第七十四話 母校炎上 中編

 豪雨のおかげで、少しは鎮火するだろう。消防の人達も頑張っているのだ。火災が収まれば、能力者の救出も楽になる。


 冬也、翔一の順で一同は、校舎内を進む。充満する煙は冬也の体を避ける様に割れていく。


「一番近くは、東校舎一階の教室。昇降口から入って二番目の教室だ」


 煙を割きながら冬也が一階の教室へ進むと、教室内では一人の男子生徒が、虚ろな目で電撃を放ち暴れていた。

 侵入者に気が付いた男子生徒は、冬也に向かい電撃を放つ。しかし冬也は電撃を避けずに、真正面から男子生徒に向かって走る。電撃は、冬也に当たる事なく手前で割ける。男子生徒の眼前まで近づいた冬也は、掌底を鳩尾に一発入れて気絶させた。


「無力化させたけど、搬送はどうする?」

「翔一、消防へ伝えてくれ。廊下の窓から受け渡す。それと、何人か消防隊員を寄こす様に頼んでくれ」


 翔一が消防隊員にその委細を伝える。消防隊員が一階の廊下に駆け寄り、気絶した男子生徒の受け渡しが行われる。同時に複数の消防隊員が校舎内に突入し、冬也と合流した。


「悪いがあんた等、俺の後に着いてきてくれ。暴走した生徒を救出する」

「何を言っている! 君達も避難するんだ!」

「あぁ? 状況を考えて物を言えよ! 能力者を止められるのは、俺達だけだ。能力者の命を救えるのは、あんた等だけだ」


 有無を言わせない程の迫力が、冬也の声には有ったのだろう。加えて、鎮火しつつは有っても、未だ燃え盛り煙も酷い校舎の中で、碌な装備も無い子供達が平気でいるのを見て、消防隊員は彼等も普通ではないと思ったのだろう。

 確かに、無理にでも引き留めなければならない。しかし、隊員達は子供達に一縷の望みを託したのだろう。


「わかった。でも、危なくなったら逃げる事だけを考えなさい」


 優しく、けれど強く。窘める言葉に、冬也は頷くと走りだす。


「冬也、次は西校舎の一階。職員室に二人だ。やばいぞ、一人は今動きを止めた」


 冬也が職員室に入ると、机や椅子が吹き飛んでいた。


 中には男子生徒が二人。一人は気を失って倒れている。能力者同士が争っていたのだろうか。倒れている能力者の体には、至る所に打撲の跡が有り、血だらけである。更には、酷い火傷を負っている。

 二人目は意識は有るものの、体をふらつかせながら風を巻き起こしていた。


「悪いが、あんた等はここで待っていてくれ」

「君! 何を!」


 冬也は消防隊員に、合図をするまで待機する様に指示をする。そして男子生徒に向かい走り出す。

 男子生徒が滅茶苦茶に放つ暴風を、冬也は物ともせず切り裂きながら近づく。男子生徒を掌底で無効化した冬也は、消防隊員を呼び運び出す様に指示をした。


「翔一、次は何処だ?」

「東校舎二階の教室。気をつけろ、どんどん火の手が強まってる!」


 冬也は残った消防隊員に、視線を送る。そして職員室を出ると、階段を三段抜かしで駆け上がり、二階廊下を走り抜けた。


 一方、生徒を運びだした消防隊員達に、空とペスカは走り寄る。担架に近寄ると、空は男子生徒に手を伸ばす。空が手を触れると、パキリと音がした。次に運ばれてくる二人の男子生徒も、空は同様に触れる。やはりパキリとはっきりした音が響いた。


「ペスカちゃん、今回も上手く行ったよね?」

「病院で意識を取り戻した時に、暴れ出さなければ成功だよ。不安ならその辺の先生を触ってみなよ」


 ペスカの言葉に従い、一人の体育教師を捉まえ空が触れる。触れた瞬間パキリと音がする。教師は何が起きたのかと目を丸くし、ペスカと空を見つめる。


「先生。私の名前言ってみて」

「何言ってんだ東郷。休学って聞いてたけど、そろそろ復学するのか?」


 教師の反応に、二人は笑顔でハイタッチをする。成功に気を良くしたペスカと空は、運動部系の集団の全員を触りまくった。空が触れる前は、ペスカを憶えていない。しかし空が触れ音がすると、途端にペスカを思い出した。 


「やるね~空ちゃん。これって無敵能力だよね~」

「ペスカちゃん。呑気な事言わないで」


 そう、呑気な会話をしている場合ではない。ペスカが校舎に雨を降らせ様と、放水車がどれだけ鎮火を行おうと、火の手は全く衰えない。それどころか、益々勢いを増している。


 そして突然に、西校舎三階廊下の窓が爆発し、暴風と共に火が噴き出した。辺りは騒然とする。空は青ざめて、悲鳴めいた叫び声を上げる。


「きゃ~!」

「落ち着いて、空ちゃん」

「でも、爆発したよ!」

「大丈夫。皆お兄ちゃんが助けてくれる」


 修行中に一番冬也の傍にいて、その力を感じていたのは空だ。それを信じなくてどうする。そして、空は祈る様にして校舎を見つめる。


「それより、不味いね」

「不味いって?」

「相当、強い能力を持った人が暴れてるんだろうね」

「ペスカちゃん、こっちから何か出来る事は無い?」

「あ~、もう少し雨を強めてみよっか」


 教師の記憶が戻るより、時は数分前に遡る。東校舎二階の教室に辿り着いた冬也が中を覗くと、女生徒が教室内の至る所を爆破させていた。


「何だあの能力? あんた等は危ねぇから、下っててくれ」

「待て、君!」


 消防隊員が止める暇も無く、冬也は走り出す。教室内は無造作に破壊され、机や椅子どころか床が抜け落ちかけていた。

 一足飛びで冬也は女生徒に近づき、掌底で気絶をさせる。冬也は女生徒を抱え、所々抜け落ちる床を飛び越える。

 冬也が女生徒を消防隊員に引き渡した時に、三階に続く階段上から火の勢いが増し、燃え広がる光景が見えた。


「君、これ以上は無理だ! 上は火の海だ。我々もここから離脱出来なくなる」


 消防隊員が声を荒げて冬也を止めようとするが、冬也は首を縦に振る事は無かった。


「あんた等はその子を連れて、早く外に出ろ! 後は俺に任せろ」

「馬鹿な事を言うな!」

「馬鹿はあんた等だ! 救える命が有るなら直ぐ動け! あんた等はその子。俺は上で暴れてる馬鹿野郎を止める」

「無謀だ! 戻るんだ!」

「無謀じゃねぇ! 問答している時間があるのか! 早く走れ!」


 一緒に戻ろうと諭す消防隊員の腕を払いのけて、冬也は走り出す。そして翔一は冬也に続く。


 何故それほど、彼等を駆り立てるのか? それは正義感か? いや、意地だろう。


 冬也は己のマナを使い、身体強化を使い続けている。そして己のマナは、冬也に問いかける。


 お前は何をしているのだ?

 無様に敗北し、のうのうと生きていられるのか? 

 悔しくはないのか?

 いま起きている出来事は、全てロメリアが原因だ。

 お前を狙っている。ペスカを狙っている。

 それでも、お前は何もせずにいられるのか?

 ペスカを守る? ふざけるな! ペスカに助けられたのはお前だ!

 友を守る? お前には無理だ! 

 シグルドを助けられない。トールを守れない。帝国を救えない。

 そんなお前に何が出来る!

 お前には、何も出来ない! お前の様な弱者は、願いを叶える事は出来ない!

 違うか敗北者よ! 答えてみろ、東郷冬也!


 冬也は帝国での敗北を、思い出していた。

 神に挑んだ挙句、無様に散った。その悔しさよりも、情けなさが勝っていた。異世界に渡ってから、ずっとペスカに助けられてきた。自分が守るべき対象に、守られてきたのだ。


 自分は何もしていない。ペスカの作った兵器を使っていただけだ。トールの命を救ったのはペスカだ。シグルドの命を救ったのもペスカだ。何より、倒れた自分が生きているなら、それはペスカが守ってくれたからだろう。


 情けない、情けない。ならどうする? 敗北したまま、膝を抱えるだけか? 

 違う! もう負けない! 次こそ勝ってみせる!

 

 邪神ロメリアが東京にいる。そして間接的に、自分達へ干渉しているのは何故だ? 怖いからだろ? 奴は俺達が怖いんだ!


 邪神ロメリアが能力者を増やし、東京に混乱を巻き起こしているのは何故だ? 恐怖や怒りの感情を集める為だろ? 見ろ、外の奴らを! 怖くて震えてやがる。


「だったらいつまでも、負けっぱなしじゃいられねぇよな! シグルド! 俺は、お前の様に勇敢に戦って見せる!」


 ただの意地、それの何が悪い。負けたくない、勝ちたいと思うから、再び立ち上がれる。


 一人では戦えない? 違う! 立ち向かう心は、自分の中に有る。それでいい。

 

 自分が誰かを守りたいと思う様に、誰かもまた自分を守りたいと思う。それが仲間なのだ。全知全能ではない、自分の出来る事は限られている。だから、仲間の力を借りるんだ。

 

 自分に出来る事を、全力で! その想いが、今の冬也を動かしていた。


「翔一、次はどこだ?」

「西校舎の三階、階段から二つ目の教室。ポンプ車の放水が間に合わない程、火の手が凄い!」

「お前は俺を信じられるか?」

「当たり前だよ!」

「それなら着いて来い!」

「あぁ!」


 消防隊員は悔し気に顔を歪ませて、女生徒を抱え階段を降りて行く。冬也が炎を切り裂きながら走る。三階へ続く階段を登り切った所で、大きな爆発が起きた。


 凄まじい爆風と、廊下を埋め尽くす炎が冬也を襲う。しかし冬也は爆風を足で踏みしめて、より意識を集中させる。爆風とそれに伴う炎の流れは、冬也の目前で二つに割れる。しかし、炎の勢いは増すばかりで、冬也はなかなか前に進めずにいた。


 冬也が炎の勢いに抗っている時、更に激しい雨が降り注いだ。豪雨の影響で、炎の勢いが弱まっていく。その隙を逃さず、冬也は走り出す。目的の教室内には、豪雨に抗う様に激しい炎を撒き散らす、冬也のクラスメイトがいた。


 そして冬也は、零す様に呟く。


「最後は雄二、お前だったか。今助けてやる」

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