第1章
第4話 「育成」
…
「書けました!」
「どれ、見せてみろ。」
カイは席を立ち、横の革製の椅子に移動しながら、サクのサインした契約書を隅々まで確認する。カイは椅子に軽く座って小さくため息をつく。
「…いいだろう。」
そう言ってカイは机の端っこにある印鑑に手を伸ばし、契約書に押印した。
「…改めて自己紹介する。俺は人事部長のカイだ。」
「サクっす!」
「まず、お前にはケガレとの戦い方を教えてやらなければならない。」
「カイさんがですか?」
「違う。」
「じゃあ誰が?」
「…教養課にちょうど暇そうな奴がいるもんでな。そいつに教えて貰ってくれ。」
「あぁ!了解っす!」
「1ヶ月。お前が1ヶ月まで生きていたら専用の武器を用意してやる。」
「1ヶ月!楽しみっす!」
「…。」
カイは少し呆れたような様子で、スマホで誰かに電話をかけながら解決所を出た。しかし、引越しに人助け…色々なことがあったので少し疲れた。サクは少しの間目を休めることにした。
「んん……」
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。腕時計を確認すると16時25分。解決所はすでに暗い。
「あれ、」
窓の方に人がいる。サクの声に気づいたのか、話しかけてきた。
「起きたみたいだね。朝から大変だったでしょ。」
聞き覚えのある男性の声だ。窓からのオレンジ色の光が、動く男性のシルエットを淡く映し出している。
「電気付けるね。」
パチッ、という音とともにアンティークなペンダントライトが部屋を照らす。男性はサクの向かいのソファに座った。照明に照らされる金色の髪、無気力な翡翠色の瞳…
「あっ!お兄さん、今朝の!」
男性はサクに微笑む。
「今日から君のお世話を担当するイツカ。よろしくね、サクくん。」
「イツカ先輩!よろしくお願いします!」
イツカは微妙な笑みを浮かべた。サクはなんとなく気になったことがあったので質問する。
「そういえば先輩、俺が起きるまでどのくらい待ってたんすか?」
サクの質問にイツカは「う〜ん…」と少し考えたあと、微妙な笑みのまま答える。
「2時間くらいかな?」
「にっ…!!?」
2時間も待たせてしまった申し訳なさと、起こさずに今まで静かに待っていたイツカに対しての驚きでサクは少々困惑している。そんなサクを特に気にする様子もなく、イツカは側に立てられていた木刀を渡す。
「木刀…?」
サクは不思議に思いながら受け取る。
「うん。サクくんにはこの木刀で1週間、ケガレと戦う練習をしてもらうよ。」
「練習って…先輩とっすか?」
「ううん、ケガレと。」
「えっ…」
サクの戸惑う姿を見て、イツカは付け足す。
「…ケガレと言っても、最初から野生の強い個体と戦ってもらうわけじゃない。弱っている個体をいくつか捕まえてあるんだ。その中から徐々に強くして、ケガレに慣れてもらうつもりだよ。」
「なんだ、そういうことか…。」
サクはほっと安堵のため息をついた。
「じゃあ訓練所に向かおうか。」
「えっ今からっすか!?」
イツカは出口に向かいながら続ける。
「当たり前でしょ。俺はお世話なんて面倒な仕事、何日も続けたくないからね。」
「面倒…。」
「ほら、早く行って早く終わろう。死ぬ気で戦ってたら1週間もしないうちに強くなってるよ。」
「…。」
この先輩は結構面倒くさがりのようだ…。サクは先を行くイツカの背中を少し不安げに追いかけた。
「ここだよ。」
連れてこられたのは高さ10m程の塀に囲まれた広い施設だった。手前には刀用の巻き藁がまばらに10個ほど、広葉樹が5本植えられていて、奥の方には闘技場があり、円状にレンガが敷き詰められ、それを一部囲むように観客席が設置されている。
「ちょっと準備するから待ってて。」
「はーい。」
そう言ってイツカは塀の横にある扉に消えていった。
「つーか…目ぇやっと慣れてきたけど、こんな暗い中戦うのか…?」
日が沈む時間も早くなった秋。もうすぐ17時を迎える空は茜色から藍色に移り変わろうとしている。しばらくして、塀の横のドアが開いた。
「持ってきたよ。」
そう言ってイツカはケガレを2匹リードに繋いで連れてきた。
「リードを繋いでいる間は攻撃できないようになってるから近づいても大丈夫だよ。」
イツカの言葉に安心し、サクはケガレに近寄る。
「これがケガレっすか?なんか普通の動物に見えるけど…。」
「見た目は、ね。」
「…?」
「早速奥のほうで戦ってみようか。何事も経験が大事だからね。」
「おっす!!」
テンポの良いイツカにサクは満足気に返事をし、2人は奥の闘技場へ向かって行った。
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