第七十九話 戦う者

 油断するな。追い詰めた時こそ、相手は何をするかわからない。そうやって、前回は完膚なきまでに叩きのめされたんだ。


 慎重に、今度こそ絶対に……。


 そしてロメリアは、オートキャンセルを破壊出来ないのがわかったのか、黒い人型を作るのを止めた。足掻くのを止めたのか? いや、違う。狡猾なロメリアがいつまでも狂った様に単調な攻撃をしている訳がない。


 恐らく、既に冷静を取り戻しているのだろう。そして、次に何を仕掛けるか考えているのだろう。


 それから直ぐだった。ロメリアはその体から大量の黒い靄を吹き出させる。


「ここから出られない? 笑わせるよね。だから、何だって言うんだい?」

「なに余裕ぶってんの?」

「仮にそうだったとしてもさ。小娘、お前の力が僕に通用するとでも」


 それはあながち間違ってはいない。最初から全開で攻撃出来なかったのにも、確かな理由がある。それは、ロメリアの回復がままならないのと同様だ。

 この世界ではマナが薄い。だから、自然界に溢れるマナを利用する事が出来ない。だから、自分のマナだけしか使えない。それでは大魔法を使うのに、より多くの時間が伴う。


 その時間は、致命的とも言える隙になる。


「それに、あのクソガキだ。これで僕が封じ込められたとでも思ってんだろ? 笑わせるね」

「調子に乗るのも今の内だよ」

「それなら、クソガキのマナが何処まで持つのか、賭けようじゃないか」

「そんなのする訳ないでしょ!」

「神に対抗しているんだ、それこそ全力だろ? もって数分って所だね。それで、僕は自由になる。それまで耐えられればいい」


 それも正しい。神の力に対抗する為には、相応の力が必要になる。土地神の加護を受けたとて、それで拮抗出来るはずも無い。空は既に、これ以上もなく全力だ。


 そして、ロメリアから漏れ出す黒い靄は、オートキャンセルを浸食するかの様に、膜内を黒く染めていく。それは、ロメリアの姿が見えなくなるまでになっていた。


 更に、黒い靄は光を帯び始める。それは、ロメリアの神気であろう。これまで、回復を優先にして温存していたロメリアが、とうとうそれを止めて本気になったのだ。


「お兄ちゃん、ちょっと時間を稼いで」

「あぁ、わかった」


 ペスカの言葉で、冬也がロメリアに近付いていく。


「オートキャンセルまで壊さないでね」

「あたりめぇだ」


 そしてオートキャンセルをすり抜けると、黒い靄の中に入って行く。


 そこで冬也は辺りを手刀で切り裂いていく。冬也の神気に触れ、黒い靄が消える。しかし、それも束の間の事で、黒い靄は直ぐにロメリアから吹き出していく。


 ロメリアの神気は、まるでチャフの様に靄のあちこちに浮遊し、冬也の体を傷つけていく。視界の悪さと消しても現れる靄、そして至る所に潜むロメリアの神気によって、冬也は本体に近付けずにいた。


「くそ、面倒だな」

「混血ぅ~。ほら、僕はここだよ。切れるもんなら、切ってみなよ」

「あぁ。その通りにしてやるよ。だけど、その前にな」


 冬也はそう言うと、オートキャンセルの膜から外に飛び出る。それはペスカの準備が出来た証だった。


 ペスカのマナが大きく膨れ上がり、体外へと漏れ出していく。それはフィアーナの加護を取り込み光を帯びてキラキラと輝く。そして、ペスカは詠唱を始めた。


「アマテラスよ、幾つもの輝きを繋げ給え! オオヤマツミノカミよ戒めを解き、ヒノカグツチと共に力を示し給え! ワタツミよ、太平を終わらせ激情の波を齎し給え! イヅナゴンゲンよ、其方の治めし地を汚した者に、裁きの鉄槌を与え給え! ファンタスマゴリア!」


 それは、ペスカがこれまで使った魔法の中でも、一番長い詠唱であった。


 ロメリアの周囲には様々な映像が浮かぶ。地震や火山、津波、そして剣を持つカラス天狗。それらは、まるで走馬灯の様に次々と現れては消えて、黒い靄を消し飛ばしていく。

 

「何が、何がぁ~!」

 

 冷静を取り戻したのも束の間、ロメリアは再び焦り始めていた。


 神の力は出し切っていない。時間を掛けるだけで、こちらの有利な展開になる。その筈が、段々と力が失われていく。何者かが、自分の力を奪っていく。そんな感覚に陥っていた。


 それは、日本の地を汚された神の怒りであった。


 ダメージだけ与えても神気が残っている限りは、何かしらの反撃をしてくる事は容易に予想が付く。だからこそペスカは、ロメリアにダメージを与えるのではなく、神気を奪う事にした。


「がぁ、ぐわぁ~、な、何を、ぎざま゛~!」


 神々の力を借りた魔法は、ロメリアを更に追い詰める。ロメリアを包む黒い靄は、既に消え失せている。


 ペスカが魔法を放っている間、冬也は静かに瞑想をしていた。


 冬也は自らに宿る神気を感じ取り、それを形作る事に集中する。冬也が瞑想を終えた時、その手には虹色に輝く剣が有った。そして、冬也は剣を片手に邪神に迫る。

 

「これで終いにしてやるよ! こいつは邪悪を切り裂く神の力だ! てめぇの存在を、丸ごと消し飛ばしてやる!」

    

 冬也の身体からは、神々しい力が満ちている。


 ロメリアはこれまで、人の悪意や憎悪、そこから生まれる狂気や恐怖、それらを糧にして来た。人々を操り争いを起こし続けたのは、悪意や憎悪等を司る神としての所以である。


 今まで恐怖は喰らう物であって、感じた事は無い。それが今、自らの消滅を感じ、異界の地で神として誕生して以来、ロメリアは初めて恐怖していた。


「来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るなぁ!」


 ロメリアは怯えながら、どうにか裂け目へ戻ろうと身体を蠢かせる。身体を動かす事に集中すると、冬也の神気が邪神の身体を焼き始める。


「止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろぉ!」


 身体を清浄の光に焼かれながら、ロメリアは空間の裂けめに向かって這う。冬也がロメリアに向かい、虹色の剣を振りかざして飛びかかる。


 ロメリアは冬也に向けて、残った僅かの力を振り絞り、黒い靄を放った。しかし冬也は、邪神から放たれた黒いマナを、意図も簡単に切り裂き消滅させる。

 冬也が振るった剣から、眩い光が放たれる。その光は、ロメリアの身体を掠めて、その一部を消滅させる。


「グギャ~。痛い、痛いよ~。死にたくない、死にたくない。助けて、助けて、助けてぇ!」


 ロメリアは冬也に黒い靄を放ち続けながら、逃げる様に体を蠢かせる。冬也は、ロメリアが放つ黒いマナを尽く切り裂き消滅させる。同時に、ペスカの魔法は勢いを増し、山を清浄化させ邪神の身を焦がして行く。


「助けて、嫌だ、助けて、嫌だ、お願いだから助けてぇ!」


 怯えて逃げ続ける邪神の黒い塊は、冬也の剣とペスカの魔法の影響で、段々と小さくなり拳大のサイズになっていた。

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