第七十七話 暴く者

「翔一。詳しい場所はわかるか」


 四人は高尾山口を離れ、山道付近まで辿り着いていた。ここまで近付けば、禍々しい気配は冬也にも感じている。しかし、肝心な居場所が見当つかない。


「待って、一旦集中させてくれ」


 祝詞が辺りに響く。それに共鳴するかの様に、台地に刻まれた光の輪が空へと伸びていく。それは山を覆っていく。神秘的にも感じる光景が広がる中で、翔一はマナを全開にして能力を使った。


 ここで、邪悪な神を見つける事が自分の役割だと信じて。


 空は襲撃に備えて、オートキャンセルを発動させている。そして翔一は、辺りを念入りに探る。

 先程は、地中に気配を感じた。しかし、今はそれが無い。どこに行った? 結界が張られたなら、山中の何処かには居るはず。

 

 龍脈に潜んでいると言うなら、もっと深くか? それとも龍脈を通って、何処かへ逃げたのか? いや、違う。酷く嫌な気配は、直ぐ近くに感じている。どこだ? どこだ?


 隠れてこちらの様子を窺っているのか? 油断した所を襲おうとしているのか? それは無駄だ。

 空ちゃんがオートキャンセルを発動させている。冬也はいつでも飛び出せる様に、少し腰を落としている。ペスカちゃんの魔法発動準備は、既に整っている。

 

 出て来い。姿を現せ。僕達は、いつでも戦えるぞ。


 さあ出て来い。出て来れない理由でも有るのか? それとも臆病者か?


 お前の策など、看破してみせる。僕が見破ってみせる。これは、我慢比べだ。さぁ、どっちが先に音を上げるか勝負だ。


 それは決して、冬也には出来ない事であろう。我慢強く努力を惜しまない翔一だから出来るのであろう。

 また、翔一がロメリアの居場所を探る中、冬也はそれとは別の方法でロメリアを炙り出そうとしていた。


 冬也は己の神気を、結界を中心にして広げる。そして、ゆっくりとそれを狭めていく。ロメリアの居場所なら、翔一が見つけてくれる。それなら自分は、ロメリアの居場所を限定させてやればいい。


 それは、漁業における追い込み漁にも似ている。先ずは結界を張って逃げられなくする。次は冬也の神気によって、自由に動ける場所を限定させていく。最後に翔一が居場所を暴く。


 しかし、相手は曲がりなりにも神だ。そう簡単にはいかない。しかし、遼太郎との修行でみせた翔一の根性も並みではない。


 五分、十分と経過する。ペスカと空は臨戦態勢を解いていない。冬也は神気を未だ放出している。

 それは、じわじわと首を絞める様に、相手を追い詰めていく。


 それから三十分程が経過した頃だろう。事態は急激に動きを見せた。


 探っていた気配が、五つに割れる。一つは山の頂上付近に、一つは山道付近に、一つは地中に、一つは更に深く、一つは天に現れた。


 その気配は、四人全員が感じ取った。慌てて、空は辺りを見回す。ペスカは、苦々しい思いに駆られ顔を少し歪ませる。そして冬也は、天を見上げる。


 しかし、誰一人として警戒は解いていない。そして、翔一もまた冷静だった。それは、ロメリアの誤算だったのかもしれない。


「甘いよ。そんな罠に引っかかるもんか」


 翔一は土地神から貰った神気を自分のマナに載せて、能力を更に強化する。

 

「先ずは、天から潰す」


 翔一はボソッと呟くと、己の能力を天へと向けた。


 空は他人のマナに干渉してみせた。それならば、自分も同じ事が出来るはず。手が届かない場所にマナを飛ばし、ダミーの気配を破壊する事だって可能なはず。


 翔一の集中力は増していく。それに呼応して、土地神の神気が光を放ち始める。翔一の能力はこれまでにない高まりをみせる。

 それは余りにも単純だからこそ、この場の誰も想像し得ない方法なのだろう。翔一の能力は、ソナーの原理と同じである。その能力に干渉した別の力を、ただ壊しただけだ。


 当然、翔一のマナよりも力の強いものは、壊せないだろう。しかし、今は土地神の神気をマナに混じらせている。それならば、例え神の力で有ったとしても、ダミー程度なら壊せると考えたのだ。

 

 そして、天に有った気配が消える。


「先ずは一つ。コツはもう掴んだ。次は頂上付近のやつだ」


 どれが当たりでもいい。全てが外れでもいい。どの道、邪悪な神の居場所は直ぐに特定出来る。冬也の神気が奴を逃さない。僕が全てを見通す。


 そして、頂上付近に有った気配も消える。


「次! 山道付近!」


 翔一は、上から順に気配を消していく。どれも、ロメリアの気配ではない。だが、ダミーの気配を飛ばしたという事は、相手も相当に焦っているという事だ。


 山道付近の気配を消し飛ばすと、次は地中、その次は更に深くの龍脈付近と続く。最後に龍脈付近の気配に触れたのは、もしかするとこれが本命かと思ったからだ。

 しかし、どれも不発に終わる。五つ全ての気配を消しても、ロメリアが現れる様子は見られない。

 

 そして、冬也の神気も範囲を数メートル程までに狭めている。これでは、この場には存在しないのと同じだ。


「翔一!」


 焦った様に、冬也が声を上げる。しかし、翔一はそれに答えなかった。


 考えろ、何処に行った? 逃げたんではない。この近くに絶対いるはずだ。何故なら、禍々しい気配はずっと前から感じている。それは、ここから直ぐ近くのはずなんだ。

 でも、地上にはいない。地下にもいない。勿論、天にもだ。なら、何処にいる? いや、いないのか? だが、どう言う事なんだ? この場に居ても、存在しない。そんな事が起こり得るのか? 考えろ、考えろ、考えろ。

 

 ヒントは、思考の中に有った。それは、存在せずに存在する。ならば、何処に?


 答えは簡単だった。誰もが、この近くに隠れていると信じて疑わなかったから、気が付かなかっただけだ。


「冬也。異界の神は、どうやらここじゃないみたいだ」

「さっきは地中って言ったろ?」

「恐らくだけど、隔離された空間に隠れてる!」

「意味がわかんねぇよ!」

「落ち着くんだ。急いては事を仕損じるぞ」

「翔一君。格言的なのは、お兄ちゃんには通じないよ」

「冬也はただ無心で、空間を切り裂いてくれ。それで、奴は出てくる」


 翔一が冬也に、切り裂く空間の場所を指定する。そこは、何も無い空間だった。


 冬也は翔一を信じて精神集中をする。これまで、翔一の力は間近で見て来た。恐らく東京で発現した能力者でも類を見ない程の逸材だろう。

 それだけ、凄い力を見たのだ。疑う余地など有るものか。


 そして冬也は、指定された空間に手刀で振り下ろす。すると、手刀を振りぬいた所から、空間が裂ける様にひび割れて行った。


 ひび割れた中からは、憎悪、狂気、恐怖、これ等が混じり合った、悍ましい気配が溢れて来る。禍々しく淀んだ黒いマナが流れ、山の木々を朽ちさせ山肌を晒させた。


 空は翔一を守る様にオートキャンセルを広げる。冬也は既に臨戦態勢で構えており、ペスカがひび割れに向かい大声を上げた。


「神様のくせに隠れてるのは、流石にみっともないと思うけど! 早く出てきなよ糞ロメ!」


 ペスカの挑発で、禍々しい気配が更に増す。ひび割れの先から姿を現したのは、淀んだ黒い塊だった。

 黒い塊は、スライムの様にうねらせながら、ひび割れから這い出して来る。黒い塊が通り過ぎた山肌は、腐り汚泥の様な異臭を放つ。周囲は異臭と悍ましい気配で、宛ら地獄のような様相を呈していた。

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