第1話「這いよる魔の手」




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 さて、戦争行ったり、偽物の地球に行ったり、無限回廊のマイナス層という意味の分からない所に行ったりと色々あったが、世間はもう冬である。

 いつの間にかクリスマスも過ぎてしまったような気もしたけれど、まだ十一月も半ば。これから年末年始にかけてイベントが多いのだが、ダンジョン入場に制限のかかる年末までには無限回廊第三十五層まで攻略してしまいたいところだ。

 クランマスター(予定)なのに、最前線から遅れてしまっているというのは締まらない。


 [ 静止した時計塔 ]に関わった連中の近況は様々だ。

 ベレンヴァールはまだ迷宮都市に向かっている途中だし、サンゴロさんやサティナはリハビリ中。夜光さんは戦争の後処理中だが、クラン対抗戦までには戻ってくるはずだ。ジェイルの近況は分からないが、騎士団を辞める手続きを考えると冒険者になるのは年が明けてからになるだろう。

 あまり関係ないが、リディン君は死刑が正式に決まったらしい。

 ダンマスはあれ以来連絡がない。二〇〇層管理者の名無し寄生虫の事も含めて色々聞きたい事があるのだが、あの人も忙しいんだろう。

 ちょっと問題なのがグレンさん……というか、< アーク・セイバー >だ。実は無限回廊第一〇〇層の攻略が上手く行っていないらしい。区切りの層は特別に攻略難度が高くなる傾向にあるらしいが、その中でもやはり第一〇〇層というのは特別なのかもしれない。……ダンマスがそんな楽させてくれるとも思えないしな。


 美弓は入院中であるものの意識は回復しているし、俺やゴーウェンやニンジンさん、あとついでにサージェスは元の生活に戻っている。

 ゴーウェンの周りに女の影は見られないので、合コンは上手くいかなかったのか。成否が気になるところだが、奴は口を開こうとはしない。

 そしてフィロスだ。……あいつは、オーレンディアの王都へ里帰り中である。……つまり結婚準備だ。

 ガウルといい、フィロスといい、思い切りが良過ぎる。もう少し独身貴族を謳歌してもいいんじゃないだろうか。う、羨ましいわけじゃないんだからね。


 ……十二月二十五日にはサンタさんと戦うレイドイベントもあるらしいので、絶賛非リア充組としては頑張りたいところである。

 いや、あと一ヶ月で彼女作れとかいう意見もあるだろうが、世の中そんなに甘くはないのだ。世の中には巡り合わせというものがあって、俺はきっとその軸から外れているのだろう。

 ……一般の人や他の冒険者には怖がられているらしいしね。ファンも基本は男性、わずかな女性ファンも近寄ってこない。話しかけてくるのは主に男性ばかりだ。身に覚えがないわけでもないが、解せぬ。

 背に腹は代えられぬと、つい先日ギルド主催の交流会……という名の合コンにも参加申し込みしたのだが、この時期はいつも定員オーバーらしく抽選から弾かれてしまった。

 ならば、と結婚相談所を頼るという手も考えてみたが、さすがに現時点で身を固めるのは早過ぎるだろう。これに登録するのは結婚を前提していて、軽い気持ちで挑む者は排除、または取り込まれると、パンフレットを読んで現実に引き戻されてしまった。

 まだ、ガウルさんやフィロスさんたちのように思い立ったら即行動という覚悟は固まらない。俺はまだ少年の心を持っていたい。できれば責任を上手く逃れられる立場がいいのである。

 となると自力でなんとかするしか方法はないのだが、結婚間近なフィロスをナンパに連れて行くわけにもいかないし、ゴーウェンと二人でというのは絵面的に厳つ過ぎる。

 ……こうして考えると、俺の交流範囲の男性陣は一緒にナンパしようぜ、という軽い気持ちでハッチャけられる人材が少ないな。既婚者か婚約者持ち、あるいは種族が違う。サージェスのような爆弾もいれば、同年代の女の子を調教してるような奴までいるじゃないか……。あとロボ。

 いっそ、ここは思い切って大物に声をかけてみるか……ローランさんと夜光さんってまだ独身だったはずだ。知名度的にもビジュアル的にも完璧だし、ひょっとしたらおこぼれに与れるかもしれない。


 そんな事を考えながら、ギルド会館の結婚相談所で異次元の空気を纏ったパンフレットをパラパラ捲っていると、ゴブタロウさんが寄って来て昨今の結婚事情について説明してくれた。……暇なんだろうか。


「君くらいの年代の冒険者だと、パーティ内でくっついたりする事が多いね。一緒に苦難を乗り越えた仲間同士というのは、深い信頼関係が生まれやすい。まあ、ぶっちゃけると基本的に吊橋効果なんだけどね」

「あまりぶっちゃけて欲しくなかったですけど、確かに多いですよね」


 何故か俺には縁がないのだが、巷のパーティを見ているといつの間にかお付き合いを始めている奴らが多い。

 特にこの時期は、クリスマスイベントに参加するかどうかで有罪か無罪かはっきりしてしまう。『お前、彼女いないとか言ってたんだからイベント出るんだよな、おぃい!?』って感じである。そして非リア充は裏切り者の真実を知り、血の涙を流すのだ。


 ゴブタロウさんが言うように、パーティ内の吊橋効果というものもあるだろう。死の危険どころか死んでるんだから、そりゃドキドキするさ。勘違いしてもおかしくない。

 それもきっかけとしてはアリなのだろうが、問題は吊橋効果だけで冷めてしまった場合である。……こういった色恋沙汰は、最悪の場合パーティ崩壊まで発展する。当人たちは自業自得なのだろうが、堪らないのは周りの人間だ。とばっちりで稼ぎを失う事になりかねない。

 ギルドの結婚相談所が基本的に冒険者以外との繋ぎをメインとしているというのも、それを反映しての事だろう。


「渡辺君のところはそんな話はないのかな」

「……ない、ですね。既婚者はいますが、クラン員候補を見渡してもディルクとセラフィーナくらいかな」

「あー、あの二人か。……アレは相当歪だから、世間一般のそれとは違うと思うけどね」


 やはり有名なのか、二人の事は知っているらしい。まあ、会話に監禁とか調教とか物騒な単語が混ざってくるあたり、どう贔屓目に見ても普通の関係ではないだろう。

 ……よくよく考えたらウチは色恋沙汰から遠いクランだな。そもそも人外だらけ、変態だらけというのが問題なのだが。

 というか、結構人数揃ってるのに既婚者がガウルとマイケルしかいないって状態からして普通ではない。狼男とパンダだぞ。どうなってんねん。

 かといって俺が手を出すのもな……本気で付き合い始めるならともかく、現在求めているような責任の発生しない相手となると、やはりクラン外で探した方が無難だ。

 この本音をぶっちゃけると、また女性ファンの割合が減ってしまいそうである。


「それ以外だと、最近は女性冒険者の晩婚化が問題になっているよ」

「そうなんですか? ……女性?」

「そう。男性は特に問題化していない」


 少し意外である。

 女性冒険者は腕力的な意味では女性っぽさがないともいえるが、スキルやらアイテムやらボーナスやらで女の子的な肉体レベルは高い。

 若さはいくらでも取り戻せるし、傷付く事は多くてもそれは残らない。美容に役立つアイテムだって、一般人よりも入手機会が多いのだ。下手すればスキルでスキンケアしているような人もいる。

 分かり易い例としてはラディーネだ。あいつは四十近いのに体は十四歳相当である。責任の発生しない範囲でOKが出るなら是非にでもお願いしたい。具体的には肉体年齢と乖離した乳を揉みしだかせて頂きたい。肉体さえ若ければ実年齢など関係ないのだ。

 アレで美容に気を使っていないというのだから、そこら辺を意識した女性冒険者はすごい事になるだろう。


「下手に若さを保てる分、あとでもいいやって感じでズルズルと実年齢を重ねていく内に相手がいなくなるって感じかな。収入が多くて自活できるともっと婚期が遅れる」

「……リアル過ぎる話ですね」


 三十歳の大台を前にして、ワンルームマンション買っちゃう感じだろうか。あるいはペット。

 有り得そうなのは自分磨きを頑張り過ぎて、相手に求めるハードルが上がっちゃうってパターンだ。自分を高く見積もり過ぎるのは論外だが、ガチで女性としてのレベルが高くなり過ぎて手が出し辛いというのもあるだろう。

 本人はどう思ってるか分からないが、アーシャさんとか高嶺の花もいいところだ。行き遅れという年にはあまりに早いが、あの人の結婚は遅そうである。


「別にずっと冒険者を続けていくつもりなら問題はないはずなんだけど、女性はどうしても二十歳過ぎると意識し始めて、三十近くなると必死になるね。相談所に登録しているのもその年代が多い」

「いっそ、百歳超えたりしたら気にしなそうですけどね」

「そこまで割り切れないらしいんだよね。亜人種や妖精種は気にしないけど、人間は厄介だ」


 老化も考えなくていいし、男なら三十だろうが四十だろうがあまり気にしなそうだが、やはり女性は実年齢で結婚時期を気にしてしまうものなのだろう。

 迷宮都市の外と比べて、基本的に婚期が遅めなのも原因の一つかもしれない。王国では、平民でも大抵十代の内には結婚してしまうのだ。フィロスに聞いた話だと貴族なんて十代前半で結婚してしまう人も多いらしいし、ユキがお見合いした相手も同じ十四歳だったらしいしな。迷宮都市で結婚できる規定年齢よりも早い。


「君の場合なら、結婚したいといえば相手はいくらでもいそうだがね。ダンジョンマスターが帝国や王国の貴族から打診受けているとも聞いているから、そこに捩じ込んでもらうという手もある」


 あの人に頼むとロクな事にならないような気もするんだよな。意気込んで見合いの席に辿り着いたらトマトさんが座ってるという展開も有り得そう。

 政治的な婚姻関係というのもあまりありがたくない。親戚付き合いとか考え始めると息が詰まりそうだ。


「結婚したいわけじゃなく、この溢れる性欲を処理したいだけなんですが」

「……切実なのは分かるが、それは私にはどうしようもないな。ヴェルナーの範疇だ」


 その吸血鬼も協力してくれないんです。……多少辛い程度のイベントなら頑張って攻略するから、風俗の対象年齢引き下げとか無理ですかね。

 結婚を前提としたお見合いよりも、< アーク・セイバー >が主催しているっていう合コンくらいがいい塩梅なんだけど。……ゴーウェンめ、なんて羨ましい。


「ゴブタロウさんは結婚しないんですか? ゴブリンの事情は詳しくないですけど」

「長年片想いしていた相手が、後輩のゴブザブロウと結婚してしまったんだよね……。未だ立ち直れてない」


 遠い目である。……人間もゴブリンも変わらないという事か。


「なんとか別れさせられないものか……。前世の知識とかで、何かいい方法知らないかね?」

「いや、さすがにそれはちょっと……」


 ……諦めてないのかよ。後輩の家庭壊すのに、人を巻き込まないで欲しい。




 非リア充同士でそんな事を話していると、通路の先にある簡易図書館から怪訝そうな表情の女性が出てきた。

 冒険者は何か情報を調べる際、基本的に四階の資料室を使うので、この簡易図書館が使われる事はあまりないのだが……。というか、使っている人を初めて見た。

 そのまま一階に降りると思ったのだが、何故かこちらに近づいてくる。こっち、相談所の窓口しかないんだけど。


「失礼。職員さん、ここの図書館で冒険者の名簿を見る事ができると聞いたのですが」


 どうやらゴブタロウさんに用らしい。

 ロールした髪が特徴的な、少し派手目な衣装の女性だ。なんというか迷宮都市独特の派手さじゃなく、どちらかというと貴族的な印象だな。あの髪を毎朝セットするのは大変そうだ。


「ん? いや、冒険者名簿は四階の方だね。二階の簡易図書館はそういう資料は扱ってないよ」

「……なるほど、いくら探してもないはずですわね」


 ですわ。現実ではなかなか聞く事のない口調である。外見も合わせてテンプレ的なお嬢様だ。珍しい体験をしてしまった。


「あそこはGランク以上の資格がないと入れないから、詳細情報を調べるのでなければ雑誌かネットで見た方が早いね。簡単な履歴程度なら職員に聞いてもいいが」

「G……この前トライアルは攻略したので、そのランクは頂きました」


 どうやら彼女は冒険者らしい。後輩さんである。

 格好も、ドレスのような服だがよく見ると部分的に金属で覆われた鎧だ。ひょっとして、この格好で戦うのだろうか。いない事はないが、ロングスカートって戦い辛くないのかな。


「なら四階にも入れるはずだ。資料室の専用パソコン使えばすぐだよ」

「パソコン……ですか?」

「ああ、君は確か外から来たんだったか。となると日本語も怪しいかな。……渡辺君、よかったら彼女の手伝いをお願いできるかね?」


 何故か俺に振られた。


「え、構いませんけど、……ゴブタロウさんは?」

「私はこのあと講習の準備で忙しいからね」


 その目は察しろと言っている。……なるほど、チャンスをくれるという事か。なんていい人……ゴブリンなんだ。

 上手くいったらゴブザブロウを陥れる計画を手伝ってもいいよ。俺はあまり得意じゃないけど、ユキかトマトさんあたりを上手く使えばいい方法が出てきそう。


「では、すいませんがよろしくお願いします……えーと、ワタナベさん?」

「ええ、渡辺綱です。よろしく」


 ちょっといい感じの表情でキメてみる。こういうのは第一印象が肝心なのだ。

 俺を知らない新人なら怖がられる事もないだろうし、変な先入観もないだろう。




-2-




 調べ物はユキか摩耶、あとはラディーネに任せる事が多いから四階の資料室を利用するのは久しぶりだが、相変わらず盛況である。

 検索用の端末は席が埋まっているが、少し待てば空くだろう。


「昇格したばかりなら、ここは初めてだよな?」

「ええ、この前トライアルを攻略したばかりなので。……二階の図書館もすさまじい蔵書量でしたが、ここは桁が違いますわね」


 二階の簡易図書館ですら学校の図書室レベルの蔵書はあるが、ここは比較にすらならない。建物の物理的な面積を無視した巨大図書館だ。

 俺自身が行った事はないが、印刷技術のない王国の本屋と比べるような世界じゃないのだ。ここには鎖で繋がれた本もないし、パピルス紙もないよ。

 ちなみにここは冒険者絡みの資料がほとんどなので、いわゆる図書館は別に存在する。利用した事はないが、きっと国会図書館のような規模なんだろう。


「外から来たならそう思うよな。ウチのメンバーも王都の本屋と比べてびっくりしてたよ」

「その方は王国の方ですか?」

「そうだな。ついでに言うと俺もこの前まで王都に住んでたよ。あんたは?」

「ああ、失礼。わたくし、王国貴族ローゼスタ男爵家のレーネと申します」


 ……やけに所作が洗練されてると思ったが、マジモノの王国貴族かよ。貴族がわざわざ冒険者になりに来たのか?

 ジェイルも確か冒険者になるとか言ってたから、有り得ない話じゃないんだろうが……女の子で?

 リリカも帝国貴族だが、アレは例外だろうし……。まさかこの子が外で冒険者やってたって事はないだろ。


「珍しいのは自覚してますが、ちょっと止むに止まれぬ事情がありまして。この街で貴族の立場が意味を為さない事は承知しているので、忘れてもらっても構いませんわ」

「あ、ああ……そうか」


 変わった子だな。育ちが良さそうで如何にもお嬢様といった感じだけど、冒険者のような荒っぽさもある。

 ……トライアルで吹っ切れたとかそんな感じだろうか?


「貴族でも、ここに来るような人はそういう事はあんまり気にしないのかね」

「他に貴族のお知り合いが?」

「何人かはな。冒険者の知り合いはどちらかというと帝国貴族の方が多いが、王国貴族のほうは、今度グローデル伯爵の息子が迷宮都市に来るって言ってた」


 リリカやグレンさん、ローランさんは帝国貴族だ。王国貴族の冒険者はジェイル以外心当たりがない。

 知己というだけなら、伯爵本人やネーゼア辺境伯、あとは死刑間近のリディン君もそうだが、迷宮都市と直接関係あるわけじゃない。辺境伯は俺の事見ても気付かないだろうし。


「伯爵の……」


 さすがに同じ王国貴族というべきか、家名だけで分かるらしい。悪名高いらしいし、あのインパクトは一度会ったら忘れられそうにないしな。


「レーネさんはなんで冒険者に?」

「人探しです。迷宮都市までは足取りが追えたのですけれど、それ以降がさっぱり分からなくて」

「それで冒険者名簿か」


 確かに、外から来たのなら冒険者になるしか道がない。

 追放されてるって可能性もあるから、< マッスル・ブラザーズ >あたりに所属してたら危険信号だ。




 少し待つと検索用の端末が開いたので、そこに移動する。

 レーネは使い方が分からないので、操作は俺だ。日本語は講習を何回か受けていて多少は分かるらしいので、一覧を見せればいいだろう。

 やる事は大した事ではないがこういう事でポイントを稼ぐのは重要なのだ。それはマニュアル車のギアチェンジにも似ている。


「探し人の名前は分かるか? もしくは冒険者ID。ランクとかも分かれば見つけ易い」

「ランクとIDは分かりませんけど、名前はユキトです」

「…………」


 は?


「ユキトさん?」

「ええ、家名はないので、ただのユキトで登録されているはずです」

「……えぇーと、そのユキトさんとはどういう関係で……」

「婚約者ですわ」


 何故かドヤ顔である。なんでそんなに誇らしげなの?


『たとえば、トライアルで言ってたお前の婚約者ってどんな子だったんだ?』

『うーん、可愛くて綺麗な子だったよ。名前はレーネ・ローゼスタ。男爵家の三子で、ボクと同い年。……大人しくて口数も少なくて、ザ・お嬢様って感じだった。喋る時も"ですわ"とか言っちゃう感じ』


 ……ですわ。蘇るのは、いつかの海水浴での会話である。おとなしい感じはしないが、ローゼスタ男爵家って言ってるから確定だ。

 王都からユキさんの事を追っかけて来たって事? マジで? 女の子相手のポイント稼ぎとか全部すっ飛ばして、パニック状態なんだけど。

 ……あれ、良く考えたら地味にこれまずくないか? ユキさんもう20%男やめてるわけで、多分この子と結婚する気はこれっぽっちもないぞ。

 どうやって誤魔化そう……いや、俺が誤魔化す必要はないんだが、収拾付くのかこれ。


「どうかしましたか?」

「はっ……いや、なんでもない……ユキ……トね、うん」


 どうしよう。ここは思い切って真実を伝えるべきか……。こうして迷宮都市に来ていて、しかも冒険者デビューまでしてるって事は時間の問題だよな。

 ユキさんの存在を隠蔽するにしても限度がある。……って、なんで俺が焦ってるんだよ。

 あまりの展開に頭の中がぐちゃぐちゃだが、検索の操作に支障はない。ロボット検索のサーチエンジンより簡単だ。ただ名前を打ち込むだけでいい。


「ゆ、ユキトって名前の冒険者はいないな」


『ユキト』で検索すると、ヒット数はゼロ件。……当たり前だ。今、ユキはユキ20%さんなわけで、ユキトという名前に完全一致する冒険者は存在しない。


「偽名を使っている可能性は考えられるでしょうか?」

「普段偽名や芸名を使ってる冒険者はいるが、このデータベースは本名基準だぞ」


 このデータベースは本名が変わったら自動反映される。俺の登録は『渡辺綱』だし、フィロスは『フィロ』だ。ついでに、ガウルさんはやはり『ガウル』である。

 でも、それはあくまで今現在の記録であって、数ヶ月前まで遡ったらユキトとして活動記録は簡単に見つかる。過去の情報を調べられたり、ギルド職員に聞かれたりしたら一発でバレる程度の危うい情報なのだ。


「そうですか……いないはずはないのですが。……そこに並んでいるのは?」

「これは……類似の名前だな。一覧のここからが、"ユ"で始まる名前で登録されている冒険者の一覧だ」


 画面には『もしかして』という感じで、冒険者の一覧が表示されている。ただ一覧のヤ行付近に合わせているだけだが、余計な機能を。

 ……やべえ、『ユキ20%』が思いっきり一覧に出てるよ。


「ちょっと代わってもらってもよろしいですか」

「あ、ああ、でも日本語読めるか? 漢字の名前もあるけど」

「漢字はまだ怪しいですが、平仮名と片仮名だったら読めますわ。共通語の名前は大抵片仮名になっていると聞いてます。これを動かせば宜しいんですね」


 そう言って、席に座ったレーネは見様見真似でマウスを動かして画面をスクロールさせる。

 そうか……王都から来た奴が漢字になってるとは考えないよな。俺はかなり特異な例だし。


「ユキト、ユキト……ユキ……ナ、違う。ユキ……20%? 数字……とは随分変な名前ですわね」


 その変な名前の人があなたの探し人ですよ。

 その名前クリックするとユキさんの顔写真も出るから一発でバレてしまう。……バレたら無関係という事で上手く逃げよう。

 ユキトの名前は見つかるはずもないのだが、レーネは諦めずに画面をスクロールさせて一覧を遡っていく。ユキ20%が画面から見えなくなるだけで少し安心だ。


「うーん、これはコキトですし……片仮名は紛らわしいですわね」

「そこら辺はもうかなり違うな」


 本当に紛らわしい名前である。パチモノか。


「仕方ないですわね。ユキト様が王都を発ったのはかなり前ですから、一度実家に連絡をとってみましょう。ひょっとしたら戻ってるかもしれませんし」

「そ、そうだな。それがいいと思うぞ。うん」


 少し望ましい展開に向かっている。ユキに連絡して対策考えるにしても、とりあえず時間が欲しい。

 そのあとでユキが真っ向から向き合うというのであればそれでもいいだろうが、あいつに何も知らせずにそのまま連れて行くのはヤバ過ぎる。

 あり得ないだろうが、メイド喫茶で遭遇したら大変な事になってしまいそうだ。


「別件ですが、この街から王都に手紙を出す場合は、どのギルドにお願いすればいいのでしょうか?」

「王都と違って、どこでも受け付けてるよ。この会館の受付やコンビニでも手紙は出せる」

「それは便利ですわね」


 電話や電子メール使えればもっと楽なんだがな。宛先が王都じゃしょうがない。

 ちなみに俺は利用した事はないが、王都から別の街に手紙を送るのは交易ギルドか傭兵ギルドの領分だ。街内の配達だと商人ギルドになったりする。




-3-




「よう、バーサーカー。探したぜ。ここにいるって事は調べ物か?」


 検索を切り上げてレーネを受付まで連れて行こうと腰を上げたところで、不意に後ろから声をかけられた……って、誰がバーサーカーやねん。

 振り返るとそこには見覚えのない中肉中背の男が一人。モブの山に埋もれてしまいそうな特徴の薄い男だ。クラーダルさんあたりといい勝負。

 ……誰だこいつ。向かって正面には俺たちしかいないし、人間違いでもないっぽい。


「バーバリアンよりマシとはいえ、その呼び名はやめて欲しいですわね。えーと……確かフォークさんでしたっけ?」

「フェイズだよ。まあ一回組んだだけのメンバーだから忘れてもしょうがないんだろうが」


 え、バーサーカーってこの子の事なの? 見た目からして如何にもお嬢様って感じで、まったくそんな印象ないんだが。


「……ってあれ、あんたソロ志望じゃなかったか? ……そいつはひょっとして恋人か? 例の婚約者とか」

「この方はただの案内です。わたくしがユキト様以外の男性とそんな関係になるなどあり得ませんわ。ユキト様の素晴らしさはトライアルの時に聞かせて差し上げたでしょうに」

「あ、ああ、悪いな。確かに聞いてた外見とはまったく違うし、勘違いか。……あんたも悪かった……な……」


 と、フェイズがこちらを見ると、動きが固まった。


「ぼ、< 暴虐の悪鬼 >……」

「誰が悪鬼やねん」


 バーサーカーより悪化してるじゃねーか。


「お知り合いですか?」

「いやいや、超有名人だぞこいつ……この人。俺とほとんど同時期に登録して、もう中級に昇格してる化け物だ。……えーと、すいません、食べないで下さい」

「食わねーよ」


 見境なく人を食う化け物とか、そんなイメージが先行してるのか?

 掲示板のネタだけでも、勘違いって分かりそうなもんだけど……いや、100%勘違いってわけでもないんだが、そんな態度とられると周りの誤解が更に加速してしまう。


「それで何か御用ですか? わたくし、ユキト様を探すのに忙しいんですが」

「おー、そのユキト君。直接確認したわけじゃないが、どうもそれっぽい奴が見つかって……」

「あー、フェイズ君! ちょっと来てくれるかなっ! 大丈夫すぐ終わるから!」

「な、なんだいきなり! やめてっ、食わないでくれ」


 呆然とするレーネをよそに、有無を言わさずフェイズの身柄を拘束し、奥の書棚まで連行する。


「た、頼む、せめて腕くらいで勘弁してくれ……」

「いや、食わないから。変な噂広めるなよ」

「じゃあ一体なんだ。俺あんたになんかしたか? ……あれ、そういえば、例のユキトってあんたの……」


 やはり、こいつは真相に辿り着いている。……そうか、同時期に登録したという事は、あの新人戦を見ている可能性もあるな。

 仕方ない、ここで消して……いやいや、サスペンスドラマじゃないんだから、そんな必要はないだろ。必要なのは口止めだ。


「レーネにその話をするのはちょっと待ってもらえるか? 色々面倒な事になりそうなんだ」

「……なんかまずいのか? 一応、婚約者なんだろ? 一緒にトライアル挑戦した時に散々のろけ話聞かされたぞ。うんざりするくらい」

「お前、ここまで追っかけて来た婚約者が、すでに男やめてたらどう思うよ」

「……は?」


 ああ、その情報は知らないのか。画面や写真で見たりするだけじゃ分からないよな。


「ともかくだ、別にずっと隠そうってわけじゃなく、あいつにも心の準備ってものが必要だろう。数日待ってくれればいい」

「……戻ったらバーサーカーの奴に問い質されそうなんだが。……もし喋ったらどうなるんだ?」

「そりゃお前……そうだな。実は知り合いに< 暴虐の悪鬼 >という二つ名の冒険者がいるんだが……」

「それ、あんたの事じゃ……」

「その悪鬼さんがお前に報復しに来てしまうかもしれない」

「…………」

「他にも、兎さんは完全に敵対するだろうし、ひょっとしたら究極マゾとかパンダの大群とかも押し寄せてくる可能性も……いや、ただの知り合いの事なんだが」


 名前を呼ぶのも憚られる狼さんとか、異形の合成魔獣とかを追加してもいいよ。調教が得意な奴もいる。あとロボ。


「わ、分かった。黙秘する。……ずっと黙ってろってわけじゃないんだろ?」

「ああ、最悪今日誤魔化せればいい。フェイズだったよな? あとでこっちから連絡入れるよ」


 実際、これはユキの問題だ。あいつに投げたら、あとは華麗に手を引こう。


「じゃあ、俺は戻らずにこのまま消える。あいつ、怒ると怖いんだよな。フォローしておいてくれよ」

「……まさか、バーサーカーの異名ってそのままの意味なのか?」

「俺の体より重い巨大な斧振り回して、ミノタウロスと真っ向から殴り合える怪物だ。正直、訓練でも相手したくない」


 ……え、まだデビューした直後だよね。あの子、外から来たんじゃないの? どんな貴族令嬢だよ。




 消えるといっても、入口は一つでレーネのいる検索用端末の近くを通る必要があるため、フェイズは資料室用のトイレに放り込んでおく。

 いいところのお嬢様なわけだし、さすがに男子用トイレに乗り込んでいくという事はないだろう。

 少し時間を置いて戻ると、レーネはまだ端末の前に座っていた。……画面は変わってないから、ユキ20%の個別ページは見てないだろう。


「あら、フェイズさんはどうしました?」

「腹の調子が悪いっていうからトイレに連れてった。中に入った途端すさまじい音が聞こえてきたから、あの様子じゃ数時間は出てこれそうにないな」

「……変な物でも食べたのでしょうか。大変ですわね」


 大丈夫かな。怪しさ満点のインターセプトだったけど、こんな適当な言い訳でも信じてくれるだろうか。


「最後にユキト様が見つかったとか言ってましたけど、その件については何か聞きましたか?」

「ああ、どうもさっき見た『コキト』と勘違いしてたみたいだぞ。慣れない日本語で見分けがつかなかったらしい」

「そうですか……」

「ま、まあ、少ししか話せなかったから、あとで会った時に聞いてみるといいんじゃないか?」

「そうですわね。一刻も早くユキト様と再会したいのは確かですが、ここまででもう数ヶ月かかってますし、じっくり調査しましょう」


 疑われてる気もするが、判断がつかない。……大丈夫だ、フェイズと口裏合わせれば、数日は誤魔化せるだろう。


「ところでさっきの手紙の件ですが……」

「ああ、受付に言えばいいだけなんだけど、一応案内しようか」


 フェイズの事もあるし、間違ってユキ20%の個人ページを開いてしまう可能性があるから、ここに長居はしたくない。

 そうして、レーネを会館入口の受付に連れて行き、郵送の手順を説明する。細かい事は受付嬢さんが対応してくれるので問題はないだろう。

 ついでに文房具屋まで案内して、便箋を購入してからお別れした。


「職員さんのお願いとはいえ、わざわざ時間を割いて頂いてありがとうございました」

「いえいえ、何か分かったら連絡するよ。頑張ってくれ」


 ……ユキさんの事がなければプチデート的な体験のはずで、その場合は色々楽しく連れ回してしまうのだろうが、俺ははっきりと安堵していた。




 レーネと別れたあと、すぐさま路地裏に入り、ユキさんに電話をかける。

 討伐指定種のGPで機能開放したっきりほとんど活用できていなかったが、緊急時には役に立つもんだ。

 ……大丈夫だ、尾行はされてない。


「ユキさん、大変だ!」

『何? 今からバイトで着替えないといけないんだけど。今日から新しい制服の試用試練なんだ』

「それどころじゃないぞ。その様子だともう店にいるみたいだが、今からでも休んで対策を考えた方がいい」

『え……まさかYMKの人が来るとか』


 いや、それでも問題だろうけど、あいつらならユキが腕力で黙らせるという手が通用する。事態はもっと深刻なのである。


『というか今日はボクとエリザさんしかシフト入ってないし、新人も来るらしいからその教育も必要で……』


 休むのは無理っぽい。エリザちゃんに迷惑はかけたくないし……。


「あー、いい。俺が行くから」

『え……まあ、ツナは今更か。他の人連れてからかいに来るわけじゃないよね?』


 俺はすでに遭遇済だからな。別にメイド服をからかうつもりもないし。

 というか、今更ユキがメイド服を着ているのを見てどうこう言う奴はいない。

 ……反応するとしたら、目下最大の問題であるレーネくらいだろう。……婚約者がメイド服着てたらどんな反応するんだろうな。




-4-




「おうツナ、ちょうどいいところに」


 そして、急いでいる時に限って突発的なイベントが発生するものである。

 路地裏から出たところでガウルと遭遇してしまった。何やら子犬を抱いているが、捨て犬でも拾ったのだろうか。

 ウチはこれからパンダだらけになる予定だから飼えないぞ。里親探してるなら、他を当たってくれ。


「すまん、ちょっと急いでるんだが……」

「ただの挨拶だから、すぐ済む。こいつがウチの嫁だ」

「こいつって……」


 そう言っても、ガウルの周りには誰もいない。腕に抱えてる犬……狼? くらいしかそれっぽいのがいないんだが、まさかそれが婚約者なの?

 ……なんてハイレベルなんだ。ガウルさんは一体どこまで行ってしまうというんだ。もう俺には理解できない。


「そんな生暖かい目で見られても困るんだが」

「いくらお前が半分狼だからといって、本物の狼を嫁にするのはちょっと……」


 絵面的にもキツイものがあるぞ。マニアック過ぎる。トマトさんどころか、ドレッシングさんでも匙を投げてしまうレベルだ。

 だが、探せばそういう属性が好きな人もいるだろう。頑張って同志を見つけて欲しい。


「いくらなんでもそれはねーよ。今はものぐさでこんなナリしてるが、こいつ普通に人化できるからな」

「変身……するのか?」

「がう」


 肯定するように吠えられた。言葉分かるのかな。ペルチェさんが人魚形態から人間になるようなものだろうか。


「本当は狼のままでも大きくなれるし、人化したらユキよりはでかいぞ」

「がう?」


 誰の事だろうかと、首を傾げている。

 良く見れば整った顔立ちと毛並みに見えるが、俺には良し悪しなど分からない。多分、狼基準では美人さんなんだろう。


「省エネモードって事か」

「街の外は全然魔素がなかったから疲れてるらしい。この状態が一番楽なんだとよ。落ち着いたらクランハウスの方に紹介に行く」


 言った通り疲れているのか、ガウルの腕の中で蹲る狼さんは眠たそうだ。

 迷宮都市の周りはモンスターが出現できないくらい魔素が希薄だと聞いた事があるが、それで影響受けるのか?


「……ひょっとしてガウルも、こういう風に完全に狼の形態になれたりするのか?」

「これができるのは専用の加護をもらってる司祭の直系だけだ。……いや、ひょっとしたらレベル上がればできるのかもな」


 亜神の加護とやらで変身してるなら、急速に成長する冒険者がその能力を手に入れてもおかしくない。

 緊急時に狼に変身してパワーアップとか格好良いじゃない。巨大ガウルである。


「急いでたみたいだが行かなくていいのか? というか、第三十五層未到達組の打ち合わせする予定だったはずだが」

「ああ、用事自体は時間かからないだろうから、夕方までにはクランハウスに戻る」


 ほんと、今日はそれくらいしかイベントなかったはずなのに、どうしてこうなってしまったんだ。




 そうして俺は町中を必死に走り、目的地のメイド喫茶へとホイホイやって来たのである。


「まったく、なんで駆け回ってるんだよ、俺」

「おー、ぶちょー。らっしゃい」


 理不尽な展開に悪態をつきつつメイド喫茶のドアを開けると、出迎えてくれたのは意外にも見覚えのあるちんまいハーフエルフだった。

 いつかの魔女っ子ローブとトンガリ帽子ではなく、メイド服と垂れた犬耳である事から、ここで働いているであろう事は分かる。

 ユキが電話で言っていた新人は、ニンジンさんの事だったのだろうか。……今日はいろんな人とエンカウントする日だな。


「……なんでニンジンさんが?」

「バイト、です、わん」


 ……わん。

 良く考えてみれば、ここのオーナーはトマトさんなわけだし、パーティメンバーがバイトしててもおかしくはないのか?

 客は、こんな幼女メイドに接客されて嬉しいのか……とも一瞬考えたが、奥の席から熱視線を送る男性がいるので需要はあるんだろう。相変わらず嗜好の極端な連中である。端的に言ってしまえば変態だ。

 だが、その変態の代表とも呼ぶべきYMKは店内にいない……ん? 何かYMKと同じ格好の色違いがいるけど……なんだあいつら。新人か?

 同志Aさんなら合図くらい送ってきそうだが、俺を見ても無反応だ。額の文字もアルファベットじゃなく『壱號』だし、別組織? ……まあいいか。YMK相手でも、どうせ話したりはしないし。

 くそ、情報量が多い。


「相変わらず小さいな、ニンジンさん」

「成長期、です、わん」


 ガウルの嫁さんほどじゃないが、やはりミニマムサイズである。手の置き場にちょうどいい。

 ニンジンさんはこうして頭に手を置いたり、荷物のように脇に抱えて運ばれても嫌な顔をしない。戦争中に一緒にいる機会が多かったから癖になってしまった。


「ちょっと、ウチのおチビに触らないでくれる? この店、そういうの禁止って聞いたんだけど」

「おっとすまん。少し前までの癖でつい……エルフさん?」


 後ろから怖い顔で現れたのはツインテールの、これまたエルフさんだ。

 美弓やニンジンさんより大きく中学生くらいに見えるが、耳が更に長いからハーフではないのかもしれない。

 しかし、見事なまでのテンプレ的ツンデレスタイルだ。若干のツリ目、金髪ツインテール、ちょっと粗暴な感じの口調、これはトマト仕込みだな。

 ついでにニンジンさんとお揃いの犬耳だ。


「パインたん、この人、ぶちょー、です、わん」

「あんたまでパインたん言うな。……って、ぶちょー? 部長? なんの?」


 ツンデレエルフさんは困惑している。

 そらそれだけじゃ分からんだろ。《 念話 》を使わないニンジンさんは言葉が足りな過ぎる。


「初代、です、わん」

「初代って……まさか、サラダ倶楽部の部長って事? ミユミの師匠っていう」

「師匠じゃねーよ。それはドレッシングだ」


 俺はあいつに変な属性植え付けたりしてないぞ。高校時代、俺があいつに伝授したのはプロレス技くらいだ。主に実技で。


「伝説のドレッシングさんの名前が出てくるって事は、まさか本物なの……」

「伊月は異世界で伝説になってしまったのか」


 あいつは転生すらしてないのに、我が従姉妹ながら恐ろしい奴だ。


「ひょっとして美弓のところのメンバーなのか? えーとパインたん?」

「パインたんじゃない! って、えーと、クラリスです。どうも初めまして。お噂はかねがね……」


 急に畏まったんだけど、あいつ変な噂流してないよな。本当の事でも話して欲しくない伝説は多いが、あいつはそれを誇張して伝えかねない。

 そしてパインたんは偽名……サラダネームと。……パインサラダじゃ死亡フラグじゃねーか。あいつが意図してないとも思えないし、不憫な子やな。


「でも、今日はミユミいませんけど」

「入院中、です、わん」


 その入院に思い切り関わっているし、見舞いに行ったからまだまともに動けない事も知っている。

 一時的な症状らしいので年内には全快するだろうとの事だが、無理をさせてしまったのは事実なのであまり弄る事もできない。せいぜいサージェスを連れて行くくらいだ。


「知ってるよ。あいつじゃなくてユキいる? ちょっと話があるんだけど」

「ユキさん? はい、ちょっと待ってて下さい」

「あたしが、呼んできます、わん」


 ニンジンさんがトテトテとバックヤードへ歩いて行く姿は、お手伝いしている幼稚園児にしか見えない。少し和む。


「あー、ついでに飲み物の注文いいかな」

「あ、すいません。お客さんだったのか……では、オホン。お帰りなさいませ、ご、ご主人様。本日はお一人様でしょうか」

「一人で」

「お一人様ですね。席までご案内致します」


 聞かなくても一人である事は分かるだろうに、わざわざ接客をやり直したのか。律儀な子だね。

 慣れていないのか顔が真っ赤だが、恥ずかしいならそのままでも良かったのに。


「ちなみに、クラリスさんはわんって言わないのか?」

「言いませんっ!」


 語尾は明確なルールではないらしい。




 しばらくテーブルで待っていると、飲み物を持ってユキが出てきた。グラスを二つ持っているところを見ると、店員として登場したわけではないようだ。ちなみにエルフさんたち二人はこちらが気になるのか、仕事をしながらチラチラとこちらに視線を送っている。


「飲み物はエリザさんからサービスだって」

「悪いな。帰りにバックヤードにお礼言いに行くよ」

「あー、今日人数少なくてテンパってるから、やめてあげたほうがいいよ」


 店内にあまり客はいないが、接客以外で忙しいのだろうか。俺としてはエリザちゃんと話すチャンスが欲しいのだが。


「新しい制服のテストに加えて、メニューの変更とホームページの更新までやってるんだよ。事務担当の子が風邪でさ」

「そりゃ大変だな」


 人数少ない上に、専門じゃない仕事やってるならテンパってもおかしくない。一般公開しているホームページの更新ならセンスも必要だろうし。それでみるくぷりんでも働いてるとか、普通に過労を心配する。


「……変わってなくね?」


 新しい制服というわりに、ユキの格好はいつかのウサ耳メイドスタイルである。……パッと見、違いが分からない。


「服はそのままだけど、耳が違うんだよ」


 それはつけ耳って事か? ……制服扱いなのか、それ。


「ほら、ある程度自分の意思で動かせるんだよ。尻尾は動かないけどね。ぴょんぴょんーって」


 ユキの頭の上でピョコピョコ動く兎耳。あら可愛い。


「そして、これには隠された機能があるのだ」

「……まさか、それで兎の気持ちが分かったりしないよな」

「あれ、なんで分かるの? まだ試してないけど、そういう機能もあるんだってさ。対象はつけてる耳によるらしいけど」


 ……それ、どこかの少年調教師が作った物じゃねーか。リリカがつけてた物と同じ物だ。


「それで兎耳って事はつまり、< 獣耳大行進 >のボスと仲良くなれるわけだな」

「……急に外したくなってきたよ」


 ユキの表情に合わせて、耳がぐったりと垂れ下がる。……出来がいいな。




「それで、電話で言ってた大変な事って何? わざわざ来たって事は結構重要な話だよね」

「ああ、実に深刻な問題だ……まあユキさんも座りなさい。あ、仕事中だけど大丈夫か?」

「エリザさんに言ってあるから、十分くらいなら大丈夫だけど……」


 耳をピョコピョコさせながら、ユキは対面の席に座る。……その耳、落ち着かないんだけど。

 ……さて、ここからは真剣な話だ。面倒事の引き継ぎである。


「今日、俺はギルド会館である人物と出会いました。下級ランク冒険者の間ではバーサーカーと呼ばれている人です」

「ぶ、物騒な呼び名だね。ツナのファンの人かな? ……その人が何か?」

「俺とは無関係だ。……その人がユキさんを探しています」

「……なんで? 心当たりないけど、ボクのファンクラブの人とか?」


 ユキは心当たりがないという顔で、持って来たジュースを飲む

 やはり、ユキの中ではレーネはバーサーカーではないらしい。


「お前の婚約者だ」

「……は?」


 ユキの動きが止まった。ついでに、耳の動きも止まった。


「王国貴族ローゼスタ男爵さん家の娘さん」

「ちょ……ちょっと待って。それってまさかレーネ?!」

「YES」

「つまり、さっき言ったバーサーカーがレーネって事?」

「YES」

「…………」

「YES」

「……何も言ってないよ」


 あきらかにテンションが下がっているのが分かる。今、ユキの中ではいろんな問題が渦を巻いて、その対策を考えているのだろう。もしくはパニックか。

 ……ユキさん、人の事弄るのは得意だけど、自分の事となるとテンパるからな。


「ど、ど、どうしよう……レーネ、ボクの事情の事、何も知らないんだけど」


 やっぱり、パニックの方のようだ。……そうね。レーネさんは何も知らなかったね。

 迷宮都市に来た頃と比べてユキの見た目に大した違いはなく、せいぜい髪を伸ばしているくらいだが、公開されている情報を調べるだけでも『性別:良く分かりません』状態な事は一目瞭然である。せめて、20%になる前だったら誤魔化しようもあったんだろうが、すでに男やめてるんだよな。


「というか、バーサーカーってどういう事なのさ」

「巨大な斧でミノタウロスと真っ向から打ち合うんだとさ」

「一体、どういう事なの……」


 すごいよな。もし喧嘩になったら俺は避難したい。


「ここまで情報が一致してると間違いなさそうなんだが、実は人違いって可能性はないか? お前の中ではバーサーカーじゃないんだろ?」

「……そういえば、《 怪力 》のギフテッドって言ってたかもしれない」

「ただギフト持ってるだけじゃなく、ギフテッドかよ」


 ギフトを持っている人間というのは特に珍しい存在ではない。ガウルの加護のように後付で追加される事は極端に少ないが、大抵は生まれた時点で何かしらのギフトは保有しているものだ。

 このギフトは基本的にスキルレベルが存在しない。見えないだけかもしれないが、少なくともそれを確認する手段はない。ただ、やはり同じ名前のギフトでも性能に差はあって、極端に効果の高いギフトを持つ人をギフテッドと呼んだりするのだ。分かり易くいえば、天才って事である。

 王都の奴隷商で働いているクリフさんも実はギフテッドなんじゃないかと言われていた。彼の場合、《 超不幸 》のギフトだからメリットはないだろうが。


「じゃあ、まず間違いなくお前の婚約者なんだろうな」

「で、でも、レーネは戦闘とかした事なかったはずだよ。いつもニコニコしてて、喧嘩すらしそうにない性格だったんだけど。なんで冒険者になってるのさ」

「そんなのは知らんが、俺が会った時もそんな感じだったぞ。つまり、隠してたかお前がここに来たあとに修行したかだな」


 迷宮都市を訪れるまで数ヶ月の時間差があるって事は、その期間で鍛えたって考えられる。

 迷宮都市の外でシステムの恩恵を受けづらい環境だとしても、貴族ならそういう伝手を持っていてもおかしくない。


「そんな馬鹿な……」


 と、遠い目をしたユキが自分のステータスカードを弄り始めた。


「あ、ククル? ちょっとお願いがあるんだけど……うん、長期遠征の仕事ってないかな……王国以外で、できれば明日からとか。……今日でもいいよ」


 いや、逃げるなよ。それただ問題の先送りしてるだけじゃねーか。

 俺は無言でユキのステータスカードを引ったくる。


「あーっ」

「あ、マネージャー? 今の忘れていいから」

『え、渡辺さん? ……ええ、いきなり言われても、さすがに今日明日で遠征なんてないですけど……』

「直近でユキから変な依頼があったら無視していいからな」

『は、はい。なんだか良く分かりませんが……』


 電話を切る。

 ユキはテーブルに突っ伏していた。


「状況は伝えたから、用件はそれだけだ。じゃ、休憩時間も少いだろうし、俺はこれで……離しなさい、ユキさん」


 俺の役目は終わったんだから、あとはお前の問題だろ。人の服を掴むんじゃありません。

 これから第三十五層攻略に向けて準備しないといけないんだよ。サージェスやガウルたちが待ってるんだ。


「ま、待ってよ。あのさ、クランマスターならクラン員の面倒を見る必要があるよね?」

「……すまない、これは俺の手には余る案件だ。力不足のクランマスターですまんな」

「だ、大丈夫。ほら、誰しも未熟な時はあるわけだし、ここは一つクランマスターの勉強と思って……」


 何が大丈夫か知らんが、お前、正直に力不足を認めた俺を巻き込むつもりですか。ぶっちゃけ、マジで関わり合いたくないんですけど。

 しかも、クランマスターとしての経験に結びつきそうもない案件だぞ。無理矢理過ぎる。


「とりあえず、説明に同席してくれればいいから。ね?」

「……基本的に深く関わるつもりはないぞ」


 諦めて席に座り直す。

 まあ、一人で対応するのは精神的にキツイというのも分からないでもないし、他ならぬユキさんの頼みだから同席くらいはしてやってもいいが……。

 これ、デジャヴを感じるイベントだよな。……そうか、遠征だ。

 あの時みたいに置物のように座ってればいいよね? よし、デーモン君セットを用意しよう。それなら俺ってバレないし。


「じゃあ、明日にでもクランハウスに呼ぶか」

「……もう少し心の準備がしたいんだけど。あと、言い訳を考える時間」

「じゃあ、明後日」

「……もう一声」


 なんの交渉だよ。どうせいつかは向き合わなきゃいけない問題なのに。

 下手に誤魔化さず、そのままぶっちゃけた方がお互いダメージ少ないと思うんだが。さすがに性別変わってたら綺麗な落とし所なんてないだろ。


「というか、気付くのは時間の問題だぞ。あっちはほとんど正解に辿り着いてる奴が近くにいるし」


 俺やフェイズとの会話から、すでに何かしら気付いていてもおかしくない。口止めはしたが、フェイズは脅されたら吐いてしまうだろう。


「そんな事言ったって……あぁー」

「……仕方ないな。レーネの知り合いだっていう奴に監視してもらって、経過を随時連絡してもらうか」

「ごめん、その方向でお願いします」


 少し脅してしまったから気不味いが、フェイズにお願いしてみよう。

 ……冒険者じゃなくスパイか探偵みたいだが、何かお礼を考えておいた方がいいかもしれないな。


 あとはレーネの情報収集……普段ならユキが上手い事やるんだろうが、この抜け殻兎状態では役に立たないだろう。

 助力を求めるとしたら、ギルド職員であるククルは外せない。あとはフェイズと……やべえ、他に頼りになりそうな奴がいない。

 王国貴族に詳しいフィロスやジェイルはいないし、ダンマス……は連絡さえできれば対応はしてくれそうだが、面白がって余計ひどい事になってしまいそうだ。


 ……本当、どうしようかな。



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