第6話「クラン対抗戦」




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 盛大に爆死したドジッ子サティナさんの事はひとまず忘れる事にした。

 完全に拒否したわけでもないので、持ち帰ったあとで領主さんと相談するなり下調べするなりして再び現れる事だろう。ベレンヴァールには事前に話を通しておいたほうが良さそうだ。

 少し話した感じでは、ベレンヴァールの言っていたような精神的にまずい兆候も感じられなかったし、事前調査した上でウチに入団するというのなら門前払いをするつもりはない。

 当然、人間関係含めて問題があるなら入団はお断りさせて頂く事になるが、それはサティナに限った事ではない。

 ベレンヴァールとサティナの二択なら、そりゃベレンヴァールを取るよ。


 サティナの件で思い出したというわけでもないのだが、実はクラン員の問題でそろそろ解決しないといけない事がある。

 設立前の段階なのでメンバーの確定はそこまで急ぐ事ではないし、そもそも定員には足りている状態なのだが、放置してもいい問題ではない。

 ……決して目を逸らしていたわけじゃないぞ。


 少し猥雑なので現状のクラン員候補を整理すると、初期メンバーとして確定しているのは十二名(内パンダ三匹)である。

 クランマスターは俺、渡辺綱。サブマスターにはユキ。これはほぼ決まりで前提といってもいい。

 その他にサージェス、ガウル、ティリア、ラディーネ、ボーグ、キメラ。パンダ三匹もほとんどなし崩し的だが決まりだろう。リリカも明確に入団の意思を聞いている。現在は魔術士ギルドのほうで何やらやってる事が多いらしいが、年明けには引越しだ。さすがにクランハウスに住んでいて設立時に入団しませんって事はないと思いたい。

 関係ないパンダも大量に住んではいるが、奴らはただの居候だ。冒険者ですらない。


 問題がなければそのまま加入となりそうなのが、現在<アーク・セイバー>所属の摩耶とフリーの水凪さんの二名。

 このまま順調にクラン設立し、攻略に躓くような事がなければ正式に加入となるだろう。入団時期が明確になっていないだけで、条件らしい条件もない。


 候補ではあるが、まだ入団資格であるEランクに達していないのが四名。

 この中でもトライアル挑戦前のサンゴロは問題ない。ベレンヴァールとセットのような印象だが、特別な背景も特にないし、実力さえあればEランクまで昇格して入団するだろう。

 一方、ベレンヴァールは本人の意思としては入団の方向だが、複雑な事情を抱えているため、スムーズに合流できるかどうかは未知数な部分もある。そこら辺、年末のパーティでダンマスあたりに確認したほうがいい。

 ロッテ……とまだ会っていないが弟分の肉壁君も別段問題はなさそうだが、そろそろ一度会っておく必要がある。半分酔っ払った状況ではなく、ちゃんと確認すべきだろう。肉壁扱いが不満という事も有り得るからな。元モンスターではあるが、それを気にするようなメンバーはいない。ボーグとかキメラとかパンダのほうがよっぽどアレだ。


 ちょっと特殊な状況なのがレーネだ。あいつの場合、冒険者ランクの資格はすぐに解決するが、ユキさんとの関係という爆弾が存在するために入団できるかどうかも未知数である。

 本人の矯正も含め、時間をかけて……それこそ数年んがかりで処理すべき問題だろう。候補として扱うには微妙な立ち位置だ。しばらくはソロ活動にならざるを得ない。


 そして、扱いに困るサティナを除けば、他に微妙な立場なのがあと三人残っている。

 ……そう、三人だ。二人じゃねーのかと誰かに突っ込まれそうだが、実は先日、本人からではないが打診を受けている。

 本人でない理由は簡単だ。その一人は所在不明なのである。


『あの……リーダーさん? 最悪の場合、師匠を私の部屋に住ませてもいいですかね?』

『お前の部屋って……同棲って事か? それともまさか結婚するとか』

『師匠は岩なので、そういう関係には成り得ないです。庭を拡張して置いておければなと』

『拡張に使うGPがお前持ちなら構わんが……お前の師匠は庭石か何かなのか』

『今現在どんな状況にあるか分かりませんけど、さすがにホームレス状態なのは弟子として不憫なので……見つかったら入団を視野に入れて会ってもらえませんか?』

『入団……お前の師匠って結構な高ランクじゃないのか? システム導入前から二つ名持ちだったくらいなんだろ?』

『師匠は気にしないと思いますので、とりあえず検討という形で……そもそも見つからないと話になりませんし……どこ行ったんでしょうね』

『いや、知らんがな』


 正式には会ってから検討すべきなのだが、ティリアの師匠岩石巨人の< 要塞 >さんことガルデルガルデン氏も一応候補だ。

 規則上、家族やクランメンバーじゃないと捜索願も出せないので、ティリアは地道に探索しているような状態である。

 すでに解散したあとなので、元< ストーンヘンジ >のメンバーでも捜索願が出せない。ステータスカードも解散に伴う更新で未所持の状態らしく、電話も繋がらない。

 ……ティリア曰く相当マイペースな人らしいので忘れてるんじゃないかという事だが、身分証明書に使うステータスカードを放置して行方不明ってのは正直どうなんだろうとは思う。

 あまり長い事見つからないようならギルドに相談するなり、別の方向から探索を検討すべきだろう。迷宮都市から出てはいないらしいのだが……。


 まあ、三人の内の一人はそんな宙ぶらりんの状況なのでティリアに任せるとして……。

 目下の問題は残りの二人だ。……いい加減あの調教師と狂犬の扱いをどうにかしないといけない。

 現在ディルクが情報局員として活動しているから先送りになっているが、リリカやパンダと同様、すでにクラン加入可能な資格はあるのだ。

 正直、ディルクは何も問題はない。入団前から期待できる超大型新人と言っていいだろう。時々不穏な事を口走る傾向があるくらいで、性格もウチ基準なら普通なほうだ。……問題は当然、付属品のセラフィーナである。


 セラフィーナ。迷宮都市出身。両親はすでに死別。とある経緯でディルクに保護されたらしいが、詳細な記録は抹消済。

 保護された当時は自閉症に近い状態だったらしいが、その原因は生活環境や両親の死でなく前世の記憶だ。どうも戦う事を強要される立場だったらしく、それしか生き方を知らない。自分の存在価値を戦いの中にしか見出せない。そんな価値観だけで人格が完成してしまっていたらしい。お世辞にも幸せな記憶とは言い難い。

 こうして具体例が出てくると分かりやすいが、記憶を保持したままの転生ってのはデメリットのほうが大きい気がする。この世界は転生が一般的だからまだマシだが、前世の価値観を持っていると幼少期に環境に溶け込むのが難しい上に、人格が完成し切っている場合は矯正も難しい。

 前世の知識や経験によるメリットもあるのだろうが、リセットしたほうがいい人生は確実に存在する。セラフィーナの例はその最たるものだろう。


 ディルクはそんなセラフィーナに才覚を見出し、社会復帰のための手段として冒険者の道を選ばせた。その間で人格調教してるのも、きっと必要な事だったのだろう、うん。

 その結果が五歳でのトライアル攻略、あの天才児に切り札と呼ばせる存在の完成である。

 彼女にとってディルクは何もない血みどろの世界から救い出してくれた大恩人だ。当然の如く強烈な依存先であり、依存先であるディルクもそれを良しとしている。歪で真っ当とは言い難いものの、お互いが納得した上での関係で、そこには一方的ではない人間らしい感情もあるに違いない。……あるよな?

 俺との出会いが出会いなので少々信じがたいのだが、彼女はヤンデレな傾向はあるもののそこまで反社会的ではない。

 リリカの件からも分かるように、少なくともディルクの回りの女性をすべて排除するほどに壊れてはいない。あとパンダも。

 そういう目的でディルクに近寄る女……特にショタっ子大好きなお姉さまがたの中には反撃を喰らった人もいるが、協調性自体はあるらしい。冒険者学校の所属クラスにも友人はいるのだとか。

 それなら何故俺が目の敵にされるのか良く分からないのだが、マジでホモだと勘違いしてるのだろうか。……いや、そんなまさか。

 ……想像するに、それまであまり他人に興味を持たなかったディルクが俺のファンだというのが気に入らないのだろう。ようは、恋愛関係でなくとも自分以外に強い興味を持つ相手を持つのが不満なんじゃないだろうか。

 何かしらの対策は必要である。そんなわけで、少し前にその方面のプロフェッショナルである人物に教示をお願いしたのだ。




 俺の脳内時間は少し遡る。……あれは、遠征から帰還して直後の事だ。俺は病院へと足を運んでいた。

 [ 静止した時計塔 ]の死闘で脱落し、後遺症で退院できない赤い野菜のお見舞いである。俺は面倒くさい後輩だろうが、見舞いに行くくらいの律儀さは持ち合わせているのだ。


「よう、具合はどうだ」


 病室に入ると、赤ではなく土のような顔色をした美弓がベッドに横たわっていた。土色のトマトとか、非常に不味そうだな。

 起きてはいるしこちらに気付いてもいるが、その動きは緩慢だ。ちょっとゾンビっぽい。


「……もう一回、死にそうですー」

「大丈夫そうだな」


 よく、病気中の女の子の見舞いに行って、普段気付かない魅力に気付いてしまうなんてシチュエーションもあるが、そんな展開はないと断言できる姿である。

 普通、冒険者がダンジョン内で死亡してもLv1になるペナルティとアイテムロストが発生するくらいで、基本的には健康体で復活する。同じように死亡したフィロスとゴーウェンも、帰還した段階でいつも通りだ。

 だが、美弓の場合は少し事情が異なる。

 対ベレンヴァールの切り札として使った《 魂の一矢 》は、サージェスの《 インモラル・バースト 》と同様にデメリットを抱えるスキルだったらしく、復活後にも後遺症が残るそうだ。少なくとも、通常の期間で冒険者業に復帰できる程度のペナルティではないらしい。


「レベルは戻りますが、しばらくはHPもMPも回復しませんし、ステータスも軒並み1のままです。スキルもほとんど使えないので、今のトマトちゃんは一般人以下ですね」


 元々腐ってはいるが、このままでは廃棄処分されそうな勢いである。

 後遺症もそうだが、副次的に免疫力が落ちた事で入院中に風邪をひいてしまったのも辛いところだ。

 冒険者、それも中級ランク上位の風邪とか珍しいってレベルじゃない。元に戻ればあっさり治りそうではあるが。


「あ、センパイに優しく抱き締めてもらって、ついでにキスとかしてもらっちゃったりしたら、元通りの水々しいトマトに戻るかもしれません。さあ、ぷ、ぷりーず……」

「え、嫌だけど」

「なんというセメント対応……うう」


 死ぬわけでもないだろうし、冗談言えるなら大丈夫だよ。


「それで、いつくらいに復帰できそうなんだ?」

「少なくとも年内は無理でしょうね。相当無理したので、完全復帰は年度内になんとかってところでしょうか」


 代償は相当に重い。美弓なら大丈夫だろうが、活動資金に困る冒険者ではあれば致命的ともいえる休止期間だ。

 冗談でも見舞いの花として菊を持ってきていいような状態ではなかったか。


「悪いな。そんな後遺症が残るようなもの使わせちまって」

「あーいや、いいですよ。使ったのはあたしの意思ですし……そもそも仕留められなかったみたいですし。……うわ、今更ながらにショック。今まであれ直撃させて仕留められなかった相手はいないのに……」

「魔王ベレンヴァールの第一段階は倒したぞ」

「倒しても変身するとかどこのラスボスですか……。というか、そこからセンパイ一人で勝ったってのがまた……センパイなんだなあって思いました」


 一人で……いや、そもそも勝ったとは言い難いよな。ベレンヴァール自身がなんとかしてくれなかったらそこで終了だったのだから、あれは実質負けのようなものだ。あの局面は不確定の要素が大き過ぎる。《 飢餓の暴獣 》に強制発動、奇跡に次ぐ奇跡の連発。有り得ない現象を引っ張りこんで、ベレンヴァールを動かしてようやく掴んだ勝利だ。

 あのギフトも確実に発動している。おそらくは、かつてないほどにはっきりと。偶然とか、奇跡とか、そんなレベルでは片付かない境界を飛び越えた実感がある。アレを再現しろと言われても一切できる気がしない。


「センパイなんだなあって……お前が言うセンパイって前世の渡辺綱のイメージだろ。一般人だぞ」


 前世の俺だったら、魔王を前にしただけでSAN値直葬だろう。少なくとも漏らしてはいたはずだ。


「それはそうなんですが、センパイならどんな状況でもなんとかしてみせる気がして……。いや、さすがにアレ相手で冒険者でもなんでもない前世のセンパイが何かできるはずはないのは分かってるんですが……できないですよね?」

「できるはずねーだろ。極普通の一般的な日本人だったんだから」

「センパイが極普通の一般人だったかどうかについては、検討する余地すらなく、まったく肯定できません」

「そこは肯定しろよ」


 少なくともお前やお前の師匠よりは一般人してたつもりだぞ。あの部活、まともな奴いなかったじゃねーか。


「前世の事はまあいい……。今日はお前に相談があってだな。あ、これ見舞いの花な」

「ああどうも……って菊っ!? しかも植木鉢って……退院するなって事ですか。……いや、せっかくですからもらいますけど」


 ……受け取りはするのか。せっかくだから目立つところに飾ってやろう。結構高かったんだぞ。


「相談とは珍しいですね。ひょっとして頼られちゃってますか?」

「ああ、俺の交友範囲の中でお前が一番適任なんだ。他に対策を思い付けそうな奴がいない」

「そ、それは重要案件ですね。死闘の果てにやって来た重要イベント、センパイ攻略のためには絶対落とせないフラグです。さあ、どうぞ! カマーンッ!」

「ヤンデレの人ってどうすれば大人しくなるのかな」

「そんなイベントじゃない事は分かってたよちくしょうっ!!」


 逆もそうだが、お前が俺を攻略するルートはないぞ。あの謎の夢のような状況になるには、それこそ謎ギフトを使った天文学的確率を引っ張り込むしかない。


「あー、それでなんでヤンデレ対策です? あたしヤンデレじゃないですよ。あたしヤンデレじゃないですってばよ」

「何故二度言う」


 部活の連中が冗談でそんな事を言っていたのは知っているが、お前がヤンデレじゃない事は分かってる。

 依存してるわけでもないし、独占するために監禁しないし、他の女を排除もしない。お前はもっと違う何かだ。

 ……たとえば俺が他の女とくっついた場合、こいつは嫉妬しても邪魔しないだろう。予想するに、こいつがとる次の行動はその中に混ざってくる事だ。喜々として3Pしましょう、とか言い出しかねない。エサに三人目を連れてくるというケースさえ有り得ると思えてしまう。

 日本ですらやりかねないのに、法律という縛りのないこの街ならなおさらだ。……そして、それは俺が結婚したとしても安心できないという事でもある。


「高校の時、他校の生徒にストーカーされたのは、キャベツセンパイが対処したんでしたっけ……」

「え、何それ?」

「覚えてないなら忘れてていいです。実害なかったですし」


 まったく記憶にない。言われてもピンとこない。……キャベツさんなら、ストーカーくらい社会的に抹殺できるだろうが。


「またヤンデレさんに付きまとわれてるんですか? ひどいようなら、あたしよりギルドや杵築さんに相談したほうが……」

「いや、今回は俺の事じゃなくてだな……」


 ディルクとセラフィーナの事について簡単に説明する。俺の視点から見たイメージが多分に含まれるが、要点は掴んでいるはずだ。


「ふむ、なるほど……また難儀な属性抱えた子ですね」

「だろ? 襲われても撃退は可能だろうがそんな日常はゴメンだし、できるなら平穏に取り込みたい」


 実力は確かなのだ。二人とも逸材ってレベルじゃない。一般的なクランなら真っ先に勧誘しに行くレベルで、そんなのが向こうからやって来たのだ。

 真っ当に仲間として活動できるなら、多少のリスクは背負ってもいいと思っている。多少ってのに、刺されるとかは含まれないぞ。


「というか、その二人って聞いた事があるんですけど……センパイのところ、すごい人ばっかり集まってませんか? いろんな意味で」


 美弓はウチのメンバーの内訳を知らんだろうが、[ 鮮血の城 ]の動画は見てるはずだからそこから出てきた印象だろう。

 普通の人なら、最初に会ったユキとサージェスだけでお腹いっぱいになるはずである。実際はもっとひどい事になってるんだぞ。パンダとか。


「……いろんな意味を否定できないのが辛いところだな。まあ、この件も難しい話なのは分かってるが、ここは一つトマトさんの知恵を拝借したい」

「難しくないですよ。簡単です」

「あれ?」


 美弓の反応は拍子抜けするほどあっさりしたものだ。やはり何か通じるところがあるのだろうか。


「たとえばこれが、センパイが対象っていう話だと面倒になりますが、今回は別ですからね。実際に会った事はないですから確実性はないですけど、そこまで重度のヤンデレさんというわけでもなさそうですし」

「まあ、行動が苛烈なのは能力あっての事だろうからな。ついつい監禁したり、敵と判断した相手に襲撃かけちゃったりするくらいだ」

「ヤンデレの原動力はいわゆる依存と独占欲なので……ようはターゲットが自分のモノであるという確信が得られれば安心できるわけで……つまり……」

「……ほう、なるほど」


 それがもし上手くいくなら、セラフィーナを完全に味方につけた上でクラン員として取り込めるな。

 ……ターゲットさんには多少の犠牲を強いる事になるかもしれんが、そう調教した本人なので心は傷まない。さすがトマトさんだ。着眼点が違うぜ。




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 そして現在。

 サティナを追い返したあと、ユキを追って闘技場までやって来た俺が、何故今そんな事を思い出したのかというとちゃんと理由がある。

 クラン対抗戦の行われている闘技場の食堂で、その問題の二人に鉢合わせしたからだ。


「ああどうも、お久しぶりです」

「……どーも」

「何やってんだ?」


 合流しようとユキに電話したら途中で食う物買って来てと言われたのだが、ポップコーンを買おうと列に並んでみたら、ちょうど目の前に立っていたのがこの二人だったのである。食い物買うために並ぶと出会うジンクスでもあるんだろうか。

 意外だが、セラフィーナはディルクの後ろに隠れて目線で威嚇してくるものの攻撃も口撃もしてこなかった。以前の出来事が出来事なのでディルクがちょ……言い聞かせたのかもしれない。


「僕らは指定席のチケットをもらったので、気分転換ですね。ここのところ、籠もり切りだったので」

「リリカから聞いたけど、なんか情報局の仕事があるんじゃなかったのか?」

「情報局というより、ダンジョンマスターの依頼です。それは今日終わりましたよ。……もっと大変そうな話が舞い込んできましたけど」


 ダンマスの依頼だったのか。そういえば、仕事で活動できなくなったという時期は遠征直後あたりだ。


「ダンマスって……まさか、例の件絡みか? 言っちゃまずいなら聞かないが」

「そのまさかですね。ネームレス……だと伝わらないか。無限回廊第二〇〇層管理者の情報収集です」


 ネームレスって……名無しって意味か。

 センスから言ってダンマス命名っぽいが、確かに毎回無限回廊第二〇〇層管理者って呼ぶのは面倒だ。他意はないが、文字で書いたらもっと大変である。ついつい単語登録したくなる。


「ちなみにこの情報は事前情報のある渡辺さんだから伝わる事なので、周りの人やセラは認識阻害がかかってます」


 確かに、隣にいるセラフィーナは無反応だ。

 阻害かかってるって……じゃあ、なんで同行してたんだよこいつ。マジでついて行っただけか?


「もっと大変な事っていうのは?」

「あー、そっちは本当に禁則事項です。同席してた僕も度肝を抜かれたくらいなので……」


 無限回廊第二〇〇層管理者……ネームレスの件以上って事だよな。どんだけだよ。


「前から疑問に思ってたんだが、お前の重要性おかしくねえ? 天才少年ってレベルじゃ説明が付かない踏み込みっぷりだろ」


 無限回廊のシステム関連に踏み込んでるのは、情報局がそういう情報を取り扱う部署だからって説明はつくが、こいつの場合はそれどころじゃない。

 断片的に聞こえてくる情報だけでもダンマスに近いレベルの話にまで首を突っ込んでいる。何故か巻き込まれてる俺以上だ。


「いつかは聞かれると思いましたが、簡単な話ですよ。前世が特殊なんです」

「そりゃ前世持ちってのは分かるが……特殊?」


 真っ当に生まれてコレというのはちょっと信じたくない。お前のような子供がいるか、という典型的なケースだ。


「聞きたいですか? 興味ありますよね? ああ、ちょっと認識阻害かけますね……」

「そりゃ気にはなるが……っておい、何したよ」


 ディルクが何かをしたのか、周りの景色が変わった。いや、視覚的には変わってないんだが、ひどく薄く感じられる。

 それに反応しているのは俺と……セラフィーナだけだ。俺たち三人だけが、ここにあってここでない場所に移動したような気にさせられる。


「僕たちの存在から認識がずれるようにしましたので、少し隅に行きましょうか。認識できない人がぶつかってきますし」

「お、おう……」


 意識的に認識阻害をかけたって事……なのか? なんだこいつ。ダンマスみたいな事を……唐突にもほどがあるぞ。

 なんでポップコーン買いに来て謎空間展開されにゃいかんのや。そういうのはもうちょっとシリアスな展開を挟んでからにして欲しい。


 食堂の隅で三人固まり、話を続ける。重要な事を話そうとしているっぽいのに、食堂に設置された自販機と植木鉢の横だから緊張感が欠片もない。周りの音も普通に聞こえるから気分は井戸端会議だ。


「それで、お前の前世ってなんだよ」

「あれ、もうちょっとこの状況に驚くかと思いましたけど」

「こういう突発的な超常現象は慣れてるんだ」


 最近は偽物の地球に行ったり、無限回廊マイナス層に行ったりと色々あったからな。ダンマスも似たような事をするし。あの人、空間切断するんだぞ。


「さすがというかなんというか……。こういった事で動揺しない人が上司になるというのは心強いですね」

「ひょっとして入団に向けての自己アピールだったのか?」

「それも少しは考えてました。渡辺さんの場合、一介の冒険者と呼ぶには踏み込み過ぎてて、あまり意味がないかもしれないですけど」


 重要機密を知ってしまったからもうあとには引けませんよ、ふふふって事か。

 興味はあるが、厄ネタですってアピールはちょっとな。……今更だけど、こいつ歳相応に子供っぽいところあるよな。


「で、僕の前世ですが。想像通り、迷宮都市でも超重要機密です。知ったら後戻りはできませんよ。具体的にはクランに入れないといけなくなります」


 安い超重要機密だな。


「むー」

「横の狂犬は不満そうだが」

「これを話すという事はイコール身内のようなものなので、セラに拒否権はありません」

「ねーディー君、やっぱりやめようよー」

「駄目です。渡辺さんには関わってもらいます」


 お前が話す気マンマンなんじゃねーか。入団拒否しても喋るつもりだろ。


「お前らのクラン入りは、条件付きだがすでに決定事項だ。俺の身の安全のためにも絶対に飲んでもらうから、そっちから話していいぞ」

「あれ、随分とスムーズですね。……いや、これが渡辺さん"らしい"って事なのかな」


 こういう性格なんだよ。常に厄ネタが舞い込んで来るから、一旦飲み込んで気に入らなければ内側から食い破るんだ。

 だから、重要機密だろうがなんだろうが気に入らなければ、俺はそれなりの対応を取る。

 まあ、基本的にディルクたちのクラン入り自体は決定事項に近い。その上で、セラフィーナの対策もトマトさんから伝授済みである。


「なら、本題です。僕の前世ですが、少し記憶に破損部分が大きくて、はっきりした事が分からないんです」

「……分からないんじゃ、重要もクソもないが」


 名前は別に……変じゃないよな? どこかの誰かさんみたいに、古い言葉で放送禁止用語を意味するって事もあるまい。


「断片的に残っていたのはディルクという名前と、"僕が無限回廊システムの開発者"だったという事です」

「な……に?」


 ……こいつ今、なんて言った? 無限回廊の開発者? どんな話が飛び出してくるのかと思って警戒してたのに、予想を遙かに飛び越えて行ったぞ。

 俺が驚いて満足したのか、ディルクはニヤニヤしている。


「断片的とはいえ、無限回廊のブラックボックスについての情報もいくつか握ってます。その情報を元に、ダンジョンマスターとは協力関係にある状態というわけですね」

「……あまりに突飛過ぎて理解は追いついてないが、お前の重要性は納得できた」


 こいつが言った『僕が無限回廊システムの開発者』というわずかな言葉だけでも、とんでもない情報量だ。

 無限回廊は多世界に渡って存在するもので、世界の在り方に深く関わっているものだというのは分かってる事だ。そんなものがシステムとして誰かに創られたものであるというだけでも爆弾発言なのに、こいつはその本人ときた。誰かが創ったとしても、それは神とかそういう超常的な存在だと思っていた。……いや、そもそもこいつがそういう存在である可能性も。


「お前の前世はアレか? 神かなんかか?」

「はは、違いますよ。前世の僕もただの人間だったはずです。無限回廊も僕と同じようなただの人間が集まって開発された、ただのシステムなんですよ」

「だが、システムって呼ぶには尋常じゃねえ規模だぞ。何に使うために創られたっていうんだよ」

「そこら辺は不明瞭で、詳細は覚えてません。構想時も開発時もそのあとも、いろんな存在のいろんな思惑が重なって一概に言えないものだったはずです。……ただ、プロジェクトが掲げた大前提の目的だけははっきりと覚えています」

「基本方針みたいなもんか?」


 国家でいうところの憲法、会社でいう社則、ゲームでいうジャンルみたいな?

 まさか、リアルでローグライクをやりたいとかそんな目的じゃねーだろうな。


「無限回廊の目的は、真の神を創り出す事です」


 ……スケールでかいな、おい。

 ただ、漠然としてはいるが分からないでもない。無限回廊を攻略していけば、真っ当な生物では手が届かない領域に至る。その先が神になる道に続いてるとしてもそこまで想像を外れない。……多分、亜神って言葉もそうだ。神のような力を持っていてもそれは真の意味では神でなく亜種に過ぎないと。

 それに近い実例を見ている身としては、神の育成装置という目的も納得だ。


「それで、お前は神にでもなるつもりなのか?」

「まさか。おそらくですけど、前世の段階でそんな願望は抱いていなかったと思いますよ。僕はただの人間で、そんな器ではありません。……ああ、失礼かもしれませんが、渡辺さんを神にしたいとか、そういう目的で近付いたわけでもないです」

「いや、俺も神様になりたいわけじゃないが」


 なってどうするんだよって感じである。崇められても困るし。


「……じゃあ、お前の目的はなんだよ。何かあるんだろ?」


 セラフィーナはお前にくっついて来てるだけで個人としての明確な目的はないだろうが、ディルクにはそれがあるはずだ。


「僕の目的は現在の無限回廊の研究です」

「研究って、そもそもお前開発者……って記憶はほとんどないのか」

「その補完も目的の一つですが、ちょっと違います。……現在の無限回廊の形は、多分当初想定されたものとは言い難い状況です。漠然としか分かりませんが、何かに歪められている。それは他の開発者かもしれないし、挑戦者の意思かもしれない、あるいはただのバグなのかもしれない。……そこら辺の原因追求と研究が僕の目的です」


 ……なるほど。あくまで研究者であり開発者の一人としてって事か。情熱的ともいえる。

 ラディーネに近いようにも聞こえるが、その意味合いは多分まったくの別物だ。


「とはいえ、今も昔も僕はただの人間です。単身で無限回廊の深層に至れるような力はない。最初はダンジョンマスターに協力して、研究だけするつもりでした。ですが、そんな中で面白い存在が現れたわけです」


 ディルクは面白げに、セラフィーナは変わらず威嚇するように俺に視線を向ける。


「……俺か」

「はい。はっきりとした根拠はないですし、理屈もありません。でも、あなたには何かがある」

「気に入らない謎ギフトなら持ってるぞ。そこまで踏み込んでるなら知ってるんだろ?」


 グレンさんが知っていたのだ。ダンマスの協力者で、ネームレスの情報収集に呼ばれるくらいなら知らないはずがない。


「例の謎ギフトもそうかもしれませんが、それだけじゃない。もっと根本的な何かです。勘ですけどね」

「お前が俺のクランに入ろうとする理由もそれか?」

「まったくとは言いませんが、入団の動機としてはおまけですね。やはり僕は渡辺さんのファンなんですよ。最初に言ったようにそれが志望動機です」

「お前みたいな重要人物を惹きつけるような活動してないと思うんだが……」


 厄いイベントに巻き込まれる体質や因果が目的でないとするなら、俺の存在はそこまで重要視されるほど秀でたものではないはずだ。同じ重要人物のダンマスとは何もなくても付き合いはあったと思うが、こいつと違ってあの人は元日本人っていう共通点があるからな。


「まあ、そこら辺は長くなるのでおいおいと。……どうですかね? 僕の自己アピールは」

「予想以上に盛大な自己アピールありがとよ。そこまで腹割らなくてもお前の入団は決まってるんだが……さっきも言ったように、条件は飲んでくれ」

「なんでしょう。よほど無茶な事でなければ、無条件で受け入れるつもりですけど」


 そんなセリフを言うと隣の狂犬さんが勘違いしちゃうだろ。そいつの脳内では俺がケツを差し出せって言ってる場面が浮かんでるんじゃないか?


「お前、今ギルドの寮に住んでるんだろ? まずはそこを出て、ウチのクランハウスに住め」

「それはむしろありがたいですが……それが条件ですか?」

「駄目だよ、ディー君! その人、同居して貞操を狙ってるんだよ!」

「いや、俺はノーマルだっつーの」


 ショタっ子のケツの穴に興味はない。クランハウス内に変なのがたくさんいるのは認めるところではあるが。

 ディルクだって、さすがにもうそんな疑惑は持っていないのか平然としている。


「それなら何も問題ありませんけど」

「駄目、だったらあたしも住む!」

「クランハウスの部屋って有限ですよね。さすがにそれはワガママなんじゃ……僕がGP負担するにしても、セラと同居ってハードル高いですし」

「いや、それも条件だ。……お前ら、同じ部屋に住め。あ、拡張はしてもいいが、部屋は増やすなよ」

「は?」


 さっきまで重要情報を語っていた大物的オーラが消えた。セラフィーナも、何言ってるんだろうという顔で呆然としている。


「え、えーとですね……僕らまだ少年少女と呼ばれるような年齢ですが、さすがに結婚前に同じ部屋でずっと一緒というのは貞操観念的にどうかと」

「未成年でも婚約はできる。なんならダンマスと交渉して特例で結婚年齢下げてもらってもいいぞ」

「え、……ちょっ、ちょっと待って下さいよ! 結婚!? なんでそんなのが条件なんですか」

「俺の安全のためだ。……ようは、セラフィーナはお前を誰かに取られるのが嫌なんだろ? 相手が男だろうが女だろうが、ディルクの一番になりたいわけだ。どうよ?」

「う、うん……」


 急に話を振られて困惑気味だが、セラフィーナは頷いた。素直でよろしい。

 この対策はディルクを飼い主としてではなく、首輪として扱うというものだ。一方的な依存関係ではなく、ディルクがセラフィーナのものだとはっきりさせれば、いくら狂犬でも暴れたりはしないという事だ。

 では、それを明確にするにはどうすればいいか。それがトマトさんの出した対策だ。


「だったら、四六時中セットでいればいい。お前がはっきりさせてセラフィーナが不安にならなきゃ、ヤンデレ気質は発生しないだろ」

「ディー君! 実はこの人いい人だよ! 結婚しよう!」


 熱い掌返しである。仲人は任せてくれ。


「え……えぇー……」

「ディー君はいや?」

「そういう問題じゃなくてさ……いくらなんでもこの年で身を固めるって……」

「そういう問題だ。それともなんですかアレですか? ディー君はセラフィーナさん以外に気になる人がいて責任をとるつもりはないと。それならしょうがないなー」

「ディー君……」

「くっ……卑怯な……。す、少し考える時間と、……そう、セラと相談する時間を下さい」

「駄目だ。今ここで決めろ」


 お前のような奴に時間をやるとロクな事にならない。お馬鹿なセラフィーナさんが無理矢理懐柔させられてしまう可能性もある。そうでなくても、無難な抜け道を見つけてくるだろう。


「セラフィーナの答えは決まってる。……決まってるよな?」

「はい、クラマスッ! ディー君と結婚したいと思います!」


 よし、勝った。少なくともこの件に関してはセラフィーナを完全に味方につけた。


「というか、冗談抜きでこれ以上の案はないと思うぞ。遅いか早いかの違いだけで、お前も責任取らないなんて言わないだろ」


 別に誰も損はしない。少しばかり尻に敷かれる時期が早くなっただけの事だ。それが不満なら得意の調教でなんとかすればいいさ。


「わ……」

「わ? はっきり言いたまえ。ん?」

「わ……分かり、ました」

「やったーっ!!」


 俺とセラフィーナの大勝利である。ディルクは十三歳にして家庭を持つ事が決まった。

 ディルクも入団の要望が通り、俺もセラフィーナに多大な恩が売れた。誰も損をしない完璧な結末である。

 普通ならカップルが身近にいたら爆ぜろと言いたくなるが、こいつらがイチャコラしててもあんまり羨ましくはないしな。


「よし、セラフィーナ。素直な君にプレゼントを用意してあるんだ。これを使って、ディルクと一緒に今後の事を相談するといい」


 俺は《 アイテム・ボックス 》から取り出した指輪のカタログと結婚式場の案内、ついでに未成年用の婚約届を渡した。

 何故トマトさんがこんな物を持っていたのかは聞くまい。


「ありがとうッと!」

「……渡辺さん、ナニカラナニマデアリガトウゴザイマス」


 別れ際に聞いたディルクのセリフはなんか別の意味に聞こえたが、俺は気にしない。

 セラフィーナが素直に傾いた分、全体としてはプラスのはずだ。




-2-




 すっかり遅くなってしまったが、気を取り直してクラン対抗戦の観戦である。

 指定席組のディルクたちと別れ、自由席で場所取りをしていたユキとククルと合流する。立ち見も覚悟していたが、ちゃんと席を取っていてくれたらしい。


「遅かったね。そんなに長い話だったの?」

「長かったのは別の話だな。ディルクたち二人と会ったんで、入団の条件を詰めてきた。はい、ポップコーン。バターマシマシと塩どっちがいい?」

「へー、ありがと。塩で」


 別れ際、ディルクは口から何か漏れてたような気がするが、"婚約者の"セラフィーナが手を引っ張って指定席に連れていった。仲睦まじくていい事である。


「サティナのほうは、とりあえず出直してもらう事になった。ククル、サティナって子からクラン入団の申請来たら連絡くれ」

「はい。……聞かない名前ですが、新人ですか?」

「まだデビュー前だ。登録してるかも分からんが、本人から直接入団の打診があった」

「珍しいですね。迷宮都市出身なら、手続きの概要くらいは知ってそうですけど。……入団させる方向ですか?」

「迷宮都市出身じゃない。例のラーディンの件の重要人物だ。領主推薦らしいから簡単に断れないかもしれない」

「それはまた面倒そうな話ですね。……了解しました。分かる範囲で事前に調査はしておきます」


 ククルはいつも通りですね、という呆れ顔しているが、確かに面倒事はいつもの事なので何も言えない。

 サティナとは年末のパーティで会う事になりそうだが、調査自体はしておいたほうがいいだろう。ベレンヴァールも気になるだろうし。


「それで試合はどんな感じだ? もうフィロスたちは出ちゃった?」

「団体戦は始まったけど、まだだよ。二つあとの試合だから、ちょうどいいタイミングかな」

「全体の進行としては例年通りという感じですね。初日ですから、大番狂わせも起きる状況でもありませんし」


 クラン対抗戦は年末の十二月二十六日から二十九日にかけて、クラン単位で代表を出して争うお祭りイベントである。

 参加資格はクランに所属している事。ランクごとに出場枠が決められているので何人でも出場できるわけではないが、大規模クランほど出場人数は多くなる。また、一人につき一つの種目にしかエントリーできないため、全部門に出場して無双しようぜという事はできない。

 種目は個人戦、団体戦、勝ち抜き戦が行われる他、年代わりのイベントとしてランダムで制限が付加される条件戦、二人で戦うコンビ戦などが加わる。

 ここでの順位はランキングに大きく反映されるため、それを気にする冒険者にとっては正念場だ。またクラン対抗と言っているように、試合の勝敗にはポイントが付き、総合ポイントで入賞したクランには特典が付く。

 ルールはどの種目も基本的にゼロ・ブレイクルールのトーナメント戦。トーナメントの序盤では近いランクの選手・チームが割り振られ、勝ち進むごとにその差は大きくなる。終盤ではほとんどが上級ランクだ。< アーク・セイバー >のような大型クランだとすべての種目、ランクで出場しているから、当然同クラン同士の組み合わせも発生し得る。

 今回フィロスたちが出場しているのは団体戦。一パーティ六人で戦う種目で、チームメンバーは< アーク・セイバー >所属のDランク冒険者だ。

 個人戦だけは枠が分割されてDとD-、D+は別枠扱いとなるが、団体戦、勝ち抜き戦のチームはDランクならD-~D+で一括りである。フィロスたちのチームメンバーもそのどれかであるはずだ。


 また、クランお抱えの鍛冶師などが自慢の装備を出品して審査を行う品評会も裏で行われている。

 地味で盛り上がる事もないし付加ポイントも微々たるものだが、普段表に出ない生産職が活躍する場である。今年はモンスター素材を使った料理のコンテストもやっているらしい。


 このように、このクラン対抗戦は出場している選手やそのクランメンバー、または一般人には非常に受けのいいイベントではあるのだが、俺たちの場合はちょっと事情が異なる。


「よっぽどの事がない限り、ここに出場してる冒険者とパーティ組む事はないんだよね」

「そりゃクランの代表だからな」


 当たり前だが、出場しているのは一部の招待選手を除いてクランに所属している冒険者だ。クラン員としてもパーティメンバーとしても勧誘する対象にはなり辛い。入団するクランの見極めという目的で観戦する冒険者もいるが、俺たちにはそれも目的にはならない。贔屓にしている冒険者の活躍を応援したり賭けを楽しんだりする一般人と違い、同業者として歯がゆい部分も大きい。

 また、トップクランの全力が見れるという事もない。やはり最前線クランは対人戦よりもダンジョン攻略に注力しているのか、人員に余裕のない中小クランはともかくとして、< アーク・セイバー >のような超大型クランでは個人戦のシード枠以外に幹部クラスの名前は見当たらない。アーシャさんやローランさん、剣刃さん以外の< アーク・セイバー >クランマスターも未出場だ。

 俺も、興味あるのは団体戦に出るフィロスたちと明日以降に行われる個人戦の本戦だけである。あとはせいぜい来年に向けた偵察くらいだ。この場に俺とユキとククルしかいないのも、そういった部分が大きいのだろう。


「クジでも買う? フィロスたちのチームに賭けるとか」

「ああ、ご祝儀で買っておくか」


 闘技場で開催されるイベントという事もあり、試合はすべて賭け試合である。

 まあ、フィロスたちに賭けるにしても、トップクランの代表の一回戦だからさぞかしオッズも渋いものになってるんだろうけどな。


「私の携帯端末で買えますから、予想と金額を言って頂ければ代理購入しますよ」

「予想するのは、どっちが勝つかだけでいいのか?」

「個人戦ならそうなんですが、団体戦は試合後に残ってるメンバーまで当てる必要がありますね。その分、配当は高めです」


 新人戦とは違うのね。となると、メンバーが分からないと話にならないな。


「あんまり時間ないけど、チームメンバーの情報って分かるかな?」

「詳細が必要ならデータを出しますけど、簡易情報でいいなら新聞を買ってありますよ」

「競馬新聞かなにかかよ」


 そういえば、食堂にも売っていたような気がする。

 購入の締め切りまであまり時間がないので新聞の簡易情報を参考にしてみたが、記載内容は本当に最小限である。予想も書いてあるが、あまり参考になりそうもない。

 ユキと二人して悩み、端末からの購入手続きが終わったのは試合開始ギリギリ。最終的にはフィロスとゴーウェン、そしてチームリーダーのマーセルという男の三人が残るという予想に落ち着いた。一回戦はあまり接戦になる事はないらしいが、お遊びだから問題はないだろう。賭け金も些細な額だ。


「というか、あいつリーダーじゃないんだな」


 なんとなくの印象でフィロスがリーダーのような気がしていたが、そこは新人という事なのだろう。リーダーは別にいる。

 むしろ、D+が並ぶ中でD-が二人組み込まれている事のほうが珍しいのだろう。相手側チームは全員D+だ。


「入団して間がないのに、どのランクも層が厚い< アーク・セイバー >の代表に入れただけでもすごいと思いますけど……」

「出てきたよ……って、あのリーダーさんすごい顔してるね」


 時間になり、会場に現れたフィロスたちのチーム。その中で目立っているのは、巨体のゴーウェンともう一人、先ほど最後まで残ると予想したリーダーのマーセルだ。

 ユキの言うすごい顔というのは厳ついという意味もあるのだろうが、顔面に彫られた刺青による印象だろう。普段見えないベレンヴァールのものとは違い、普通の刺青である。スキンヘッドだし眉毛もないし、ゴツい風貌もあって威圧感が強烈だな。


「彼はマーセル・グランゾ。あの刺青は故郷の風習らしいですね。一族の中で偉くなるほど面積が大きくなるそうです」


 調べてくれたのか、ククルが簡易データにない情報を解説し始めた。

 故郷って事は迷宮都市出身じゃないって事だよな。どこかの少数民族で、あの刺青もよくある度胸試しの風習のようなものなんだろうか。割礼とかバンジージャンプみたいな。


「メインクラスは< 呪術士 >ですが、肉弾戦もできる司令塔。年齢は二十八歳。故郷から嫁を全員呼ぶために頑張っている、との事です」

「全員て……」


 あの風貌で複数の嫁さん持ちかよ。そういう民族なのだろうし迷宮都市は重婚も許可されているが、解せぬ。


「重婚制度があるとはいえ、八人呼ぶのは相当頑張る必要がありますから、並大抵の覚悟じゃありませんね」

「八人?! すごいね、あの人」


 ……心の中で呟いた前言は撤回だ。超すげえ。尊敬するわ。


「つーか、八人って……いくら迷宮都市とはいえ、法律的に許可下りるのか?」

「条件はかなり厳しいですが、制度上は一応……。収入だけでも現在のBランク上位相当、それに加えて奥さんたちにも審査があるので、ちょっと現実的とは言い難いですね」

「……ツナもやっぱりそういうハーレムに憧れたりするの?」

「そこまで行くと憧れないな……。嫁さん同士仲がいいとも限らんし、気疲れしそう」


 結婚したいというか致したいというか、そういう願望は強いが、リアルでハーレム築くのは可能だとしても躊躇するな。

 本来ハーレムってのは子孫を残すのと、政治的に血縁関係を結ぶところから来ているものが大きい。いくら女好きでも、進んでそんな人数と婚姻するのは稀だろう。ダンマスも三人嫁さんいるらしいが、それだって大変だと思う。

 でも、一時的に複数人相手にするならいいよね。みるくぷりんの酒池肉林プレイとか。……高いし、年齢制限という巨大な壁はあるが。


 そんな大いなる目標があるからかどうか分からないが、マーセルさんは奮闘した。

 < アーク・セイバー >側が勝利したものの最終的に残ったのは四人とあまり芳しくない結果だったが、司令塔に援護にと一番活躍していたように見えた。

 むしろ、盾役なのに二人もやられてしまったフィロスが不甲斐ない。チームに慣れてないせいか連携がぎこちない部分もあったが、マーセルさんを見習うべきだな。……結婚決まって腑抜けてるんじゃないだろうな。相方のゴーウェンはマーセルさんにフレンドリーファイアする勢いで張り切っていたというのに。


「外れちゃったねー」

「あんまり当てた奴いないんじゃねーか。かなり予想外の結果だろ、これ」


 このランクの中では鉄板に近いカードだっただけに、一回戦から二人落ちたのは予想外といえるだろう。

 勝敗度外視で少数にターゲットを絞った作戦なのかもしれないが、あまりいい結果とはいえない。


「私が個人的に購入したチケットは当たりましたね。予想通りルーニーさんは落ちませんでした」


 結果も予想外だが、マネージャーの抜け目なさも予想外だった。

 最終的に残ったもう一人。ルーニー・コーレンという細剣使いの女性は、同ランク内でも結構評価の高い冒険者らしい。結構きつめな性格だが、クール系の美人さんである。

 ……そういう情報は試合前に共有すべきだと思うんだよな、マネージャー。


 その後も試合は続き、フィロスたちは結局明日の本戦に進むことなく挑戦が終わった。

 それでも、Cランクのチームを半数以下まで削ったのだから大健闘といえるだろう。




-3-




 そして、クラン対抗戦二日目。俺は個人戦シード選手の専用控え室に足を運んでいた。

 もうすぐ個人戦本戦が始まるというのに、その人は他に誰もいない控え室でのんびりお茶を飲んでいた。

 慣れているのか、その落ち着きっぷりは貫禄すら感じさせる。シード選手の中で唯一の中級ランクといっても歴戦の強者というわけだ。


「ツナか……久しぶりじゃねえか。新人戦の時とは逆のパターンだな」


 久しぶりに見るトカゲのおっさんはあまり変わっていないように見えるが、装備はいつぞやのダンジョン籠もりで見たものではなく、おそらくどれも一級品のガチ装備だ。今日は、訓練とは違う本気のおっさんが見れるのだろう。二つ名となってる切り 夢幻刃 も使うはずだ。


「シード選手用の専用控え室って知人とかトレーナーがいるもんだと思ってたけど、おっさん一人なんだな」

「常連もいいところだから今更バタバタしてもな。若い奴はそういう感じでトレーナーからアドバイスでももらってるんじゃねーか?」


 そうかもしれない。他にも取材やら、最終調整やらで関係者以外は面会謝絶という選手は多い。

 ここに来る前、夜光さんと剣刃さんの控え室にも足を運んだが取材陣を含めて立ち入り禁止だった。おっさんは禁止しているわけでもないのに取材一人いない。


「慣れてるのな。ペルチェさんとかトポポさんとかが激励に来てないのも今更だからか?」

「あー、クランの連中は観客席にはいると思うが……控え室に来ねえのは、そろそろシード落ちしそうだから気を使ってるんだろ」


 そういう時こそナイーブになりそうなもんなんだが、おっさんが来るなと言っているのかもしれないな。


「で、調子はどうだ、おっさん。相手は誰が来ても結構強そうだけど」


 現在個人戦本戦の組み合わせ抽選中で、誰が相手になるのか分からない。だが、ここまで勝ち上がってくるような相手なら誰でも一流といっていい相手だろう。

 個人戦のシード権を持っている選手の内、中級ランクはおっさんだけ。予選から勝ち上がってきた選手で二名中級ランクはいるが、その二名もランクはおっさんより上だ。誰と当たっても格上という厳しい状況である。


「調子は悪かねえが……ここ何年もギリギリでシード権持ってるような状態だからな。正直、誰相手でもキツイ」


 三回勝ってベスト4に残れば来年のシード権が無条件で確定する。

 それ以下の第五シードから第八シードまでは個人戦ランキングのポイントも大きく関わってくるので、中級ランクでポイントの稼ぎ辛いおっさんにはかなり厳しい。

 できれば三勝してベスト4入り、最低でも二勝しないと来年のシード権を得る事は難しい状態だが、対戦相手のメンツを見る限り現実的とはいい難い。シード枠は初戦で他のシード枠と当たらないというのは若干救いがあるが、それだけだ。

 上級ランクが毎年増え続けている以上門が狭くなるのは当然だが、そろそろ限界が近いという事なのだろう。むしろ、現時点でシード選手として残っている事のほうが驚異的なのだ。


「いくらレベル差が絶対的なもんじゃないっつっても限度があるからな。剣刃の野郎なんて俺の倍だぞ」

「まあ、あっちが戦ってるのは最前線も最前線だしな」


 剣刃さんは極端だが、普通ここまでレベルに差があると一緒の舞台で戦えるはずがない。それでも踏み留まっているのは、その差を覆すものをもっているからだ。

 過去の戦歴を見る限り、おっさんをこの位置に留まらせている最大の要素はスキルだ。

 対策を取られてるとはいえ、真っ当に対策できないのが《 夢幻刃 》という剣技の特徴である。強制起動という荒業で一度だけ発動した今なら、その厄介さが良く分かる。レベルの差、スキルの差があっても、アレと膨大な経験の差があれば個人戦を勝ち上がって来た選手相手でもなんとかなるだろう。

 ……厳しいのには変わらないが、上手くいけば二勝はなんとかなるかもしれない。


「二つ勝てても、準々決勝は第一~第四シードの誰かになるんだろ?」

「よっぽどの事がなけりゃな。……発表はまだだが、実はシード枠の組み合わせはもう出てる。俺が勝ち上がって準々決勝で当たるのは夜光だ」

「そらまた……キツイな」

「だよなー。一番ヤな奴と当たっちまった」


 誰が来てもキツイだろうが、おっさんと特に相性が悪いのは《 夢幻刃 》を習得している剣刃さんと夜光さんの二人だろう。習得しているという事はそのスキルの特性も熟知しているという事で、ほとんど唯一といっていい《 夢幻刃 》のアドバンテージが活かせない。

 かつて剣刃さんはおっさんほど上手く使えないと言っていたが、スキル練度の差はあっても対策はバッチリだろう。


「剣刃さんよりはマシって考えるしかないな」


 長く切り刻むのが大好きな人って聞いてるが、さすがに個人戦トップの剣刃さんより上って事はないだろう。

 というか俺、そんな人に対戦所望されてるんですけど。


「夜光相手にするなら、まだ剣刃相手のほうがマシだ。対戦した事ねえと上手く説明できねえが、あれほどやり辛い相手もいねえ。師匠の意地の悪さがモロに受け継がれた感じだ」

「師匠って……おっさんじゃないのか?」

「俺も稽古つけた事はあるが、夜光の師匠は剣刃だ。だから、一応孫弟子って事になるな。剣刃もあんなシリアルキラー育てるなよ……」


 そういう系譜だったのか。剣刃さんのクランにいたらしいから、おかしくはないけど。


「お前、ひょっとしてあいつとどこかで会ったか? 目を付けられてるとか」

「遠征の時にちょっと。結局一緒には戦ってないけど、戦闘しているところも少し見た」


 変身したグラス相手の戦闘を見ただけで、夜光さんがおかしな強さだというのは理解できる。

 あの時、夜光さんは納刀状態を維持したままグラスの巨体を削り続けていたように見えた。抜刀もその後の納刀も、動作が速すぎて見えなかっただけで、アレは多分居合の一種なんだろう。射程も通常の刀のものではない。見えない速度で放たれる超長射程の居合とか、どう対応しろっちゅうんじゃ。


「まあ、あいつの戦い方は知っておいて損はねえよ。実現できるかどうかはともかくとして、対人戦に限っていうならベストに近い」

「個人戦一位の剣刃さんよりも?」

「ああ、レベルと経験が足りてないから勝てないだけで、そろそろ抜いてもおかしくない」


 そうなのか。そろそろ抜く云々の話は現実味のある話だったって事ね。


「……二位の人は? なんかライバル視してるみたいだけど」

「リグレスはまた別だな……あいつは夜光の戦法が上手く作用しない稀有な例だ。鈍感というか、脳筋というか……あいつのほうがまだ可能性あったのに」


 そんな位置にいる時点でただの脳筋のはずはないんだろうけど、そこは相性の違いという事なのだろう。


「来年か再来年か知らねえが、お前も出場するつもりならいよいよ本格的に世代交代の時期って事だな。俺にとっちゃ二度目だが」

「……まさかおっさん引退するつもりか?」

「まさか。シード権はなくなりそうだが、ちゃんと壁として立ちはだかってやるよ」

「俺の屍を超えていけって?」

「いや、返り討ちだ」

「そりゃ楽しみだ」


 俺が挑む時は夜光さんだけじゃなく、おっさんも立ちはだかるという事だ。

 いつかのトライアルやダンジョン籠もりで戦った時のような状態じゃない、真の姿で。……予選第一試合とかは勘弁願いたいな。


「でも、おっさん的にしばき倒したいのはユキなんじゃねえ?」

「……そうだな、クラン作るなら個人戦はあいつ出してこいよ」


 夜光さんとの約束があるから、個人戦は俺で決まりなんだよ。悪いな。




 そして、個人戦本戦が始まる。団体戦や勝ち抜き戦もそうだが、実力派が揃うここからが本番といっていいだろう。実際、観客は昨日よりも多く見える。

 今日も観客席は同じ場所だ。指定席でもないのに、メンツも場所も同じってのは少し面白みに欠ける。


「おじさんの様子はどうだった?」

「気にしてるなら、一緒に来れば良かったじゃねーか」

「そこはほら、ちょっと見たい試合があったし」

「ほんとかよ」


 確かにおっさんと雑談してて第一、第二試合は見逃したが、俺が席を立つ時は抽選前なんだからその試合が最初に来るとは限らない。

 ……それは建前で、おっさんの前に顔を出すと来年出場しろと言われるから避けたというのがユキの本音だろう。


「それで、ピョン吉とアフロの試合はもう終わったのか?」

「ピョン吉って……どっちも一回戦で負けちゃったね。さすがに本戦の壁は厚いみたい」


 お目当ての試合は本当に終わっていたらしい。

 ユキが注目していたのは、本戦まで残った数少ない中級ランクであるスキンヘッド兎と< アフロ・ダンサーズ >のクランマスターの試合だ。

 どちらも奇天烈なキャラクターだが、実力派である。ユキが興味を持つのも分からなくはない。もう負けたみたいだけど。


 第五試合までは特に波乱も起こらず、順当に個人戦ランキングが高いほうが勝つ展開が続く。そしてトカゲのおっさんが出場する第六試合、対戦相手は冒険者のランクも個人戦ランキングも格上の相手だ。


「おじさんの相手の人、強そうだね」

「本戦初出場ですが、評価は高い選手ですね」


 おっさんの対戦相手はすべてが高水準でまとまったスタンダードな剣士だった。攻撃、防御、牽制、中長距離での魔術攻撃もこなし、極端に秀でたところはないが隙もない。汎用性の極みにあるようなスタイルで、どのポジションもこなせるらしい。

 という説明だけ聞くとちょっとモブっぽくてあまり強くなさそうだが、上級ランクにいる人が弱いはずもなく、中級ランクでいうところの一芸特化の技術を多数兼ね備えているような存在といえる。正直、おっさんが勝てるビジョンが思い浮かばない。

 強そうなのはその人だけではない。シード選手以外に第一線で戦う冒険者の姿がないといっても、超一流でないだけで一流のカテゴリには入る者ばかりなのだ。ここまでククルの解説を聞きながら試合を見ただけでも、怪物揃いである事が分かる。ギリギリとはいえ、この中でおっさんがシード権を持っているというのは驚愕の事実である。


「でも、この試合はグワルさんが勝つと思いますよ。オッズも若干ですが有利です」

「マジかよ」


 と、ククルが予想した通り、おっさんは辛勝ながらも勝ちを収めた。

 勝利の鍵はやはり《 夢幻刃 》である。知識で知っていても実際の対応は難しかったのか、終始圧倒していたにも拘わらず一発で引っ繰り返されてしまった。相手選手にこれという切り札がなかったのも大きい。場内アナウンスで流れている解説も、周りの観客席から聞こえてくる会話も順当という評価ばかりだった。

 他の試合を挟んで行われたおっさんの第二戦も、追い詰められながらも勝利。ほとんど綱渡りだが、何気に格上キラーである。

 問題の夜光さんの初戦だが、こちらはあっさりとしたものだった。シード枠ではないとはいえ、上級ランク冒険者相手にほとんど何もさせないまま危なげもなく試合が終わる。試合時間は長いが、後半は一方的に嬲っているだけなので趣味が悪い。


「……ツナ、あんなのとやり合うの?」

「言うな。ちょっと後悔している」


 中継中、巨大スクリーンに写った夜光さんのアップは、ちょっとお茶の間に放送できない類のものだった。周りの観客は慣れたものだったが、俺たちはドン引きである。約束がなければ、今からでも全力で回避したい相手だ。バラバラにされてしまう。

 ……いくらおっさんが格上キラーでも、あれはちょっとどうしようもないだろうな。切り札が通じないのもそうだが、基本能力が違い過ぎる。


 その後も、ほとんど波乱がないまま個人戦本戦は続き、準々決勝に残った八人はすべてシード選手という面白みのない組み合わせになってしまった。これまでの試合を見る限り、おっさんが波乱を起こさなければ準決勝は第一~第四シードの個人戦ランキングトップ4になるだろう。

 そして、準々決勝が始まる。トカゲのおっさん対夜光さんの試合は第二試合だ。

 ここまで勝ち進むと扱いが違うのか、選手入場に合わせて詳細な解説が加わった。スクリーンには過去の戦歴のダイジェストまで写っている。悲しい事に、容姿の差が原因なのか夜光さんが入場する時のほうが黄色い声が大きい。……まあ、トカゲだからな。




 試合の立ち上がりは傍目からは地味なものに見えた。

 容姿端麗な若侍という風貌に反して、夜光さんの戦闘は決して派手ではない。高度な技術も目に見えて分かり易いものではなく、玄人を唸らせるものだ。超高速の抜刀術も、剣閃が見えない一般人からしてみたら何もしていないのに対象が切れているようにしか見えないだろう。おっさんのほうも派手ではないので、一般視聴者にはあまり面白くない試合だろう。

 俺も視認できているとは言い難い。振る剣に合わせて火花が散っているのは分かるが、おっさんはあれを見て迎撃しているのだろうか。


「ユキ、あれ見えるか?」

「うーん……ギリギリかな。対応するとなるとちょっと……というか、かなり厳しいね。おじさんも勘で捌いてる感じだし」


 確かに対象は自分だけだし狙ってくる箇所も想像できるだろうが、それは簡単な事ではない。

 あの見えない斬撃の中でも緩急は付けているだろうし、フェイントもあるだろう。対応には先読みとか勘という段階を超越した何かが必要だ。


「それよりも気になるのはおじさんの動きかな……何かされてるよ、アレ」

「何かってなんだ」


 確かにおっさんの動きは一つ前の試合とは違って精彩を欠いているように見える。やり辛そうだ。


「あれが夜光さん得意の戦術です。対戦予定があるなら、渡辺さんはまずアレをなんとかする必要がありますね」

「ククルはあれがなんだか分かるのか?」

「分かるというか、知っているというか……ようは呪術と補助魔術の併用です」


 お互いのステータスに補正かけてるって事だろうか。普通じゃね?


「バフデバフって、別に特殊な事でもないだろ」


 極当たり前に使われる要素だ。ついでに対策も極当たり前に行われる。

 俺たちはまだあまり経験はないが、中級より上なら珍しくもない。


「お二人はステータス補助の魔術を受けた事はあると思いますが、慣れるまで大変じゃありませんでしたか?」

「そりゃまあ」


 そこまで経験はないが水凪さんが使うし、[ 静止した時計塔 ]ではニンジンさんの補助もあった。

 ステータスの一時的な補正は精密な動作……コンマ秒の世界で生きている者にとって大きな差だ。単純に大きなステータス補正があればいいというわけではない。自分のステータスならまだしも、他人の事となるとより難しい。だから、そこら辺の匙加減が難しいバッファーは基本的に難しいクラスといわれる。

 《 飢餓の暴獣 》の能力値向上も同様だが、あれは上昇した素の能力とステータスで強引に戦っている部分が大きい。変化に適応できれば更に強力なものになるはずだ。

 そんなバフに対してデバフのほうはもう少し単純で、相手の邪魔をするわけだから調整が必要ない。ただし、こちらは相手に抵抗・阻害される可能性がある。


「おっさんくらいになるとデバフ対策くらいしてるんじゃねーか?」

「当然"デバフ対策"はしてるでしょう」

「ああ、そういう事か……うわ、えげつな」


 ユキは夜光さんのやっている事が理解できたらしい。ユキさんにえげつないって言われるほどの事ってなんだ。


「夜光さんがやってるのはその逆です。相手にステータス上昇の補助をかけているんですよ」

「……は? ああいや、……そういう事か」


 デバフと違い、バフは対策が取り辛い。意図しないところで補正がかかった場合、邪魔にしかならない。できるとしても正負両方の対策は重く、その分のリソースは失われるだろう。うわ、面倒くせえ。


「あれ、相当効果時間が短いよ。かなり目まぐるしくステータスが乱高下してるんじゃないかな。タイミングも絶妙で、それ自体がフェイントになってる」

「射程距離と効果時間を極端に短くする代わりに、発動時間と耐性貫通に重点をおいて強化しているらしいですね」

「MP操作か……」


 やり辛い事この上ないな。

 たとえば、相手との距離を詰めるために踏み込んだ瞬間、倍の力が脚にかかれば体勢が崩れる。下手すりゃコケるだろうし、極端な話、筋肉が断裂する事さえ有り得る。

 スキル発動時はもっと厄介だ。コンマ秒の動作をずらされれば簡単に不発にされる。その先は硬直時間が待っているわけだ。連携どころじゃない。

 対策は……せいぜい上下関係なしの能力変化耐性スキルか装備を用意する事だが、夜光さんがそれを見越していないはずもない。


「加えて、呪術を使って斬撃時に状態異常の効果も発生させてきます。そして素の実力も超一級と」

「……隙がねえな。ユキ、お前ならどう戦うよ」

「対策は……魔術自体を完全遮断するか、対象を取らせないくらい速く動くか、それとも遠距離で戦うか……」


 夜光さんの能力を考えるとそれらも厳しいな。ユキだったら将来的に実現できるようになるかもしれないが、俺向きじゃない。

 ステータス操作も戦術の一部でしかないと考えると、それだけを防いでも意味がないのだ。




 結局、トカゲのおっさんは切り札の《 夢幻刃 》を発動すらできないまま地に崩れ、魔化が始まった。……決着だ。

 対する夜光さんはほとんどダメージもないようだ。闘技場の巨大スクリーンに表示されたHPバーはわずかにしか減っていない。前の試合ほど一方的ではないから、おっさんが奮闘したのは確かなのだろうが……壁が厚過ぎる。


 舞台から退場する前に夜光さんがこちらを見た。

 距離が距離だ。普通なら見つけられるはずがない。だが、その目は確かに大量に観衆がいる中で俺を見ている気がした。

 きっと、それは宣戦布告の合図だ。俺という挑戦者をその舞台で待ち構えると、そう言っている。

 夜光さんとの約束はただの口約束で、一年の期限も強制されたものじゃない。ぶっちゃけ、出場しなくたって文句は言われないだろう。その先にあるのは失望だけだ。


 ……切り刻まれるのは勘弁だが、あの人の失望した顔を見せられるのはもっと勘弁だな。

 一年であの領域まで至る必要があるなんて、随分と高いハードルを用意してくれたもんだ。



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