第八十話 救う者

「終わりだ!」


 冬也はロメリアに剣を振り下ろす。長かった戦いに、ようやく終止符が訪れる。その時であった。

 ロメリアの近くに有る歪んだ空間から、何かが飛び出す。それは冬也に激しくぶつかる。そして冬也の剣は、ロメリアには届かない。


 冬也は衝撃に耐えるが、勢いを殺しきれず吹き飛ばされる。冬也は素早く体を起こして、ロメリアを見やる。その近くにいるのは、全身を真っ黒に染めた女の形をしている何かである。それが、裂け目から飛び出してきたのだろう。


「あぁ、愛しき君。こんなになってしまって。あぁ、何て事を」


 女性型の何かは、ロメリアに近づき手のひらで優しく包む様に、ロメリアを持ち上げ頬ずりをした。すると、冬也が振るった剣の余波で、消えかけ薄くなったロメリアが、やや黒さを取り戻して行く。

 そして女性型の何かは、ペスカと冬也に向かい恐ろしい形相で睨め付けた。


「下賤の輩が、よくも我が愛しの君を。消えるがよい」


 女性の形をしている何かが、吐き捨てる様に呟く。すると圧倒的な神気が放たれ、ペスカの放っていた魔法は霧消する。

 それと同時に、ロメリアを覆っていた膜と空自身を守る膜、二つのオートキャンセルが粉々に打ち砕かれる。


 ペスカは神気にあてられ、顔を歪ませる。そして空と翔一は膝を突き、辛うじて意識を保っていた。冬也は内なる神気を高め、立ち向かう様に言い放った。


「てめぇ何してやがる! 誰だか知らねぇけど、邪魔すんじゃねぇ!」

「混血風情が、神に向かって何をほざく! 立場を弁えよ! 我が名はメイロード。愛しの君を傷つけた罪は、身を持って知るが良い」


 メイロードが神気を高めると、台地が激しく揺さぶられる。殺意の籠った神気は、容赦なくペスカ達の身体を痛めつける。


「や、八百万の神々よ、我が祈りの答え、我に力を」


 それでもペスカは耐えて、空と翔一を守る様に結界を張る。


「させぬ!」


 その結界を壊さんと、メイロードは更に神気を放つ。ペスカの結界は呆気なく壊れる。その余波は、遼太郎達が張っている結界にも及ぶ。幾つもひび割れが出来ており、今にも壊れようとしていた。


 そして悪い事は重なる。亀裂の向こうから声がする。それも一つではない、二つもだ。そこから膨大な神気が流れ込む。そして空と翔一は、神気を受けて気を失った。


「おうおう、随分なやられようじゃねぇか。こいつか、お前の言ってた面白そうな奴ってのは?」

「アルキエル。そんな事を言っている場合か、早くロメリアをロイスマリアに戻すぞ」

「ちっ。なぁグレイラスよぉ。ここで、皆殺しにしてからでも遅くはねぇだろ」

「アルキエル! グレイラス! ロメリア様を早く!」

「仕方ねぇなぁ。わかったよ、メイロード」

「それで、お前はどうするメイロード」

「こ奴等は、ロメリア様を傷つけた。罰を下さねば、我の気が収まらないわ」

「おいおい、俺の獲物は取っておけよ」

「知らないわよ。早く行きなさい!」


 亀裂に向かって、そっと差し出す様にして、メイロードは声の主にロメリアを手渡す。すると、声の主が消えて漏れ出た膨大な神気も薄くなる。


「あんた! 自分が何をやってるのかわかってんの!」

「下賤の輩が何をほざく!」


 ロメリアは弱っていたから、誰もがその神気に対抗出来た。しかし、新に現れた女神は違う。圧倒的な力の差を見せつける。

 翔一と空が、如何に土地神の力を分け与えられたとて、その力はメイロードには及ばない。そして、フィアーナの加護を受けたペスカも、立っているのがやっとだった。


 恐らく、この状況下でメイロードの神気を浴びても無事で居られるのは、冬也だけだろう。そして、冬也はメイロードに向かい飛びかかった。


 冬也が剣を振り下ろすと、メイロードは軽く体を動かして避け様とする。だがそんな避け方では、冬也の剣は躱しきれない。肩口が少し切れ、メイロードは苦悶の表情を浮かべた。


「混血如きが良い気になりおって。許さんぞ!」

「誰が許さねぇってんだよ!」

「お兄ちゃん!」

「ペスカ、お前は翔一達を守れ!」


 メイロードからは、全てを壊さんとする異様な神気が、溢れ出ている。そして、バキッと音が鳴り響き、遼太郎達の張っていた結界が崩れ去った。既に、大地に刻まれた光の輪も、輝きを失っている。


 その余波は、高尾から東京中へと広がっていく。


 激しい地震と共に、幾つかの建物が倒壊する。そして、あちこちで悲鳴が起きる。それは、地獄の始まりにも似ていた。

 不安と恐怖が東京を支配しようとしている。その感情は、高尾の地に集約されていく。


 メイロードの神気が高まりをみせ、とうとうペスカが膝を突く。それでもペスカは結界を張るのを止めない。それを維持し続けようと、必死になって耐えている。


 負けない、負けない。ここで負けたら、全てが終わる。東京が終わる。日本が沈む。


 負けない、負けない。誰が相手であろうと、私は負けない。例え神の全力であろうと、抗ってみせる。全て救ってみせる。


 戦う意思は衰えていない。しかし、それでも神の力には適わない。それは一方的な蹂躙にも近い戦いになるはずだった。

 だが、そこには神の力を持った子がいた。そこには、神の力に触れた男がいた。


「止めろ!」


 冬也は声を荒げると、再びメイロードに飛び掛かる。メイロードから溢れる神気を切り裂きながら、冬也はメイロードに迫る。そして、虹色の剣を振り下ろす。

 

 しかし、僅かに届かない。メイロードの手前で、虹色の剣は空中を切る。


「もう、届かぬよ。貴様が相手なら、手は抜かぬ。アルキエルには悪いがの。ここで消し飛ばしてくれる」 


 冬也は何度も虹色の剣を振るう。その度にメイロードの神気に阻まれる。


「うっとおしい。効かぬと言うておろうに。さて、終いじゃ」


 メイロードは冬也に静かに告げる。そして全身から光が溢れる。メイロードを中心に爆発が起こる。


「冬也君!」


 爆発の瞬間、僅かに残った裂け目から声が響いた。その声は爆発から守る様に、冬也達を包み込む。

 

 その一方で爆発は広がっていく。山肌からは木が消え失せる。そして高尾の山は崩れて、天へと消えていく。それは、山を中心に数キロ先まで広がっていく。


 爆発の余波は、周辺をあっという間に焼野原にしていく。この日、日本から一つの山が姿を消す。


「フン。こんなもんかしら。途中で邪魔が入ったし、仕方がないわね。まぁいいわ。決着は次の機会にして、愛しの君を回復させなければ」


 そうして、メイロードは裂け目に吸い込まれる様にして姿を消す。その後には、誰もいない。


 ペスカ、冬也、空、翔一の四人も日本から存在を消失させた。

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