第七十六話 土地神と決戦準備

 遼太郎が運転する黒いワゴンは高尾に向かって走る。運転している遼太郎に向かい、冬也が喚きたてた。


「おい親父。てめぇはどこまで知ってるんだ?」

「まさか俺の説明を理解して無かったのか? 全部だバカ息子」

「待ってください、遼太郎さん。本当に神様の潜んでいる場所を特定出来たんですか?」


 それは、当然の疑問だろう。自分の能力でさえ未だ把握が出来ていないのだ。


「正確には、高尾の辺りってだけだ。そこからは、お前の仕事だ。翔一」

「高尾山に居ないって可能性はあるんですよね?」

「勿論だ。こっちには、お前みてぇな能力者はいねぇ。計算で導き出しただけだ」

「でもさ、特定した所でどうやって糞ロメを引っ張り出すの?」

「先ずは、俺の部下達が高尾周辺に結界を張る。これで奴は逃げられねぇ」

「結界? そんなんで大丈夫なの?」

「あぁ。十中八九、奴が潜んでるのは龍脈だ」

「そりゃあ私も、そう思ってたけど」

「だから、祈祷を行って、奴を引きずりだす。その前に、最後の準備だ」


 そうして車は、高尾山とは反対方向の自宅周辺に向かって走っていく。そして見慣れた神社まで辿り着くと、遼太郎は車を停めた。


「準備って、こんな所で何すんだ?」

「冬也、がたがた言わずに黙って着いて来い。お前ら全員だ」


 車を止めたのは、土地神が現れた神社である。遼太郎は鳥居を抜けて鷹揚な様子で歩いて行く。ペスカと冬也は興ざめな顔で、さも面倒くさそうにダラダラと歩く。


 ここでは怖い思いをした空は、怯えた表情で体を強張らせている。そして翔一は訝し気な表情で黙って後に続いた。

 

 拝殿に辿り着くと、遼太郎は宮司を呼び出し話し始めた。会話が終わったかと思うと、宮司は権宮司や巫女達に指示を出し、神具を車に運び入れる。

 そして待つ事に飽きたペスカが冬也達に話しかけた。


「そうだお兄ちゃん。土地神様呼び出して、神気を貰おうよ!」

「何言ってんだペスカ?」


 冬也が首を傾げながらペスカに答えると、空と翔一も同様に疑問を頭に浮かべ、ペスカを見つめた。


「いや~、だってさ。マナを少し使っちゃったしさ、回復ついでにパワーアップなんてどう?」

「あ~、そうだな。雄二を助ける時にだいぶ力を使っちまった」

「だから土地神の神気を貰うんだよ。あの土地神様、困ったら手を貸すって言ってたし」


 ペスカと冬也の会話に、空が怯えながら、翔一は焦りながら間に入る。


「ぺ、ペスカちゃん。土地神様ってあの怖そうな神様だよね。駄目だよ」

「二人共。神様がそんな簡単に、人のお願い聞いてくれの?」


 空の声は震え、翔一は焦る様に早口になる。


 普通なら神様にお願いをしても、叶えてくれるものではない。もし、叶ったと感じたなら、それは己の努力が実ったからであろう。

 今更、神様は実在しないとは言わない。しかし、こちらの都合良く何かを与えてくれるとも思えない。


 しかし、ペスカと冬也は鷹揚に答える。


「大丈夫だよ。取り敢えず交渉!」

「そうだな。それで駄目なら、言う事を聞かせりゃあいい」

「神様を脅迫しないで!」

「神様を脅迫するな!」


 空と翔一は声を合わせて、冬也を叱りつけた。それからペスカ達四人は、本殿に向かい歩き出す。そしてペスカが本殿に向かい呼びかけた。


「とっち神さ~ん、あ~そ~ぼ~!」

「ペスカちゃん、呑気な掛け声やめて!」

「そうだペスカ、ちゃんと三泊四日しないと!」

「冬也、二礼二拍手一礼だよ。宿泊はしないからね」


 四人が呑気なやり取りをしていると、本殿から光が溢れ人の形を成して行く。前回の張り詰める様に荘厳な光では無く、穏やかな光が本殿の周囲に満ちていた。


「其方ら、確かに力になるとは言ったが、礼を弁えよ」


 土地神は、呆れた様にペスカ達四人に語りかけた。


「話が早いじゃねぇか。流石神様だな」

「そうそう。よっ、流石神様。ね、お兄ちゃん」


 呑気なペスカと冬也に、空と翔一は慌てる。


「ペ、ペスカちゃん。駄目だよ。怒られてるんだよ」

「そうだぞ。ちゃんと礼をしないと」


 四人のやり取りに、土地神はため息を付き胡坐をかいて座り込む。そして、ペスカと冬也は二人で顔を見合わせた後、土地神に向かい両手を顔の前に組んで、おねだりポーズを決めた。


「神気を下さいな。土地神様!」

「神気をくれよ、土地神様!」


 余りに揃ったペスカと冬也のおねだりに、空と翔一は吹き出し、土地神は目を丸くしてペスカ達を凝視した。

 土地神の反応が無い為、ペスカと冬也はおねだりポーズを維持し続ける。空と翔一は石の様に固まり、土地神は口をポカンと開けて呆けていた。

 何分かは経過したであろう。土地神は、なかなか反応を見せない。焦れた冬也が睨み付け、威圧する様に近づいて行った。


「無視すんなよ、土地神様。こっちは今すぐ、糞野郎をぶちのめしてぇんだ。早い所、神気をくれよ」


 冬也は威圧し続け土地神に尚も近づく。冬也が近づいて行くと、土地神は怯えた様に立ち上がり後退った。


「良い。わかったから。其方はこれ以上近づくな」

「何言ってんだ、土地神様?」

「お兄ちゃん、止めてあげて。土地神が怯えてる」


 ペスカの言葉に土地神は大きく何度も頷き呟いた。


「冬也。其方は神の子だ。元々強い神気を持っておる」

「あぁ、それに少し鍛えたぜ」

「だからだ。大神ならいざ知らず、我の様な土地神では、其方の神気にあてられ存在ごと消されかねん」

「おぉ。土地神様を消し飛ばす程に高まった、お兄ちゃんの神気!」

「呑気な事を言わないで、ペスカちゃん」

「其方が二度とこの神社に、足を踏み入れない事を受け入れるなら、我が神気を与えてやろう。但し、そちらの子供達だけだ」


 土地神が指をさしたのは、翔一と空の二人であった。


 無論、二人に神気を分け与えてくれるとなれば、ペスカの目論見通りだ。本命は、この二人の能力を高める事に有る。

 冬也に関しては、土地神のいう事が尤もだ。日本で言う所の天照大御神と並び立てる程の女神から生まれたんだから。


 しかし、それで納得出来るペスカではない。自分はただの人間だ。それならば、せめて力の底上げをしたいと考えるのが当然であろう。


「ねぇ、私は?」

「其方にも必要なかろう! 其方の持つ加護の前では、我の力は消し飛んでしまうわ」

「おぉ、フィアーナさま。わかってはいたけど、パワーアップはなしか」


 ペスカはがっくりと肩を落とし、冬也に引きずられる様に後ろへ下がる。そして冬也とペスカが下り切った所で、土地神から淡い光が二つ放たれ、空と翔一を包み込んだ。

 空と翔一は、呆気に取られた様に口をポカンと開けている。丁度その頃、準備を終えたのか遼太郎が歩いて来た。


 遼太郎は土地神の前に立つなり、軽く頭を下げる。


「申し訳ない、土地神よ。子等が我儘を」

「よい。行くのだろう?」

「えぇ。して、土地神にお伺いしようかと」

「其方の予想通りで間違いなかろう。我も詳細まではわからんがな」

「それだけお聞き出来ただけでも」

「礼はよい。さっさと排除してまいれ」

「はっ。仰せのまままに」


 土地神を前にして慇懃無礼とも思える態度は、やはり血筋なのだろか。空と翔一の二人は、ハラハラとしながら遼太郎のやり取りを見守る。

 そして再び一礼すると、遼太郎は四人を連れて車へと戻っていく。

 

「あんまり虐めんな、あいてはただの土地神だぞ」 

「だってさぁ」

「それより早く車に乗れ。出発するぞ」

「翔一君は、助手席ね!」

「僕が?」

「近付いたら、糞ロメの居場所をパパリンに教えなきゃでしょ?」

「確かに、そうだね」


 笑顔のペスカが、冬也の手を引き車に乗り込む。それに続いて、空と翔一が車に乗る。そして遼太郎が乗り込み、再び車は走りだす。


 車内の中では、三者三葉の表情を浮かべていた。淡々と運転に徹する遼太郎。笑顔のペスカ。闘志を漲らせ険しい顔の冬也。状況が上手く呑み込めいない空と翔一は、押し黙ったままだった。

 やがて空が重い口を開く。


「あのさ、ペスカちゃん。土地神様って何をしたの?」

「あ~。それなら少し集中して体を見てごらん」


 ペスカが言った様に、空と翔一が集中して眺めると、ぼんやりとした淡い光が自身の身体を包み込んでいた。


「それが神気だよ。神の力だね。神気が馴染めば、二人の能力は上がるよ。到着する迄には、神気が馴染む様にしてね」

「そう言われても。どうすれば良いの?」

「包み込んでる光を、身体中で吸収する様に意識すれば良いよ」


 空の問いにペスカが答えると、空と翔一は神気が身体に馴染む様に集中しだした。


 そして、冬也の表情は険しいままだった。しかし冬也の闘志は、車内に伝染していく。ペスカを始め、空と翔一も顔つきが真剣なものに変わる。だんだんと車内の緊張は高まっていった。

 そして冬也の一言で、皆が更なる闘志を燃やしていく。


「今度こそ、あの糞野郎をぶっ飛ばすぞ!」


 車内の闘志が最高潮に高まった所で、目的地である高尾山の麓へたどり着く。高尾山口の周辺道路は既に警察により封鎖されている。


「翔一、どうだ?」

「感じます。大きな力が地下にいるみたいです」

「そうか。お前等は、いつでも戦える準備を整えておけ!」


 そう言うと、遼太郎はスマートフォンを取り出して連絡を始める。それから部下と思える人達が到着するまで、そう時間は掛からなかった。

 

 そして、遼太郎は部下達と共に車から神具を運び出し、結界の準備を整える。


 遼太郎達の組織が結界を整えている間、待機中のペスカは仲間を見渡す。冬也は言わずもがな。空と翔一も神気が馴染み、引き締まった表情をしていた。

 気合十分な仲間たちを見て、ペスカは少し綻んだ顔を引き締め直す。

 

 結界の準備が整い、遼太郎が祝詞を唱えだす。遼太郎の祝詞が終わると、高尾山を囲む様に光の輪が台地に描かれる。


「準備は良い? みんな行くよ!」


 ペスカの掛け声で、ペスカを含む四人が、ロメリアとの決戦に向け走り出した。

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