第6話 「実力不足」

矢が一斉にサクめがけて降りかかった。

砂煙が舞い、月が霞む。

「…サクくんの負け、かな。」

イツカは残ったケガレを処理するため、席を立った。


ドゴォオン…

「…!」

砂煙から2つの影が見える。ケガレと…

「サクくん…!」

サクはイツカの声に気づいていないようだ。暗がりの中月に照らされるサクは、全身赤い血にまみれている。体に刺さった矢を抜きながら、ケガレに近づく。ケガレはそんなサクから逃げるために足を必死に動かすが、弱っていて動きがぎこちない。矢を抜き終わったサクは一気に距離を詰め、ケガレに力いっぱい拳をたたきつけた。

また砂煙が立つ。

「ゴホッゴホッ……煙くせぇ…」

イツカはハッとしてサクに駆け寄る。

「サクくん!」

砂埃が引いていく。月に照らされ光る赤髪の少年が、こちらを振り向く。

「お、先輩!!勝ちましたよっ!」

そう言って、サクはニッコリと笑いながら、ピースした。頬は赤い血と黒い血で染められている。

「…驚いたよ。君がこんなに動けるなんて…。」

「ふふん、俺、結構運動神経には自信あるんです!!」

「でも、どうして生きてるの?あの矢、そのくらいの傷じゃ済まないと思うけど。」

「あの矢、結構ヒョロい矢だったんで、全然刺さりませんでした!」

「あぁ、そうか…弱ってたから…」

納得するイツカに、サクは思い出したように口を開いた。

「そういえば先輩、ケガレが心臓刺さないと死なないこと黙ってました!?」

「…あぁ、うん。」

「うん、じゃないっすよ!本当、大事なことは先に言っといてください!!」

イツカは適当に返事を済ませ、救急箱を取りにその場を離れた。



「疲れた〜…」

サクは家に着くと、帰りに通りで買った食べ物を机に置いて、1人がけのソファに座る。

「しっかし、大変だったなぁ…」

サクは天井を見ながら今日のことを思い出す。引越しに、人助け、怪異解決所……。

「明日は10時から…。」

サクはペチンと両頬を叩く。

「よし!さっさとやること済ませて寝よ!」

そう言ってソファを立ち上がった。


「うぅん…」

窓から柔らかい光が差し込む。朝だ。サクはベッドから出て、支度を始めた。

「水筒とタオル、着替えとそれから…」

ふと時計を見る。

「やべっ!もう9時半!」

サクはリュクを担いで訓練所に走った。


「すんません、遅れましたっ!!」

勢いよく門を開けると、そこには金髪の男性がいた。

「…お前、新人か?」

「はい!昨日入ったサクっす!」

「…。」

男性は何も言わずにサクを見つめる。赤い宝石のような目はこんがり焼けた褐色の肌と良く似合う。

「えぇと…これ食べます?」

気まずさに耐えられなかったサクは、家から持ってきたリンゴを差し出す。男性は受け取って食べ始めた。

シャリッとかぶりついた瞬間、男性の顔が柔らかくなる。頬いっぱいに食べる男性の様子は、まるでハムスターのようだ。

「リンゴ好きなんすか?」

「…あぁ、2番目に。」

「じゃあ1番目は―」

キイィ、とドアが開く。

「イツカ先輩!」

イツカはサクにニコッと笑い、男性の方を見る。

「やあ、アレン。また筋トレ?」

「あぁ、だがもう終わる。お前らここ使うんだろ。」

「うん…あ、そうだ。サクくんの稽古、アレン付き合ってよ。」

「あ?」

「お願い。この後もどうせ暇でしょ。」

「まぁ暇だが…」

「サクくんもいいよね?」

イツカがサクのほうを見て言う。

「はい!」

「よし、決まりだね。」

「…。」


「はい、じゃあ先にやられた方が負けね。準備はいい?」

「あっすんません!一ついいっすか?」

「なに、サクくん?」

「アレンさんは木刀使わないんすか?」

「うん。アレンは―」

「俺は新人なんかに負けるわけないからな。」

「なっ…!」

「そうだね。アレンはここにいるケガレより何百倍も強いよ。」

「……燃えてきたっす…!」

「うん、それじゃあいいかな。」

サクは木刀を握りしめる。

「初め。」

合図と共に、サクの視界が一瞬で空色に変わる。

「え?」

背中に鈍い痛みが走る。

「アレンの勝ち。」

見上げると、アレンが何事も無かったように立っている。サクは一瞬で倒されたのだ。

「遅い。」

アレンの言葉にサクはムッとして立ち上がる。

「それならもう1回!次は絶対に勝ちますから!!」

アレンは無言で立ち位置に着く。イツカが2人を見合せて言う。

「初め。」


バァン…

何度戦っても結果は同じ。木刀を動かす前に一瞬で倒されてしまう。

「くそっ!!」

サクは地面を叩きつける。

「何度やっても同じだ。今のお前じゃあ実力不足だな。」

アレンの言葉に唇を噛み締める。

「……3日…」

「…?」

「3日あったらアンタの顔に一発ぶちかませるくらいにはなってますよっ!」

サクはアレンの顔をジッと睨む。

「…わかった。3日後、またお前の相手する。その時は俺を一発殴ることが出来たら勝ちとしよう。」

サクは力強く答える。

「えぇ…!ぜってぇ負けませんから!!」

アレンはサクの返事を聞いて、去っていった。


アレンが出ていくのを見送った後、今まで黙っていたイツカが口を開く。

「あーあ、サクくんまぁた無茶なこと言って。」

「俺は本気でやるつもりです!」

「でも、アレンを殴るには、ここのケガレ余裕で倒せる力がないと難しいよ。」

「そんなん3日あったらヨユーっすよ!!先輩、早く練習しましょう!さっきの悔しさが収まらないんです…!!」

イツカは冷めたようにはは、と笑って準備しに行った。

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