第2話「対策会議」




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「さて、今日集まってもらったのは他でもありません」

「……いや、第三十五層未達組の攻略会議じゃなかったのか? 明後日の」


 事情を知らないガウルなら当然の意見である。

 実際、無限回廊第三十五層に到達していない面子……俺、サージェス、ガウル、ティリア、ボーグは全員いるが、ここには予定にないユキやククル、ついでにフェイズもいる。フェイズなんて、他のメンバーからしてみたらお前誰だよって感じである。


「それもやるが、至急話し合わないといけない問題が浮上しました」

「良く分からねえが、お前がそんな口調って事はロクでもない事なんだろうな。……さしずめ、関係ないはずなのにここにいる面子の問題だろ。ククルはともかくとして……消去法でいくとユキってところか。そっちの見た事ねえ兄ちゃんは関係者か何かか?」


 そろそろ付き合いも長くなって来たからか、ガウルさんも良く分かってらっしゃる。

 実時間もそれなりだが、体感時間ではもう一年以上の付き合いになるのだ。……主に地獄の無限訓練のせいである。


「彼は下級冒険者のフェイズさん。今回の件の協力者だ」

「……すまん。状況が飲み込めないんだが、俺は何故拘束されているんだ?」


 それは、お前がレーネさんに捕まる直前だったからだよ。危険性に気付いて会いに行ってみれば接触寸前だったじゃねーか。そら拉致もするわ。

 ……あの子、ほとんど真相に気付いてるぞ。


 フェイズは現在、全身仮ボディのボーグが拘束中である。

 以前、ボーグ自身がダサいと言っていた仮のボディだが、本当にダサい。もう少しなんとかならなかったのかというレベルで適当なパーツ組みだ。

 たとえて言うなら3Dゲーム黎明期の、最低限ポリゴン数で作りましたと言わんばかりの角ばりっぷりに、色も灰色で単色。その上に乗っている顔はそのままだから、余計にアンバランスである。

 さっきから拘束されているフェイズが角ばった部分に当たって痛そうにしている。


「コノ《 ボーグ・ロック 》カラ逃レル事ナドデキマセン」

「確かにここまでがっちり極められたら、俺は逃げられそうにないけど……無理矢理外せる奴はいそうだが」

「ソノ場合ハ自爆シマス」

「物騒だな、おいっ!?」


 このモードでも自爆はできるらしい。ラディーネの承認は必要だろうから、これはただの脅しか彼なりのギャグだろう。

 ちなみにボーグは自爆しても頭さえ緊急脱出すれば復元可能だから、拘束はボディに任せて頭を外してしまっても問題ない。


「まあまあ、別にお前に対して何かしようってわけじゃない。協力してくれるなら、謝礼も出そう。……ユキが」

「あんたが出すわけじゃないのか……何しろっていうんだ?」


 だって、実際これユキの問題だしな。何も言わないって事は文句もないだろう。


「お前には本当はレーネを監視して報告を上げてもらうつもりだったんだが、近づけるとマズイ状態だって事が判明してるから……」

「……つまり、監禁という事ですね。まさか、私の部屋に増設した牢獄が役に立つ日が来るとは」

「ろ、牢獄っ!?」


 いや、そんな扱いにするつもりはないから。……というか、サージェスさん牢獄増設してたのね。

 ……真っ当な牢獄ではないんだろうな。真っ当な牢獄ってなんだよって話でもあるが。


「フェイズが入りたいなら止めはしないが、しばらくこのクランハウスにいてくれ」

「牢獄は勘弁してくれ」

「フェイズさんの履歴を見ると、捕虜になった際に牢獄にいた事もあるはずでは?」

「経験あっても入りたいもんじゃないだろ」


 冒険者の経歴を把握しているのは分かるが、何故マネージャーは牢獄推しなんだ……。


「って、え? 俺、マジで牢屋行きなのか」

「牢屋に行きたいならサージェス"を"鞭打ちする権利も追加するが、今回は普通に住んでくれればいいし、部屋も用意する」

「今回でなくても歓迎しますよ」

「……遠慮します」


 だよね。なんで拘束される側が鞭持ってシバかなあかんねん。


「フェイズさんの予定では、明後日から強化合宿に参加の予定ですから、今日、明日と滞在して頂いて、そのまま現地に直行してもらえれば問題なさそうですね」

「……なんで俺のスケジュールまで把握されてんの?」


 お前は知らんかもしれんが、ククルはギルド職員だからな。

 ちなみに、初期段階でフェイズにお願いしようとしていたレーネの監視は、YMKの同志Aさんにお願いした。

 ある程度ボカしたが、奴もユキのためなら頑張ってくれるだろう。お礼も何かユキのグッズでも渡しておけば安く済むし。

 その提案をした時ユキは大変遺憾そうにしていたが、背に腹は代えられない。奴らはある一面を除けば便利な駒なのだ。決しておみやげの特上牛肉に釣られたわけではない。


「それで、結局のところ問題というのはなんでしょうか。深夜まで時間かかるようでしたらラジオが……」

「ラジオくらい、録音でもしておけばいいんじゃないか?」


 深夜までかからないだろうが、それくらい抜けてもらっても構わない。ティリアはクランハウスに住んでるわけだから、移動時間もほとんどないだろう。それとも、まさかリアルタイム企画がある番組か?


「いえ、出演する方です。副業とはいえ、さすがにメインパーソナリティー不在というのは……」


 お前はどこに向かってるんだ。


「……そんなにかからないだろうが、危なそうだったら退出してくれ」

「分かりました。……移動時間を含めると八時くらいがリミットですかね」

「そこまではかからんだろ」


 ティリアの活動範囲が分からない。いつの間にラジオのメイン番組獲得してるんだよ。

 アレか、まさかエロゲーのラジオなのか? あんなニッチな属性なのに、そんな人気なの?




 さて、前置きが長くなってしまったが、ここからが本番だ。


「……本題に入ろう。さっきから一向に口を開かないそこの置物の……まあ、ウチのユキさんなわけだが……婚約者が現れました」

「…………」


 全員無言である。……誰か反応しろよ。


「え……えぇーと、結婚するんですか? おめでたいんじゃないですかね? ガウルさんも結婚したわけですし、別段……」

「……確かに俺は結婚したが」


 ガウルは察したようだが、状況が見えてないのかティリアは呑気である。……お前、ユキが今20%だという事を忘れてるだろ。


「ティリア……ユキの性別を言ってみろ」

「性別って…………あっ……問題しかないじゃないですかっ!? 同性愛とはまた違うレベルで変な関係ですよ」

「ティリアにだけは言われたくないけど……そうだね、うん」


 ユキさんもオーク陵辱願望持ちには言われたくなかったらしく、ようやく口を開いた。


「それで相手はどんな男性ですか?」

「なんでやねん」


 お前、ユキが100%男だった頃から知ってるだろうに。


「相手は女だ。この場合男でも女でも問題あるんだが、ユキが男やめたがっている以上、どちらかというと女の方がまずい」

「その……問題しかないのは分かると思うけど、断るにしても穏便に済ませたいんだよ。彼女自身には何か問題があるわけでもないし、本当にいい子なんだ」

「……いいこ」


 本物と面識のあるフェイズさんは納得できないらしい。


「マッタク、オトコダノオンナダノ、ニンゲントイウ種族ハ面倒デスネ」

「お前、元々人間だろう。アンドレ」

「ソノ男ハ死ニマシタ」


 お前の登録名、アンドレのままだけどな。今日見た資料室の一覧でも登録されてたぞ、アンドレ。


「というわけで、これをどうするか検討したい」

「どうするって、そりゃお前……どうしようもねえだろ」

「そうだな。じゃあ、引き続いて明後日の攻略についてだが……」

「ちょっ、ちょっと待ってよっ!? なんでそんなあっさり諦めるのさ」


 だって、お前自身着地点が分かってないのに対策もクソもないだろ。

 相手は嫌いじゃないけど結婚はしたくない。ユキ自身が言わないと相手は納得しないだろうけど、矢面に立ちたくない。できれば傷付けたくもない。それじゃ、サポートするにも限界がある。かといって、無理矢理遠征で逃げても問いつめられるのは俺だから、それは避けたい。


「ま、まあ、もう少し何か考えてやろうぜ。ちょっと不憫になってきた……」

「ガ……なんとか、ありがとう」

「お前、あとで覚えてろよ」


 せっかく、ガウなんとかさんが助け舟を出してくれたのにひどい奴である。名前くらい呼んでやれよ。


「えーと、ユキさんの婚約者の人ってどんな人なんですか? そもそも婚約者がいたという事自体、今知ったんですけど」

「そうだよな、対策考えるにしても相手が分からないと話にならねえ」


 俺はこの街に来た当日に聞いたが、この分だとパーティメンバーにもあまり話していないようだ。

 さっきから口開いていないし、表情を見る限り興味自体なさそうだが、サージェスも知らなかったようだ。


「そもそも、そいつは本当にユキの婚約者なのか? 実は勘違いって事は……」

「情報を照らし合わせるとそうとしか考えられないんだが、一部認識にズレがある。ユキが動画見て顔確認すれば済む話なんだが。……ククル、頼んでから数時間しか経ってないけど、情報はどれくらい集まった?」

「彼女はデビューして間もないので、そもそも調査できる情報がほとんどありません。簡単なプロフィールと王国での簡単な履歴くらいですね。一応、フェイズさんの了解も得られましたので、トライアルの動画は用意しました」


 まあ、そんなところか。たった数時間なら上等だろう。とりあえず顔やプロフィールは確認できる。


「では、動画を確認しながら説明しましょうか」


 ククルがリモコンを操作すると、テレビに動画が映る。


『ふふふ、パンツが破れてしまっては恥ずかしくて試合続行できまい。この試合、私の勝ちだ』

『おおっと、覆面戦士ラージェス選手のパンツが破けてしまったー!』

『反則スレスレですね。なんて卑怯な技なんでしょうか』


 画面に登場したのはプロレスのリングで戦う覆面戦士たちだ。下半身はモザイク処理されている。


『くっ、まさかパンツが破けてしまうなんて……かくなる上はっ』

『しかし、覆面戦士ラージェス選手はまったく怯む事なく、見せびらかすようにコーナーポストへと上る!』

『いやー、これ収録じゃないと大変な事になってましたね』


 対戦相手は現役ヒールのパイソン岡田選手だが、これは……プロレスなのか? ……あ、消えた。


「すいません、間違えました」

「どういう間違いだよ」


 間違えて映ったって事はお前が編集していたって事だよな。まさか、クランとしてあの映像を使うつもりなの?

 あんまりな映像に部屋内のみんなもドン引きだよ。


「これは私がお願いして編集してもらった動画ですね。今度、雑誌の特典として配布されるんです」

「お前、出禁くらってたんじゃないの?」

「あれは私ではなく覆面戦士ラージェスさんです」


 覆面被ってたら別人扱いなのかよ。拳闘士ギルドはそれでいいのか?


「先月に撮影されたトライアルの動画はこっちですね」


 画面が切り替わり、今度こそトライアルの動画だ。見た事のあるダンジョンの壁と巨大な扉が映る。

 未編集で余計な部分が残ったままなのだろう。映像の角度も調整されていないし、誰も写っていない余計な尺もある。

 第四層のワープゲートから転送されたのか、複数の冒険者が階段を降りてきた。最初に登場したのはフェイズだ。


「……そこにいる奴とそっくりなんだが」

「トライアルで臨時パーティ組んだんだよ。俺がバーサーカーってわけじゃない。問題のあいつは……奥の方に映ってるドレスの奴だ」


 だから、こうして拘束されているともいう。

 フェイズの言うとおり、一番最後に降りてきたのがレーネだ。ルーキーという事もあるのか、他のメンバーがやたら地味な格好なのに対して、レーネだけが派手だ。会館で会った時と同じドレスのような格好で、想像以上にデカイ斧を担いでいる。それで熊に跨ってたら金太郎を自称できるだろう。


「彼女の名前はレーネ・ローゼスタ。迷宮都市と王国の窓口として専門の役職を持っている王国男爵ローゼスタ家の長女です。ローゼスタ男爵はこの街の事情もある程度は知っていますし、彼女の貴族籍が抹消されていないという事は、そういった理解のある方なのでしょう」


 実家に手紙出そうとしていたくらいだから、ユキと違って家出して来たわけでもないはずだ。

 ジェイルも貴族辞めないとか言っていたが、あのオカマ伯爵を基準にしてはいけない。この街に貴族のまま来る奴は変な人ばかりなのだ……ってグレンさんも同じ枠か。……やっぱり変な人ばかりだな。


「バーサーカーという呼び名はこの時のパーティから広まったもので、同期デビューの冒険者や掲示板では認知されているようです。このまま広まれば二つ名になりそうですね」

「なんでバーサーカーよ。トライアルじゃ< 狂戦士 >クラスも持ってねえだろ」

「見てれば分かる」


 フェイズの言う通り、そのあだ名の由来は一目瞭然だった。臨時パーティという事で個々の戦闘力の確認のために第五層の雑魚と戦い出したのだが……。


「ユキ……アレがお前の婚約者で間違いないの?」

「……か、顔は間違いないね」


 顔はという事は、これはユキの知らない一面なのだろう。思い切り引き攣っている。俺も正直想像以上だった。

 レーネがその巨大な斧を振るうとオークの上半身が一瞬にして粉砕……爆散する。斧が見た目通りの質量だとすると、あの体にどれだけの膂力を秘めているというのか。


「武器の登録名は< 黒斧ローゼスタ >。王国の記録を遡ると、七百年前の建国時に活躍した英雄の一人が同名の武器を使用しています。実家から持ち出したんですかね?」


 それは持ち出していい物なのか? 家宝になってたりするんじゃないの?


「特殊な能力でも付与された武器なのか?」

「本人は、壊れないから便利だって言ってたぞ」

「とても頑丈で、見た目以上に重い、という以外は普通の斧ですね。それでも、外では秘宝級の扱いになりそうな代物です」


 という事は、アレを軽々と振り回しているのは純粋に彼女の腕力か。ユキが《 怪力 》のギフテッドだと言っていたが、それも納得だ。

 一方、他の五人は極めて普通である。フェイズ含めて、いわゆるルーキーらしい戦闘を繰り広げている。この五人だけだとトライアル突破はちょっと厳しいだろうと思うような戦力だ。


 そして、本番のミノタウロス戦。レーネだけ開始直後の《 獣の咆哮 》を無視して部屋の中央まで移動し、そのままお互いに斧を振り始める。

 お互い宿敵に出会ったかのように、無言のままの決闘染みた戦い。暴風のように二本の斧が乱舞する。

 ……その姿はどちらも正しく野獣であった。マジモノのモンスターと貴族令嬢のはずなのに。そこに午前中に会った時のようなお嬢様然とした雰囲気は欠片もない。< 狂戦士 >と呼ぶよりは、モンスターと呼ぶ方がイメージは近いだろう。どちらかというと、ミノタウロスが襲われる側だ。

 パーティ組んでいるはずなのに、他のメンバーが戦闘に参加できていない。というか、動画に映ってない。……これ、事実上一対一じゃねーか。


「……フェイズはどこにいるんだ?」

「何もしようとしてなかったわけじゃないぞ。……何もできなかったんだ」


 答えになってない。……あ、今ちょっと映ったな。

 弓矢の人は時々攻撃しているようだが、それ以外の近接職の人は完全に置物で、もはや観客と化している。……これ、トライアルの意味なくね?


「言いたい事は分かるが、一応俺たちもマズイと思って強化合宿に参加するんだ。無限回廊の十層ソロ攻略しないといけないし」

「まあまあ、フェイズさんたちはまだいい方ですよ。本格的な寄生になると、目も当てられないくらいひどいですからね。……ええ、寄生なんてこんなもんじゃ……」


 十層を超えられなかった自分と重ねてしまったのか、ククルが落ち込んでいる。……彼女の場合は、寄生とはまた話は違うと思うのだが。

 実際、寄生冒険者と呼ばれる連中の実情はひどい物だ。最初からそうなのかトライアルの途中で切り替わったのかは人それぞれだが、冒険者として大成する事を忘れ、トライアル攻略してデビューする事だけが目標になっている者すらいる。中にはデビューせずに、金銭でトライアル攻略の手伝いをする専門の冒険者もいるのだ。

 そんな方法でデビューしてもソロで無限回廊十層は超えられないだろうから、足切り対策は十分に機能しているともいえる。


『ふんぬううううぅぅっ!!』


 画面の中ではバーサーカーさんが貴族令嬢にあるまじき声をあげながら、その斧でミノタウロスの体を中心から二つに裂いていた。

 ……攻略完了である。ブリーフさん相手では成立しなかったのだろうが、普通のミノタウロスなら相手にもならないって事だ。

 彼女ならソロだろうが十層のパンダも問題ないだろう。是非、グラサンパンダを虐めてやって欲しいものだ。




 動画が終わっても、視聴者のみなさんは声もない。特にユキは目に見えて分かるほどに呆然としている。


「で、本人なんだろ?」

「……そう……だけど……あれー?」


 ユキの反応も分からないではない。今日話した彼女の姿しか知らなければ、間違ってもあんな野獣のように戦う姿に結びつかない。

 本人も自覚している感はあったし、二重人格というわけでもないだろう。多分、あれもレーネの素なのだ。


「さて、本人だという確認も取れたところでフェイズに聞きたいんだが、直接組んでみてレーネはどんな奴だった?」

「普段はあんたが会った時と大差ないぞ。戦う時だけああなるんだ。挑戦前に模擬戦した時も、同じようにバーサーカーだった」

「他には? たとえば、ユキについては何か言っていたか?」

「あいつ、口を開けばユキト様ユキト様って何かに取り憑かれたように褒め称えるから、てっきり妄想の産物か何かだと思っていた」

「妄想って……」


 どうもその辺の認識も一致しないらしい。ユキ本人の事を本人の前で褒め称えたりしないだろうから、単に見せていない一面の可能性があるな。

 大体、出会った第一声が『結婚しましょう』なわけだから、別段おかしな話でもない。わざわざ追いかけて来るという事は、それくらい好きだという事なのだろう。ユキ本人は予想外なようだが。


「お前の事が好きって以外に、ここまで追いかけて来る理由に心当たりはないのか?」


 貴族の面子とか、実は大事な物を預かったままとか、ユキの考えた画期的な道具がこいつなしでは維持できないとか。

 ……他に結婚相手がいないって事はないよな。まさか、王都でもバーサーカーだったはずはないだろうし。

 見合いの場に行ってアレがいたら、貴族どころか人間としての尊厳すら捨てる事になってしまいそうだ。


「どうだろう? 確かに結婚を急いでた感はあったけど、結局たくさんいるお見合い相手の一人だしね。追いかけて来るとは思わなかったから、これほど驚いてるわけだし」

「でも、結婚決まりそうではあったわけだろ? 数いるお見合い相手の中からお前を急いで選んだ理由はあるんじゃね?」

「……そういえば、しきりに容姿の事を褒めてたかな。僕の方が背が小さいのにまったく気にしてなかったし、あんまり男らしいのは好みじゃないのかも」

「顔か……」


 ユキは今でこそ20%女の子なわけだが、見た目はその前から大して変わってない。つまり女にしか見えない男の娘だったわけだ。

 それが彼女にクリティカルヒットしたのなら、ユキの言う通り、結婚相手に男らしさとか逞しさを求めていないという事になる。

 極端な話、同性愛者とか……? そんな子がたくさんお見合いしてるってのも変な話だからさすがに杞憂だろうが、もしそうなら納得もできる。

 その場合なら、このまま会っても問題ない気もするが……ユキとは逆に男になるとか言い出したら面倒な事になりそうだな。ダンマス爆笑しそう。


「さて、結論だが。誰か意見はあるか? ……ないな。つまり、レーネ対策として俺たちが手伝える事は……」

「て、手伝える事は?」

「ない」


 素直に呼んで白状しちゃえばいいんじゃないかな。


「そんな馬鹿な……」

「説明する場はセッティングするし、その場にも同席してやる。あと数日で何か思いついたら手伝う事は吝かじゃないが、これどうしようもないだろ」


 そもそも無難な着地点という物が存在するのか分からない。


「分かった……少し考えてみる。……引越し手伝ってくるよ」


 そう言ってユキは哀愁漂う背中を向けて退出した。




-2-




 レーネがユキの婚約者であるという事実確認だけで、ほとんど無駄に終わった対策会議だったが、本題は別にある。

 無限回廊第三十五層未達組の打ち合わせだ。


「ククルは引越しの手伝いに行かないのか?」

「え……っと、冒険者のマネージャーとしてこちらの方が重要ではないかと」


 その反応はかなり鈍い。

 理由は分かっているが、一応振ってみただけである。引越しの専門職もいるわけだし、そもそも手伝いは特に不要だという話だったから問題はない。ククルとパンダの確執はどこかで解消する必要はあるだろうが。


「実は対策会議といっても、大して話し合う事はない。攻略情報の共有とメンバー間の認識の摺合せくらいだ」

「放送には間に合いそうですね」


 そうね。あんまり聞きたいとは思わないけど、頑張ってね。


「あの、私もその収録に付いて行ってもいいですか? 何の番組かは分かりませんが、前々からラジオ収録に興味があって……ほら、マネージャーとしてそういう活動も認知しておく必要があるというか……」

「え、はい。ちょっと想像してるのとは違うと思いますけど、それでも良ければ」

「はい、じゃあこの打ち合わせが終わりましたらすぐ出ましょうか」


 逃げる気マンマンである。逃げた先も問題ある気がしないでもないが、あえてツッコミはしない。


「< 斥候 >役は摩耶に頼むんだろ? 呼ばなくて良かったのか?」

「< アーク・セイバー >の方で用事があるらしい。ただ、攻略情報をまとめてくれたから明後日までに読んでおいてくれ」

「ぶ、分厚いな」


 マメなのか、摩耶は自分の攻略時のデータをメンバー分の小冊子にまとめてくれていた。

 マップ構成概略と地図、出現モンスターと戦闘方法の傾向、罠と宝箱の出現ポイントは再度設置されるから参考程度にしかならないが、前回の攻略で見つけたものを記載してある。ほとんどゲームの攻略本のような情報量である。

 現時点で三十五層を攻略済なのはユキ、摩耶、ラディーネ、キメラだ。これに元々攻略済の水凪さんと、ボーグを加えたメンバーが前回の挑戦メンバー。ただし、ボーグはメンテナンス不良により攻略途中で脱落したため、時間切れで未達。第三十五層で大量のモンスターに奇襲をかけられ、それを止めるために狭い通路で自爆したそうだ。瓦礫に埋もれて頭を回収できなかったらしい。


「《 ボーグ・クレイモア 》ダケデハ止メラレナカッタノデ」


 どういう意図があって地雷を装備していたのかは知らないが、それほど大変な数のモンスターだったのだろう。

 時間切れまで瓦礫に埋もれて過ごすというのはどういう心境なのか理解できないが、なかなかに過酷な体験だと思う。


「セルフデメンテナンスモードニ入ッタノデ、特ニハ」


 ……さいですか。

 明後日に挑戦するメンバーは俺、サージェス、ガウル、ティリア、ボーグの未達組。そして、到達しているが< 斥候 >枠として摩耶が参加する事になっている。

 戦力のバランス的には問題はなさそうだが、問題はボーグのメンテナンスだろう。ラディーネが簡易コテージを貸してくれるらしいのでその設備を使用可能だが、セーフティエリア以外での使用は難しいし、メンテの本職がいない以上無理が出てくる場面も考えられる。

 それ以外の懸念はやはり回復役だろうか。ティリアにはまた無理をしてもらう事になりそうだが、メンバー内に本職がいない以上仕方のない事だ。

 水凪さんだってレベル差でなんとかしているが、本来の役割は補助と物理後衛だしな。別に回復職の確保は必要である。

 ただし、それらの懸念点も今回はあまり問題はなさそうである。マップ情報が確定済、更に攻略済メンバーの案内まで付くというイージーっぷりなのだ。


「次にこのメンバーでの連携についてだが……この中で組んだ事のない奴がいるのはボーグか」

「ボスト摩耶嬢以外ハ初デスネ」

「……ボスって何だ」

「クランマスターナラ呼称ハボスデショウ」


 別に決まっちゃいないと思う。リーダーやらボスやら、あまりそういう敬称には慣れないんだが……それはまあいいか。他のクランもマスターやら団長やらで統一感ないし。


「こいつの戦闘に合わせるのは大変そうだが、慣れるしかねえよな」

「多少ノフレンドリーファイアハ見逃シテ下サイ」

「……わざとじゃなきゃ構わねえけどよ」


 ボーグさん、数撃ちゃ当たるみたいな戦い方だからな。ラディーネみたいに精密性のある射撃は不得手のようだし。

 まあ、臨時パーティにも慣れてるガウルなら特に問題はないだろう。


「前回ハ近接戦闘モードデシタガ、今回ハ砲撃モードノホウガイイデスネ」

「今回は前衛が多いからな。後衛としての役割を期待する」


 前回は中衛、後衛がパーティのメインという事で、ボディのアタッチメントを接近戦用に変更しての出陣だったらしい。キメラとの大型ツートップだ。

 今回はむしろ後衛が一人もいないから、援護側に回ってもらうほうが無難である。


「ボーグとの連携は事前に訓練でもするとして、未確認戦力が残ってるのはガウルだな」


 獣神の加護とやらをもらってきたわけだから、やれる事は増えているだろう。自分の名前を固定化されるという呪いまで付けたパワーアップだ。


「あー、まだ俺自身慣れてないから気にしなくていいぞ。《 地霊の祝福 》くらいしか役に立たねえから、コンビネーションには影響しない」


 《 地獣神の加護 》を得た事でいくつかのスキルを得たガウルだが、そのすべてを万全に使えるわけではない。加護をもらって簡単パワーアップとはいかないようだ。

 唯一使い物になるという《 地霊の祝福 》は《 アイス・コート 》のような《 精霊魔術 》の一種で、発動すると物理防御、地属性耐性に補正を受け、HP継続回復の効果もあるらしい。効果だけ聞くと強力で便利だが、MP消費も大きく、発動中は常に接地している必要がある。走るくらいなら問題ないそうだが、ジャンプ程度でも解除されてしまうから、使いどころが難しい。どちらかというと、前衛よりも砲台役の魔術士が使った方が便利なスキルだろう。


「《 凍獣神の加護 》はガキの頃から持ってたわけだから、この加護に慣れるのには時間がかかりそうだ」

「その加護というのは私たちが受ける事はできないんでしょうか。もし可能なら、強化の方法が増えるような……」


 ティリアの意見も最もである。~の加護なんて、ゲームの主要キャラクターが保持してそうなギフトだ。

 迷宮都市全体で使える要素なら、手を出さない理由もない。ギルドやダンマスも喜びそう。……いや、それを検討してないはずがないか。


「俺たちみたいな獣人しか駄目らしい。街で見かけるような部分的な獣人でも駄目だとよ」

「……今更だが、そこら辺に明確な区別ってあるのか?」


 迷宮都市で多く見かける獣人は耳や尻尾など体の一部分が獣で、あとはほとんど人間である事が多い。

 肉球付いてたりやたら毛深い人はいるが、ガウルのように半分獣という人はまず見かけない。この分だと、ただ種族が違うだけってわけでもなさそうだ。


「俺も良く知らねえんだが、クソ地獣神に聞いた話だと、街で見かける一般的な獣人は俺たちの種族と人間の混血に相当するらしい」

「つまり、ハーフとかクォーターって事か?」

「いや、世代重ねてるからもっと人間寄りだ。そういう意味だと俺たちが獣人で、あっちは半獣人とでも呼ぶべきなんだろうが、俺たちは圧倒的少数派だからな。存在すらほとんど認知されてねえ」


 ステータス上じゃ、どっちも獣人だしな。


「しかし混血って……こう言っちゃなんだが、お前ら人間相手で発情するものなのか?」

「……それは非常に興味がありますね。どうなんでしょうか」


 ティリアが興味あるのは獣人じゃなくオークなんだろうが、別種族って意味なら同じだからな。そんなに身を乗り出すなよ。


「いや、物理的には可能なんだろうが、基本的にねーな。大昔にものすごい変態がいたんじゃねーか? 酔った勢いとか」


 やはり、ここまで種族が離れると美的感覚が違い過ぎるようだ。ガウルに言わせれば変態扱いである。

 俺も耳や尻尾ついてるだけの人間ならまったく問題ないが、ここまで違うと無理があるな。

 オークの場合はもっと種族が遠いから、相当なド変態でないと人間相手に欲情しないだろう。ティリアには苦難の道が待っている。

 ……そして、物理的に可能ってのも、基本的に哺乳類だからなんだろう。トカゲのおっさんのような人間なんだか爬虫類なんだか分からない種族は無理そうだ。

 あんまり口に出す事じゃないかもしれないが、ひょっとしたら交配実験や遺伝子操作という線も有り得る。


「つまり本当の意味での獣人でないと加護は受けられないと。で、一応物理的には別種族でも襲う事は可能って事だな」

「そうなる。だが、別種族云々は忘れた方がいいな。相当アブノーマルな領域だ」

「そうですか……」


 ティリアはあきらかに落胆しているが、俺も彼女のオーク陵辱願望を満たすために奔走する気はない。変態扱いを止める気もない。

 まあ、異種姦云々のニッチな話は置いておくとして、獣人だけが加護を受けられるって事は、ガウルは基礎能力的にすさまじいアドバンテージがあるって事だよな。素の身体能力も、人間どころか他の獣人……半獣人に比べても高いし。


「他にガウルさんのような獣人の方といえば、< 流星騎士団 >のリグレスさんが半分獣の金虎族ですね。< ウォー・アームズ >にも何名か所属しています」

「ああ、あいつか。昔、金虎族と銀狼族で確執があったらしくて種族レベルで仲悪いから、怖くて近寄れねえんだよな。動画だけ見ても普通に怖いし」


 夜光さんのライバルと言われてる個人戦ランキング二位の人か。虎さんだとイメージだけでも強そうだ。

 やはり、少人数でも迷宮都市には本当の獣人もそれなりにいるらしい。


「そういえば、暗黒大陸にはいくつかそういう集落がありましたね」

「実はサージェスの方が詳しいかもしれねえな。どの部族も閉鎖的だし、同種族同士でも基本的に交流はない」

「冒険者学校ニモ銀狼族ハ所属シテマスヨ」

「ああ、グラッド君か」


 ガウルと見分けの付かない彼だ。


「多分違う部族の奴だろうが、知り合いなのか?」

「食堂でユキにガウルと間違えられて、恥ずかしいから人前でその名前を呼ばないで下さいって言ってた」

「……そいつのせいか」


 男性器云々をバラしたのはラディーネだけどね。

 話が脱線してしまったが、その後一時間ほどかけて摩耶謹製の攻略本を使ってのミーティングを行った。

 こうして攻略情報を見ると、最初の第三十一層がいかにハズレだったかが分かる。普通はブリーフさんが上から大量に降って来たりしないらしい。

 三十六層以降は違う意味で大変そうだから、構成の変わるタイミングまでになんとか三十五層までは突破してしまいたいものだ。できれば一回で。




-3-




「ミーティングは終わったのかね」


 部屋を出るとリビングでラディーネが寛いでいた。部屋がちょっとコーヒー臭い。

 見るとキッチンには見覚えのないコーヒーメーカーが設置されていた。ラディーネの研究室で見た物とはまた別の、やたら本格的な奴だ。

 その脇ではパンダが一頭コーヒー豆を挽いている。見分けがつかないが「クマクマ」言ってるので多分ミカエルだろう。


「ああ、お前らが攻略済のところを再攻略するだけだからな。随分楽そうだ」

「油断するな、と言いたいところだが、まあ大丈夫だろう。ワタシたちも三十五層のアンブッシュ以外は問題なかった。ゴール間近という事で気が緩んでいたんだろうが、ボーグには悪い事をした。ついでに研究予算的にも痛手だ」


 ボーグのボディ丸ごと壊れたわけだから、相当な赤字なんだろうな。


「事前に認識している君たちなら問題ないだろうさ。あとは……そうだな、いつものワタナベ君的な想定外の事態でも起きない限り大丈夫じゃないか?」

「想定外の事態が多い事は認めるが、フラグ立てるなや」


 俺の場合、そういうセリフがあるとマジで洒落にならんねん。

 この前マネージャーが立てたフラグなんて、ドラゴンとかそういうレベルを軽く超越した奴が出てきたんだぞ。


「ではティリアさん、ラジオ収録に行きましょうか」

「え、まだ早……ちょ、押さないで下さい」


 そのククルは逃げるようにティリアを連れてクランハウスから出て行く。逃げるようにというか、実際逃げたのだろう。

 ミカエルは通り過ぎる二人を興味深そうに眺めていた。


「……やはりアレかね。話に聞くとおり、マネージャーはパンダが苦手なのかね」

「トラウマ級らしいが、いずれ克服してもらわないとな」


 それでなくても奴らは冒険者なのだ、ギルド職員として対応する事もあるだろう。


「ミカエルを的にして銃乱射でもすれば気が晴れないかね」

「クマッ!?」


 ピンポイント攻撃されたミカエルの手が止まる。

 リリカの燃やしたいターゲットナンバーワンに輝いているらしいミカエルだが、俺には他のパンダと区別がつかない。正直、的にするならどれでも一緒じゃないだろうか。……って、いくらなんでも銃殺刑でストレス解消はないだろ。


「他の奴らは? というか引越しは終わったのか?」

「概ねはね。事前にGP拡張は済ませてあるから、あとは家具の配置だけだったし、アレクサンダーとイスカンダルが頑張ってるから正直する事がない」

「アレクサンダーさんには以前水車を運び入れてもらったんですが、さすが本職は違いますね。水車が入る《 アイテム・ボックス 》の容量も然ることながら、家具配置の手際もいい」


 サージェスもお世話になったらしい。

 < 荷役 >に転職した事で《 アイテム・ボックス 》も拡張されたのか、便利屋としてのスペックが上がっているようだ。他に何ができるかはまだ知らん。


「今、ユキ君がパンダたちの住居を見学しているんだが、君たちも見に行くかね?」

「ログハウス作るとか言ってたよな」


 パンダの住居はともかく、部屋がどんな具合に拡張されたのかは興味ある。


「では、私はフェイズさんを部屋に案内して、入室設定などを済ませておきましょうか」

「ほとんど一方的だが、フェイズもいいか? 断る場合はサージェスの牢屋行きだが」

「牢屋は勘弁してくれ。……強化合宿前の静養期間として考えるよ。飯は出るんだろ」

「そりゃ当然」


 ユキに豪華な飯を作ってもらうとしよう。本当に一方的なお願いなので、別にちゃんとしたお礼をさせた方がいいだろうな。


「設定自体はすぐ終わるので、良かったら牢屋も見ますか? あまり利用者がいないんで寂しいんですよね」

「……み、見るだけだからな。変な事するなよな」

「変な事されるのは得意ですが」

「意味分かんねえよっ!!」


 見るだけでも付き合うあたり、フェイズも律儀な奴である。

 しかし、"あまり"って事は、利用者もいるにはいるのか。……会った事ないが、雑誌編集者のホセさんとかだろうか。




 ラディーネに割り当てた部屋のドアを開けると、その中は引越し前とは別世界が広がっていた。


「おお……って、お前の研究室そのままだな」


 以前、冒険者学校で訪れたラディーネの部屋そのままである。配置もそのままだ。

 あまりにそのまま過ぎて、本当にここがウチのクランハウスの中なのか自信がなくなってくる。


「使い易いレイアウトだからあまり弄りたくないんだ。GPは足りてたから、まったく同じにしてみた」


 さすが下級ランク時代が長い人はブルジョワである。


「クランハウスってこんな事もできるんだな。家借りちまったから今更だが、一部屋だけかと思ってた」

「これで一部屋扱いだから間違ってないぞ。俺たちの冒険者歴だとGP足りないが」


 ラディーネだけじゃなくボーグやキメラの分も含んでいるのだろうが、それでも多いだろう。ウチでこの拡張ができる奴は他にいない。学校の教授をやっているくらいだから、冒険者ギルド以外でGP稼ぐ手段を持っているのかもしれないし。

 ガウルの場合は嫁さん連れて来たり討伐指定種との戦いに参加していなかったりと、俺よりGPは少ないはずだ。


「プロフェッサー、モウ使エルノデシタラメンテナンス二入リタイノデスガ」

「ああ、大丈夫だ。前の研究室と同じその部屋からメンテナンスルームに入れる」

「イエッサー」


 手慣れた感じでボーグはメンテナンスルームへと消えて行った。あの仮ボディはよほど気に入らないのだろう。


「正式にクランとして発足したら、メンテナンスルームだけじゃなく、生産機能も付けられるんだがね」

「それは一年以内の目標だな」


 ラディーネも使った事ないらしいが、クランハウスの正式機能の中には武具の補修やインゴット生産などを自動で行う施設もあるらしい。材料さえ用意すれば定期的にポーションを生産してくれる施設など、レース場よりはよっぽど冒険者向けなサービスだ。


「あれ? メンテルームの隣の扉って、前の研究室にあったか?」

「あのドアの先がワタシのプライベートルームだ。以前借りていた家を再現している。庭やパンダたちの住処はその先だな」


 桁が違う拡張だ。俺の部屋の何倍になるのやら。つーか、クランハウスの総面積より広くなってないか?




 プライベートルームは普通の家といった感じで、そこらのマンションと変わりない。間取りとしては3LDKで庭付きだ。庭の先には更に開けた空間が広がっている。

 その内の一室、和室の客間らしき部屋では、パンダがビール片手に、寝転がりながらテレビで野球中継を見ていた。ラディーネの説明によれば彼はミッシェルで、以前新聞契約にやって来たパンダらしい。

 超どうでもいい余談だが、彼が贔屓にしている野球チームは得点力があるが守備が甘く、大量点差で最終回を迎えても安心できないそうだ。『決まりだな、風呂入ってくるか』と言って席を立つと、戻ってきた頃には逆転されているというジンクスがあるため、彼はテレビから離れられない。異世界でもマモノは健在という事だな。


「冒険者としての素質はないが、営業のためなら平気で土下座する強者だ。そういう方面の頼み事があったらお願いするといい」

「ねーよ」


 冒険者稼業で土下座営業が必要になる場面なんかないだろ。


 他にも郵便配達のバイトをしているミゲル、ティッシュ配りのアレハンドロなど地域密着型のパンダがいるらしいが、俺そいつらと遭遇した事ある気がする。薄々そうじゃないかと思っていたけど、世間は狭いものだ。

 もはやパンダ動物園と化しているラディーネ宅だが、マイケルはいない。あいつは自分で部屋を借りて嫁さんや子供と暮らしているらしい。……そう、あいつは子持ちなのだ。初めて会った時、嫁さんが入院していたのはその検診との事。だが、相手がパンダだからあまり羨ましくはない。




「……おい、外に出ちまったぞ」


 庭に出ると、あまりの事態にガウルが困惑していた。普通に青空が広がり、風が吹く。とても家の中とは思えない光景だ。


「< アーク・セイバー >のクランハウスと同じだよ。大体、外はもう陽が沈んでるんじゃないか」


 もう冬だから、時間的に外は真っ暗だろう。だが、ここは太陽が真上に昇っている。分かってはいたが、すさまじい環境だ。


「そ、そういえばそうだったな。まったく、どうなってんだか」

「[ 灼熱の間 ]も似たような感じだっただろ?」

「……嫌な事思い出させるなよ」


 庭とはいっているが、広さ的にはもう広場や公園と呼んだ方が正しいだろう。野球のダイヤモンドくらいのスペースに森や草木が生え、端の方にはパンダたちの住処らしきログハウスもある。

 奥の方に見える柵から先は行けないようになっているらしいが、その先も続いてるように見えるので閉塞感が一切ない。


「パンダが多いな」


 そして事前に聞いていた事だが、パンダの数が多い。彼らは庭に配置された木々の下で思い思いに寛いでいた。

 中には公園の遊具のような施設でターザンごっこしている奴もいれば、相撲みたいな事をやってる奴もいるし、チェアに座って本を読んでいる奴もいる。

 ……馴染み過ぎである。


「こいつら、全員マイケルとアレクサンダーのクローンなのか?」

「大体そうだけど、中にはペットショップから引き取ってくれってお願いされたのや、自分から来た奴、いつの間にか混ざってた奴もいる。下手に外から見えると宣伝になってしまうみたいなんだ」


 そりゃ深刻だな。……これじゃ、マンションが手狭になるのも頷ける。さっきの3LDKと同じ間取りじゃ限界だっただろう。


「マンションを三部屋も借りても手狭だったからね。ワタナベ君には頭が上がらないよ」


 3LDKじゃなくて、それを三部屋かよ。


「森っていうより公園だが、ガウルもこういう光景を見ると故郷に帰った気にならないか?」

「ならねえよ。俺の住んでた村にパンダはいねえし」

「……そういえば、君がガウル君か。銀狼族の生態に興味があるんだが、研究に付き合う気はないかな?」

「同じクランメンバーだから手伝うのは構わねえが、何する気だよ」

「ちょっと解剖させて欲しいんだ」

「嫌だよっ!! なんで進んで解剖されなきゃいけねえんだよっ!!」

「やはり駄目か……冒険者学校のグラッド君にも断られてしまってね。誰か代わりを紹介してくれると助かるんだが……」


 いや、さすがに解剖を受けてくれるあてはないだろう。


「……銀狼なら誰でもいいって言うなら、ウチの親父とかどうだ? 故郷まで行く必要があるが、手伝うぞ」

「おお、言ってみるものだね。その際はよろしく頼むよ」

「なんなら生きたまま解剖して放置してもいい」

「研究なんだから、さすがに治療込みだよ」


 物騒な話をしてらっしゃる。お前、そこまで親父さんを恨んでいるのか。


「俺に力があれば、クソ地獣神を生け贄にする事もできるんだがな……」

「……獣神には興味はあるが、それは手に余りそうだね」


 銀狼の古代語にも精通しているラディーネさんは獣神の存在も知っているらしい。

 気が合ってる感じだが、そいつお前の名前の秘密をバラした張本人だからね。




「あ、渡辺さんじゃないですか。お疲れ様です」


 庭の片隅にあるログハウスまでやって来ると、巨大な丸太を抱えたパンダが話しかけてきた。引越屋の制服は着ていないから見た目は他と一緒だが、アレクサンダーだろう。


「ああ、久しぶり。お前一人でこれ建ててるのか?」


 ログハウスとはいえ、見た感じほとんど一軒家と変わりない。人力……ではなくパンダ力だが、重機を使わずに組み立てるのは大変だろう。


「イスカンダルとキメラの三人でですね。慣れてないと逆に邪魔なんで」


 むしろ何故お前らは慣れているんだ。引越屋じゃなかったのか?


「ほとんど作業は終わってるんで、このログハウスはもう使えますよ。中身は空ですが」

「終わってるって……じゃあ、その丸太はなんだ? 吸血鬼とでも戦うのか?」

「これは今から加工して家具作るのに使うんです。最近、イスカンダルが《 木工 》ツリーのスキル習得したんですよ」


 そのイスカンダルはといえば、更に奥の方で鉋を使って木を削っていた。本職トラックドライバーのはずなのに、見た目は大工である。土下座営業やティッシュ配りといい、お前らは何処に向かっているんだ。


「まだスペースが足りないから無理ですけど、最終的には全員分の家を建てたいですね」

「さすがにGP足りんよ。今回のでワタシたちのGPはほとんど空っ穴だぞ。何年分だと思ってるんだ」

「そこら辺は私たちが中級に上がってから考えます」


 じゃ、と言ってアレクサンダーは巨大な丸太を片手にイスカンダルの待つ作業場へと歩いていった。パンダという事を気にしなければ、礼儀正しい青年である。そのアレクサンダーを見て、イスカンダルは丸太の巨大さにか、それとも自分の作業が増える事に対してかは分からないが、ギョっとした表情をしている。

 良く見れば、その後ろには未加工の木材が山積みになっているのだ。更にアレクサンダーのあとを追うようにしてキメラが複数の丸太を運び入れ、イスカンダルの動揺は更に激しいものとなる。

 ……あいつも大変だな。


「お前のところのパンダは、無人島に放り出しても当たり前のように生き残って繁栄しそうだな」


 脱出を考える事もせず、そのまま定住しそうだ。


「ぐーたらが多いからどうだろうね。そういう場面になったら頑張るのかもしれないから、試してみるのもいいかもしれない」

「……ここ、ウチの村より発展するんじゃねーか?」


 なんでこいつらはクランハウスの一室の中で村造ってるんだろうな。……まさか、覗く度にパンダが増えてたりしないよな。



 ついでにログハウスの中も覗いてみる。中は広々としていて、たとえパンダの巨体だろうが問題なく生活できそうなスペースがあった。……アレクサンダーの言った通り、何もないともいえる。

 トイレは簡易な物が備え付けてあるらしいが、基本的に水場はラディーネの部屋の物を使うらしい。……風呂場も共用なんだろうか。


 そんな広々とした空間だが、ちょうどど真ん中に巨大な毛玉が置いてあった。なんだろうかと近づいてみると、こいつもパンダだ。他の奴と比べて数倍デカイパンダがうつ伏せで寝ている。


「なんでこいつだけこんなにデカイんだ? クローンなのに個体差があり過ぎだろ」

「こいつはまた別個体だ。名前をダビデという」


 ペットショップからお願いされて引き取ったらしいが、赤ん坊の時点で並の成体並の大きさだったようだ。それが数年かけてこんな巨大になってしまったと。……かなり疑わしいが、調査したところによるとちゃんとパンダらしい。

 印象からするとダビデっていうよりもゴリアテなんだが、なんか意味でもあるんだろうか。


「でかいなこいつ」


 うつ伏せになっているのに見上げる必要があるほどだ。いくら迷宮都市に巨人サイズ規格の建物があるとはいえ、マンションでこいつを飼うのは無理があるだろう。

 そして、そのまま視点を更に上へと向けると、手伝いに来たはずのユキがパンダの上で寝ていた。何やってんだとも思ったが、それをやりたい気持ちは分からないでもない。


「起こした方がいいか?」

「別にこのまま寝かせておけばいいんじゃないか? ダビデも気にしないだろう」


 飼い主がそういうならいいか。ユキも、色々急展開で疲れてるのかな。


「本人から聞いたが、婚約者が来ているらしいね。難儀な状況だ」

「それについて、ラディーネは何かいい案でもないか?」

「……君ね。ワタシは筋金入りだぞ。前世含めて何年独り身やってると思うんだ。男女の問題など分かるはずもない」

「そ、そうか……」


 万人受けするキャラクターではないと思うが、一切男の影がないというのも意外だ。

 本人にその気がなさそうなのが一番の原因じゃないかと思うんだが、聞く限りでは前世の環境にも問題がある気もする。

 その気になれば、その巨大なメロンちゃんで男を引っ掛けるくらいなんとでもなりそうだが。


「かなり年上って聞いてたが、ラディーネも独身なのか。実は俺、この前結婚したんだ」

「……ワタナベ君、リビングに狼の標本を飾る気はないかね?」

「おい、お前が言うとシャレにならねえだろ!」


 ……モテ願望はあるのかな。




-4-




 次の日の事。翌日のダンジョン・アタックに向けて、クエストの受注をしようとギルド会館にやって来たのだが……。


「こんにちは」


 盛大にミスをしたと気付いたのはその瞬間だった。

 クエストを受註して会館をあとにしようと出口に向かうところで、満面の笑みを浮かべたロール髪とエンカウントしてしまった。ユキに事情を伝え、フェイズを拘束した時点で、次に狙われるのが俺である事は自明の理なのに、自分自身の対策が頭から抜け落ちていた。

 あまりにも迂闊。自分の危機管理の杜撰さに呆れ返る。昨日の時点でバレかけてたわけだから、待ち伏せされる危険性も考えるべきだった。

 何故俺はククルにクエスト受注の代行をお願いしなかった。何故俺はデーモン君の格好で来なかった。

 きっと今の俺はひどく滑稽な表情をしているに違いない。


「……あ、ああ、こんにちは。会館に用か? あ、手紙ならあの受付に出せば……」

「ユキト様はどこでしょうか?」

「Oh……」


 完全にバレてる。しかも背中にゴゴゴゴゴゴ……って擬音の幻覚が見えるよ。笑顔が超怖い。

 いくらミノタウロスを真っ二つにするような膂力の持ち主とはいえ、戦闘になれば俺が負ける要素はない。

 だが、だがしかし、何故か勝てる気がしない。こういうのは理屈ではないのだ。実力以上に気迫で飲まれてしまっている以上、俺には抗う事なんてできない。

 ……かといって、どうしよう。正直に案内するのか? ユキはまだ心の準備できてないぞ。ついでに俺も。

 その結果修羅場ってもあいつの責任だが、ダンジョンアタック前に余計な問題は抱えたくないんだが……。

 それに、昨日誤魔化した事をどうやって謝るか。ここまで来たら知らぬ存ぜぬじゃ通せないよな。


「す、すまん。明日のダンジョンアタックに向けて準備があるんだ、それじゃ……」

「お待ちなさいな」


 解決方法が見つからないので、強引に逃げようとしたら腕を掴まれた。ここで脱兎の如くといかないのが俺とユキの違いである。

 え、何この子。力入れてる感じじゃないのに振りほどけないよ。この子ルーキーで俺Lv40なんだけど。どういう事なの。《 怪力 》のギフテッドってこんな馬鹿げた腕力持ってるの? 現時点でも石くらい握り潰せそうなんですけど。

 ヤバイ、この目は別のところを潰すぞと脅しているようにも見える。淑女であるなら決してやらないであろう行為だが、バーサーカーさんならやりかねないぞ。助けてデーモン君っ!


「大体の状況は把握しています」

「ど、どれくらい?」

「動画を確認すれば一発でしたわ。あなたもユキト様もこの街では有名人じゃありませんか。何故、本名がユキ20%になっているのかは分かりませんが」


 ほとんど捕捉されてる。どこかに逃げ場はないものか。

 この子、放っておいたらクランハウスまで突撃してきそう。入場設定で締め出すのは簡単だが、あとに続かないし、入口で張り込みされる危険もある。


「昨日の態度を振り返ってみれば何か事情があるのも分かりますから、別にあなたを責めるつもりはありません。ですが、こちらにも引けない事情があります」


 いや、それは分かるんだが。……仕方ない。ここは腹を括るか。


「……分かったよ」

「では、案内して頂けますか?」

「お前の言う通り、こっちにも事情がある。俺じゃなくてユキのなんだが……少し時間が欲しいんだ」

「どういった事情でしょうか?」


 これは、ユキの性別までは辿り着いていないっぽいな。動画見て、俺とパーティ組んでると確信しただけか。

 まあ、普通それ以上に何かあると思わないよな。


「できれば、ユキのためにもこれ以上は探らないで欲しい。それを飲んでくれるなら、一週間以内には引き合わせると約束しよう」


 ここで"ユキのため"と言うのがポイントである。どれほどの感情かは測れないが、レーネがユキに対して恋愛感情を抱いているのは間違いない。

 それを利用するようで悪いが、ユキの不利益になる行動はしない、という良心に賭けたい。調べられても困るのはユキだけだが、更に面倒な事になってしまう。

 言葉遣いやバーサーカーモードから誤解しそうだが、多分この子は頭が回る。ここで駄々捏ねるような真似はしないだろう。……しないよね?


「なるほど。……思った以上に複雑な事情という事ですわね」

「複雑な事情なんですわ」

「真似しないで下さい」


 ごめんなさい。


「俺も明日ダンジョンアタックだし、忙しいのは本当なんだ。そのあとだったら、こちらから連絡する」

「……せっかく見つけた決定的な手がかりですから、わたくしもこんなところで躓きたくはありません。信用しますわ」


 ようやく手を離してくれた。話せば分かってくれる。いい子だと俺は信じてたよ、うん。思わず縮こまってなんかいないんだから。


「連絡手段は……そうだな、冒険者IDと寮の部屋番号聞いてもいいか?」

「はい。あれからメールとやらの使い方も覚えましたので、そちらでも構いませんわ」


 純ファンタジー人のはずなのに、スペック高いっすね。


「……一応、ユキにはまだメールしないでもらえるかな」

「分かりましたわ。読むのはともかく、日本語ではわたくしのこの気持ちを上手く表現できそうにありませんもの。というか、この想いを言葉にするには大陸共通語でも不可能ですわね。出会って以降、ユキト様へ宛てた詩集を何冊もしたためておりますが、未だ止む事のない感情の奔流に手が止まらない状況です。いろんな意味で」


 どんな意味だよ。


「じゃあ、戻ったらユキと話して一度連絡するよ。逃げたりしないから安心してくれ」

「お待ちしております。……まあ、あなたはそういう不誠実な事はしない方でしょう」

「……そうか?」


 正直、掲示板とかでは俺の評判はあまり良くないぞ。アンチスレももう二桁目のスレに突入したし。

 もう半年も経つんだから、そろそろあの顔写真使うのはやめて欲しいですわ。


「これでも、ドレスオーク……魑魅魍魎が跋扈する社交界に身を置いていましたから、人の審美眼はあるつもりです。……あなたは信じていると言えば容易には裏切れない人でしょう? 違いまして?」

「…………」


 裏切らない、ではなく、裏切れないときたか。

 ……くそ、本当に分かってるじゃねーか。大したもんだ。ドレスオークがなんなのかは分からんけど。


「ちなみに、その審美眼でユキが家出する兆候は掴めなかったのか?」

「わたくし如きに、ユキト様の聡明なお考えなど把握できるはずがありませんわ。きっと、誰にも理解できないような、切実な理由があったのでしょう」

「……そ、そうか」


 誰にも理解できない切実な理由ってのは大体合ってる気がするが、この子の審美眼とやらはユキ相手だと盛大に曇ってそうだな。

 ……恋は盲目って奴だろうか。




 こうして、いつかユキが向かい合わないといけない問題が、明確な日程を以って迫って来た。

 俺はとりあえず無限回廊の攻略を頑張りたいと思う。



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