第23話「これはペンです」





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 皇龍の世界。……なるほど、確かに妙手だ。パッと思いつくだけでも問題は多いが、不可能ではないように思える。

 何より大きいのは、これはエリカたちの世界には存在しない選択肢という事。決してこの世界の崩壊に抗う正攻法とはならないが、ダンマスの言うように保険……避難所として考えるならアリだろう。なんせ、文字通り別世界だ。この星どころか、世界が丸ごと崩壊しても逃れる事ができるはずだ。

 ただ、世界間の移動ともなれば、避難可能な人員は絞られるだろう。移住するにしても迷宮都市の施設そのままを移動できるとも思えない。


「実を言うと、この件に関しては皇龍の許可も取付け済みだ。エリカ・エーデンフェルデからのデータについても情報を共有している」


 随分と話が早い。……いや、早くて早過ぎるという事もないからそれはいいが。


「皇龍だけがOK出して済む話なのか? 向こうにだって住んでる龍がいるわけだし」

「問題ないとさ。俺たちの感覚だと理解し辛いが、あの世界で皇龍の存在は絶対だから覆る事はない」

「事前連絡は? いきなり行って避難所造りますって言っても混乱するだろ」

「あー、お前が会った皇龍な。アレ、本体じゃなくて映像みたいなもんなんだよ。本体は向こうの世界に戻ってるから、話は通ってる」

「……は?」


 ……アレが、本体じゃない? 確かに最初は阻害されて見えなかったが、あの存在感でただの映像?


「あちらはほぼ無条件でOKを出してくれたから、この件に関してはゴーサイン出すだけで話が進む。さすがに何も返礼なしってのはありえないがな。ツナ君を生贄に捧げろと言われても笑顔で差し出さざるを得ない」

「やめて」


 皇龍がそんな事言うとは思えないが、もう少し悩んでから差し出して……いや、そもそも勝手に生贄にするな。


「環境は……月面でソファ座ってたくらいだから、なんとかなるのか」


 話に聞く限り人間の活動できる環境ではないから、まずはそこから手をつける必要がある。

 ただ、テラフォーミングと呼べるレベルでの環境調整が可能かは分からないが、月では空気も重力もあった。最低限、宇宙に住む環境を構築するくらいの技術はあると思っていいんじゃないだろうか。


「月面に比べてもひどい有り様だったから、そこら辺は簡単にいかないのも確かだ。とてもじゃないが、真っ当な生物の住む場所じゃないぞ」

「え、ひどい有り様だったって……まさか行ったのか?」

「まだ軽く覗いた程度だけどな。映像あるが、見てみるか?」

「あ、ああ……」


 相変わらずフットワークの軽い事であるが、行き来可能なら下見くらいはするか。

 映像が見れるというのなら当然興味はある。避難所を構築するためについて行くか決めたわけではないが、元々行く予定だったし空龍たちが生まれ育った世界がどんな場所なのか気になるのも確かである。

 部屋全体に表示されていた映像が消えて、新たな風景が表示された。今度は地面がある……これは地面だよな?


「……何これ」

「その反応は良く分かる」


 地面っぽい足場があるのはなんとか分かるが、何も見えなかった。視界が確保できていない。というか、立体的な再現映像だから、目の前にいるはずのダンマスの姿も見えない。多分、音を再現していたら声も聞こえないんだろう。


「台風……みたいなもんなのかな。映像だからこうしてられるけど、実際には目なんか開けてられないし、そもそも立ってもいられない。人間が対策なしに踏み込んだらバラバラになる」

「ひどいってレベルじゃないな」


 台風といっても、お天気お姉さんの中継なんて目じゃない激しさだ。天気予報でテレビ中継しようものなら、挽き肉になるレポーターを拝む事になる。雨はなくただの強風……ガスかもしれないからもはや風って言っていいのか分からないが、とにかく気圧差が生み出す渦なのだろう。目を凝らせば時々雷のような光が見える。この状況で確認できるとなると、とんでもない出力の雷だ。


「再現映像が忠実なのはいいが、これじゃ何がなんだか分からん」


 正直なところ、人が住む環境じゃないと言われていて大気や水のない……たとえば火星のような場所を想像していた。これじゃ、空気がないとか以前の問題である。今後攻略予定のダンジョンだって、こんなひどい環境はないだろう。……ないよな?


「まあ、そうだろうな。……ちゃんと調べたわけじゃないが、これでも木星の台風よりはマシみたいだぞ」

「そんなもんと比べても」


 あまり詳しくないが、木星の台風って風速が音速超えたりしてるんじゃなかったかな。そんなのと比較されても、生命体が活動できるような場所ではないって意味なら同じだ。


「皇龍たちはこんなところに住んでるのか……龍パねえな」

「いや、これは世界移動に使った通路の出口付近の映像だ。皇龍が張っている《 龍結界 》っていう障壁のおかげで、あいつらが拠点にしている無限回廊の入り口付近はここに比べたらかなりマシだぞ。それでも人が住めるような環境じゃないけどな」


 と、ダンマスが言うと映像が切り替わる。先ほどまでの強風が消え、視界が開けた。木々や水は一切見当たらない、完全な荒野だ。そこに、何かの建造物の跡地のようなものが見える。建物として機能していないだろうから、廃墟といってもいいだろう。

 その周辺に複数の超巨大生物が闊歩しているのが見える。……多分龍なのだろうが、造形に統一性がない。一般的なドラゴンには見えない者も多い。銀龍の体が水銀であったように、やはり皇龍が生み出した龍はこちらの世界でいう竜とは異なる生物なのだろうか。旧世界の叡智が創り出した生物兵器の総称という意味で捉えるのが一番いいのかもしれない。


「奥に見える構造物があいつらの本拠地だ。といってもメインは地下で、地上部分はほとんど廃墟しかない」

「……あんな大きさで皇龍の体が収まるのか?」


 指差された先にある構造物は確かに巨大だが、それでもあの衛星サイズの体が収まるようには見えない。近くに見える龍なら普通に入れそうだが……。そもそもの大きさが分からない龍くらいしか目安になるものもないし、距離感が掴めないから縮尺が良く分からん。


「ここからだと見えないが、皇龍の本体は衛星軌道上にあるらしい。とはいっても、アレだって相当でかいぞ。縮尺おかしくなってるから分かり辛いだろうが、地下まで含めたらそれこそ月が余裕で入るくらいの大きさがある。向かって歩いて行けば、いつまでも辿り着けなくてビビる事請け合いだ」

「……ひょっとして、星の大きさが違う?」

「全然違う。正確には分からないが、宇宙に上がって撮影した限りこの星の十倍じゃ利かないな。当然重力も強いから、環境を整えるにはそこら辺の調整も必要だ」


 試しにと、縮尺に合わせた形で人間の映像が投映される。そうする事で、元々意味不明な縮尺が更に理解不能な大きさであった事が分かった。さっきまで小石だと思って見ていたものは実は大岩で、投映された人間よりも遥かに大きかったのだ。小人ってレベルじゃない。これを比較対象にするなら、闊歩している龍たちはビルサイズ以上。銀龍の本体なんて本当に子供だ。改めてとんでもない環境である。


「前にこの星が地球とほとんど同じ環境だって話をしたけど、無限回廊の入り口は必ずしも生物の生存できる場所にあるとは限らないって事だな。こんな環境で生物が自然発生するとは思えないし。あの建物だって、元々は別の星から移住してきたんじゃないか? 実は宇宙船の瓦礫だったりして」


 ……なんとなくだが、空龍たちが迷宮都市に来てはしゃいでるのも分かる気がしてきた。何もない文明の残骸、廃墟どころかこれでは死の星だ。居住するなら宇宙空間に一からコロニーを造るほうがマシだろう。


「疑問なんだが、皇龍たちはなんでこんなところに住んでるんだ? 構造物が残ってるのはある意味すごいと思うけど、この環境で意味があるとは思えないし」

「無限回廊の入り口が移動できないからだろうな。こっちでもそうだが、アレ一定距離の土台含めて俺でも破壊不可能な構造物なんだよ。バラバラにして宇宙空間に放置するよりはそのまま使うほうが楽って判断なんだろ」

「入り口って、転送施設にあるゲートの事だろ? いっぱいあるし、増やせるんじゃないのか?」

「アレは無限回廊の機能であとから付け足したものなんだが……皇龍はその機能知らないらしいんだよな。世界の壁をぶち抜いて移動してくるのに、そういう発想はないらしい」


 世界の壁をぶち抜くとか、超豪快な話である。なんか、字面だけなら主人公っぽい。


「ただ、こっちの世界でもあの機能が最初からあったわけじゃないだろうとは思う」

「だろうって……ダンマスが管理してるんだろ?」

「今はな。こっちの世界には前任のダンジョンマスターがいたはずで、そいつが解放したはずの機能も多い。この街は俺が来る前から迷宮都市って名前で、起動してないものの人間サイズの入り口だってあった。多分、一から始めた皇龍とは前提からして違うんだ」


 そういえば、この街は遥か昔から迷宮都市って名前だったと聞いた事がある。そんな名前が付けられているのは理由があるはずで、無限回廊を中心に街を造ったというのなら納得もできる。……それだと新たな疑問が出てくるわけだが。


「その前任者はどこ行ったんだ?」


 ダンジョンマスター権限を持っていたという事は亜神でもあるという事で、単純に死んだと考えるのはちょっと厳しい。

 ダンマスはネームレスを殺す方法を確立したみたいだが、それは最近の話だ。真っ当な方法では亜神は死なないわけだから、よほどの事がなければいなくなるのは考えづらいのだが。


「……分からん。方法は分からないが、死んだか権限を放棄したか、それとも別の要因か。俺がダンジョンマスターになった時……いや、入り口を起動した時点で管理者は空位だったのは確かだ。この世界の無限回廊が日本語準拠なのは、俺の記憶に合わせてシステムがイニシャライズされたからだし」


 ああ、やっぱりそういう理由があるのか。


「ただ、穏便に権限だけ放棄したとは考え辛い。迷宮都市が一部機能を除いて廃墟同然だったのには理由があるはず……なんだが、情報がほとんどないんだよな。普通に考えるなら那由他の祖先なんだけど、文献も口伝も遺失してる」

「ふーん」

「…………」

「…………」


 何故か会話が止まった。


「あれ、なんか変な事言ったか?」


 無意識の内にふーんがダジャレになってたとか。ダンマスが混ぜ込んだギャグに気づかなかったとか。


「いや、もっと気になる事はない?」

「何言ってんだ?」


 確かに前任のダンジョンマスターがいたって話には興味あるが、会話が止まる理由にはならないだろう。俺が知らない話なんだから、基本的に受け身にならざるを得ない。それとも、前任のダンジョンマスターとやらは、今重要な何かを含んだ話題なのだろうか。


「……まあ、なければいいんだが、ようするに過去にダンジョンマスターがいて、迷宮都市の土台を造ったのは事実だ」

「それは分かったが……さっきの沈黙の意図は?」


 あきらかに不自然だし、意味がないって事はないと思う。こっちから自発的に聞いて欲しい事があるみたいだ。


「流れ的に、ツナ君が興味あるかなと思ってさ」

「ない事もないが、前任者とやらがそんなに重要な話なのか?」

「分からん。分からないから探ってる」


 どうしよう、意味が分からない。

 ハテナを浮かべた俺に対し、ダンマスは仕方ないなという体で溜息をついた。


「あのさ、……今回の世界崩壊について回避の方法があるとしたら、その鍵を握っているのはツナ君だろうと思う」

「エリカが言ってた話か? 分岐し易い体質とか」

「それも無関係じゃないんだが……ここまでの話を聞く限り、ツナ君は世界崩壊を回避する最善の道を走っている……走らされている」


 ……走らされている。それは、《 因果の虜囚 》の誘導を指しているのだろう。それが、死の因果に抵抗するための運命だとするなら世界崩壊は正しく究極の危機だ。


「だから、情報を得るにしても無意識の内に取捨選択してるんじゃないかと思ってさ。何が必要な情報なのかってな」

「そうか?」


 それで、何が必要なのか俺の直感を試そうとしていたって事だろうか。

 俺が興味を持った事、それで知り得た情報のすべてが必須情報であるとは感じない。ある程度の補正を受けている可能性はあるが、余計な情報は大量にあるし、それらすべてが後々に絡んでくるとも思えない。こういった世界の根幹に関わる情報なら有り得なくもないと思うが。

 たとえば、みるくぷりんのアリスちゃんのプロフィールなんて、まるで関係ないだろう。暗記してるぞ。


「正直なところを言うと、俺はツナ君が世界崩壊の原因を知っているような気がしてならない」

「は?」


 本当に何言ってんだ。それが分かってるなら苦労はしないし、大抵の問題ならダンマスに投げれば解決してくれるだろう。分からないからこうして話をして対策を検討してるんじゃないのか。


「はっきり言ってさ、さっきのツナ君の話は不自然なんだよ。結果を知っていて、それありきで対策をとろうとしてるように聞こえる」

「それが《 因果の虜囚 》の誘導って事じゃないのか?」

「それもあるんだろうが……お前、《 魂の門 》の中で前世の最後を見たって言っただろ?」

「……ああ」


 まだ根幹的な部分には触れていないが、表面的にあった事は追体験して思い出した。

 一部始終とは言わないが、知り得たほとんどの事についてはダンマスにも話してある。


「《 因果の虜囚 》に、ひいては唯一の悪意に抵抗するために、それを思い出そうとするのは別に間違っちゃいない……と思う。世界が崩壊すればその道が絶たれるから時間がないのも確かだろう。だが、ここまでに出てきた情報を前提とするなら、お前の欠けた前世の記憶と今回の世界崩壊は直接的には繋がっていない。なのに何故、お前は無理をして第二の門を潜ろうとした?」

「…………」


 ……何故だ?


「当人が視野狭窄になるのは分からなくもないが、外部から見ればその行動には一貫性がない。前世の死、地球崩壊の真実を知ったところで解決に結びつかない。なのに、お前はそれが最善の道であると確信している」


 そうだ。確かにおかしい。不自然だ。

 そもそも、あの門を潜ったのはエリカに提案されたからであって、世界崩壊の原因を探りに行ったわけじゃない。


『この先、個人戦闘力が役に立つかどうかは分かりませんが、やらないよりはマシかと』


 そのエリカにしても、やらないよりはマシという程度の認識しかなかった。《 魂の門 》の試練を超えれば魔術の基礎を手早く身につける事ができるから、この先戦闘が必要になった場合になにかしらの上乗せができるかもしれないというだけの話だ。前世云々の試練になるのだって、可能性があるという程度だったはず。


「……自分の事ながら、確かに不自然だな。この星が壊れる事と唯一の悪意に関連性は見えないのに」


 あの映像やエリカの話を聞くに、唯一の悪意が出現した際の現象とは一致しない。アレはそういう類のものじゃない。

 俺はあの先にある真実を知る事が世界の崩壊を回避するために必要な事だと確信していた。しかし、それを確信して進むにはあまりに前提となる情報が足りない。肝心な部分がごっそり抜け落ちている。


 ……何故だか、因果の獣がこちらを見ているような気がした。


「結論だけを先に出すなら、お前の前世と今回の崩壊、この二つは繋がりがあるんだろう」

「なんでそうなる?」


 今あるのは俺自身の妙な確信だけで、結びつけるには情報が足りない。そもそも、繋がらないと言ったのはダンマスだ。さっきまでその話をしていたはずなのに、結論がひっくり返った。これでは、ダンマスこそ結論ありきで話をしているようにも聞こえてしまう。


「第六感とか直感っていうのはただ単に当てずっぽうってだけじゃなく、経験や情報、本人が把握し切れていない要素から無意識に導き出した結論っていう話は聞いた事あるか?」

「……そりゃ聞いた事はあるが」

「お前のそれも同じなんじゃないか? 自分で把握し切れていない、あるいは隠された情報の中に二つを結びつける根拠が存在する。……その直感を確信できるほどに強い結びつきがあると感じているって事じゃないのか?」


 それは適当過ぎないだろうか。ここまでの事から、ないとは言い切れないけど前提とするにはあやふや過ぎる。


「さっきも言ったが、俺には情報や選択肢を提示する事はできても、その先の指針がない。もちろん、持っている情報で推測するし対策も練るが、お前の直感が今現在最も有望な指針なんだ。……自分で言っててもひどい話だよな、この状況。ふざけてんのか」

「いや、俺に言われてもな」


 だが、手がかりはほとんどないのは事実で、当然対策だって手探りだ。皇龍の世界へ避難する案だって、無理やり捻り出した保険のようなものだ。大前提となる星の崩壊にしても、未来から受動的に仕入れた反則気味な情報である。


「無理に思い出す必要はないが考えろ。お前が無意識の内にとった行動の理由、辿った因果の軌跡、それには何かの意味があるはずだ。その上で必要だと判断したならなんだって開示するし、可能な限りの尽力はしよう。……お前が今やるべき事、知るべき事はなんだ?」


 直感。本能。俺が持つ無意識の情報を総動員して、進む道を決める。それを意識的に行う。

 誘導されているなら、それを逆に利用して道を探る。それが今最も有望な道標となる。


「一見関係なさそうな事でも、どこかで繋がってる可能性はある。それでなくても情報を増やすのに意味がないなんて事はない。少なくとも処理できる範囲ならな。だから疑問に思った事、好奇心で知りたい事、なんでもいいから情報の隙間を埋めていけ」


 疑問、好奇心……知りたい事。知るべき事ではなく、興味でもいい。


「……ダンマスってロリコンなの?」


 真剣な顔してこちらを覗き込んでいたダンマスがソファに倒れ込んだ。




-2-




「お前……よりにもよって、なんでそんな話になるんだよ」

「……だって、エルシィさん見て気になったし」


 俺はただ頭に浮かんだ疑問を口に出しただけだ。言われた事をやっただけである。

 迷宮都市の領主と結婚するのは政略的に意味がないとはいえないが、それ以外に嫁を増やすなら何かしらの理由があるはずだ。普通はそれが恋愛だったりするんだろう。となれば、あの幼児体型相手にハッスルするだけの魅力を感じているというわけで……。


「俺の嫁は三人いるんだが、どいつも容姿的にはバラバラだぞ。メイゼルなんて俺と身長ほとんど変わらない」

「乳は?」

「背も胸もメイゼル、那由他、エルシィの順で……って、なんでこんな話になってんだよ。そもそも、ロリコン云々に関してはお前に言われたくないわ」

「……なんで?」


 脱線して男子中学生同士のような会話になってしまったのは認めるが、俺がロリコン呼ばわりされる理由は分からない。みるくぷりんで選ぼうとしたアリスちゃんはそんな感じではなかったし、普段周りにいる女連中はロリもいればアラフォーもいる。……まさか、美弓の事でそう思っているのだろうか。だとしたら心外である。あれはそもそも対象外だ。


「俺、どっちかというと巨乳派なんだけど。なくちゃ駄目って事はないが、あったほうがいいな」

「……そうな。お前自身の好みは雑食っぽいよな。食えればなんでもいい感じ」


 なんか呆れられているようだが、そんな事はないぞ。不細工……修正不可避なグロ画像さんは勘弁だし、面倒そうなのも避けたい。エルシィさんくらいなら外角低めめいいっぱいのストライクゾーンではあるが、美弓レベルの幼児体型はアウトだ。当然、ニンジンさんやトポポさん、土亜ちゃんみたいな完全幼女もドアウトである。ガウルさんがおっきしない。

 あとは、極端に人間から離れた種族は厳しい。迷宮都市にいる獣人くらいなら問題ないが、ほとんど獣の……たとえばピアラなんかはアウトだ。そもそも人妻だけど。

 一晩だけの関係なら中身も気にしないが、ちゃんと付き合う……更には結婚まで視野に入れるならアレな性格の人も勘弁願いたい。見た目は問題はないが見えている地雷なレーネとか、あとは猫耳は避けたいな。つまり、外見にしても中身にしてもよっぽど外れてなければOKだが、さすがになんでもかんでもってわけじゃないぞ。普通の好みの範疇なら雑食といってもいいが。


「もう少し関係ありそうな話振られるかと思ったんだがな……」

「結局会う機会がないままだから、気になってるのは確かだぞ。残りの嫁さん二人はどんな感じなんだ?」


 一体、どんな酒池肉林を繰り広げているというのか。さすがにもう枯れている可能性もあるけど。


「……どうせだから嫁さん含めたウチのメンバーの紹介でもしようか。一応、この世界の最高戦力だし、ひょっとしたら意味あるかもしれないから、知ってても無駄にはならないだろうし」


 荒涼とした死の大地の上に、映像が追加された。背景がアレだが、何かの記念写真のようにも見える。

 この中で見覚えがあるのはエルシィさんとアレインさん、アルテリアさん、あとは何故か河童の格好をしたダンマスだ。


「なんで河童なん?」

「この時のマイブームだった。合わせて銛も使ってたんだ。嫌がらせで食事にキュウリばっかり出されるようになったからやめたけど」


 そりゃ迷宮都市のシステムなら装備の性能は見かけに依存しないが……相変わらず意味不明な行動パターンである。


「水色っぽい人と金髪の人が嫁さんだよな。この爺さんは?」


 人数が合わない。引退したというアルテリアさんを入れて七人。現在のメンバーは五人らしいから必然的にこの爺さんが除外されるわけだが、ここに映っている意味が分からない。


「見た事ないのか。こいつはガルス。アレインの爺さんで、しばらくは一緒に攻略してたんだ。今は引退して迷宮ギルドのギルドマスターをしてる。……あんま仕事しねえけど」

「ああ、クロたちの曾祖父さんか。なんか大陸中で子供作ってるエロ爺さんだとか」

「そっちの話は知ってるんだな。最近は落ち着いてるが、それでも並よりはヤンチャしてる化け物爺さんだ。正確には分からないが、直接の子供だけでも三桁はいるらしい。認知はしていない」


 超すげえ。


「ガルスの恐ろしいところはほとんどがちゃんと口説いた上での結果って事だな。ここまでくると洗脳の類を疑わざるを得ない領域なんだが、そういうスキル持ってるわけでもないし、本人に魔術の才はないんだよな。もはや歩く性的災害だ」

「師匠と呼びたくなるな。是非その手腕を一割ほどでも教示して欲しい」


 特に、そこまで好き勝手やって責任もとらずにいられる強靭な精神性を保つ秘訣を教えて欲しい。人生楽しそう。


「マジで意味不明だからやめておけ。一時期まじめに研究してみたが、俺もエルシィも匙を投げるレベルだ。エロじゃなく、戦闘技能……特に純粋な剣の腕だったら多分この世界最強だから、そっちで弟子入りするならアリかも」

「世界最強……って、ダンマスよりも? この爺さん引退したんだろ?」

「純粋な剣の腕ならな。それだけじゃ足りないから引退したんだ。多分、剣刃を子供扱いできる」

「…………」


 剣刃さんの実力を目の当たりにした身としては絶句せざるを得ない。

 しかし、ダンマスをして最強と呼ぶ剣の腕を持っていても、それだけでは足りない領域なのか。


「まあ、いくら《 剣術 》のスキルレベルが高くても、オーバースキルが使えない時点で勝負にならない。……って悪い。伝わるわけねーよな」

「オーバースキル?」


 聞き覚えのある単語だ。サーペント・ドラゴン戦で発動したっきり謎なままのメッセージである。


「なんで通じてる? これ、認識阻害対象だぞ。……ああ、エリカから聞いたとか」

「いや、俺が発動させた。《 流水の太刀 》を使おうとしたら《 流水の断刀 》になったんだよ。タイミングがズレて死ぬかと思った」

「……発動したの? マジで?」


 え、やっぱりなんか変な事なんだろうか。


「今の前線組でも発動した事ある奴はいないはずだ。存在だって、俺たちか一部ギルド職員、あとは情報局の連中くらいしか知らない。《 オーバースキル 》自体を習得したわけでもないみたいだし、相変わらず意味の分からない事してるな」

「なんかまずい?」

「意味は分からないが、何もまずくはない。オーバースキルってのはアレだ、ようするに限界突破。スキルLv10の壁を超えて形を変えた進化系とも呼べるものだ。前提となるスキルはすべてLv10、それに加えて《 オーバースキル 》っていう専用スキルを習得する事で発動可能になる」


 良く分からないが、すごい事をしてしまったみたいだ。

 前提のスキルLv10って時点ですでにおかしいからな。多分 流水の太刀 だろうが、覚えたばっかりやぞ。


「……なるんだが、前提条件まったく揃ってないのに発動したケースはないぞ。無茶しやがって」

「いや、敬礼されても……別に死んでないし」

「まあ、その様子だと自由自在に使えるってわけでもないんだろ。スキルの性能はまったくの別物になるから、それに気をつけておけばいい」


 いきなり発動して、タイミング狂わせられても困るんだよな。サーペント・ドラゴンを文字通り両断したから、強いのは分かるんだが。


「そろそろ前線組……剣刃かローランあたりが習得するかと思ってたんだが……まさか、お前が先行するとはな」

「ひょっとして、全スキルに対応してオーバースキルが存在するとか?」

「多分な……というか、複数確認されてるものもある。スキルだけじゃなく《 ■■■■■■■ 》ってもあって、合わせると訳分からん世界が待ってるぞ」


 あ、やっぱり認識できないものもあるのか。……上級ランク以上の領域はマジ魔境っぽいな。


「はっきり言って、俺も把握し切れてない。オーバースキルに関してはサンプルが少な過ぎて良く分かってないのが現状だ。他の事例とか詳しく知りたかったらディルクに聞け。情報まとめてるから」


 資料室やネットを使っても分からなかったんだが、あいつに聞けば良かったのか。

 今回のオーバースキルや強制発動と、色々変な事は起きているんだが、原因は多分 因果の虜囚 か《 飢餓の暴獣 》なんだろうな。きっと、色々システム的な制限をぶっ千切って無理やり発動してるんだろう。その影響か、どれも十全に力を発揮できているとは思えない。多分、技術も体もついていけてない。


「ディルクが知ってるなら、あとで聞くか。……それで、残りの二人が嫁さんって事か」

「ああ、俺と同じくらいの背の金髪がメイゼル。お前も会った事あるネーゼア辺境伯の従姉で、分家であるフィルネーゼア家の出身。今は籍ごと抹消されたが、オーレンディア王国史上唯一の女性正騎士だ」


 この人が辺境伯の……って、見かけだけだと孫って言われても信じてしまいそうだ。結構お年を召されているのかしら。


「嫁さんの一人が辺境伯の親戚ってのは、遠征の時にグレンさんから聞いたな」

「親戚って話題は鬼門だけどな。基本的に真面目で実直だが、体重と親族関連の話題だけはタガが外れるんだ。特に辺境伯とは完全に絶縁状態な上で敵として認識してるから、間違っても本人の前に連れて行くんじゃないぞ。……お前が辺境伯をこの世から抹消したいというなら止めはしないが」


 それは止めろよ。可哀想だろ。


「……あの人、何したん?」

「二十年くらい前にちょっとな。当時の辺境伯は典型的な軍閥貴族で自己中だったから……今は反動でアレだけど」


 時期的に内戦関連だな。きっと、ハッチャケけた上で返り討ちにあったんだろうなという事は想像が付く。……多分、目の前の人あたりに。その絡みでなんか言いづらい事があったんだろう。


「活動的で健康的なメイゼルとは対照的に、この不健康そうな水色が那由他だ。知っての通り迷宮都市の領主で、遺跡としての無限回廊の守護をしていた家系。ウチの最大火力だな」


 えらい美人さんだが、確かに不健康そうだ。実際には俺をワンパンKOするくらい余裕だろうけど。


「ダンマスよりも?」

「単純な正面火力って意味なら、俺は五人中四位だぞ。なんでもアリなら勝てるけど」


 なんでもアリと言い出すと、ダンマスの場合どんな卑怯な手でも使いそうだ。

 というか、自分から聞いててなんだがさっぱり想像がつかん。すでに攻撃力飽和してるような状態だから、汎用性が高いほうが強かったりするんだろうか。


「さて、これを見てまだロリコン呼ばわりするか?」

「まあ、違うみたいだな」


 むしろ見かけ上はエルシィさん一人が極端に幼くて、この中の誰かの子供のようだ。

 というか、ロリコンであっても元々責めるつもりはない。ここではダンマスが法のようなものだし、ジェイルみたいにロリコン公言してる奴もいる。そもそも、迷宮都市以外だって別に犯罪ではない。ホモだと火あぶりにされる国はあるらしいが。


「というかだな。年齢でいうなら全員熟女だぞ。……体感時間で換算したらもはや植物の域だ」

「それはまさか自虐ネタなのか」

「俺は気にしてないし……あ、熟女呼ばわりした事は言わないでね」

「怖くて口に出せるか」


 星ぶっ壊せる人相手に不用意な発言をする気はない。……ダンマスには色々言ってしまってる気もするが、冗談分かる人だから大丈夫さ。


「そういえば、俺の見合いの話ってどうなったんだ? まだ候補とかいない?」


 時間かかると言っていたが、そろそろ候補くらいはいそうなんだけど。


「候補ならいる。というかたくさんいる。問題なさそうなのを選出して、その中から選んでもらうつもりだったが……」

「……だったが?」

「予定してたの、四月以降なんだよな。世界滅亡を前に見合いしてる余裕もないだろうし……乗り切ってからの話だな」

「……Oh」


 ……なんてタイミングだ。そりゃ、俺もしばらく時間とれそうにないから今すぐって言われても困るけど。

 俺は女の子紹介してもらうために世界を救わないといけないのか。ハードル高いっすね。


「何もしてないってわけじゃないから、今時点の名簿は渡せるぞ。ほら」


 と言って、ダンマスがどこからか取り出したのはプロフィール表の束だ。見合い写真のような大きい画像は付いていないが、履歴書のようなフォーマットで情報が羅列している。ざっと見たところ、数百枚。

 え、まさか、この中からどれ選んでも成立するような事はないよな。流れとしては、選んだ中から相手側に了解取り付けてって事になりそうだけど……。


「どの子だったら見合い成立しそうかとかの判断基準とかないの?」

「相手にお前の事伝えて大丈夫そうなのを選んでそれだ。いきなり結婚は無理があるだろうが、交際前提なら誰でも問題ない」

「……マジかよ」


 選びたい放題とか、超すげえ。ダンマスの事神と崇めてもいいかもしれない。あ、亜神か。


「むしろ、一人を選んだら問題あるかもな。五人くらい引き取るといいよ」

「……なんでダンマスは俺にハーレムを勧めるんだ。まさかとは思うが、道連れにしたいとか言わないよな」

「まさか。そんな事はないよ」


 何故か棒読みに聞こえるが、きっと気のせいだろう。

 女の子同士の仲が良好なままならハーレムだって望むところだが、俺自身がそんな理想郷を作れるという幻想は抱いていない。

 一部の才能ある人ならできるのかもしれないが、それはエロゲー主人公とかそういう類の超人だ。そして、きっとダンマスは超人なんだろう。女同士のドロドロした詰り合いに挟まれたりとか、複数の嫁に囲まれての修羅場を潜り抜けて来たとか、そんな世の男性諸君を幻滅させるような経験はないと信じている。機会があったらアレインさんあたりにその辺の逸話を聞いてみたいところだ。


「正直、条件が緩過ぎて候補が増えてるところもあるから、もう少し条件絞ってくれたほうが助かるな。見るのも大変だろ? つーか、俺もまとめるの大変」

「そうだな……。エロい子では条件にならないか」

「それは判断基準にしていない。分かんねえし。できれば、プロフィール上からでも絞れそうな条件がいいな」


 そりゃそうだ。特に親しくもない相手に、私はエロいですと言う子はあんまりいないだろう。風華みたいに開けっぴろげなのもちょっと困るし。


「見かけが近く、アハンウフンな事ができるなら人間でなくてもいいぞ」

「候補広げるなよ……じゃあ、年齢とか……年上が駄目とかねーの?」

「上でも下でもそれは別に……強いて言うなら同い年は避けたいかな。前世で同い年の従姉妹に色々トラウマ植え付けられたから」

「……お前にトラウマ植え付けるとか、相当だな」


 実際、相当な奴ではあった。トマトさんの師匠というだけでアレな感じは否めないが、一緒にいると常に劣等感を感じさせられる天才性は、同級生であり従姉妹という近しい関係においてマイナス面しか感じられなかった。しかも、すぐ人を陥れようとするし。

 逆らおうとすると自然に体が拒絶反応を起こすのだ。本能に刷り込まれた恐怖というやつである。


「高堀伊月っていってさ、親父のほうの血縁なんだが……」

「渡辺じゃないのか」

「ウチの親父、半勘当状態で婿入りしたらしいんだよな。だから、子供の頃は高堀の家とも疎遠で……」


 ……なんだ。何かおかしい。


「どうした?」

「いや……なんだこの違和感」


 伊月の存在に違和感を感じている? ……違う、そうじゃない。

 魂の門の奥で見た風景が蘇る。顔のない死体。名前のない死体。存在が奪われた人だったもの。

 ……そうだ、名前だ。なんで俺はあいつの名前を思い出している? サラダ倶楽部の他の奴は……駄目だ。美弓とバカ犬以外、あだ名は思い出せても名前や顔は出てこない。


「あーと、上手く説明できないんだが……」


 とりあえず、ダンマスにも話してみる。


「今回の件に直接的には関係なさそうだが、気になるなら覚えておいたほうがいいだろうな。その名前と顔を奪われたのだって、明確なルールが分かるわけじゃないんだろ?」

「それはそうだが……」


 ルールは確かに分からない。

 そもそも、別に前世で見知った相手のすべてを忘れているというわけじゃない。美弓やポテトだけが例外というわけでもないのだ。

 それに、門の中で見かけたトラックドライバーの男のように、存在自体を忘れている可能性だってある。

 不自然なのは、忘れていたのに思い出したという点。そもそも、奪われたという言葉の意味すら分からないのだから、思い出す事にもそこまでの制限があるかどうか……。しかし、何故ここまで気になる。この状況に関係があるのか?


 考えても分かりそうにないが、心の隅には置いておこう。

 ……あるいは、美弓に聞いてみるか。お前は、サラダ倶楽部の連中の名前を覚えているかと。




-3-




「そろそろ話を戻そうか。どうする? 皇龍の世界に行ってみるか? それとも、俺たちとの< 地殻穿道 >攻略に同行するか? 他に案があるならそれでもいいが、この二つは事前準備が必要だから早めに決めてくれると助かる」

「< 地殻穿道 >のほうに参加するのはないけど……やっぱり攻略するのか?」


 なにか、対処不可能な爆弾のようなものが眠っていて刺激してしまう懸念は捨てきれない。それが時限式であったり、ダンマスたち以外の要因で起動する事だって考慮しなけりゃいけないのは分かるが……。


「放置もマズイだろ。だけど、使えるメンバーは全員投入するつもりだし、深入りもしない。攻略っていうよりも偵察がメインになる。あとは、予防策として可能な限り前倒ししようと思ってる。他の平行世界で観測された崩壊時期より手前なら、多少は安全かもしれないしな」


 どんな仕組みかは知らないが、どの世界でも近い時期に崩壊してるというのなら重要かもしれない。


「< 地殻穿道 >が怪しいのはそうだが、その他の可能性に対しては?」

「衛星と各地に仕込んであるセンサーを総動員して兆候を観測する……というか、してる。あとは、一応月も避難所として使えるように改装中だ」


 なるほど。手が出せそうな対策はすでに始めてると。

 この状況で普通に生活するってのはさすがに有り得ない。何かするべきなのは確かなんだが……。


「となると異世界行きかな。皇龍や空龍たちともそれなりに親しくなったわけだし、話も通し易そうだ。ダンマス的にもそれがいいんだろ?」

「…………」


 あれ、違うの? 流れ的に一押しの案だと思ってたんだけど。実際、役に立てそうなのはこれしかない。

 会った直後の皇龍にも同志扱いされたわけだから、あちらさんにいる龍たちの初期好感度も高いかもしれないし。いや、無駄に好感度稼いでも、龍の巨体相手じゃ怖さが先に立つわけだが。


「……正直なところを言うと、俺としては皇龍の世界にお前を向かわせるのはやめておきたいんだ」

「提案したのはダンマスじゃないか」

「そういう道もあるってな。世界の崩壊という危機に対して保険を持つのは別に間違っちゃいないだろ? 俺が懸念しているのは、これがお前の……いや、《 因果の虜囚 》にとっての保険にもなり得るかもしれないって事だ」

「すまん……言いたい事が分からん」

「ここまでお前が辿って来た道が、断絶し閉ざされる可能性から脱出するための最善だとする。なんせ、生きている基盤ごと崩壊したらいくらお前でも死ぬだろう」

「ああ」


 実際に"最善"かどうかは確認しようがないが、変化しているらしいというのは確かだ。


「だが、今はその最善を辿った結果で道ができた。極端な話、このまま何もせず皇龍の世界に避難したとしてもお前は生き残るだろ? 道は続くわけだ。……舞台は変わるが、唯一の悪意に近付く目的は途絶えない」


 言葉を失った。

 しかし、否定できる気がしない。ここまで培った多くのものを犠牲にすれば道は続く。続いてしまう。少なくとも、そこで途絶える事はない。その状況を創り出したのはこれまでの行動の結果なのだ。エリカの言っていた平行世界ではこの可能性に届き得ない。


「そ、それは最善の結果じゃないだろ?」

「だが、道は繋がる。お前の死という、《 因果の虜囚 》にとって最悪の未来は避けられる。それが得られる結果の中で最善……限界なのかもしれない」

「この星が壊れるって事は大量に人が死ぬって事で……」

「…………」


 ダンマスの表情は変わらない。それがどうしたとでも言いそうな雰囲気だ。

 その目を見て確信した。ダンマスはこの星を救う事に執着していない。迷宮都市の、下手をすればその内の少数が残れば問題ないと考えている。


「まあ、安心してくれ。俺にとって迷宮都市はまだ必要なものだ。避難可能なのが極少数って時点で見捨てるって結論にはならない」

「……それ以外は?」

「聞きたいのか?」


 聞きたくない。それに答えは出たようなものだ。

 ダンマスはこの星に価値を感じていない。オーレンディア王国も、それ以外の国や大陸、そこに住む人たちは最初から勘定に入っていない。

 迷宮都市だって大切なのではなく必要なだけ。何かの拍子に天秤が傾いたらあっさりと切り捨てる程度のものなのだ。

 忘れかけていたが、ダンマスの表情は仮面に過ぎない。その奥には摩耗した冷徹な存在がいる。


「……避難可能な人数や都市機能はどの程度を見込んでるんだ?」

「都市機能に関してはこの世界の無限回廊に依存したものが多いから、ほとんどが移動できない。避難可能な人数も細かい数字は出ないが、数千人が限度だろうな。ここら辺は時間との勝負だ」


 ……少ない。とても許容できるような話じゃない。俺が助かったからそれでいいという風には考えられない。

 知らない内に起きたというのならともかく、知ってしまったのだから。


「はっきり言っておくが、今回の件を放置して全員が避難してめでたしめでたしって上手い話はない。迷宮都市以外の大多数の存在は死ぬし、迷宮都市にしたって避難可能な人数は知れたものだ。それに、お前の知人の中にはこの星そのものに存在を依存している者も多くいる。そいつらは助けようがない」

「存在を星に依存してる?」

「星が生み出した守護者である精霊、そこから自然に誕生した獣神なんかの亜神。俺が生み出したものではあるが、迷宮都市から離れられない四神とその巫女。ここら辺はどうやったって逃れられない。存在を星に縛られている以上、皇龍の世界に避難もできないし、その大元がなくなれば消滅する」


 それはガルドや水凪さんたちの事だ。四神に至ってはエリカから明確に消滅を確認したとまで言われている。ひょっとしたら、そこにはガウルの嫁のピアラも含まれるのかもしれない。


「意地が悪い言い方に聞こえるかもしれないが、今回の件で崩壊を回避できなければお前の近しい者に犠牲者は出る。……お前には切り捨てられないだろ? 星や知らない人が大勢死ぬって現実よりも、それを重く感じる人間のはずだ」


 人質のような言い方をしているが、それが本当なら口に出すかどうかの違いだけだ。

 ……そうだな。ダンマスは俺って人間を良く分かってる。俺にはそれらをバッサリ切り捨てる選択はできない。そんなものは俺の"最善"ではない。


「人数換算できるなら、避難経路や手段は確保済みって事だよな?」

「まあな。荒業もいいところだが、世界の間にある空間の壁をぶち抜いて掘る。俺と皇龍がお互いの世界から干渉すれば、一度作った通路を固定するくらいならできるだろう」


 という事は、これまで皇龍やダンマスが行き来していた方法は使えないって事か。


「そのために、急ピッチで掘削用兼移動用の艦艇を建造している。元々宇宙開発用に使ってたものを流用した」

「艦艇って……SFなんだかファンタジーなんだか分からんな」

「それは今更だ。……実物じゃないが、完成予想図ならあるぞ」


 と言って、俺とダンマスの間にあるテーブルの上に立体映像が浮かび上がった。

 宇宙開発用だとか艦艇とか言っていたから、フィクションで良く見かける宇宙戦艦のようなものを想像していたのだが……。


「……なんだこりゃ」


 浮かんだ映像は、そういった用途からは想像できない類のものだった。

 たとえるなら細長い棒。長い円柱の先が尖っているだけの極めてシンプルな形状である。


「ぶっちゃけダセえ」

「ダサいとか言うな。掘削機能と居住機能を残して、それ以外を取っ払ったらこんな形状になったんだよ。多少閉塞感はあるが中は快適だぞ」


 宇宙戦艦とか、そういうものに憧れていた身としてはちょっとショックだ。

 どうやら、棒の真ん中五分の一ほどが乗り込める空間で、それ以外は貨物用の空間と船体制御用のコントロールルーム。大部分は推力を確保するための装置が占めているらしい。戦闘は想定していないので、武装もブリッジもない。


「先っちょにある部分が空間の壁を削りとる掘削機だ。理論上だけなら亜神さえ消し飛ばすシロモノだから、起動中に近寄ると概念ごと消滅する。気をつけろよ」

「近寄りません」


 さらりと恐ろしい事を言われたが、世界を渡るためにはそれくらい必要だという事なのだろう。ネームレスをはじめとした、不死身に近い亜神を殺すために研究した結果の産物なのかもしれない。


「これ、名前はなんていうんだ?」

「決めてないが、開発連中からはボールペンって呼ばれてたな。……クーゲルシュライバーでいいか」

「……んな適当な」


 とりあえず響きだけが格好いい単語の代名詞じゃないか。


「ドイツ語把握してる奴はあんまりいないから気付かないだろ、……多分。どんな意味か聞かれたら困るから、開発担当者にクーゲルとシュライバーって家名をあげれば完璧だな」


 色々ひどい話だが、実害はないからいいんだろうか。クーゲルさんとシュライバーさんならありそうな名前ではあるし。


「ま、まあ、名前はともかく、これに乗って皇龍の世界に行くって事だな」


 ダンジョンみたいな通路を徒歩で移動する事を想像してたから、それよりは遥かに行き来が楽そうだ。これならば、冒険者でない一般人だって移動できる。


「ああ、その往復回数が避難人数の限界だ。移動中の実時間は極小で済むが、行ってすぐに戻ってくるわけにもいかないし、再度発進させるにも時間がかかる。目安としては一往復に一週間ほどは使う予定だ」


 少し長いように感じるが、これでもダンジョンの時間操作をギリギリまで使ってメンテナンス時間を確保した結果で、ほとんど理論値らしい。すべて実時間で換算したら年単位のメンテナンスが必要になるそうだ。乗り込む人の都合も考えたらこれ以上の短縮は難しい。

 ちなみに、移動中は実時間が経過しないというだけで、ダンジョンと同様に引き伸ばされた体感時間が発生し、そちらは大体二週間ほどになるそうだ。冒険者には良くある話である。


「って事は、言われてるタイムリミットまでに何往復かできそうだな。……とりあえず、初回は参加するよ。ダンマスも行くのか?」

「俺は通路の固定をする必要があるから、少なくとも初回は行けない。それに、その直後に< 地殻穿道 >攻略に入る事になると思う。戻って来た頃には少しは情報も集まってるはずだ。皇龍を通じてほぼリアルタイムで《 念話 》が通じるようにしておくから、何もなくても定時連絡はするようにしようと思ってるが」

「じゃあ、その後の行動はその情報次第だな」


 何かしらとっかかりだけでも掴めれば、とれる行動も変わってくるだろう。


「で、表向きの話だが、さすがに世界崩壊しますから避難しましょうとは公表できない」

「そりゃそうだな。原因も兆候もない状況じゃ信じてもらえるかどうかも怪しい」


 信じてくれたとしてもパニックが起こる。


「二回目以降はなにかしら避難させるための口実をでっち上げるとして、初回はとりあえず異世界への視察、技術交流って形をとる事になる予定だ。避難所を造るのも、それらを行うための大使館って名目だな。実際はもっと大規模にやるけど」


 ああ……そういえば、そもそも人間の活動できる場所がないんだから、少なくとも初回は大規模な避難は難しいのか。あんな空間に放り出されても死ぬだけだし。


「視察団の代表は別に用意するが、お前もできるだけ窓口に立って欲しい。空龍たちも戻らせる予定だから、そんなに苦労する事はない……と思う」

「窓口になるのはいいが、思うってなんだよ」

「いやな……お前も薄々感じてると思うが、あっちとこっちでは文化も違えば価値観も違うんだよな。だからこそ、先行してあの三人を受け入れたわけだが、実際行ってみると多分度肝抜かれるぞ。マジで考え方が違う」

「……俺たちとの交流を快く思ってない奴がいるとか?」


 トップの皇龍が好意的だからといって、あちらの世界のすべてがそうとは限らない。意見の違う奴、排他的な奴も多少はいそうだ。


「いや、基本的にはみんな好意的だよ。……ただ、あいつら価値観が腕力に寄ってるんだよな。というか、それしかねえ。すぐに力試しとかいって殴りかかってくるぞ。もしくはブレス」


 脳筋しかいないって事だろうか。

 そりゃ、あいつらが戦闘民族だというのは分かっているが、それしか考えてないって事はないだろう。……いや、まさか考えてないのか?


「だから、殴られたらとりあえず殴り返していい。握手の前にどつきあいだ」


 こっちも脳筋だった。


「実は俺があっち行った時に五龍将……皇龍の側近をまとめて倒しちゃったんだよね。その時に、さすがに差あり過ぎるから実力近い連中連れていくって約束したんだ」

「あんた何してくれとるねん」

「いや、向こうから吹っかけられたんだから俺は悪くないだろ。正当防衛だ。皇龍も問題ないって言ってたし」


 それ、向こうもそれで話が通じるって認識になってるじゃねーか。


「あっちの主力ってほとんど亜神だろ? 俺だと一方的にどつかれるぞ」

「視察メンバーは武闘派を揃えておく。トップクランの中から幹部クラスを連れていけば、勝負にはなるだろ」

「トップクランったって、第一〇〇層攻略で忙しいんじゃないのか?」


 こちらのほうが重大な問題ではあるが、知らないのだからそちら優先だろう。一から説明すれば分かってくれるだろうが、末端やマスコミまでは説明できない。そんな中、幹部がごっそり消えたら怪しいことこの上ない。


「無理無理。そんな簡単に突破できるようにしてないから。修行の場だっていえば行く奴はいるだろ。実際、格上相手の実戦訓練だ」

「……やっぱ、難航してんの?」

「突破口くらいは見えたんじゃないかな。ただ、実力が足りてないから歯噛みしてる状況だと思う。あの合同攻略を早期に決断できたのは英断だったと思うぞ」


 そう断言するって事はまだ見込みが薄いって事なんだろうな。どんだけ高いハードル用意したのやら。




-4-




「あとは……ユキちゃんをどうするかだな」


 エリカが見た平行世界には存在しなかったユキ。以前、ダンマスがユキに《 因果の虜囚 》絡みの事を黙っておけと言っていたのは、同じ根拠によるものなのだろう。


「やっぱり、ダンマスが見た隣接世界だっけ? そこにもいなかったって事なんだよな?」

「そこは多分認識のズレがあるな。エリカは多分迷宮都市の情報しか確認してなかったんだろうが、ユキちゃん自体は王都にいた」

「あれ、そうなのか」

「ユキちゃんがいた事で大量に差異が発生しているんじゃないか、っていうのは同じ認識だがな」


 じゃあ、ただ単に迷宮都市に来てないってだけなのか?

 でも、あいつの事情からして、迷宮都市に来ないって選択肢は有り得るのか? レーネに監禁されてたとか。


「正確に言うなら、ユキちゃんじゃなくユキトがいた」

「……同じじゃね?」

「はっきり確認できたわけじゃないんだが、どうも前世の記憶がないみたいなんだよな。女に戻ろうとか、そういう意思は見えなかった。見かけは同じだが、中身は普通の少年だ」

「ああ……」


 記憶がないなら、性差で悩む事もないだろう。というか、それが一般的な転生の例で、この世界のユキが記憶を持っている事のほうがイレギュラーなのだ。しかし、なるほど……その一点だけで状況が大きく変わっているのか。


「俺がダンジョンマスターになる閉じた可能性の世界は何故かそんな事になっているが、他の平行世界に関しても概ね同じだ。ユキちゃん……ユキトはオーレンディア王都で生まれて、そこで暮らしている」

「ちなみに、俺はどんな感じだか知ってるのか?」

「……お前は、エリカが言ってたっていう分岐し易い体質そのままにバラバラだ。というか、お前どこで何やっても普通に生きていくのな。ちょっと呆れるくらいの順応性でいろんな人生を送ってる。詳細は……まあ、聞くな」

「なんでだよ」


 なんかエリカも遠い目をして何も言わなかったけど、別世界の俺は何をしたっていうんだよ。気になるだろ。


「エリカの情報と合わせて考えるなら、この世界と隣接世界の違いは二つ。ユキちゃんと、お前の《 因果の虜囚 》だけだ」


 話戻しやがった。俺の事はスルーですか。


「ネームレスの捕獲や皇龍との邂逅、多分エリカについてもそこから派生した結果であって、根本的なものはこの二つだけだと思う」

「あいつが何かしてるとは思えないんだけどな」


 思い返してみてもそんな節はない。


「別に俺もユキちゃん自身が何かを企んでるとか考えてるわけじゃない。ただ、本人が知らない内に干渉を受けてる可能性はある。たとえば、この状況を作り出すために必要だったから、何者かにお膳立てされたとかな」

「……一応聞くけど、何者って何よ」

「《 因果の虜囚 》」


 やっぱり、そういう話になるのか。

 《 因果の虜囚 》は唯一の悪意に辿り着き、滅ぼすための道を用意し、誘導する。そういうものだという仮定で考えるなら、転生者一人の記憶を操作するくらいはやりそうだ。そして、たったそれだけの干渉でここまでの違いが生まれている。結果だけ見るなら効率的と言わざるを得ない。


「ダンマス的にはまだ黙ってたほうがいいと思うか? 皇龍の世界に連れていくにしても、本当の事情を言わないでも納得させられそうではあるが」


 表向きはこれまでの延長線上にある異世界交流だ。依頼として受託している以上、疑問が挟まる余地も生まれないだろう。異世界行こうぜってなったら、好奇心だけでついて来そうだ。


「年末の段階なら、怪しいから伏せておいたほうがいいんじゃねーかって思ったんだが……状況が違うんだよな。……俺は全部話して協力を仰ぐのはアリだと思っている」

「《 因果の虜囚 》が世界崩壊を回避させようとしているなら、そのままレールに乗っかったほうがいいって事だろ」

「そうだ。なりふり構ってる状況じゃない。誘導されてる身としてはムカつくかもしれないが、そのほうが可能性は引き上げられるんじゃないかって思える。……判断は難しいが、お前の直感で決めろ」


 ここに至る根本的な部分にユキがいるのだとすれば、今回もまたいい方向に転がるかもしれない。

 元々が無自覚である以上、話して何か変わる気はしないし、あいつが特別何かをできる気もしないが、何かあってもいちいち誤魔化す必要がなくなるし、単純に助力をお願いする事もできる。事が事だから、あいつも頭をフル回転させて対策を考えてくれるだろう。

 そして何より、俺があいつに隠し事をしつつ警戒している状況が嫌だ。期間にしてみれば一年足らずだが、あいつと過ごした日々は濃密過ぎるほどに濃密で、積み上げて来たものは確かなのだ。信じたいというのが本心である。


 この話を知ってあいつがどう反応するかは分からないが、基本的な部分は変わらないと思う。

 平行世界の自分がどう生きているかを知ったところで、あいつが生き方を変える事はないだろう。すでにユキトではなくユキ20%なんていう奇っ怪な存在なってしまったわけだし。

 というか、ダンマスの推測がすべて正しいとするのなら、ユキが性差で苦しんでいたのも俺の巻き添えって事になってしまう。それならむしろ被害者だ。


「……とりあえず、全部話して相談したいと思う」

「分かった。俺は諸事情で同席する事はできないが、説明頑張ってくれ」


 諸事情って、単にユキから逃げてるだけだろ、あんた。




 その日の夜。もう深夜とも呼べる時間帯だが、ユキの部屋を訪ねてこれまでの事を説明した。

 黙ってた事を怒られるかもしれないので、体が痛むのをこらえて正座ポジションだ。


「へー」


 だが、それを聞いたユキの反応はさっぱりしたものだった。別に怒っている感じでもないが、普段、ニュースを見た反応と大差ない。タレントの誰が婚約発表したとか、そういうのと同レベルだ。


「な、なんか反応薄いな」

「いや、ここのところツナが何か隠し事をしてたのは気付いてたけど、言わないって事は聞かないほうがいいのかなって思ってたんだよね」


 気付いてた上で聞いて来なかったのかよ。空気読んでんな、おい。


「ボクに言わなかった理由も……まあ、分からないでもないよね。全然実感ないけど、聞く限り怪し過ぎるし」

「実際に見たのはダンマスとエリカだけだから、実感湧かないのは俺もだけどな」


 未だにユキがいない迷宮都市の生活を想像できない。


「平行世界のユキトさんに対して思うところは?」

「うーん、平行世界のボクがどうだろうとあんまり関係ないしね。記憶がないならそうなるんだろうなとは思うよ。元々この世界の平均よりは恵まれた環境で生まれたわけだし、それはそれでいい人生だと思う。……あ、世界崩壊するなら、いい人生も何もないね」

「そうな。何も知らずにいきなり終わる事になる」


 ダンマスがいる事で可能性が閉じているという隣接世界は別にしても、崩壊が確定した平行世界に関してはどうしようもない。


「その世界の崩壊については……ちょっとスケールが大き過ぎて反応に困るかな。ちょっと情報を整理したい。いきなり言われても実感がわかないよ」


 そりゃそうか。良く考えたら、俺の部屋で宣言した時のディルクたちも同じような反応だった。

 俺のように超常現象を目の当たりにしたわけでもなく、崩壊した映像も見てないんじゃこんなもんなのかもしれない。口で言っただけじゃ、それこそ某編集者ネタと大差ない。


「一応聞くけど、ギャグとかじゃないんだよね?」

「ギャグなら良かったんだがな。少なくとも《 因果の虜囚 》や前世の話はマジだ。世界崩壊も冗談で済ませられない」

「だよね。……ちょっとツナの人生ハードモード過ぎない?」

「俺もそう思う」


 マジで勘弁してってレベルだからな。前世からずっととか、呪われてるんじゃないかって感じだ。……実際呪われてるようなもんか。


「というわけで、なんかいい案があったら言ってくれ。すがる藁もない状態なんだ」

「いまいち実感が湧かないからアレだけど、何かできるならもちろん手伝うよ。今のところ何かできる気もしないけどさ。とりあえずは第四十層の攻略ローテーション見直したほうがいいかな? 何人か異世界行きに同行したほうがいいよね?」

「そうだな」


 異世界行きにダンジョンの六日縛りは関係ないが、あっちに行けば必然的に一週間程度は迷宮都市を離れる事になる。

 その週のダンジョン・アタックはスキップする事になるから、長期的な予定は見直す事になるだろう。


「行くならそれなりに準備も必要だろうし、向こうではアホみたいに巨大な龍と戦う羽目になるかもしれないから、戦闘の準備もしておいたほうがいいぞ」

「そこら辺はまあ、ボクらは腕試し程度でいいんじゃない? 一緒に行くトップクランの人たちに頑張ってもらおうよ。同志扱いなツナは別として」

「……模擬戦とはいえ、ガチは勘弁してほしいな」


 俺も腕試し程度にしておきたいんだが、同志とか呼ばれてガチンコの戦闘……という名の歓迎が待っている気がしてならない。絶対体育会系のノリだぜ。


「向こうに行く時期とかスケジュールは決まってるの?」

「ある程度は前後するかもしれないが、三月頭になるとさ。出発の数日前になればクーゲルシュライバーも見学できるらしい」

「見学はしたいけど……そのネーミングはどうにかならなかったのかな」

「それはダンマスに言え」


 実際見た目はボールペンだから、大きく間違っているわけでもないし。


「あとさ、すっごく気になる事が一つあるんだ。いつその話題に触れるんだろうって気になってたんだけど……」

「……なんだ?」


 とりあえず一通りは説明したはずだが……。

 これまでの話をあっさり流したユキが気になるというなら、何か見落としてる可能性がある。……なんだ?


「そのマスクは何?」

「……これは、パイソン岡田との友情の証だ」


 超どうでもいい事だった。……そりゃ気になるだろうけどさ。




 ……さて、ユキには洗いざらいぶちまけたわけだが、これが吉と出るか凶と出るか、それとも一切関係ないのか。

 実は俺はその答えを知っているのか。

 これを見て、因果の獣はどう思うんだろうな。



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