第七十三話 母校炎上 前編

 ペスカ達は母校に向かって走っていた。しかし住宅街を駆け抜ける頃には、空の体力に限界が訪れていた。


 短距離走と長距離走共に、運動部を置き去りして学年一位を取る冬也。学業だけでなく運動も万能なペスカ。何でも卒なくこなす万能のイケメン翔一。それに比べ空は、図書館でひっそりと本を読む文芸少女で、運動は大の苦手である。それこそ宇宙の彼方から来た某変身ヒーロー程ではないが、十分で限界が訪れ息も絶え絶えになっている。


 冬也は独りで先に母校へ向かう事も考えた。しかしペスカ達が自分のいない間に、突発的な能力者事件に巻き込まれる事を危惧し、タクシーを拾う事にした。運良くタクシーを拾えた一行は母校へと向かう。


「お客さん、ここから先は進めませんよ」


 母校に近付くと、運転手は車を停める。運転手の言葉通り、段々と道には通学中の生徒を含め、多くの人でごった返してしている。


「こりゃ、大騒ぎだな」

「冬也。あれ、磯崎だ」

「悪い翔一。磯崎に状況を聞いて来てくれ。俺はタクシー代を払っとく」

「わかった」


 集団の中に友人を見つけた翔一は、タクシーを降りると駆けだしていく。それに続いて、空とペスカもタクシーを降りる。


「ねぇ。私もクラスメートを見つけたから、話を聞いて来る」

「うん、よろしく~」


 そして冬也がお代を払いタクシーを降りる頃、二人は戻って来た。


「磯崎は登校中で何も知らないってさ」

「こっちも同じです」

「どの道、こん中を突っ切って学校まで行くしかないね」

「突っ切るなら、俺に着いて来い」


 恐らく、ここでは何の情報も得られないと考えた一行は、冬也を先頭にして集団を掻い潜る様に進む。


 母校の周囲は、既にバリケードテープで閉鎖されていた。その周りは多くの生徒で囲まれていた。がやがやと騒がしい中では、「何が起きた?」や「火事? なんで?」等の声が聞こえてくる。


 それ以外に聞こえるのは、サイレンの音だ。事態は一刻を争う状況だろう。

 

「おい! 待ちなさい!」


 警察官の制止を振り切り、冬也はバリケードーテープを超える。ペスカ達は冬也に続いた。


 バリケードの先は、消防車を始め救急車やパトカーが数台止まっている。その周囲には、ジャージやユニフォームを着た、生徒達が集合していた。

 生徒の数名は怪我を負った様で救急車に運ばれている。未だ校門からは警官や教師に誘導され、制服を着た生徒が避難をしている。


 避難をした生徒達は一様に怯えており、泣いている女生徒も見受けられる。校舎では火災が発生し、全体に燃え広がりつつある。消防隊員達が、声を荒げて鎮火作業を行っている。


「冬也、桐生先生だ。ちょっと話を聞いて来る」


 冬也とペスカは、未だに忘れられている可能性が高い。そう考えているのか、翔一の行動は迅速だった。


「工藤! まだこんな所にいたのか! 早く非難しなさい!」

「それより先生! 何が起きてるんです!」

「それより避難するんだ!」

「先生! 大事な事なんです!」


 翔一の気迫に圧倒されたのか、教師は知る限りの事情を説明し始めた。


 事の始まりは、始業時間より一時間ほど遡る。練習で早くに登校していた生徒の内、五人が突然に暴れ出した。そして、練習中の運動部員に向け能力を使い傷つけた後、校舎内に入り暴れ続けた。

 校舎を破壊しつづける能力者五人に対し、何も能力を持って無い教師が暴動を鎮圧出来る訳も無い。

 警察に連絡を入れた後は、登校している生徒達の避難を優先させた。幸いだったのは、登校していた生徒が少なかった事である。


 しかし、生徒の負った怪我は酷く、迅速な手当てを必要としていた。また犠牲が増える前に、生徒達の避難を急がなければならない。

 怪我を負った生徒の応急処置、生徒の避難と、教師達は校内を駆けずり回る。丁度その頃、校舎の一部から火災が発生し燃え広がって行った。


 おおよその状況は理解出来た。翔一が感じたのは、五人の能力者の気配だろう。しかし、少し疑問も有る。

 説明を聞き近くで聞いていた冬也が、教師に確認を行った。


「逃げ遅れている生徒はいるのか?」

「全員避難したはずだ。中にいるのは、暴れている生徒だ」

「馬鹿野郎! その暴れている奴らも、生徒じゃねぇのか!」


 冬也が激高し走り出そうとするが、教師は腕を掴んで引き留める。せっかく避難が完了したのだ。そもそも危険な場所に、関係の無い者を行かせる訳にはいかない。


「止めるんだ君! 一般人は立ち入り禁止だ! 校舎には火災が発生している。今は警察と消防が対処している。何をしたいのかわからんが、彼らに任せるんだ」

「ふざけんな! 能力者の救出は二の次か? 火に巻き込まれてそいつ等が死んだら、どう責任取るつもりだ!」


 教師は、冬也に返す言葉を持たなかった。既に避難と鎮火は警察と消防に任せてあり、進捗はわからない。普通なら、専門家に任せろと断言が出来た。

 しかし、能力者が暴走した時の恐ろしさを、身を持って味わっている。だから簡単には言えない、警察と消防が必ず、五人の能力者を助けてくれるとは。

 自分の腕を掴み、押し黙る教師を見て、冬也は優しく語りかける。


「あんた、思ったより良い先生だな」


 そして冬也は、教師の拘束を強引に振りほどき、ペスカ達に向かい指示を出した。


「空ちゃん。ここで待機していてくれ。暴走した五人は俺が連れ帰る。元に戻してやってくれ」

「わかりました。冬也さん、くれぐれも気を付けて」      


 空は憂慮に絶えず、不安げな表示を露にし冬也に答える。それを察してか、冬也は優しく空の肩を叩いて笑顔を見せる。


「お兄ちゃん。私は空ちゃんと一緒に待ってるよ」

「わかった」


 翔一と空の力が飛躍的に伸びようとも、今回に関しては荷が勝ちすぎている。それに、能力者を助けに飛び込むだけが、必要な事じゃないはずだ。

 だからこそ、二人には別々の役割を与えようとした。しかし、翔一は首を縦に振らなかった。


「冬也、僕も行くよ」

「駄目だ、翔一」

「駄目だと言っても、僕は行く。冬也は能力者の居場所をわかるの?」

「そりゃ、気配でわかる」

「こんな業火の中でも?」

「じゃあ、お前はどうなんだ! 焼け死んでも良いっていうのか! ふざけんな!」

「そうはならないよ。見て」


 翔一は片手を前に差し出すと拳を握る。その直後に拳を開く。すると、開いた手からは水が溢れ始める。


「君達が、異世界でやってたのは、こういう事だよね?」


 それは、まごう事なく魔法で有った。


「翔一、お前」

「へ~、やるね。翔一君」


 冬也でさえ魔法の感覚を掴むまで、多少の時間を要した。しかし、翔一はそれを簡単にやってのけたのだ。それも恐らくは、自分で考えて『魔法』という手段に辿り着いたのだろう。


「自分の身くらいは、自分で守るよ」

「まぁ、今回は私がサポートしてあげるよ」 

「ペスカがそう言うなら、仕方ねぇ。翔一、誘導を頼むぞ」

「任せてくれ!」


 そして冬也達は、校舎に向かい走り出した。教師の言葉は、もう冬也には届かない。途中で警察官や消防隊員に止められるも、振り切って燃え盛る校舎に突入する。


 校舎内は煙で充満し完全に視界が遮られている。通常であれば一酸化炭素中毒で死の危険性を伴う。冬也は集中し、自らの手を始め全身に力を籠める。


「俺の体は、全てを切り裂く刃。火も風も台地も、意思無き物は全て切り裂く」


 冬也が呟くと全身が光り始める。そして、冬也に倣い翔一もマナを全身に流す。


「僕は火、僕は風、僕は水、僕は光、僕の意思は炎を寄せ付けない」


 そう唱えると、翔一のマナが形を変え体の周りを包んでいく。それは、一種の防御膜の様なものだった。恐らく、空のオートキャンセルをイメージして作り上げたのだろう。

 しかし、校舎を燃やし尽くす程の業火に、どれほど通用するものなのか。万が一が有ってはならない。


「大気に浮かぶ水よ集え。大きく、大きく、もっと大きく。一つになり降り注げ」


 冬也達をサポートするかの様に、ペスカが言葉を唱え始める。そして、ペスカの体内からマナが空中に向かって放たれ、大気中の水分を一気に集め始めた。

 それは、校舎に向かって降り注ぐ。それは、まるでゲリラ豪雨の様でも有った。

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