそ、歩くのも億劫になるほどに疲労してから勉強に手をつけたほうが集中できるのかもしれないなどとも思っている。
現時点で直接的な影響はないが、軒並み1とひどい事になっていたステータスについては順調に復調している。リリカの話によれば一ヶ月程度で< 魔力 >だけは元よりも高い値に、それ以外も元の値に戻るのだという。現時点で俺の< 魔力 >が上がっても< MP >と< 魔法防御 >に影響がある程度であまり意味はないように思えるが、スキルオーブで取得できる魔術には< 魔力 >値の制限があるものも多いので、どれかは適性基準に達するかもしれない。そうしたら俺も魔術士の末席に仲間入りするというわけだ。おそらく末席止まりだけど。
そんな分かり易いメリットもあるのでユキなどは自分も《 魂の門 》を使いたいと言っていたが、危惧していた通り例の相性の問題で無理らしいとの事。予め試したというディルクたち、そしてそれ以外のクランメンバー全員の中で俺以外に相性の合う奴はいなかったのだ。
……そう、リリカは《 魂の門 》の相性を確認するために、わざわざ術を途中まで発動させた。俺にはそんな事をしなかったというのに。
やはり不自然と言わざるを得ない。
そんなわけで、いい加減疑問の一つくらいは解消しておこうとリリカに聞いてみたのだが……。
「俺だけ事前の相性確認がなかったんだけど、その相性ってどんな感じで分かるもんなんだ?」
「うぇっ!? え、えーと、どんなと言われても……」
クランメンバー全員を集めて今回の件について説明を行う日の事だ。少し早いが前準備でもしておこうと部屋を出たところで遭遇したリリカに例の疑問を投げかけてみたところ、返って来た反応はこれである。
あきらかに反応がおかしい。やはりエリカの言った通り、そんな確認方法はないのだろうか。
しかしそれが嘘だとして、一体どんな理由があるというのか。実際俺には使えたわけだし、かなり厳しい相性制限があるのも事実らしい。何もメリットが浮かばない。
「前に見れば分かるって言ってたけど、その眼……《 天眼通 》にそんな能力はないって言われてさ、それなら何か特殊な方法でも使ってるのかなと」
「て、てんげん……何?」
「……あれ?」
逆に俺が聞き返されてしまった。……これはどういう事なんだ? リリカは能力を把握していない? 別モノって事はなさそうなんだが。
ひょっとして、使う者によって能力が異なるとか? いや……それとも、単にこの時点で名前が付いていないとか? 俺が名前間違ったって事はないよな? てんげんつう、なんて特徴的な名前間違えるはずないし。
「え……と、実を言うと、ツナ君に関しては相性を見ていたわけじゃなくて」
「お、おお……」
存在自体はともかく、エリカがどういう経緯で眼を手に入れたのかを説明すると芋蔓式に親子関係まで踏み込んでしまう可能性がある。どう返したものかと困っていたら、リリカの説明が始まった。
「この眼は、魂の色というか魔力の性質というか、そういうものが見えるの」
「色って、魔力光って事か?」
俺たち冒険者はスキルを発動する時に該当箇所が光る。サージェスの《 ブライト・マッスル 》のように全身を光らせる効果とは別に、武器や腕、おそらくスキルを発動させるために移動した魔力が一時的に活性化しているとか、そういう事なのだろう。決して編集中に加えられたかっこいいエフェクトというわけではない。これはHPの壁も同じで、大きなダメージが発生した際にも発光するのが見える。一瞬だし、あまりはっきりとは見えないが確かに壁があるのだ。
この魔力光は、たとえば同じスキルでも発動する者によって色が異なる。ここまで確認した中では空龍の無色透明だけが例外で、大抵はイメージカラーのような色が付いているのだ。たとえば、俺が最初に確認したのはトカゲのおっさんの緑色だったと思う。
ちなみに< マッスル・ブラザーズ >の皆さんが輝く時は色鮮やかなレインボーと化す。おそらく、意図的に色が被らないようにしているのだと思われる。汚い色はクラン内の立場が弱そうだ。
「それよりはもう少し詳細に。《 魔眼 》ツリーの中にも似たようなものがあるらしいけど、この眼にも能力の一部として組み込まれている」
確かに、エリカもそういう能力ならあると言っていたような。……それじゃ相性なんて判別しようがないとも。
「自分と同じような魔力光の色だと《 魂の門 》の発動が上手くいくとか?」
いや、俺とリリカの魔力光は全然色が違うから同じ色限定じゃないか。
そもそも、色と魔力の性質に直接的な因果関係はない……と何かの講習で聞いた気がする。色の種類自体そこまで豊富なわけでもない。多少の傾向はあるらしいが、言ってみればちょっと細かい血液型の違いのようなものだ。でも、髪の色と同じ奴は多いな。
「色はあまり関係はないし、それだけで私が何か区別ができるわけでもない。ただ……ツナ君の魂は良く似ていたから」
「……誰に?」
この言い方だと過去に魂や魔力が俺によく似た奴がいて、そいつに《 魂の門 》を使ったって事になるんだろうか。眼で確認した事自体がまるっきり嘘ってわけでもない?
「…………」
リリカの表情はどうにも判断し辛いものだった。困惑、焦り、気恥ずかしさ、言葉を選んでいるような……。
「なんというか……ものすごく言いづらい。すごく頭の悪い話で、私自身良く分かってないから上手く説明もできないんだけど」
「……おう、別に笑ったりするつもりはないぞ」
一瞬だが、『本当だろうな』と目で脅されたような気がした。
隠しているわけでもないと。説明や理解が難しいという点に目を瞑れば根拠自体はありそうだ。
どんな爆弾発言が飛び出してくるのだろうか。多分、俺がこれからクランメンバー全員に向けて説明する内容のほうがぶっ飛んでるから、むしろ俺のほうがドン引きされる可能性大だ。ノリノリで『な、なんだってー!?』とかそういう反応をされても困るが。
……しかし、リリカの口から出た言葉は、少しばかり予想と方向性が違った。
「ゆ、夢で見たツナ君」
「…………」
「む、無言? ほら、……自分でもバカな話だとは思うから、あまり説明したくなかった」
……ふむ。一体全体、これはどういう事だ?
正直、問題はなさそうだからどんな突飛な発言が出てきてもいいように構えてたわけだが……それだとちょっと事情が異なる。
この様子だと、その夢に出てくる俺は《 魂の門 》を使用しているという事で、この俺とは置かれた立場が異なる存在という事なのだろう。
「経緯はともかく、実際に成功したわけで……ここは流してもらえると」
「……その話、詳しく」
「は? な、なんで……」
俺が深く切り込んでくるのが意外だったのだろう。普通なら夢で見た、なんてなんの根拠にもならないからな。
たとえばミステリー小説などで……それも犯人が追い詰められるクライマックスの部分で……。
『貴様が犯人だ!』
『一体何を根拠にそんな事を……証拠でもあるのかね?』
『夢で見た』
『バカなっ!?』
……なんて展開だったら、その本はそのまま焼却炉行きだ。多分、俺なら燃やす。……いや、逆にネタとしてはアリなのか?
だが、この場合は夢だから、この現実とは異なる環境だから、そう切って捨てる事は今の俺にはできない。それはあまりにも心当たりのある話だったから。
「ひょっとしたらの話なんだが、その夢で見た俺ってリリカとパーティ組んでたりする?」
「え……う、うん、そう」
まあ、そこまでなら良くありそうな話だ。
「他のパーティメンバーはフィロスとゴーウェンとガウルとティリアで、今時点では下級ランクだったり?」
「な、なんで分かるの?」
……どうやら正解っぽいな。夢の登場人物が俺とリリカだけなら確信は持てないが、なんの意味もなくこの六人がぴったり一致する事はないだろう。
ただの夢だったらユキやサージェスのようなインパクトの塊が出てこないのは不自然だし、リリカとほとんど絡みのないフィロスやゴーウェンがいる事も違和感を覚える。リリカのパーティメンバーであるディルクやセラフィーナの名前が出てこないのもそうだろう。……あとパンダ。
つまり、それはおそらくエリカやダンマスの観測しているのと同じかそれに近しいものだという事。……そうだという自覚はなさそうだが、リリカは夢で平行世界を観測しているのだ。
理由について深く考察するつもりはないが、
「パーティメンバーの強化目的かなんかで全員に《 魂の門 》使って、俺は成功したとかそういう事か」
「……どういう事? 同じ夢を見てるとか……ま、まさか!?」
「いや、見てない。心当たりはあるけどな……このあと説明する内容にも絡んでくる」
「あ、あああああの、それ以上に詳しい事って……」
なんでそんなに動揺してんねん。
「夢の中で、なんか恥ずかしい真似でもしてたのか? 人から聞いた話で、しかも表面的な話しか聞いてないから、プライベートな部分は含まれてないと思うぞ」
「そ、そう」
あからさまにホッとしている。なんか見たことないくらいに汗を流しているが、そんなに知られたくない事をしていたのか?
リリカは基本的に感情を表に出さないほうだ。過去に動揺したといえばパンダ耳の件くらいだろうか。
……夢の中でコスプレでもさせられたかな? バイトとかで。ぱんだぱんだー。
「この件について本格的に答え合わせするなら、それを見たっていうダンマスだな。あの人は詳細知ってると思う」
「……燃やさないと」
いや、ダンマスを燃やすのは無理じゃねえかな。ミカエル燃やすのとはわけが違うぞ。
「まあ、事情は分かった。会議で説明する内容と一部関連してるから、そのあとで補足や疑問があったら情報を摺り合わておきたいところだな。……そろそろ時間だし、行くか」
「関連……うん」
-2-
予定の時間も迫って来たので場所を変更する。といっても移動先は近場も近場、クランハウスの入り口付近だ。
「今日の会議は新しい施設のお披露目って話じゃなかったの?」
「それだけならクランメンバー候補全員を集めたりしない。ちょっと洒落にならない事態になってるから、情報共有と今後についての打ち合わせも兼ねてるんだ。というか、そっちが本題……って、なんだありゃ」
リビングを抜けて入り口まで移動したところで、世にも珍しいものを見た。
「くまー!」
「がうー!」
「……なんで、私が一番下なんですかね」
パンダが縦に三匹重なっていた。短い脚でどうやってるのか良く分からないが、三連肩車である。このままサーカスに出しても問題なさそうな曲芸だ。
「何してんだ、お前ら。……新技か?」
「くまー」
「がうー」
「お前らだと何言ってるのか分からんし……アレクサンダー?」
上二匹では伝わらない。ここは、あきらかに負担の大きいポジションを担当しているアレクサンダーだけが頼りだ。
「大した話じゃないんですが、どれくらい入り口が広くなったのか試してみたいとミカエルが……」
「……マジで大した話じゃねーな」
「クマ」
一番上でミカエルが手を振っていた。それでもまだ入り口の上部分に届かない。……もしかして、早めに来て暇だったんだろうか。この状況だけ見ているとただ単にアクロバット三連肩車で遊んでいるようにしか見えない。
今回の施設追加に合わせて拡張した入り口だが、ガルドが出入りして尚余裕のある高さという事でかなり大きいものになっている。リビングから先はそのままだが、クランハウスの入り口とそれに続く通路の天井はおよそ十メートル弱。それに合わせて、普段ガルドが出入りするティリアの庭に直結しているドアも大きなものに変更された。そしてその反対側……今回の拡張で新しく追加されたドアも同様に巨大である。
「おー広くなったの……っうお!」
と、そのタイミングで庭側のドアが開き、ガルドが入ってきた。奥にはティリアの姿も見える。
「あわわわわっ!!」
「がうー」
「クマー!!」
天井は高くなったが、通路幅自体はそのままだ。ガルドの巨体によって不意打ちを喰らったパンダタワーは無残に崩れ、一番上に乗っていたミカエルは壁にヘッドバッド。頑丈だからこの程度で壊れる壁ではないが、ミカエル側は大惨事である。
「な、なんかすまんな……」
別にガルドは悪いと思わないが、無残なミカエルの姿は同情を誘うものがある。
「……何この惨状。ツナ、何かしたの?」
音を聞きつけてきたのか、後ろから現れたユキに説明を求められてしまった。俺、見てただけなんだけど……。
「ガルドがパンダタワーを崩してミカエルが頭を打った」
「ごめん、意味が分からない」
俺にも分からん。というか、それ以上に説明のしようがなかった。
「そろそろ時間だから中に入れ。そこで悶絶してるミカエルは、マイケルとアレクサンダーが運ぶように」
「あ、はい。じゃあマイケルは脚のほうを」
「がう」
二匹のパンダに荷物扱いで運ばれるパンダ。ふざけた絵面だが、ウチではそう珍しい事でもない。って、お前ら、ミカエルを放り投げるな。
そんなパンダたちに続いて中に入ると、これまた天井の高い部屋が待っていた。そこまで部屋面積が大きいというわけではないが、それでも三十人前後はゆうに入る会議室である。
真ん中にはテーブルと椅子、専用の巨大スクリーンまで完備されたこの施設はダンマスから報酬として渡されたものの一つだ。会議室としてはかなり立派な設備であるが、これはオマケ。本命はこの部屋に直結して設置された訓練施設である。正式な発足前でクラン施設としての拡張は不可という制限を付けられたこのクランハウスだが、ダンマスなどの外部から譲与される分には問題はないらしい。
この追加施設は別に俺がおねだりしたわけではない。意味合いとしては多少でも鍛えておけというダンマスからのメッセージ、そしてエリカから送られて来たデータの再現テストを兼ねている。単に渡すだけでは事情を知らない者には贔屓ととられる可能性もあるので、表向きの理由は遠征の結果で新たに発見があったため、及び異世界との外交窓口役としての追加報酬という事になっている。……まあ、間違いというわけでもない。
「……なんでククルは放心状態なの?」
会議室の上座側。スクリーン近くの席に座っていたククルは見るからに心ここに在らずという雰囲気だった。
同じく先に来ていたメンバーが近くに座るのを避けているくらいなので、ユキが疑問に思うのも無理はないだろう。
「今回の説明資料を作るのを手伝ってもらったんだ。そのために事前説明をしたわけだが、それからずっとあんな感じ」
「ああ……それならしょうがないね」
クランメンバーのほとんどはこれから行う会議で情報共有をするわけだが、そのための資料を一人で作るわけにもいかず、内容を一足早くマネージャーに伝える事になったのだ。スケールのでかい話に現実逃避しているように見えるが、ちゃんと資料を完成してくるあたりは優秀である。
「ああああ…………私、新人なのに」
……優秀である。
今回の説明役であり、クランマスターでもある俺は上座側の中央の席に座る。ユキは俺を挟んでククルの反対側へと座った。
ガルドも入れるようにと作った会議室だが、座れる席はないので壁際に立ってもらう。まだ来ていないがキメラも同じ配置になるだろう。今後は巨体組が座れる椅子も用意したほうがいいかもしれない。
多少窮屈ではあるがパンダは席に座っていた。頭にたんこぶを作ったミカエルは、特にお願いしたわけでもないのに全員分のコーヒーを作り始めている。
俺たちよりも先に着いていた奴らの行動はまちまちだ。用意されていた資料を読んで怪訝な表情をしていたり、隣の訓練場を見学している奴もいる。あとは、何をするでもなくジッと席に座る小型パイソンマスクが二名。片方はジトっとした眼をマスクの下から覗かせてこちらを見ている。
「……肉体的なダメージじゃなければ逆襲されないって言ったのに」
「ボクはされづらいって言っただけだし」
つい昨日の事なのだが、シリアスな展開の中俺をマスクマンへと変貌させるという荒業でヘイトを稼いだディルクには、例のマジックペンで顔を黒く塗り潰すという逆襲を行わせてもらった。
だが、俺一人でディルクとセラフィーナ二人に逆襲するのは困難だし、失敗して返り討ちに遭う可能性すらある。ここは主犯格のディルクにのみターゲットを絞り、むしろセラフィーナは味方につけるべく、共同戦線を持ちかけた。
手伝ってくれたらこの前のイタズラは不問、ディルクの首から下は好きにしていいという報酬でセラフィーナを買収し、睡眠中を狙って強襲しベッドに拘束、二人がかりでブラックディルクを完成させる事になった。せめてもの情けとしてパイソンマスクを置いて華麗に脱出したあと、部屋で何が行われたかは知らない。
別に何もしていないのにパイソンマスクを被っているセラフィーナの意図は分からないが、落ち込んでいる雰囲気はない。本人はペアルックだとかそういう事で喜んでいるのだろう。基本的にあいつは何も考えていないというのが最近理解できた。
数分後、集まっていなかった他のメンバーも会議室に入って来た。そこには< 四神練武 >に参加していなかったサンゴロやサティナの姿もある。
龍の三人はいないが、あいつらはまだクランメンバーというわけではないし、ダンマスあたりから個別に説明もあるだろう。
その他、メンバー候補で出席しないのは最近デーモンちゃんへと変身したレーネだけだ。いきなり謎の全身甲冑が現れても困惑するだろうし、ユキがいる以上あいつがボロを出してしまう可能性は高い。
「大将、デーモンちゃんの奴は出席しねえのか?」
「デーモンちゃん?」
「……なんか悪魔っぽい感じの子が一応候補としているんだ。下級ランクだから試しにって紹介した」
「へー、そういう種族もいるんだね」
中身人間だけどな。……というか、迷宮都市には多分悪魔も天使もいない。近いのは一時期魔王にもなっていた魔族のベレンヴァールだが、あいつはこの世界出身じゃないし。
ちなみに、明確に悪魔という種族がいないだけで、サキュバスとかインプとかそういう悪魔っぽい種族や白い翼の生えた種族はいるらしい。なんか、サキュバスオンリーな風俗店もあるらしいよ。俺には関係ないんだけどなっ!
「あいつは仮免中だ。クラン入りするかも未定だし、このまま寺で荒行に励んでもらってから検討する。あとサンゴロ、ここでその話はオフレコだ」
「あ、ああ……結局あいつは一体なんなんだ。……全然喋らねえし」
サティナには同じ下級ランク同士、デビュー後にはパーティを組む事もあるだろうと紹介したが、まさかもう顔合わせをしているとは思わなかった。……この様子だと、訓練くらいはしててもおかしくないな。ちゃんと口止めしないと。
そんな感じでゾロゾロと会議室に人が集まってくる。特に席順は決めていないが、基本的にデカイ奴は入り口近く、小さい奴はスクリーン近くに座る傾向が見られた。そのほうが視覚的にもいいだろう。例外としてベレンヴァールの横にサティナが座っているが、あからさまに嫌な顔をしている奴の隣に平然と座る根性はなかなかのものだ。ちなみにサンゴロは逃げたのか反対側で目を合わせないようにしている。
最後に現れたのはサージェスだ。
「いやーすいません。新人SM嬢さんとの合同取材が長引いてしまって……」
「ちょっ、なんで隣に来るの。席ないんだけど……こら肉壁、移動するな」
「どうぞどうぞ」
椅子が足りなかったのか、すでに席がすべて埋まったあとだったので、極自然に空気椅子を始めた。
場所は狙ったようにロッテの隣。元々そこにいたゴブサーティワンは椅子ごとズレる。場所は譲っても椅子を譲る気はないらしい。
「あ、あのサージェスさん、椅子出しますから」
「いえ、お構いなく」
ククルが慌てて椅子を出そうとするが、サージェスは爽やかな笑顔でそれを断った。会議は長時間になるだろうが、あいつなら放っておいてもいいだろう。
さて、これで全員揃ったな。
「じゃあ始めるぞ。今日集まってもらったのは、この会議室と隣にある訓練施設のお披露目が一つ。実は本題が別にあるんだが、そっちは長いからまずは追加施設のほうから説明する。……ククル、資料を」
「はい」
巨大スクリーンに今回追加された施設の概要が投映された。
まずはこの会議室。大体三十人ほどが同時利用可能なもので、プロジェクタやホワイトボード、簡単なOA機器などが備え付けで設置されている。今後、クランとしての会議は基本的にここで行う事になるだろう。ガルドも余裕で入れるから、ティリアの庭での井戸端会議はもう必要ない。だが、ウチは巨体が多いせいか、全員が集まるとこれでも手狭に見える。
スクリーンでは、閲覧権限のある冒険者の登録情報、ダンジョン・アタックなどの動画、受注できないがリアルタイムのクエスト情報や購入可能なスキルオーブなども確認できる他、このクランハウス内の様子を遠隔で見る事も可能だ。もちろん、許可設定は必要になるし、監視・盗撮に使ってもいけない。主な用途は隣の訓練所の見学である。 何故かすでにサージェスの部屋の閲覧許可は登録されているが、常人は決して見てはいけないのだ。目にしたら最後、危険なSAN値判定が待っている。
また、利用は一応クラン員限定だが、転送ゲートの部屋にここへの直通ルートも用意した。これは一時的に外部の人間を招くためのもので、簡単な応接セットと衝立も置かれている。クラン本部でもあるわけだから、入っていきなりリビングに通されるよりは対外的な印象もいいだろう。将来的には別に受付を用意する必要があるかもしれないがとりあえず、というところである。
専用端末を使った予約表のシステムも用意されているが、とりあえずは自由に使ってみて必要ならスケジュール登録する方針だ。
「まあ、特に変わった機能があるわけでもなく、ちょっと豪華な会議室といったところだ」
「中堅クランでも、ギルド会館二階の六人用会議室と同程度のものを設置するのがせいぜいなんですけどね」
ククルの補足通り、施設としては立派なものである。普通に設置するならこれでも大量のGPが必要になる事は間違いない。値段なら隣の訓練施設のほうがよほど高いわけだが、こちらだけでも破格の報酬だ。
「一応聞くが、この会議室についての質問は……ないな。じゃあ、次は隣の訓練施設だ」
質問確認の次に説明するのは、この会議室に直結するような形で設置された訓練施設である。
基本的にはギルド会館地下にある訓練所のようなもので、戦闘訓練を行う事が可能だ。スペースは会館地下のものよりは若干狭く、中の部屋は一つ。同じ扉から入って別のスペースが用意されるという事はない。
ゼロ・ブレイクなどの戦闘設定は可能で、HP全損した場合はクランハウス内の指定場所へ飛ばされる。死んだら普通に病院だ。レベル制限機能などはあるが、< アーク・セイバー >の訓練所のようなスキル制限機能などはない。
簡易だが、ある程度の環境設定も可能だ。背景を屋外にしたり、風を吹かせたり、室温を上げたりと基本的なセットは搭載されている。仮想的なリゾート地も再現可能らしいが、それらの追加セットは別途購入が必要になる。訓練所にそんな機能が必要とも思えないが。
訓練用の標的も多彩だ。普通のカカシや金属鎧、射撃訓練用のフライングボード、あるいは何故かゴブリンだけだが仮想モンスターも再現でき、単純な移動・回避・防御くらいの動作なら行ってくれる。コレも対象を追加するのは別途購入が必要になる。
そして、この訓練所最大の目玉はこの標的の発展系だ。実は、ダンマスがこれを用意した最大の理由でもある。
「この訓練場には利用者の戦闘データを記録する事ができて、対戦相手として投映する事が可能だ。ようは< 四神練武 >の時に戦ったシャドウの再現が可能って事だな。再現性を高めるためには繰り返し学習させる必要はあるが、訓練の相手に困る事はない」
これはギルドでも提供していない最新の機能らしい。事前登録が必要になるものの、剣刃さんやアーシャさんのデータをもらえば、そのシャドウといつでも戦えるというわけだ。AIのようなものだから再現に限界はあるらしいが、それでもカカシ相手よりはいいだろう。
「技術局で試験運用してるシステムですね。来年度あたりからギルドでも設置予定でしたが、先行導入ですか」
「そうだパイソン・D。だが、それだけじゃないぞ」
「パイソン言わないで下さい。……何か他にも機能があるんですか?」
「機能ってわけじゃないんだが、この訓練所にはすでに登録データが存在する。名前や性能はマスクデータになっているが、登録名は『S6』。今のトップ冒険者よりも強いシャドウデータが六体だ」
「……なるほど」
ある程度情報を持っているディルクは合点がいったらしい。おそらくその予想通り、登録されているのはエリカたちのシャドウ。平行世界のSランク冒険者六人のデータだ。
ただ、このデータは制限がかけられていて、最初から全力のシャドウを相手にする事はできず、段階的に解放されていく仕組みらしい。一度倒すごとにレベル制限、スキル制限が解除されたSランク冒険者と戦えるようになる。これは利用者個々人ごとに判定されるので、あくまで自分が勝たないと次の段階は解放されない。また、この機能の影響なのか、一対一の人数制限がかけられている。
コレはエリカからダンマスに送られたデータのオマケ。これを渡すために訓練場を設置してくれたといっても間違いじゃない。
ちなみに、クーゲルシュライバーにもこの訓練場と同じものが設置されているらしいので、異世界に行く際には他の参加者と謎のシャドウデータの模擬戦が観戦できるだろう。
「施設に関しての説明はこんな感じで、以後自由に使ってもらって構わない。あまり利用時間がバッティングするようならククルに調整をお願いするが、基本的には個人間で調整してくれ」
「すいません。この訓練所は外部から積極的に協力者を呼んだほうがいいのでしょうか。登録されたデータが多いほうがシステム上有効活用できるかと思うんですが」
質問は摩耶からだ。意図としては外部クランにも開放するか、あくまでクラン専用なのかといったところだろう。
「無制限に開放する気はないが、ウチの誰かを含む合同訓練って形なら利用しても構わない。それを積極的に推進するかどうかについては様子を見て決めよう」
「分かりました」
「ディルクなど一部理解している者はいるようだが、そのS6というシャドウの素性は明かせないのか?」
次の質問はベレンヴァールからだ。本題を聞いていない奴らには共通の疑問だろう。
「このあとの本題に絡んでくる話でもあるんだが、俺もその内の一人と話した事があるだけで、そいつについても詳しく知ってるわけじゃない。マスクされててプロフィールすら分からないから、実際に対戦しないとどんな戦い方をしてくるかも不明だ」
「そうか……とりあえずやってみろというわけだな」
というか、俺も試してないから本当に動くかも分からない。
ダンマスは簡単なテストだけはしたと言っていたが、登録データ自体現在組まれているシステム仕様と差異があるらしく、すべてを解析できたわけでもないらしいのだ。問題なく動きはするが中身はブラックボックス。ひょっとしたら、完全な形で動かすにはアップデートが必要になるかもしれない。
「よし、施設について質問がなければ本題に移りたいと思う。……初めて聞くと冗談にしか聞こえないと思うが、マジ話だ。そんな事はありえないと否定する前にとりあえず話は聞いてくれ。特にガルドとガウル、あと水凪さん」
「俺?」
「なんだ? ……水凪の嬢ちゃんは知っとるようだな」
「ええ、まあ……未だに現実感がない状態ですけど」
-3-
そうして、ここのところ何度も繰り返している話を要点だけまとめて伝えた。
範囲としては俺の前世や《 因果の虜囚 》、皇龍との関連性、唯一の悪意に絡む話、平行世界の存在、その未来からやって来た魔法使いについては多少ボカして、世界崩壊とそのタイムリミット、ダンマスはすでに対策のために動いている事、原因の最有力候補< 地殻穿道 >、皇龍の世界への避難計画や事前準備としての異世界行きの件などを説明していく。
話の初めの方は何言ってるんだこいつ的な雰囲気が漂っていたが、次第に困惑、そして動揺が大きくなっていく。
崩壊した星の映像の影響も大きいのだろう。ダンマスやエリカが見せたような立体映像ではなくモニタ上の画像だが、それでもインパクトは十分だったらしい。
大まかだが状況を伝え終わったところで反応を見る。全体的には困惑のイメージが強い。
元々ある程度情報を共有しているユキ、ディルク、ラディーネはあまり変わらない。水凪さんとサティナも別ルートから情報を共有しているのか同様だ。セラフィーナも前提は同じで平然としているが、こいつの場合は理解していないような気がする。
サージェスはちょっと苦しそうだが、これは話の内容に関係ないだろう。
……リリカだけは一人オーバーアクションで頭を抱えて唸っているが、自分が発動した《 魂の門 》の術式に割り込まれた事がショックだったのだろうか。ここら辺は本職の魔術士でないと分からない矜持があるのかもしれない。
「今後どうするか、なんて明確な指針はない。俺の役目だってダンマスを動かした時点で終わっているのかもしれない。ただ、この話を持ってきた平行世界人の話、皇龍の言う《 因果の虜囚 》の特性を考えるなら、俺の周りで何かが起きる可能性は十分にある。そして、ここにいるメンバーは俺に近しい位置にいる以上、巻き込まれる可能性は高い。今回の件を乗り切ったとしてもそれは付いて回るし、避けられない。なら、予め事情は説明しておきたかった」
なんとも言えない雰囲気が室内に充満する。今、俺以外の誰かが口を開けば一斉に注目が向くだろう。
情報が多過ぎて、スケールがでか過ぎて整理が追いつかないのだと思う。最も当事者に近い俺だって怪しいところなのだから、聞いただけでスッキリ納得できるはずもない。
しばらく何も反応が返ってこないなら、とりあえず何か言って場を進行させよう……と考えていた。
「滅亡前になんとかゴブタロウぶっ殺せないっすかね」
「……滅亡前提で心残りを解消しようとするな」
「冗談っすよ。あいつ星壊れても生き残りそうな雰囲気あるし。というか、オイラだって死にたくないっす」
そんな中、最初に口を開いたのは意外にもゴブサーティワンだった。
空気の読めない冗談を言ったからか、それともおかげか、場の重苦しい空気が少し和らいだ気がする。意外だが、そういう役回りに慣れているのかもしれない。それを機にポツリポツリと口を開く者が現れた。
「なるほどな……確かに星が壊れればワシは死ぬ。逃げ場もないな」
「こっちは俺自身じゃなくてピアラの事か。マジなら洒落になってねえな」
自分自身の、あるいは身近な者の命がかかってる二人の反応も淡々としているが、その声色には困惑が感じられる。
原因が分からなければ対策も万全とはいえない、自分で解決する手段もないなら困惑するなというほうが無理だろう。
「ガウル自身はどうなんだ? 一応加護持ちだろ」
「俺の加護は弱いからな。この星の上でないと加護の力は受けられねえだろうが、多分世界の移動も可能だ。ただ、ピアラや……水凪はこの世界を離れられねえはずだ。……そうだろ?」
「はい、あまり離れると死ぬ事になるかと。亜神化すれば加護とともにその制約もなくなるんですが……今から第一〇〇層超えは無理がありますね」
亜神化すると加護がなくなるのは初耳だが、やっぱり駄目か。
「突拍子もなさ過ぎて信じられないって気持ちはあるが、それが真実であると仮定するとしてだ……すでに俺たちが手出しできる状況は終わってる気がするんだが、これ以上何か起きるかね? いや、俺は付き合いが短いから実感できてねえだけかもしれねえけどよ」
「起きるんじゃない? ツナだし」
「そうですね、渡辺さんですし」
サンゴロが放った疑問に対して、俺が何か言う前に両脇の二人が即答した。……いや、即答はどうなん?
「サンゴロ、この男はだな、俺に接触するという目的で遠征に参加し、お前の拉致事件に偶然居合わせ、自分がトリガーというわけでもない強制転移に巻き込まれ、異世界の管理者と蟲、果てはなぜか俺と戦う事になった男だぞ」
「……そうして聞くと納得だな」
「お前が関連している部分だけでも十分だろうが、聞く限りこれはその一端だ。この会議室にいる者のほとんどは、このまま平穏無事に……あるいは何も起きずに世界が崩壊するというシナリオを想定していないと思うぞ」
口に出して列挙されると、俺巻き込まれ過ぎだな。どんだけだよって感じだ。
「じゃあ、多数決でもとってみるか。……これから俺の周辺で何か世界崩壊関連のイベントが発生すると思う人は手を上げてくれ」
……全員、無言で手を上げやがった。ここまでほとんど絡みのないゴブサーティワンまで……。何も考えていないように見えるキメラですら上げているってのはどうなのよ。
……だ、誰か上げてない奴はいないのか? あ、セラフィーナ……いやパイソン・Sは上げてない……って、寝てる!? パイソン・Dが『あとで話しておきますから』と視線を送ってくるが、それはどうなんだ。……大事な話してるのに。
「あのねツナ……ボク思うんだけど、
「俺もここまで疑われてないのはビックリだよ」
しかも、ユキの意見にまで同意してそうな奴が多そうなのもまた……。ガウル、しみじみと頷くな。
「やべえな。俺、大将の事まだ甘く見てたかも。……ここまで信用されてるなんて」
「……まあ、俺が極度のイベント体質かどうかについては別途議論するとしてだな……」
「そんな余地はないと思うんだけど」
ユキ、うるさい。
「俺たちが能動的に起こせる行動はそう多くない。とりあえずは異世界行きのメンバー選出だな。三月頭に皇龍の世界へ向かう第一便が出港するんだが、俺とユキの他に希望者はいるか? さっきまでの話を加味するなら、一番何か起きそうな現場だ。ついでに言うなら、これに亜神クラスの龍とのどつきあいが加わる。……単純に向こうに残って避難するって手もアリだと思うぞ。自分じゃなく親しい人間を避難させるってのもでもいい」
「で、では私が立候補します。ちょ、ロッテさん重り追加はちょっと……いかん、興奮してきた」
真っ先に手を上げたのはサージェスだ。すでに一時間以上空気椅子をしているからプルプルしているが、本人は楽しそうだ。誰が置いたかは知らないがケツの下にはデカイ針があり、サージェスの腰部分には大量の重りが載せられている。隣ではすべてを諦めたように無言で重りを追加し続けるロッテ。そろそろ会議を終わらせないとサージェスのケツがピンチだ。……ピンチはともかく、あいつは元々異世界に興味を持っていた事もあるから、この立候補も順当だろう。
「……俺も行くぞ。意味あるなしに拘わらず、何もしねえってのはありえねえ」
そして、ガウル。明確なピアラの危機に対して何かしようという気概は男として見習いたいところである。
その後、ベレンヴァール、ティリア、摩耶が立候補、元々技術者として同行が決まっていたらしいラディーネと、それに付き合う形でボーグとキメラがメンバーに加わった。
「中級昇格式典と時期が被るから、ディルクたちは行くとしても第二便以降だな。……ひょっとして、ダンマスから何か聞いてる?」
「ええ、第二便の予定でした。第一便にも情報局から人員は出ますけど……」
そこで言葉が止まった。
「けど?」
「……いえ、やっぱり僕だけでも行きます。式典はどうにでもなりますし」
何か思うところがあったのか、それともただ単に気が変わったのか、予定を変更してディルクも同行するらしい。
「あたしも行く」
「いや、セラは残っていい……」
「行くー!」
「ア、ハイ」
押し切られやがった。おかしいな、あいつ調教している側なのに最近立場弱くないか?
……まあ、昇格式典にしても迷宮都市内の行事だからな。最悪、出席しなくてもどうにかなる伝手はあるんだろう。
「第一便はとりあえずこんなところか。出港までに数日あるから、気が変わったら言ってくれ。第二便以降は……状況が変わってそうだから、戻って来てから決めようか。それ以外でも、この件に関して何か思いついた事、聞いておきたい事があったらなんでも言ってくれ。関係なさそうな事でも意外な突破口が見えるかもしれないからな」
初回にしていきなり重い話となった全体会議はこれにて閉幕である。
-4-
巨大スクリーンの中に、ベレンヴァールが跳ねる姿が映っている。その相手をするのは真っ黒い人の形をした実体のある幻影……シャドウだ。俺はユキと二人でそれを眺めつつ、改めて戦力分析を行っていた。
「閉所でのあの機動性はちょっと真似できそうにないよね。あれ以上となると飛ぶしかなさそう」
「お前も大概だと思うんだが……そうだな。実際に戦った時も大変だった」
ベレンヴァールの戦闘はかなり特殊な部類といえる。
大型の両手剣とほぼノータイムで発動する残弾式の《 刻印術 》、スピード特化で防御が薄いかと思えば別にそんな事はなく常時発動の防御刻印が重装鎧に匹敵する防御力を発揮している。
そして、スペック上では目立たないが相対して地味に嫌なのは、あの壁や天井に張り付く行動だ。どうやっているのか分からないが、縦横無尽に飛び交う立体機動は対戦相手を翻弄するのに十分過ぎる武器となる。上方など対処し辛い角度からの攻撃は当然厄介なのだが、最も特筆すべき点はそこから生み出される緩急だ。単純に壁蹴り天井蹴りで移動するのではなく、止まれるというのは大きい。大きな方向転換も容易で、足場として蹴る事もできる。迎撃する側としては非常にタイミングを取りづらいのである。つまり、主導権を握られ易い。
「というか、アレ相手に四人がかりとはいえ良く勝てたね。更に良く分からないブーストもかかってたんでしょ? < 魔王 >だっけ?」
「そうな。……良く勝てたよな」
ほとんど捨て身の特攻、俺自身の未知を総動員してようやくという感じだが、良くあそこまで追い詰めたもんだ。
多分、過去にあそこまで《 因果の虜囚 》の影響を強く感じた事はない。つまり、それほど強い力で因果を捻じ曲げないと勝てない相手だったという事なのだ。そして、あの展開は《 因果の虜囚 》が望んだ結果でもあるのだろう。
……しかし、こうして見ても今のあいつがあの時より弱いとは思えない。
あいつは< 魔王 >のクラスで補正を受けていたと言っていたし、あの強烈な肉体変化などあの状況でしか使えないスキルがあるのも確かなのだろうが、どうにも弱体化した印象がない。あの時、今のあいつが自分の意思で代わりに立ちはだかっていたとしたら、俺たちは勝てただろうか。
[ s1 Lv60 を撃破。s1 Lv80への挑戦権を開放します ]
「あ、勝ったみたい」
この訓練所特有のシステムメッセージが流れ、ベレンヴァールと対峙していた影が消滅した。
Lv20から始まり、Lv40、Lv60と段階的に挑戦権を得るシステムを順調に攻略している。次はそのままLv80に挑戦するかと思ったのだが、ベレンヴァールは部屋を出てきた。
「お疲れ。……休憩か?」
「……いや、ここでストップだ。ここから先に進むのは後日にする」
意外だが、訓練はここで終わりらしい。そう苦戦しているようにも見えなかったのだが。
「じゃあ、次は僕がやってくるよ」
と言って、入れ替わりにユキが訓練場に入っていく。対戦相手は別の……影の印象からしてエリカだ。まあ、あれはLv20だから、ユキなら問題なく勝つだろう。
「Lv60相手に何かあったのか? 余裕っぽかったけど」
「他のシャドウはどうだか知らんが、多分s1の剣士に関してはここが限度だ。あそこから20も強化されたら全力でも怪しい。強者を体験するだけでも意味はあるから挑戦はするが、先に他のシャドウだな」
純粋に戦力分析しての判断だったらしい。模擬戦で補充のし辛い《 刻印術 》をフルで使うわけにもいかないから、全力を出せないのは分かるが……。
「< 四神練武 >の時と同じで、シャドウはHPが0になった時点で消滅だぞ。いわばハンデ戦みたいなもんなんだが」
「お前もやってみれば分かるだろうが、それ込みでの評価だ。Lv20からLv40、Lv40からLv60と技量の上がり幅が尋常じゃない。本物がどんな奴だか分からんが、紛れもない怪物だ」
s1の中身は多分燐ちゃんだけどな。
……しかしそうか、それほどかよ。崩壊した世界で成長したからという理由もあるんだろうが、下地としてはあの子も同じ物を持っているはずだ。後遺症が治ったら俺も使うつもりだったが、完全でなくとも手を出すべきだろうか。
「印象としては……そうだな、お前に似ている気がする」
「奇天烈な動きをするとか? ここから見たらそんな感じじゃなかったけど」
むしろ、ベレンヴァールのほうが奇天烈だ。
「それじゃない。むしろs1の基本的な部分は正統派だ。……だが、内に巨大な牙を持っていて、隙さえあればそれを叩き込もうと狙っている。いや、積極的にそのお膳立てをしてくる。それを警戒して一瞬でも気を抜けば両断されるだろう。似ているのはそういうところだ」
「つまり、一発屋?」
「いや、普通に斬り合ってるだけでも同格相手なら勝てるんだろう。そして、格上相手にもその差を引っ繰り返す切り札がある。……アレは影だが、対峙してみると動く度に全身を寸断されるような感覚を味わえるぞ」
「そりゃおっかないな」
あまり剣筋は似ていないようだが、剣刃さんに近いのだろうか。あの人もそんな幻覚にも似た殺気を放ってくる。
アクションスキルの溜め時間、硬直時間なんて絶好の隙になるからスキルもロクに撃てないし。刀を使ってくる奴を相手にして、最も警戒すべきは納刀状態だよな。自分で使ってみるとそれほど感じないんだが、《 居合 》の抜刀速度が速過ぎる。
『あー、負けたー!!』
画面の中ではユキがs6……エリカのシャドウのLv20に負けていた。……純後衛がこのレベル差をひっくり返すのかよ。ゼロ・ブレイクルールで転送されてないという事は降参したって事になるんだが、諦めるような何かをされたのか?
「……どうやら、どいつも規格外の存在らしいな」
「だな。おいユキ、あんまり長引かせないでそろそろ準備しろよ」
『はーい。……ごめん、もう一回』
マイクで中にいるユキに呼びかける。あいつの場合、負けず嫌いが昂じていつまでも戦ってそうだからな。
「世界を移動するための船を見に行くのだったか? 確かクーゲルシュライバーとか」
「ああ、迷宮都市の実験区画にあるらしい。普段は入れない区画だから船以外にも色々見るものがありそうだ。暇なら行くか? サージェスがキャンセルしたから見学の入場枠は開いてるぞ」
「そうだな。俺の世界にあった宇宙船とどう違うのか気になる」
「……造形はあまり期待しないほうがいいぞ」
その名の通りボールペンだし。
「《 翻訳 》スキルで伝わってくる意味がボールペンなんだが、まさかそのままの形というわけでもないだろうしな」
スキルで翻訳されてるのか……。
つまり、ベレンヴァールの前でクーゲルシュライバーと呼んだら自動的にボールペンに変換されてしまうと。
『くそー!! もーそれ反則!』
画面の中ではユキが再びs6 Lv20に負けていた。
別にログにそれっぽいスキル名が表示されているわけでもないのに、一体何をされているというのか。……というか、ユキのほうも極端にスキルの発動が少ないな。……どうなってんだ。
「ベレンヴァール、これ何が起きてるのか分かるか?」
「……分からん」
-5-
「正確には何されてるのか分かんないけど、色々キャンセルされてる。《 クリア・ハンド 》も魔力線が切られるどころか丸ごと消えるし、アクションスキルは出だしを潰されてる。あと、理屈はさっぱりだけど、パッシブスキルも干渉を受けてるんじゃないかな。上手く力が入らない……んじゃないね、入れたつもりが入ってない事になってる」
実験区画への移動中、ユキが何をされていたのか聞いてみたがさっぱり分からなかった。
「スキルは使ってなかったみたいだけどな」
「それが意味分かんないんだよね。ジャンプしようとしたらコケるし……ベレンヴァールは自分の世界でそういう相手と戦った事はない?」
「俺の世界では対人戦闘の機会自体が少ないからな。経験はない……が、現象を聞く限り魔力による直接干渉だろう。スキルを使わず術を構築して発動すればメッセージは出ないはずだ」
言われるまで気付かなかったが、正解のような気がする。実際、エリカならできそうだ。
「リリカが使ってるやつかー。でも、それって自動化されてる処理を手作業でやってるって事でしょ……異様に早いんだよね」
「俺の友人も似たような方法で魔術を行使できるが、確かに時間はかかるな。戦闘中、瞬時に対応できるようなものじゃない」
「アレは俺が会った超すごい魔法使いのシャドウだからな。肩書き通り超すごいんじゃね?」
「また適当な……でも、うん、すごいね」
一体全体エリカがどうやってそんなスタイルを確立したのかは分からないが、意識してそれをやれるというのなら、相当に幅広い戦術が可能になる。相手のスキルに干渉できるなら、対人はもちろん対モンスターだって猛威を振るうだろう。究極に突き詰められた、相手に何もさせない戦術だ。
俺たちを乗せた電車は、普段向かう機会のない実験区画方向へと進む。
乗客は次第に減り、目的地まであと数駅というところで俺たち以外は誰もいなくなった。貸し切りだ。良く見れば外も人影が極端に少ない。人工的な構造物がひしめいているが、そこを歩いている人がいないのだ。
ついでに、駅の間の距離も長い。ここら辺は電車で用事のある者が来るような場所ではないという事なのかもしれない。
「ベレンヴァールの世界はさ、宇宙まで進出してるような世界なんだよね? 町並みもやっぱりこういう感じなの? もっと未来的な感じ?」
「俺の世界は地域によって文明差が激しいからな。こういう場所もあれば、迷宮都市の外のような場所もある。そういう意味ではこの世界と似ているともいえるが、さすがにここまで歪な文明差はない」
まあ、こっちは地域ごとの文明差というよりも、迷宮都市とそれ以外って構図だからな。歪極まりないだろう。
「特に俺の出身……というよりも、純人間種以外が住む地域はあまり発展しているとはいえないな」
「あー、ひょっとして種族間の差別問題とか?」
「そういう地域も多い。宇宙開発を主導している国などは人間以外は足を踏み入れる事のできない、人間の聖域と化している。俺が知っているのも情報としてだけで、実際に宇宙船に乗った経験はない。せいぜい遠目に見たくらいだ」
どの世界でもそういう問題はあるんだな。
「まあ、俺の場合ほとんどの主観時間を無限回廊の中で過ごし、住居もその近くの街に構えてるから、あまりそういった差別や偏見を感じた事はない。むしろ、俺に向けられるのは狂人に対する畏怖の目だな」
「あー、無限回廊が犯罪者を放り込むための牢屋みたいな感じなんだっけ?」
「それだけではないが、そういうイメージが定着してるな。つまり、この世界の冒険者があちらに行けば全員狂人扱いだ」
「それはひどい。……でも、客観的に見たらそうかもね。目的があるとはいえ、自分の意思で死にに行ってるようなもんだし。……しかも何度も。一回も死んでないのってツナくらいだし」
「……死んでないのか?」
あれ、ベレンヴァールは知らないんだっけか。
「ああ、迷宮都市は冒険者になる際に一度は死ぬ仕組みが出来上がってるが、その仕組みを猫耳ごと蹴り飛ばしてデビューした。それからも数え切れないほど死にそうになったが、今のところ死んでないな。ゼロ・ブレイクの擬似的な死くらいか?」
「あれは全然違うからね。死ぬのって、なんていうかこう……キツイ」
ユキの語彙能力が心配になるが、死に関しては上手く表現できないのだろう。
「……一度も?」
「死亡経験はゼロ……あ、いや、前世があるから転生時には死んでるな。経験1だ」
ただ、転生時に何かを見た記憶はないし、そもそもその前後の絶賛記憶喪失中である。
「そうか……転生に関しては未だに良く分からないが、お前はアレを体験していないのか」
「アレって言われても分からんって話だな。時々、冒険者同士で死の体験について話してる時があるけど、話に入れない。なんか人によってバラバラなんだろ?」
「ああ、俺の場合は……上手く言えないが呪術的な印象が強い。儀式のような……」
「ボクは工場だね……ベルトコンベアに載せられてギギギギーって」
「そういうイメージもありそうだな……俺の場合は毎回呪われているような気がして滅入るんだが……」
死亡経験談義が始まってしまった。
俺には意味が分からん。お互いにはなんとなくイメージできているようだが、こればっかりは体験しないと分からないだろう。
しかし、良く考えてみたら死んでないのって本当に"この俺"だけなんだよな。ダンマスが言っていたが、平行世界で冒険者になった俺は普通に死んでるみたいだし。《 因果の虜囚 》が死なせないように誘導しているのはそうなんだろうが、これではまるで死ぬとマズイ事が起きるような……。
まさか、俺が死ぬのが世界崩壊のトリガー……ってそれは飛躍し過ぎ……し過ぎか? 本当にそうか? これまで予想の斜め上を行くような展開ばかりに遭遇してるのに、有り得ないって事はあるのか?
考えるだけなら無駄にはならないし、たとえばそれが正しいと仮定しよう。
この俺が死ぬ事で世界が崩壊する。平行世界の俺が死んでいるという事は、この場合"俺"固有の何かが原因だ。……明確な違いは《 因果の虜囚 》?
同じく《 因果の虜囚 》を持つ皇龍はどうだろう。多分、無限回廊を攻略している中で死亡経験はあると思うが、明確に聞いたわけじゃない。……それは別途本人かダンマス経由、空龍たちでもいいから聞くとしようか。
仮に皇龍が死んだ経験持ちなら、単純に《 因果の虜囚 》保持者が死ぬ事で何かが起こるとは思えない。そんな覚えがあるのなら、ダンマスに伝えていないわけもないだろう。
では、《 因果の虜囚 》自体ではなく、《 因果の虜囚 》を持つ俺に原因があるとする。……妄想だからいいが、仮定に仮定を重ね過ぎだな。これでは複数の条件に対して考察もできないだろう。
「難しい顔してるけど、なんか考え事?」
よほど険しい顔をしていたのか、雑談に興じていたユキが話しかけて来た。
「……たとえばの話なんだが、俺が死ぬとしたらどういう状況だと思う? お前が俺を殺すとしたらどうする?」
「え……。えーと、ツナを殺す? 考えた事なかったけど……なんだろう、なんか何やっても死ぬ気がしない」
「ベレンヴァールはどうだ?」
「人間である以上、バラバラにしたり消滅させれば死ぬだろうが、不思議とその状況になる前に躱される気がする。というよりも、バラバラにしてもゴブサーティワンのように動きそうだ」
俺はどんな化け物じゃ。
「前世の時にも言われたんだよね? ゴキブリみたいにしぶといって」
「いや、ゴキブリとは言われてない……と思う」
さすがに生身で火星に放り出されたら死ぬ。
「じゃあ前世の死因……は分からないのか。まだそこら辺の記憶曖昧なんだよね。……あ、< 鮮血の城 >!」
「ロッテがどうした?」
「いや、そっちじゃなくて、最終試練の《 死の追想 》。アレは死因が瘴気に覆われるんじゃなかったっけ? ……でも左腕が死因って何? ツナなら腕もげたくらいなら死にそうにないんだけど」
「…………」
……左腕?
何か強烈な怖気を感じて、半ば無意識に左側を向いた。当然誰もいない。左腕も……ある。
そうだ。《 魂の門 》で見たあの崩壊した世界では、俺は左腕を失っていた。というか、それを振り回して戦っていた。原型を留めていない形だったが、アレは左腕だったものだ。……つまり、左腕を失った時点では俺は死んでいない。
だったら、左腕の何が死因なんだ? 左腕が動き出して俺を殺したとでも……。それだって有り得ないとはいえない。あの世界では無機物ですら悪意に飲まれて殺し合いをしていたのだから。
そもそもの話、なんで死因となった左腕から無限回廊の奥にいる唯一の悪意の気配を感じた?
《 因果の虜囚 》があるから何かしらの形で影響を受け、繋がっているのはいい。だが、それは左腕に限らず俺全体に関わる話だ。
あの時見たもの、感じたものは本当に前世の記憶の断片だけだったか? 俺は何かを忘れてはいないか?
冷たい汗が止め処なく噴き出る。体温が氷点下まで下がったような寒気がする。何かが……因果の獣が警告しているような気がする。微かに浮かび上がる輪郭。……それが死。渡辺綱の死の形。左腕がお前を殺しに来るぞ、と。
なんだこれは。本当に俺の死が世界崩壊の原因だとでもいうのか。なぜ俺はそれを半ば確信しているんだ。
「ツナ? すごい汗だけど……なんか怖い方法思いついたとか」
「……悪い。……あとで説明する。上手く説明できない」
こんな妄想のような、ただの思いつきのようなものが真相であるはずがない。
ダンマスも言っていたが、現状と結論だけがあって、その真ん中……過程がごっそり抜けている。あるのは確信だけなのだ。どうやったって、その間を埋めるものが見つからない。
「……おや、奇遇ですね」
その声で、急に現実に引き戻された。いつの間にか俯いていた顔を上げると、見知った顔が電車に乗り込んで来ていた。
……ヴェルナーと……玄龍? どういう組み合わせだ?
「ここから先に向かうという事は、皆さんはクーゲルシュライバーの見学でしょうか」
「ボクたちはそうですけど……なんでヴェルナーさんが。玄龍は分からないでもないけど、なんで一緒に?」
「この男が俺たちの世界行きの責任者らしいぞ。聞けばダンジョンマスターに次ぐ実力者だとか」
「ははは、強さの序列的にはダンジョンマスターたちの次になるんでしょうが、太陽と豆粒を比べるようなものですね。差があり過ぎてそんな気は一切しません」
……え、ダンマスたちが飛び抜けて強いのは分かるが、その次って。
「一応、公にはしていない話なので周りに伏せておいて下さい。今回の件も、基本的には迷宮都市運営の責任者として付いていくという事で。……いやー、この路線はさすがに人が少ないですね。貸し切りじゃないですか」
ヴェルナーと玄龍は俺たちの対面の席に座った。
「えと……ヴェルナーさんって、ひょっとしてトップクランの人たちより強いんですか?」
「相性もありますし絶対とは言いませんが、そう思ってもらっても問題ないかと。皆さんは色々裏の事情を知ってて隠す必要もないから、楽でいいですね。私とゴブタロウ、テラワロスの三体の無限回廊攻略層は二五〇層。普段も三人だけの場合はその辺りで訓練をしています」
二五〇層って……つまり、亜神って事じゃねーか。って、え、テラワロスも?
「元々異世界行きの責任者は迷宮ギルドのギルドマスターが務めるはずだったんですが、あの方は< 地殻穿道 >の攻略に駆り出されましてね。亜神だらけの場所に行くのに、こちらはそれ未満の者だけだと問題があるだろうという事で、私がこの任を拝命しました」
「兄上たちは基本、力で判断するからな。強い者がいれば話もし易い」
「腕力で外交というのはアレなので私としては避けたいんですが、相手の流儀らしいですから」
それは分かっていた事だし、ヴェルナーたちが強い事も知っていたが、度合いが想像を飛び越えていた。
「わざわざ引退したガルス様やアルテリア様まで引っ張り出す時点で、< 地殻穿道 >攻略への本気具合が分かるというものです。これで駄目なら対応できる戦力は存在しないというほどの全力ぶりですよ」
「それならヴェルナーさんも行ったほうがいいんじゃないか?」
「あのメンバーの中に放り込まれても、荷物運びくらいしかできませんので。それはゴブタロウたちに任せます」
どんだけだよ。もう尺度が訳分かんねーよ。
「一応聞いておきたいんだが……まさか、ギルド職員全員が亜神って事はないよな?」
「ははは、まさか。我々三人だけですよ。たとえばそうですね……ギルド内で我々に次ぐといえば、受付嬢をやっているカナンなどは冒険者でいうところのAランク程度ですね。……あれ、カノンだったかな」
「……程度」
上司でさえも名前をはっきり覚えていないという悲しい事実も、それを程度と呼ぶ事実で霞んでしまう。
もう受付嬢さんは受付嬢さんでいいんじゃないかな。強さがアイデンティティという事で。
「現在、我々三人はダンジョンマスターの指示で無限回廊攻略を固く禁じられ、入場に関しても制限されてきました。冒険者の攻略状況に合わせて段階的に制限は解除されてきたわけですが、トップクランが一〇〇層を攻略した時点で攻略に関しても完全解禁です。実に長い期間立ち止まっていましたが、ようやくダンジョンマスターたちのあとを追える。……その際は冒険者の皆さんとお仲間ですので、よろしくお願いしますね」
「は、はあ……」
遠い世界過ぎて生返事しか出て来ない。
……まあ、考えようによっては、ダンマスたちと現トップクランの間にある巨大な隙間にもう一つ目標ができたわけで、短期目標は立て易くなったともいえるか。いや、俺たちはそれよりも更に遥か下なわけだが。
「それもこれも今回の件を乗り切らないと意味がありませんから、我々はできる事をしましょう。……というわけで、ここから先が迷宮都市実験区画。クーゲルシュライバーの発着場のある我々の現場です。ま、今日は見学だけですが」
車内アナウンスで終点に到着した事が告げられた。
-6-
降り立った実験区画は発展した町並みとは裏腹に人がいなかったが、世界間航行船クーゲルシュライバーの発着場は意外にも多くの人で賑わっていた。そのほとんどがどこかで見た覚えのある顔……冒険者だ。すべてが参加者とは限らないが、おそらく異世界交流という事で集められたクランの代表なのだろう。上級クランが多く見られるが、それだけではなく中級クランや未所属だったはずの奴もいる。
「代表を務めても問題ないと判断されたクランであれば、大小関係なく通達を出しています。個人ではさすがに推薦がないと参加できませんが、それでも結構な人数が見受けられますね」
「兄上たち相手なら、強ければいいと思うんだがな」
「そういうわけにもいかないのが文明間の交流というわけでして……昔、それで大失敗してるんですよね」
そりゃ、あからさまに無礼な奴は連れていけないよな。……その割には< マッスル・ブラザーズ >や< アフロ・ダンサーズ >らしき姿があるのはどういうわけか知らんが。……< モヒカン・ヘッド >はいないようだが、まさかそこら辺がラインなのか? 低過ぎね?
「ねえツナ、そのクーゲルシュライバーってどんな形してるの? これだけの人が入るって事はでっかいよね?」
「え?」
少し距離はあるけど、奥の方に鎮座してるんだが。……あの棒だ。
「人の流れはあの棒のような巨大構造物に向かってるな。あの中に転送ゲートでもあるんじゃないか?」
ベレンヴァールもアレが宇宙船とは思わなかったらしく、見当ハズレの事を言い出した。
「あの棒がクーゲルシュライバーだ」
「…………」
「…………」
二人揃って絶句するなよ。俺がアホな事を言ってスベったみたいじゃねーか。
「本当に名前のまんまじゃないか。突起物がないけど、ビーム砲とかそういうロマン兵器は付いてないの?」
「……《 翻訳 》は正しかったのか」
「その気持ちは分からんでもないがな。あと搭載武器はないらしいぞ」
俺もいざ実物を目の当たりにしたら違和感しかない。コレが船ですって言われても困る。ロケットなら……まあ分からんでもないが。しかし、色や質感までボールペンにしなくてもいいだろうに。
「なんだ、お前らも参加者か?」
「……おっさん」
クーゲルシュライバーの威容に目を奪われていると、その方向からトカゲのおっさんが歩いて来た。年末のクラン対抗戦以来だろうか。
「ああ。ひょっとして、おっさんは< ウォー・アームズ >の代表ってところか?」
「……いいや。< ウォー・アームズ >は参加しねえ。俺は個人参加だ」
トカゲなのに分かるほどに、おっさんは苦々しい顔をしている。
「あの腑抜け共は新しい事に挑戦する気なんかねーよ」
「……なんかあったのか?」
「色々とな。その色々の流れで俺はクィグ……< ウォー・アームズ >の現団長を殴り飛ばして謹慎中だ」
何やっとんねん。
「謹慎中なら出歩いちゃまずいだろ」
「……あまりにふざけた話だから、そのままアレイン団長のところに殴り込みに行ったら、ダンジョンマスターと遭遇してな。『グワル、あなた疲れてるのよ。旅行にでも行って来たら?』って言われて、良く分かんねえ内にここに連れて来られた」
ダンマスはこんな時でも相変わらずである。……別におっさんはFBI捜査官じゃないんだが。
しかし、明言はしていないが、おっさんの行動は< ウォー・アームズ >の存在意義について知ってしまったという事だろうか。戦闘中にブチキレる事は多くても基本的には温和な性格なおっさんが、自分のところのとはいえ代表を殴るのは相当だろう。
「ちなみにこのデカブツでどこに行くんだ?」
「……おじさん、知らないで来たんだ」
「知らねえ。ここまで大がかりだと近場ってこたぁねえよな。……別大陸か? まさか宇宙に飛ばされるわけじゃねえよな?」
「異世界だ」
「は?」
おっさんの口が開いたまま固まった。でかい口が閉じる気配がない。何言ってんだこいつという目で、周りの誰かが否定するのを待っている様子だ。あいにく誰も期待に沿う事はできない。おっさん自身転生者なわけだから、異世界の存在は認識しているはずだ。かといってさすがにそこへ行く事になるとは思ってなかっただろう。
「あの、ここに来る手前にあった受付会場……あの建物で参加者向けのパンフレットも配ってるので、まずはそちらを確認しては?」
「ヴェルナーまで否定しねえのか……マジかよ」
「マジだよ」
おっさんは魂の抜けたような表情で一人受付へと向かう。俺はそれを何も言わずに見送った。
ノリに任せてここまで来たおっさんもそうだが、ダンマスもダンマスだな。簡単でもいいから説明くらいしろよ。旅行じゃねーだろ。
「まあ、個人参加かつ、ダンジョンマスターに放り込まれたなら仕方ないでしょう。各クランマスターには通達してるんですがね」
「あのリザードマン、異世界人である俺や玄龍を見ても特に反応はなかったな」
「いや、お前らほとんど人型だから言われなきゃ分からんだろ」
むしろ外見ならおっさんのほうが人から離れてる。トカゲだぞ。
多種多様な種族が住んでる迷宮都市なら、ベレンヴァールの角だってそういう種族なんだ、程度の認識しか持たれないだろう。下手すりゃ、小型ロボットのトマトちゃんが歩いてたって、そういう生物なんだと納得されかねない。
「玄龍が龍に変身すれば納得するんじゃないか? 銀龍みたいに」
「ああ……そういえば説明していなかったか。我々三人の人化は不可逆のものだから龍に戻る事はできないぞ」
「< 四神練武 >の時にも空龍が言っていたけど、まさか一時的なものではなく恒常的に戻れないのか? 元の世界に帰れば戻るというわけでもなく?」
「ないな。銀龍のアレは本当に事故のようなもので、本来は戻らないし戻れない。今の母上を超える力を身につければあるいは可能かもしれないが、それまではできて姉上の《 顕現 》程度だろう」
もう元の姿に戻れないかもしれないのに人になったのか。……俺が同じ事をやろうとしたら、どれだけの覚悟が必要だろうか。
「誤解してるような顔だが、別に我々は誰も後悔してないぞ。むしろ、こちらの文化を堪能できない兄上たちに申し訳ないくらいだ。それはそれで、色々自慢はするつもりだが」
「文化というが、お前は少々人間の武術に傾倒し過ぎている気もするがな。< 四神練武 >直後から延々と付き合わされる身にもなってくれ」
意外な繋がりだが、ベレンヴァールと玄龍で模擬戦でもしていたのか。グロッキー状態だったはずなのに元気だな。
「おや、ベレンヴァールは俺と似ていると思っていたぞ。クーゲルシュライバーの中にも訓練場はあるらしいから、そろそろ勝率を上げておきたいんだが」
「俺はさほど争いが好きというわけでないんだがな。それに何勝差あると思ってる。あの中でどれだけ模擬戦するつもりだ。それに相手ならいくらでもいるだろう。……そこの渡辺綱とか」
「こっちに振るな」
俺だって永遠に終わらなそうな模擬戦とか嫌だよ。
「ああ、そういえば出港前に時間があったらでいいが、サンゴロの相手をしてみないか?」
「それはレベルが足りなくて四神練武に参加しなかった奴の名前じゃないのか? 俺はお前と違って教えられるような技術はまだないぞ」
「普通に叩きのめせばいい。別に手加減する必要もない」
「無限回廊挑戦前の奴相手じゃ、一方的な展開にしかならないと思うんだが。……万に一つもないぞ」
サンゴロ虐めかな。クランマスターとして止めたほうがいいのか?
「それはどうだろうな。弱いのは確かだが、人型相手で繰り返し同じ相手とやるなら、万に一つどころか百に一つくらいはあるかも知れんぞ」
「……そうか。それはなかなか楽しそうじゃないか」
ベレンヴァールがサンゴロをどう評価しているかは分からないが、能力的にはそこそこ優秀なルーキー程度だ。
どちらかというと適性がありそうなのは戦闘以外で、< 斥候 >としての成長に期待してたんだが……これは戦闘も期待していいのか? 口調からは、それが有り得る事だと本当に思っているような……。
「……よし、矛先がズレた」
……まさか、注目を逸らすためにサンゴロを売ったんじゃないよね?
-7-
クーゲルシュライバーの見学客はそこそこ多いらしく、乗り込み口の前には行列ができていた。
通路が狭くて大人数を一度に捌けないとかそういう事ではなく、どうも案内人の数が少ないらしい。機密も多いだろうし勝手に動き回られては困るのだろうが、もう少し余裕を持って案内役を用意するべきなんじゃないだろうか。
「予定よりも多く集まったようですね。明日以降は人員を増やすよう言っておきましょう」
運営側らしいヴェルナーのセリフだが、俺としては今日なんとかしてほしい。
「まあまあ、トライアルダンジョン挑戦した時みたいでこういうのもいいんじゃない?」
「そういえば、あんまり行列に並ぶ機会はないな。……ラーメン屋くらいか?」
オーク麺とかはいつも行列だ。ギルドの受付に行列ができる事もあるが、担当マネージャーがいる俺自身はあまりそういう場面に遭遇した事はない。
「中に入ったら私が案内しましょうか。一応責任者ですし、問題はないはずです」
「それはありがたいが、どうせなら強権使って行列抜かしとか……」
「並んでる人もいるので、変に印象を悪くする事もないでしょう」
……そうだな。行列が動く速度的にそこまで長くかからないだろうし。行列抜かしなんかしたら、バッカスのように掲示板が炎上してしまう。
そうして待つ事十数分。ようやく中に入れそうなところまで来た。入り口に立つ係員にヴェルナーが説明をして、案内は不要な旨を伝えると問題なく了解された。やはり人員が足りていないらしい。
そうして、いざ中に入ろうと進んだところでヴェルナーの足が止まった。
「これ、どういう意味でしょうね?」
目の前にあるのはクーゲルシュライバーの入り口だけだ。宇宙船を流用したからか妙に頑丈そうな扉だが、特に問題があるようには見えない。
「これってなんです?」
「これです。扉に文字が書いてあるんですが」
ヴェルナーの脇からユキが覗き込む。
「どれどれ……うん、ただのダンマスの冗談だね。『This is a Pen』だって。そりゃボールペンだしね」
地球でも教科書か税関でしか使われないような伝説の英語をここで見る事になるとは思わなかった。
「……なにがペンなんでしょうか。確かにこの船はペンのような形をしてますが」
ヴェルナーはクーゲルシュライバーの意味が分かっていないらしい。どういう経緯で付けられたのか知らないが、ヴェルナーってドイツ系の名前だったはずなのに。
ただの冗談で足を止めるのもバカらしいので、そのまま船内に入る。案内用に用意された順路もあるらしいが、俺たちは責任者特権で自由に回れる。というわけで、人の少なそうなところから見て回る事にした。
「思ったより広いね。潜水艦みたいな通路を想像してたんだけど」
ユキが言うように、船内の通路はそこそこ広い。ガルドでも無理をすれば歩けるようなサイズだ。参加者には巨人もいるし、当然といえば当然なのかもしれない。
また、宇宙船の名残なのか壁には掴まって移動するためのグリップも付いていたが、無重力状態でなければあまり意味はなさそうだ。ユキが掴まって遊んでいるが、普通に歩くほうが早い。
まず案内されたのは、参加者が宿泊用に使う船室。これは、そこまで広いものではなかった。基本的に二人部屋で、十帖程度。プライベートを分けるためか敷居が作れるようになっていて、入り口も二つだ。正直、普段ダンジョン・アタックで使用している携帯コテージの部屋と大差ない。違いは狭いユニットバスがある事くらいだろうか。バスとはいっても湯船はなく、シャワーとトイレだけ。共用の大浴場などはなく、ここで済ませないといけないそうだ。
巨人のようなデカイ参加者はどうするのかといえば、そういう部屋は別にあるらしい。これはあくまで人間サイズのものだという事だ。
この個室がある区画は似たような場所ばかりで面白くはない。本当に無機質で同じ風景ばかりがずーっと続いている。突貫で用意しただけあって、ただ寝るためだけの場所という事なのだろう。番号がなかったら、別の部屋に入ってそのまま寝てしまう危険すらある。
また、区画は男女で分けられていて、その間には硬そうな扉が鎮座していた。許可を得るか、中から招かないと移動できない仕組みらしい。防犯カメラもあるから、誰かが開けたあとにこっそりついて行く事もできなそうだ。
「ユキはどうするんだ? 性別のない亜人種が使う区画もあるらしいが」
「ツナと一緒でいいよ。ダンジョンでも大体一緒だし」
それはいいんだが……処理したい時はどうしようかな。
ダンジョン・アタックは戦場のようなもので、そういった欲望を表に出すよりも危機管理や休息をとる事が重要だからあまり問題にならないが、今回はモンスターが襲ってくる危険もない安全な旅だ。ぶっちゃけ、寝てても体感時間一週間程度で目的地に着く。
そういう余裕のある状況だと、俺の昂ぶった益荒男は荒御魂を鎮めるために鎮魂の儀式を必要とするのだ。その儀式を怠った場合、翌朝に大惨事と共に自己嫌悪が待っている。つまり和御魂だ。この儀式は、敷居を作ろうが同じ部屋に誰かがいる状況では実行する事が困難なものである。同室がユキでなくとも厳しい。上級者になればそんな状況はものともせず、むしろプラスに働く材料なのだろうが、儀式を行う神官である俺がそんな境地には達していないのだ。
くっ、どうすればいいんだ。対策を考えないと。
その後、案内は共用施設に移る。迷宮都市製ならもっとハッチャケた施設があるかもとも思ったが、設置されている施設は意外と普通だ。
まずはソファやテーブル、飲み物の自販機が設置された談話室。壁の一面からは外が見える。この船に窓はないはずなのだが、映像だけを映しているのかもしれない。一応、カードゲームや簡単な娯楽用品は備え付けで用意されているようだ。
その先には小規模な映画館もどき……というかシアタールームがある。映画も上映するらしいが、基本的には皇龍の世界についての体験動画を視聴するための場所だ。
食堂は二百人程度なら同時利用可能なそこそこ大規模なものだ。バーのようなものはなく、飲酒する場合は決まった時間にこの食堂で提供するらしい。メニューは……まあこんなものかという感じだ。種類は少なくしたギルド会館の食堂といった感じである。値段も同じだ。
訓練所は、ウチのクランハウスに設置されたシステムの他に、ジムのような運動をするためのマシンが用意されている。その他、ミニサッカーくらいできそうな小さめのグラウンドはある。プールなどの大規模施設はないが、こんなところに用意しろというのが間違っているのかもしれない。……俺の欲望はここで発散すればいいのだろうか。なんて健全なんだ。
全体的に見て無難というか普通というか、そんな余裕がなかっただけかもしれないが、余計なものがない造りだ。面白みはない。特にプライベートを確保する手段が少ないのはマイナス点である。俺に優しくない。
その後は、ヴェルナーの伝手で見学でも回らない区画についても見せてもらった。
全体の三分の一ほどもある巨大な貨物用のスペースは、実は積載するための場所ではなく、ただの運搬通路だった。荷物は《 アイテム・ボックス 》と同じ要領で亜空間に仕舞い、そこから運び出すのにスペースが必要なだけらしい。
つまり、移動中はデッドスペースに近い扱いなので、無理やり詰め込むなら人を乗せる事もできる。対策が上手くいかず、いよいよとなったらここに大量の人を押し込んで移動するなんて事もあるかもしれない。……あっては困るが。
また、船舶に載せられた緊急用の脱出ボートのように、六人程度が乗り込める小型艇もいくつか載せられている。
このクーゲルシュライバーのように空間に穴を開ける能力はないが、固定化された通路であれば移動可能らしい。
「穿たれた穴はダンジョンと同じような空間になり、繋がった先の空間から流入した概念を元に通路が造られるらしいので、人間でも移動自体は可能らしいですが、実際に歩いて踏破するのは難しいでしょうね。そもそも二つの世界を繋げた通路は前例もないですし、緊急時でもこういった専用の乗り物を使うのが無難かと」
「緊急時って、どんな状況を想定してるんだ?」
「すぐに思いつくのはクーゲルシュライバーのマシントラブルですが、そんな状況で移動するだけの小型艇で何ができるのかとも思いますし、かといって他の用途も前例がないので分からないという状況です。なので、この小型艇も念のため。むしろどういう機会があれば使うんでしょうね」
不安になるヴェルナーのセリフだが、前例がないというのはそういうものだ。念のためでも、こうした手段が用意されているだけマシなのだろう。
「利点としては、操作が単純という事でしょうか。自動車よりも簡略化された操作系で、ある程度知識のある者でしたら一人でも動かせます」
「そういや、クーゲルシュライバーの乗組員はどれくらいいるんだ? これだけの大型船となると……」
「食事や洗濯、掃除などの雑務を担当するものはいますし、整備員、メンテナンス要員も控えますが、最低限となると実はゼロでも動きます」
ゼロってあんた。どんな超技術だよ。
「船体管理は制御用のAIが担当します。……最後に挨拶しておきましょうか」
「挨拶って……」
自我でも持ってるのだろうか。……暴走して乗っ取られたりしないよな?
というわけで、船体制御用のコントロールルームへと向かう。
船の頭脳部分。最重要部分であるここは基本的に人間が立ち入る必要のない場所で、いくつもの隔壁を抜けた先にその部屋はあった。無機質で重厚な、ここまで通って来たどの隔壁よりも頑丈そうな扉には、ここがコントロールルームである旨が書かれた札すらかけられていない。あるのは扉に直接刻まれた一文だけ。
[I am a Pen.]
……ダンマスはバカなんだろうか。
ゆっくりと扉が開く。
大量に剥き出しの線が転がっているような、もしくは巨大なコンピューターでも設置されたような部屋を想像していたので、うっかり変なところを触ったりしたらまずいよなと考えていたのだが、その部屋には何もなかった。
コンピューターのようなものも配線も何もない、本当の意味での真四角なだけの空間。その中央に、子供が立っている。その姿は実体ではないホログラムなのか、半分向こう側が透けて見えていた。つまり、この子が制御用AIなのだろう。
『こんにちは。はじめまして。私はこの船の制御管理システム、クーゲルシュライバー。みなさんが安全で快適な航行を送るために作られた管理用AIです』
クーゲルシュライバーの管理用AIの名前は、同じくクーゲルシュライバーらしい。……つまり、扉の通り『私はペンです』って事だ。
こちらを見上げてくる感情の感じられない瞳。明瞭な、良く通るが無機質な声。抑揚のない声で紡がれた言葉は、この子供が生物でないと示しているようだ。見た目はエルシィさんに似ているような気はするが、性別もはっきりしない。実体のないAIに性別を求めても仕方ないかもしれないが。
「基本的な航行だけなら、端末からインプットすればこの子が対応します。最悪の場合、ここで口頭指示をしても制御可能です」
それはまた機械オンチに優しいシステムだな。
「ここで俺が指示出しても動くって事か?」
『ワタナベ・ツナ、あなたにその権限は付与されていません』
「……とまあ、当然権限を持っていないと弾かれますがね。今回の事情を考えると、ツナさんにも権限を用意するかもしれませんけど」
口頭とはいえ、俺が指示出して船動かすのは無理があると思うぞ。自動操縦のほうが何倍もマシだろう。
「ちなみに、この子の名前は誰が付けたの? ……ボク、不憫でしょうがないんだけど」
「ダンジョンマスターのはずですが……名前が何か?」
『この船の開発主任と技術責任者のファミリーネームから付けられたそうです』
それは後付けや。元々はクーゲルさんもシュライバーさんもいない。
「あー、この部屋の扉になんて書かれてるか知ってるか?」
『カメラの映像では特に――――上位権限による禁止コードを確認しました。強烈な自己矛盾を引き起こす可能性があるため、その情報を得る権限が付与されておりません――――何も映っていませんが』
「…………ごめん」
……なんか本当にごめん。
-8-
「AI相手だからって、やっていい事と悪い事があると思うんだよね。特に人格部分も再現されてるっぽい相手にはさ」
制御区画を抜けたあとにユキからダンマスへの悪態が始まった。
……確かにアレはちょっとひどいな。見た目が子供なだけに、冗談にしても不憫過ぎる。
「良く分かりませんが、このあとはどうしますか? 時間的にここで食事を摂るという手もありますが」
ヴェルナーは、もうちょっとダンマスのイタズラに敏感になったほうがいいと思うぞ。それとも分かってやってんのか?
「食堂ってもう動いてるのか?」
「職員は準備で入っているので、見学者は利用しても良いそうです。出るのは会館で言うところのレギュラーメニューだけですけど」
「普通のメニューというのはともかく、先に体験したとなれば姉上にも自慢できそうだな」
それが何の自慢になるのかは分からないが、空龍なら悔しがりそうな気はする。
「今更だが、今日はなんで玄龍一人なんだ? こういう代表って空龍が担当しそうだけど」
「本来はそうだが、姉上は出港時の挨拶に使う文章を作るので頭を抱えながら唸ってる状態だからな。銀の奴は、故郷に戻りたくないと部屋で不貞腐れてる」
「そ、そうか……」
なんというか……らしいな。すごく理由がそれっぽい。
というわけで、小腹が空いたのもあって船の食堂で食事をしていく事に決まった。味は会館と同じだろうしこの船に乗ったらいつでも食べれるものだが、気分は違うだろう。
さっき通りがかった時は誰もいなかったのだが、今はポツリポツリと利用客もいるようだ。入り口近くに食券販売機があり、それをカウンターで渡す一般的な仕組みらしい。さっきも見たが、メニューは超普通だ。……ここはカレーの大盛りかな。いや、ラーメンでも……。
「あれ、センパイ?」
券売機を前に唸っていたら、後ろから聞き覚えのある声がした。振り返れば、声の通り金髪ハーフエルフが立っている。その後ろにはもう一人金髪エルフさんが……確かサラダネームパインたんこと本名クラリスちゃんだったかな。メイド喫茶でバイトしてた。……あれ、なんとなく俺を見る目が険しいような。
「何やってんだ、お前ら」
「何って、そりゃ異世界に行くっていうなら、あたしが参加しないわけないじゃないですか。というか、ここにいるって事はセンパイも?」
……ああ、知ってりゃ来るよな、こいつなら。
「そりゃほとんど当事者だからな。ちなみにそこにいるのが、この船が向かう異世界の住人の玄龍だ」
「うえっ!? な、なんで訪問先の方がここにいるんですか?」
「そりゃお前……先に接触して来たのが向こうからだからな。何も、未接触の異世界にいきなり訪問するわけじゃねーんだから」
こうして大々的に訪問するのは普通下地あってのもので、事前になんらかの取り決めがあるものだ。根回しって重要よ。
「あ、ああ、そうか。そりゃそうですね……なんでセンパイと一緒にいるのかは分かりませんけど。……で、そちらの方は」
「お前も知ってるだろ、ユキ20%さんだ」
「どーもどーも」
「あ、どうも……って、ユキちゃんさんは知ってますよ。そっちの褐色肌な……アレ?」
「お前も知ってるだろ、俺たちと壮絶な殺し合いをしたベレンヴァールさんだ」
お前、たくさん弓射ったじゃないか。
「ああ、どこかで見た顔と思ったら、あの時のアーチャーか。あの切り札はすごかったな。普通ならアレで終わってる」
「あ、その節はどうも……って、どういう組み合わせですかコレ」
「どういうって……」
説明面倒くせえな。
「自己紹介がてら、直接聞いたほうがいいんじゃないか? 俺たち飯食うし」
「あたしたちはもう食べたんですけど……まあ、いいです。同席させてもらいますね」
とりあえず買いそびれていた食券を買う。そのままカウンターに逃げようかと思ったのだが、ユキが代わりに行くと申し出てしまった。
「ツナはもう少しミユミさんに優しくしたほうがいいと思うんだよね」
「……え、アレに?」
ちょっと視線をずらせば、ベレンヴァールたちに食いついているトマトさんの姿がある。
「お二方はアレですね、一人一人もいい感じですけどセットで並ぶと更にいい感じですね! ちょっと肩とか組んでもらえません? そうそう、あ、できればもうちょっと耽美かつ妖艶な雰囲気とか出しちゃったりするとトマトさん大興奮ですねー。ベレンヴァールさんのほうがちょっと受けっぽい印象ですけど、あたし的には……」
何を言われているのかいまいち分からない二人は困惑気味だ。言われた通り素直に肩を組んでいるが、求められてる本質は分かっていないだろう。今更だが、あいつは何故誰と話す時でも相手が腐った知識を持っている前提なのだろうか。分かるわけねーだろ。
「……アレに?」
「あーうん、とりあえず買って来るね」
トマトさんが醸し出す腐臭に耐えかねてユキが逃げ出した。ヴェルナーも一緒にカウンターに行ってしまったし……トマトさんはアレだから、半ば放置気味のパインたんをなんとかしようか。
「あー、クラリスだっけ? 君も異世界行くの?」
「え、はい。止むに止まれぬ事情がありまして……。というか、他ならぬあんた……いや部長のせいでそういう事になってしまって」
「……まったく身に覚えがないんだが」
話しかけたら因縁付けられたぞ。どういう事よ。
「……ジェイル・ネル・グローデル。知ってますよね?」
「なんでジェイルが? そりゃ知っているが……むしろ、そっちも知り合いなのか?」
あまりに意外な名前が出てきて驚いた。俺は二人とも知っているが、お互いに認識はないと思ってた。接点が思いつかない。あいつ、年明けてから迷宮都市に来たわけで、知り合う機会なんてそうそうないだろうに。
「あいつ、出会うなり初対面のあたしに求婚して来て、以降ずっとストーカーのように……いや、話しかけてくるからストーカーでもないのか……とにかく付きまとわれてて、事あるごとにあたしへデートのお誘いやらプレゼントやらを突き付けてくるんですけど」
「へ、へー。モテるんだな、パインたん」
「パインたん言うな!」
……あ、そういう事か。
つい、最近の事……< 四神練武 >が終わったあとだから確か二月に入ってからの事だ。騎士を辞める手続きがようやく終わり、迷宮都市にやって来たジェイルは、フィロスと一緒に俺を飯に誘いに来たのだ。その時にトライアルが上手く行っていない事を聞かされたのだが、その時点ですでに地下五階には到達していた。結構早いペースなのに本人は妙に焦っていて、とにかく早く攻略したいから知り合いにトライアル挑戦してる奴はいないかと聞かれたのだ。理由を聞けば……。
『運命の人と出会ってしまったんだ。どうしてもあの子に踏ま……結婚したいんだが、生活基盤もロクに出来上がってないデビュー前の冒険者じゃ話も聞いてもらえないんだよ。心当たりがあればでいいんだ。別に固定パーティに入れてくれと言ってるわけでもないし、最悪一回限りでもいいから、デビュー前の仲間を紹介してくれ!』
あいつは貴族のはずなのに、その目には土下座も辞さない覚悟があった。最初からそんな奴だった気もするが、振り切り過ぎである。
そういうわけで、本当にたまたまなのだがタイミング良くトライアル攻略直前だったサンゴロとサティナを紹介したのだが、三人は無事次のトライアルでミノタウロスを突破し、三月デビューを決めたのだ。……それにジェイルが役に立ったかどうかは知らん。
「あいつが結婚したいって言ってたの、パイ……クラリスちゃんの事だったのか」
「正直迷惑してるんです。うるさいし、しつこいし、すぐ< 踏まれ隊 >と喧嘩するし」
……踏まれたい? 聞き間違いかな。
「トライアル突破したらプレゼントくらいは受け取ってあげるって言ったら、本当に突破してくるし……部長のせいだ」
「いや、おれ、悪く、ない」
「部長が紹介なんてするからっ!!」
「ぷ、プレゼント受け取るくらいいいじゃん。減るもんじゃないし。むしろ増えるだろ」
俺との子供をプレゼントするよ、とか言って襲って来たらそのまま追放コースだろうが、あいつ基本的に真面目な善人だぞ。それにほら、顔はいいし。人当たりもいい。オマケに次男とはいえ王国貴族、それも伯爵家の出身だ。……マジでスペック高えな。
「なんの嫌がらせか知らないけど、持って来たのが奴隷名鑑だったのっ!! あたしに奴隷を渡すつもりか!」
「あ、あいつの家、ちょっと特殊だから。きっとそういう機微に疎いんじゃ……」
プレゼントに奴隷名鑑とか、疎いってレベルじゃないけどな。王国でもアウトだと思うよ。さすがグローデルと言わざるを得ない。
「ダメだぞ、パインたん。ちゃんと、『奴隷なんてもらっても、う、嬉しくなんかないんだからねっ!』って言わないと」
いつの間にやらベレンヴァールたちと話を終えていたトマトさんが話に割り込んできた。
「このーっ!! この口か、この口が言うのか! あんたが変なキャラ付けしたせいで、すっかりツンデレイメージが定着しちゃったのよっ!!」
「うぎぎぎぎ…………」
逆上したクラリスちゃんはトマトさんの頬を抓って大きく伸ばしていく。……おー、良く伸びるな。餅みたい。
「というか、いらないのは本音だし。それだと内心喜んでるって事じゃない。あーもう。……そんなわけで、異世界に行けばさすがに追ってこないだろうし、しばらく顔を合わせなくて済むかと思って」
「痛い……」
「それで、ここにいるのか」
なんという展開だ。俺の知らないところでそんな面白話が繰り広げられていたなんて。フィロスにメールしないと。
「美弓、そういえばベレンヴァールたちはどうしたんだ?」
「もうあっちでご飯食べてますよ」
すでに元いた場所にはいない。美弓の指差す方向を見れば、俺以外の全員が我関せずと食事を始めていた。……呼べよ。
「……あれ、行かないんですか?」
「行くが……美弓、この船に乗るなら、移動時間中は暇だよな?」
「そりゃクラリスの相手するくらいしかやる事ないですけど……デートするならもうちょっと色々あるところのほうが。それとも、いきなり部屋へゴーですか? ……パインたん、ごめんね。その時はちょっと部屋を出てくれると……」
「いや、どう考えてもあんたの空回りだから」
さすが、パーティメンバーは良く分かってる。
「ちょっと真面目な話だ。多分時間がかかるから、ちょうどいいだろ」
「……あー、なんとなく分かっちゃいました。そろそろかなーとは思ってたんで。……前世の話ですね」
「ああ、とは言ってもほとんど答え合わせだがな」
実際、事の真相に至った時にこいつの姿はない。あの裂けた東京に向かったのは俺一人なのだから、肝心な部分は分からないだろう。むしろ情報共有の意味合いのほうが強いかもしれない。無限回廊の先にあの崩壊の原因がいる事は、こいつも知らないはずだ。
「あんまり思い出したい事でもないですけど、仕方ないですよね……」
「その気持ちは分かるが、ちょっと切羽詰まってな。長めの時間がとれるなら、船でとは言わずこのあとでもお願いしたいくらいなんだ」
「はあ……それでもいいですけど、一体なにが……とりあえずご飯食べたほうがいいんじゃないですか?」
確かにラーメンが伸びてしまう。
「そうだな、とりあえずこれだけは聞かせてくれ。……お前が師匠と敬愛するドレッシングセンパイな」
「はい、師匠がなにか?」
「お前、その師匠の本名を覚えてるか?」
「…………」
無言だ。……これはどういう反応だ? 覚えているのか、忘れているのか、それとも俺の質問に対して疑問を覚えているのか。
「……名前、……ナマエ……な、まえ」
「……ミユミ?」
クラリスちゃんが様子のおかしい美弓の顔を覗き込む。美弓はそのクラリスちゃんに反応すらせず、カタカタと小刻みに震えていた。
「忘れ……いや、違……そんな事……」
「おい、どうした」
何かまずかったのか? ヤバイスイッチを入れてしまったとか……。単に忘れてるってだけじゃないのか?
「う……」
美弓は苦しそうに、呆然としたクラリスちゃんにもたれかかり――
「うぉえええええええええ~~~~っ!!」
「うぎゃーーーーーーーーっ!!!!」
――盛大に吐いた。
「ぉううっえっ!! えほっ! ご、ごめんクラリスっ!! つい……」
「ついじゃないわよっ、ばかぁ~! うわーーーんっ!!」
クラリスちゃんの服は大惨事だ。ついでに美弓の乙女力も取り返しがつかないほどに大惨事だ。
いくらエルフの容姿が見目麗しいものだとしても、これでは夢も覚めるか、変な性癖に目覚めてしまう事請け合いだ。
「……なんかごめん」
この惨事は多分俺のせいだよな。
幸い意識ははっきりしているようだが、ゲロで済まない事態になったら俺は自分の迂闊な発言を責めていただろう。
……この美弓の反応はおかしい。あきらかに何かあるって言ってるようなもんだ。詳細を話す時は慎重にいかないと。
「ああぁぁぁ~~……どこか部屋を借りて着替えを……センパイ、このあとすぐに時間とりますから」
「お、おお……」
移動中とは言わず、すぐに時間を作ってくれそうだ。
いや、それはいいんだが、とにかく今はゲロまみれのクラリスちゃんをどうするか……ここは責任者であるヴェルナーに投げて……目を逸らすなよ。お前、今こっち見てただろ。
あーくそ、なんだこれ。
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