第39話 友達(ダチ) の絆。

 ――教室に戻ってきたお嬢とルルコの姿を見て、モノは身構える。案の定、お嬢の口から連絡のつかなかったことへの非難の言葉が飛び出す。

 しかし、こんなのはガキどもが中学の頃から変わらない日常風景だ。いや、正しくは、お嬢にとって懐かしい日々がよみがえったような感覚なのかもしれなかった。

 こいつらは小学生の頃から実に仲が良かった。お互いの親同士の交流もあって、いわば幼馴染なじみのようなもんだ。

 お嬢は父親の仕事の都合で、一時期町を離れることになった。その期間は長くはなかったものの、新しい学校に馴染なじもうと奮闘するお嬢の姿が目に浮かぶ。

 彼らが再び昔のように打ち解けて話す姿を見ていると、オレの胸に喜びが込み上げてくる。長年の友達ダチきずなを目の当たりにするのは、本当に心地良いものだ。

「そういやテミはどうした? ここに来ないのか?」

 その名前を出した途端、部屋の空気が張り詰めた。三人の表情が硬直し、言葉を失ったかのように沈黙が訪れる。オレの言葉が、ガキどもとの間に見えない壁を作り出したかのようだ。

 瀬加せか一図ひとえ新田しんでん物朗ものろう童子山どうじやまるる、村雲むらくもてみ――お嬢が転校する前は、いつだって四人で一緒に行動していた。

 そのうちの一人が欠けている。

「あのね」

 沈黙を破り、お嬢が口を開いた。

「てみちゃんは、まだどこにいるかわからないの。あたしたちも探してるけど、この学校にはいなくて」

「家も場所が変わっててわからなくなってて、今のところ手掛かりがないんだ」

 続けて、ルルコが話す。モノは黙ったままだ。

 テミは四人の中で一番気が強く、勝ち気な女の子だ。そのため、はっきりと物を言うルルコとは衝突することも少なくなかった。

 それでも、四人の友情が揺らぐことはなかった。テミはいつも自分から問題を抱え込む傾向があったが、最後は必ず自分から先に折れていた。ルルコも心根の優しいやつなので、結局は互いに謝罪し合って和解するのがいつものパターンだった。

 仲の良い友人の一人が行方不明になっている。それは三人の心に影を落として当然だろう。さぞや不安で、心配に違いない。

 だが。

 オレはうたぐり深いからな。自分の性質たちが本当に嫌になるぜ。

 まず、オレはガキどものことは長年観察している。コミュニケーションだって十分取ってきた。だから、オレがテミの名前を出す前に、テミの名前が出て来なかった時点でかなり不自然だ。

 本来のお嬢ならたぶん、こう切り出しただろう。

『ねえチーさん、てみちゃんが見つからないの……』

 そしてルルコなら、

『それより、てみちゃんの行方がまだ見つかってないんだ』

 と、会話の途中に、いつでも挟み込んできたはずだ。

 余計な話を避ける傾向にあるモノはともかく――いやそれでも、今ここでテミに触れずに黙っているのもおかしい。

 まるで、最初からいない者として扱っているように……それはオレの考え過ぎだろうな。

 でもな、優しいお前らがどうして、いなくなった仲間のことを簡単に忘れられることができるんだ?

 忘れようとしているんだ?

 この世界に転生できなかった者は、一体どうなるって話なんだ。

 オレの心の中で、この世界への疑念が膨らみ続ける。そして、この世界を操っている、何らかの存在への不信感が、心の奥底で大きくなっていくのを感じる。

「おし! 決めた!」

 オレは決断した。そして宣言した。

「お前ら、オレが世界の謎を探るための手伝いをしろ。必ず真実に導いてやる。どうせ高校生になっても暇だろ」

「えっ、あたし学級委員だから暇じゃないよ?」

 お嬢が困惑した表情で答える。引っ込み思案だったお嬢が、学級委員などという責任ある立場に就いたことに感心した。褒めてやりたいところだが、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。

「放課後でいい。オレはもっとこの町のことを知りたい。オレ一人で動いていたら、すぐに充電切れを起こしかねない」

 言葉と同時に、オレは躊躇ちゅうちょなくお嬢の左腕に飛び移る。ちょうどお嬢がオレを抱きしめているかのような姿勢に落ち着いた。

「頼むぜ、オレの充電器。まあ何かあったら、オレが、このチー様がお前らのことを守ってやっからよ」

 今でこそ、こんなファンシーななりだが、それでもオレはお嬢の守護霊として、こいつらのことを守り通さなければならない。

 そして、テミ――あいつの行方も捜すつもりだ。

「じゃあそういうことだ。オレはそろそろ昼寝させてもらうぜ」

 オレはそっと目を閉じる。三人のあきれた声が小さく聞こえてくる。まったく、やれやれだぜ。


 (了)

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