第七十二話 増える事件

 翔一が能力を使うと同時に、マナが家から外に向かって広がっていく。そして翔一の頭の中には、周囲の情報が勢いよく入って来る。

 沢山の情報がいっぺんに頭へ入ってくれば、普通ならパニックになってもおかしくはない。それを冷静に判断し、必要の有無を選別出来るのは、翔一だからなのかもしれない。

 

 但し、翔一は能力を使った修行はしていない。マナが高まったとは言え、作戦通りに上手く行くとは限らない。

 三人は期待を籠めて翔一を見る。そして、翔一はマナを研ぎ澄ませる様にし、周囲の状況を探り続けた。


「見つけた、能力者だ。それも良くない感じだ」

「翔一、どこら辺だ?」

「ここからそんなに遠くない。住宅街だよ」

「みんな、急ぐぞ!」


 冬也の言葉で、一同は家を飛び出す。そして、翔一は先導する様に先を走る。


 辿り着いた先は、普通の一軒家だった。よく見ると二階の窓が割れ、中から叫び声が聞こえる。

 一軒家の周りには人だかりも出来ている。早くなんとかしないと、犠牲者が増えるかも知れない。

 

 翔一は真っ先に玄関へと急ぐ。しかし、当然ながら玄関には鍵が掛かっている。そんな矢先だった、一階から火の手が上がり始める。火の手が上がった直後に、一階のガラス戸が破られ、中から男が飛び出してきた。


「みんな、あいつだ!」


 翔一の言葉と同時に、皆が動き出した。空は火の手を広げない様に、オートキャンセルで家を包み込む。そして、ペスカはスマートフォンを取り出し、消防に連絡を入れる。

 冬也は集まって来た人達を、その場から遠ざける様に誘導し、翔一は素早く男に飛びついた。


 翔一は男に掌底を入れて、気絶させる。その間に冬也は燃え盛る家へ飛び込んでいく。ペスカは野次馬に向かい、家の中に取り残されている可能性の有る者を聞いて回る。

 入手した情報では、母親と小さな子供一人が避難出来てない。ペスカは大声を出して、炎の中にいる冬也へ伝えた。


 数分も経たずに、母親と子供を抱えた冬也が、飛び出してきた。一見した限り、子供は無事である。しかし、母親の方は無事とは言えない。子供を庇って出来たのだろう、腕から血を流している。そして、意識が朦朧としていた。


 ペスカは直ぐに、母親の止血を試みる。そして空は、母親に対し呼びかけを続けた。冬也と翔一は、野次馬へ避難を伝えると共に、救急や消防の車が通れる様に道を作る。


 だが事は、そこで終わりにはならない。避難させようとした野次馬の奥から、爆発音が聞こえた。

 

「冬也! 野次馬の奥にもう一人、能力者だ! 不味いぞ、人が集まってる!」

「お前ら~! そこをどけ~!」


 冬也は大声で、群衆に声をかける。驚いた人々は、その場で固まる様に動かなくなる。それは返って都合が良かった。

 翔一は野次馬を掻き分ける様に走り出す。その先では一人の男が暴れ、手に灯した炎を周囲にまき散らしていた。引火した住宅や植栽が有り、酷い火傷を負った人が、数人倒れている。

 男の顔には表情が無く、虚ろな目でただ周囲を破壊していた。


 翔一は男のまき散らす炎を掻い潜り、素早く接近し掌底を入れて気絶させる。翔一が男を気絶させた所で、警察と消防それに救急車が到着した。

 ペスカ達は警官達を補助する様に、野次馬の避難誘導を行う。

 

 警察官が能力者二人に手錠をかけ、連行しようとする。しかし直ぐに意識を取り戻した能力者の二人は、再び能力を使用し暴れ出す。能力を使われれば、例え警察官でも手に負えない。


 無力化させようと冬也が近づくのを、ペスカが制止する。そして、空を手招きして呼んだ。空は頷くと、男達に向かい歩き始める。


「おい、空ちゃん!」

「駄目だよ、お兄ちゃん。空ちゃんに任せなよ」


 ペスカが冬也を制止した次の瞬間だった。能力者二人に空が触れると、パキリと大きな音が鳴り響く。すると男達の能力は消えうせ、意識を失い倒れ伏した。


 意識を完全に失った能力者達が、救急車で運ばれていく。そして、怪我を負った野次馬も、続いて到着した救急車に運ばれていった。消防隊員が忙しなく動き回り、鎮火作業を行う。


 そして警察官は、居合わせたペスカ達に任意同行を要求する。だが、ペスカはそれを辞退した。


 ペスカは直ぐに、遼太郎に電話をかけ事情を話す。そして繋がったスマートフォンを、警察官に渡した。

 遼太郎が代わりに事情を説明したのか、それとも何らか指示をしたのか迄はわからない。しかし、任意同行は回避された。


 自宅を出てから一時間も立たない内に、二件の事件が立て続けに起きた。流石に四人は首を傾げていた。


「テレビだと、もっと都心の方で騒ぎが起きてたと思う」

「そうだね。消防を呼ぶ程の騒ぎは、この近辺じゃ起きてなかったよ」

「どうせアレでしょ? 糞ロメが嫌がらせを始めたんでしょ?」

「あぁ、糞野郎がやりそうな事だ」

「じゃあ、狙われているのはペスカちゃんと冬也さんって事?」

「そうだと、思うよ~。だから、次のサーチをお願いね」

「また、走ればギリギリ間に合いそうな場所じゃねぇだろうな?」

「可能性は高いね」


 何かしらの事件が起きていれば、真っ先に遼太郎が向かっていただろう。しかし、この数日間の遼太郎は翔一に付きっ切りだった。だから、タイミングを見計らって、ロメリアが悪戯を仕掛けて来たとしか考えられない。


 翔一は再び能力を街中に広げていく。そして、対象は直ぐに見つかった。


「予想通りだよ、ここから走って五分くらいの所で、喧嘩が起きてる」

「喧嘩だぁ?」

「ほっとく?」

「そんな訳にはいかないよ、ペスカちゃん」


 無論、ペスカとて放置するつもりはない。しかし、余りにも稚拙なロメリアの悪戯に、辟易とし始めているのも事実だ。


「怪我人を出す訳にもいかないしね」

「仕方ない、行くかぁ~」


 そうして、四人は再び走りだす。辿り着いた時には、喧嘩はまだ行われていた。


 先程と同じ様に野次馬が詰めかけている。それを掻い潜る様にして中に入って行くと、全部で十人程が入り乱れる様にして殴り合っている。

 ただ、おかしな所が有った。先の炎をまき散らしていた男と同じ様に、虚ろな目をしてるのだ。

 

 能力を使っている形跡は見える。だが、微々たるものだ。せいぜいが、筋力強化といった所だろう。でも、野次馬に目もくれずに争い続けるのは、やはりおかしい。


「翔一。取り合えず、大人しくさせて来い」

「わかった」

「ペスカと空ちゃんは、野次馬を散らしてくれ」

「うん」

「はい」


 そして、翔一は入り乱れている中に飛び込んでいく。そこからは、翔一の独壇場だった。一人には鳩尾に掌底を、もう一人には顎を掠める様に殴る。そうして、一人ずつ沈黙させていく。全員の意識を刈り取るまで、そう時間は掛からなかった。


 能力者が倒れ伏す頃には、野次馬も消える。そして、冬也は空を呼ぶ。


「空ちゃん。もう一度さっきのをやってくれないか?」

「わかりました」


 空がオートキャンセルを能力者に向けて広げていく。すると、パキリパキリと音が鳴る。それを能力を使って見ていた翔一は、弾ませる様な声を上げた。


「凄い! 能力が消えて行くよ!」

「流石は空ちゃん、無敵の能力者だね」

「止めてよ、そんなんじゃないよ」

「おい、三人共。親父に連絡を入れたら、直ぐにここを離れるぞ」


 確かに、また警察に任意同行を求められても面倒だ。そして四人はその場を素早く立ち去る。そして、少し開けた所で休憩を取る事にした。


「それにしても、面倒な事をしてくれるね」

「ペスカ、どういう事だ?」

「見てわからなかった? あの人達、ロメリア信徒と同じ表情なんだよ」

「糞野郎に操られてるって事か?」

「つまり、その神様が冬也とペスカちゃんを邪魔する為に、仕掛けて来てると?」

「そう言う事だよ、翔一君」

「そしたら次は学校だったりして」


 空の言葉で顔を青くした翔一が、急いでクラスメイトに電話を掛ける。直ぐに電話は繋がるが、通話口からは叫び声が聞こえて来た。

 

「ペスカちゃん、当りだ。学校で生徒が暴れている」


 ペスカ達は、学校に向かい走り出した。能力者が起こす事件は、これからペスカと冬也を中心に増加の一途を辿って行く。住宅街の事件は、ただの始まりに過ぎなかった。

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