第七十五話 母校炎上 後編

 雄二は既に朦朧となっている。それでも、能力を使い続けていた。


 爆発の影響で窓は尽く割れ、ドアも壁も崩れ落ちている。影響は教室内に止まらず、廊下中の窓が吹き飛ばされている。教室を含む周囲は、床すらも抜け落ちそうになっていた。


「冬也!」

「翔一、もう充分だ。 お前は避難しろ!」

「わかった。冬也、無事で!」

「お前もな」


 今なら、ギリギリでも翔一は逃げられる。そう考えた冬也は、翔一へ指示を飛ばす。一切を理解してか、翔一も全力で走り出す。

 

 自分が怪我をすれば、冬也が苦しむ。そんな事の為に着いて来たんじゃない。助ける為に来たんだ。怪我一つすらしない、絶対にだ。


 そんな強い意志をマナに籠めて、翔一は階段を駆け下りる。それに続く様に、階段は崩れていく。

 一足遅ければ、翔一は取り残される事になっていただろう。しかし、翔一は息を止めてマナを全開にして走っていく。それは、冬也のいる教室も同じだった。


 限界を迎えて床が抜ける。床と共に雄二が二階に落ちていく。そして冬也は、雄二へ向かって飛んだ。


 この瞬間、冬也の集中力は最大に高まっていた。冬也の目には、崩れ落ちて行く床とクラスメイトの姿が、スローモーションの様に映っていた。

 高まる集中と共に、体の奥底に熱い力の奔流を感じる。冬也はその奔流に触れ、全身に巡らせる様に流れさせる。


「待ってろよ雄二。必ずお前を助けてやる!」


 落ちて行く友人を救うには、自分の体を浮かす必要が有る。そう、飛ぶように。冬也が強く意識をすると、思い通りに体は宙を駆ける。


 落下しながらも雄二は、炎を撒き散らす。冬也は空中で体を動かし、炎を手刀で斬り払う。そして体を回転させながら、雄二の鳩尾に踵落としを入れて気絶させる。二階の教室に着地すると、雄二をがっしりと受け止めた。


 しかし直ぐに、頭上から炎が降り注いで来る。雄二を抱えたまま、冬也は二階の教室を出る。そして廊下の窓を蹴破り、外へと飛び出した。

 外に飛び出した冬也は、雄二を抱えたまま、力尽きた様に落下する。


「おに~ちゃんを守れ~!」


 ペスカの大声が聞こえると、冬也の体を空気の塊が包み込み、ゆっくりと降下させた。下では消防隊員が、着地を待ち構える。

 着地した冬也は、消防隊員に雄二を引き渡すと、直ぐに立ち上がり辺りを見回す。翔一が未だ避難出来ていない。そして冬也が駆け出そうとした時だった。


「冬也~! 無事か~?」

「翔一!」


 遠くから翔一の声が聞こえる。その声を聞くなり、冬也はへたり込む。


「君も早く非難するんだ!」


 消防隊員の怒声に、冬也は重い体を動かし歩き始める。雄二が担架に乗せられ、運ばれて行くのを冬也は見送る。

 空は担架に近づくと雄二に触れる。他の生徒同様にパキリと音を立てた。そしてペスカは、冬也に駆け寄りしがみつく。続いて翔一も冬也に駆け寄った。


「おに~ちゃん。大丈夫?」

「あぁ。助かったよペスカ。お前だろ、雨降らせたり、ゆっくり降ろしてくれたの」

「うん。良かったお兄ちゃんが無事で」

「冬也、何にせよ無事で良かった」

「お前こそ、無事で良かった」


 最後に空が、冬也に駆け寄りしがみ付く。


「冬也さん。気を付けてって言いましたよね。何でこんなに無理するんですか!」

「空ちゃん。安心しろ、俺はこんなんじゃくだばらねぇ」

「そう言う問題じゃ有りません。冬也さんが怪我したらどうするんですか?」


 捲し立てる空に帰す言葉が無い冬也は、黙って空を撫でる。そして、頬を少し膨らませながら苦言を呈する空を少し引き離す様にして、ペスカは少しからかう様な笑みを浮かべて冬也を見上げた。


「それで? お兄ちゃんの決心はついたの?」

「あぁ、まあな」


 空のオートキャンセルは、自らを守るだけでなく他者に干渉出来るまでになっている。これは、単なる盾としてではなく、ロメリアの力を削ぐ事にも繋がる。遼太郎の言葉通りに大きなアドバンテージになるだろう。


 翔一の修行は、マナで身体能力を高める事で、己の身を守れる様にする事だった。しかし、翔一は更にそれを発展させ、魔法を使って見せた。その結果、危機的状況から逃れる事に成功した。それも冬也の力を借りずにだ。


 間違いなく、自分の力不足を補ってくれるはず。だから、信じよう。そして、力を借りよう。


「翔一、空ちゃん。力を貸してくれ。一緒に糞野郎を倒してくれ」

「勿論だよ、冬也」 

「わたしも着いて行きます、冬也さん」


 ロメリアは、能力者を操ってこれだけの事をしでかしたのだ。もしかすると、弱った力を取り戻しているかもしれない。

 それどころか、この炎上騒ぎがニュースになれば、人々はパニックに陥るかもしれない。そうなれば、ロメリアの力は増すばかりだ。

 早く決着を付けなければならない。


「後は、そうだな。糞野郎の居場所か」

「翔一君が探せればいいのにね」

「上手く隠れてやがるんだろ? そう簡単に尻尾は掴ませねぇよ」

「ごめん。僕の能力でわかる範囲には、凄く強い力は感じ取れないよ」

「それより、みんなが無事で良かったです」

「確かにそうだな。空ちゃん、翔一、ありがとう」

「空ちゃんは兎も角、翔一君は頑張った方だね」

「相変わらず、ペスカちゃんは僕に当たりが強いね」


 暴れていた五人の能力者を助け出した要因は色々と有る。だが四人の内、誰が欠けても成し得なかった。それは一つの達成感なのだろう。

 四人は、互いの顔を見つめ合う。そして互いの健闘を称える様に、笑顔を浮かべた。


 ただ、そんな時間は長く続かない。消防隊員が駆け回る騒がしい中でも、遠くから良く響く声が聞こえる。

 

「モテモテだなぁ冬也。美少女二人に抱き着かれて、ハーレムか? 盛ってんじゃねぇぞ、クソガキ!」

「なんだと、糞親父! 茶化してんじゃねぇぞ!」 

 

 遼太郎はグランドをゆっくりと歩いていた。そして、四人の傍まで近寄ると、腕を組んで言い放つ。 

  

「皆ご苦労だったな。期待以上の成果だ」

「親父! 何の用だよ!」

「連絡しろって言ったろ。お前らの尻ぬぐいだ」

「パパリンもお疲れ様」

「ペスカ。呑気な事を言ってる場合じゃねぇんだぞ」


 それは、いつもの家族団らんの図では無かった。少し硬い表情の遼太郎は、冬也と組手をしている時の様な真剣さを帯びていた。


「その様子だと、話がついたんだな」

「あぁ。二人は連れて行く。それで俺が守る」

「守るのは結構だけどよ。てめぇが守られてちゃ世話ねぇぞ」

「わかってる」

「なら、敵さんの本拠地に乗り込むぞ」

「パパリン。糞ロメがどこにいるのか、わかったの?」

「当たりめぇだろが。秘密組織を舐めんなよ! 全員、ついて来い」

  

 ペスカが降らせた雨で、鎮火の傾向にある。だが依然として、校舎の火災は続いている。後の事はプロに任せ、四人は遼太郎の後に続く。

 バリケードテープを抜けた先には、真っ黒なワゴンが止まっていた。遼太郎は、四人にワゴンへ乗る様に指示をする。


「待てよ親父! あの糞野郎がいるのは、どこなんだよ」

「高尾だ!」


 一行を乗せた黒いワゴンは、目的地へ向けて走り去る。邪神ロメリアとの再戦が、目前に迫っていた。

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