第七十八話 守る者

「力を使い過ぎて人型を保てない程、弱ってるって事かな? いい気味だよ」


 ペスカの言葉に、黒い塊が反応を見せる。女神フィアーナが、あと一息だったと語ったのは、真実であった。


 邪神ロメリアは、力を振り絞ってゲートを開き、ペスカと冬也を日本へ飛ばした。そして追う様にゲートを潜ったが、神気のほとんどを失った邪神ロメリアは、人型を保つ事すら出来なくなっていた。

 地球は異世界と異なり、マナの濃度が薄い。その為、回復もままならなかったのだろう。だから能力者という、恐怖を撒き散らす存在を作り上げ、人々から悪意を吸収していたのだ。


 悪意を吸収した黒い塊こそ、今の邪神ロメリアである。如何に弱まったとは言え、相手は全ての悪意を司る神である。例え、その姿が人の形を成しておらずとも、禍々しい邪気は地表の形を一瞬で変えていく。


 決して気を抜ける相手ではない。そして、四人の頭に直接響き渡る様に、おどろおどろしい声が聞こえた。


「貴様ら、貴様ら、貴様らぁ! 何処までも邪魔をするか! 人間如きに僕が、この僕がぁ! 殺して、殺して、殺して、殺しぬいてやる!」

 

 憎悪に満ちた声と共に黒い塊から、淀んだマナが膨れ上がる。山中の木々が朽ち果て、山全体がみるみる内に腐り始める。山を囲む様に張られた結界が揺らめき出し、所々に綻びを生じさせた。


 ただ、悍ましい空気に必死に耐えて、自分と翔一を守る空の周囲には、邪神の影響が未だ及んでいない。空と翔一の様子を横目で確認した、ペスカは呪文を唱えた。


「天より来たり、邪を滅せよ。その魂を永劫に消し去れ! 破邪顕正」  

 

 ペスカは呪文を唱えると同時に、両手を合わせる様に柏手を行う。ペスカの周囲から清浄な光が広がり、悍ましい気配が消えていく。邪神はその黒い塊の身体を歪ませて、呻き声を上げた。

 しかし、直ぐに邪神は光に抗う様にして、黒いマナを噴き出して行く。黒いマナとペスカが放った光は拮抗し、周囲の空間を歪ませた。


 ぐりゃりと曲がった空間は、平衡感覚を狂わせる。空と翔一は眩暈でも起こしたかの様にふらつく。


「効かない! 効かないんだよぉ~! 小娘ぇ!」


 ペスカは、全身全霊の魔法を放った訳では無い。しかし、遼太郎の祝詞を意識した、魔を払う効果を持たせた魔法だ。それに対抗して来たという事は、まだまだ大きな力を残しているという事だ。


 それもそのはず。東京に限定されていたとはいえ、多くの人間のマナに干渉し、潜在的な力を開放してみせたのだ。

 その上、能力者となった人を操り、様々な事件を起こしてきた。それは、木々が朽ちた高尾の惨状を見ても言える。


「その割には、人型を取ってない様だけど。プライドの高いロメリア様が、そんなんで良いの?」

「小娘ぇ~! 誰に向かって言っている~!」

「それは、あんただよ。雑魚神様!」


 ペスカは尚もロメリアを挑発した。ロメリアの意識が自分に向けば、空と翔一に攻撃が向かう可能性も低くなる。その方が、冬也も戦い易い。


 しかし、それは悪手であった。ロメリアから溢れた黒いマナは、周りの自然から命を呑み込む様にして広がり、段々と形を変えていく。


「はははっ。誰の仕業かはわからないけどね、ここに人間が居なくてほっとしたかい?」

「はぁ?」

「それに、あのゴミみたいな結界だよ」

「あれの中心にいるのは、そこそこだけどね。周りの人間共はゴミだろ?」

「何が言いたいのよ!」

「わかってない。わかってないんだよ、小娘! 奴等はね、僕に怯えているんだ! 他の人間共もだよ!」

「だから?」

「今も僕の力は増大している最中さ。だから、こんな事も出来る」


 次の瞬間、ロメリアの黒いマナは人型となる。それも、十体や二十なんて数ではない。優に百体は超えるだろう黒い人型は、空と翔一を目掛けて突進していく。


「先ずは、むかつくそこのガキからだね。せっかく僕が隠れていたのに邪魔した罰だよ」


 それは、ここまで冷静であろうと努めていたペスカを、初めて焦らせる。それは冬也も同様だった。ペスカは直ぐに呪文を唱える為にマナを高め、冬也は空と翔一を守ろうと位置取った。


「ペスカちゃん、冬也さん。相手に集中して。私は大丈夫!」

「そうだよ、君達は神に集中するんだ!」


 大丈夫な訳がない。出て来た黒い人型は、神気が具現化したものだ。翔一が沈黙させて来た能力者とは訳が違う。勿論、モンスターとも格が違う。


 例え、遼太郎に鍛えられたとしても、どれだけのセンスを持っていたとしても、翔一が張り合える相手ではない。


 しかし、黒い人型に集中すれば、それだけ隙を作る事になる。ロメリアがそこを狙わないはずがない。

 

 ただ、迷っている暇など一切無いのも事実だ。


 冬也は、黒い人型を斬り捨てていく。ペスカは呪文で複数体を消し飛ばす。しかし、数が多すぎる。そして、黒い人型は幾ら倒しても無数に現れる。冬也とペスカだけでは、排除しきれない。だが、数が多すぎて大きな魔法を使う余裕が無い。


 そして黒い人型は、空と翔一に迫る。しかし、そこには誤算が有った。


 黒い人型は、空の周辺に張られた薄い膜に触れると、爆ぜる様にして消えていく。一体、また一体と爆ぜていく。

 更に空は自分達を守る膜とは別に、まるで結界でも張る様に、オートキャンセルをロメリアを中心にして広げる。


 ロメリアの周辺にいた黒い人型は、オートキャンセルの膜によって次々と爆ぜていく。そして空に迫った黒い人型も同様に消えていく。


 それは、ロメリアすら震撼させた。

 

「あはっ、いい気味だね」

「な、何が?」

「あんたの間違いは、空ちゃんを侮った事だね」

「貴様ら゛~!」

「翔一君も空ちゃんも、あんたが小馬鹿にして来た人間だよ。わかる? 人間の底力ってやつをさぁ!」

「小娘え゛~」

「結界がゴミだって? なら、空ちゃんのオートキャンセルを壊してみなよ!」

「簡単な事だぁ~!」

「無理だね。あんたの力は、空ちゃんには通じない。あんたは、そこから出られない。終わりだよ、ロメリア様」

 

 ロメリアへの挑発は成功したと言っても良い。何故なら、ロメリアは意地になって黒い人型を作り出している。

 しかし作り出した黒い人型は、オートキャンセルの膜を通る事が出来ない。それに、オートキャンセルの膜より外には、黒い人型を作り出せない。

 そして、最初に作り出した黒い人型は、全て消え去っている。それが、どういう事なのかわからないロメリアではあるまい。


 追い詰められている。その事態は、ロメリアを焦らせる。それは、正常な判断を鈍らせる。


 ただ、まだ終わりじゃない。完全に消滅させるまでは、戦いが終わったとは言えない。今は、ロメリアを鳥かごに閉じ込めただけ。

 曲りなりにも神だ。何らかの方法で、鳥かごから出てしまうかも知れない。その前に倒さなければ。


 これは、空が与えてくれた千載一遇のチャンスなのだから。初めてここまで追い詰められたのだから。


 そして、ペスカは再び体内でマナを高める。それは、フィアーナの加護と融合し、光輝いていく。そして、冬也は神気を高める。その体は、神が降臨したかの様な眩いものであった。


 本当の戦いが始まる。ロメリアを消滅させる為の本当の戦いが。

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