第2話 「招待」
サクは男性の言う仲間を待っている間、女の子に話しかけた。
「なぁ、なんでさっき捕まってたんだ?」
「えっとね、この路地裏にわんちゃんがいて、撫でようとしたら黒いモヤモヤしたやつが出てきて…。」
女の子は下を向き、口を閉じた。サクも、何も言わず静かに隣に座っている。そうしていると、仲間と思われる男がやってきた。黒い髪色に黒いジャケット、黒いズボン。左腰には、1m程の黒い刀がぶら下がっている。何から何まで黒に纏われたその容姿はまるでカラスのようだ。男は救急箱を置いて、サクの目の前でしゃがみこんだ。
「手当するから足出して。」
そう言って微笑む男の笑顔は、人間味がなく仮面のようである。
「は、はい!」
サクが右足を出すと、男は水筒を取りだし、その水で傷口を洗う。
「いっ…」
ピリピリした痛みがサクの右足に走る。男はサクの手当をしながら、女の子に話しかける。
「君は怪我してない?」
「うん!このお兄ちゃんが助けてくれたから!」
その言葉を聞き、男は少し驚いたようにサクに聞く。
「君が…やったの…?」
「えーと、俺はただ蹴り飛ばしただけで、倒したのはさっきの金髪のお兄さんなんすけど…。」
サクは先程の犬を見つめる。身体の一部が灰になって消えかかっている。
「そっか…。」
男は手当を終え、サクの目を見つめる。
「この子を助けてくれて本当にありがとう。」
そう言って微笑む男は、先程の笑みとは全く違った、柔らかい表情をしていた。
「そうだ、君お腹すいてない?」
「あ、えと―」
グゥ〜と、返事するよりも先にサクのお腹がなった。男がくすりと笑う。
「じゃあご飯食べよっか。僕が奢るよ。」
サクは顔を赤らめながら返事をした。
「はい…。」
女の子は家に帰り、サクは男と2人で"新月珈琲"という喫茶店で昼食をとることになった。時刻は12時13分。飯時だからか、店内には人が多い。
「なににする?」
「えーと…じゃあこのハンバーガーで。」
サクはメニュー表の写真を指さす。
「いいね。じゃあ僕はコーヒーにしようかな。他に注文は?」
サクはふるふると首を振った。男はサクを見て微笑み、「すみませーん」とひらひら手を振りながら店員を呼び出した。
しばらくして店員が「おまたせしました。」とサクの顔ほどある大きなハンバーガーを運んできた。サクは思い切りかぶりつく。
「美味っ!」
あまりの美味しさについ声が出てしまう。バーベキューソースが絡みつく肉厚なハンバーグ。かぶりついた瞬間に肉汁がジュワッと溢れ出してくる。レタスのシャキシャキ感とトマトの酸味は、バーガーのいいアクセントになっていて、薄く塗られたマヨネーズは、軽く炙られたバンズの香ばしさをよく引き立てている。
夢中になって頬張っていると、あっという間に食べ終わってしまった。ふと、男の方を見ると、まだ上品にコーヒーを嗜んでいる。サクは口の周りに付いたバーベキューソースを親指で拭き取り、男に話しかける。
「名前なんていうんすか?俺、サクっていいます。」
「…あぁ、そういえば名乗ってなかったね。僕はセツリ。よろしくね、さっくん。」
セツリの無駄に馴れ馴れしい呼び方が気になるが、無視して質問を続ける。
「ここ、よく来るんですか?」
「うん。ここの眺め、すごくいいでしょ。」
そう言われ、サクは自分の座るカウンター左端の席から大窓を覗く。そこには大きな海が広がっていた。まばらに散らばるうろこ模様の空の下では、穏やかな波の流れが太陽の光を運び、キラキラと輝いている。
「ほんとだ。すっげー綺麗!」
男はふふ、と笑う。
「仕事終わり、よくここに来て癒されるんだ。」
セツリの発言でサクは思い出したように質問する。
「あ、そういえばセツリさんも怪異解決所?で働いてるんすよね?なんで働いてるんすか?」
セツリの返答に一瞬、間が空く。
「…妹のためかな。」
「え?セツリさん妹いるんですか?どんな―」
「さて!僕の話はこれくらいにして。」
サクの質問を無理やり切り上げ、残っているコーヒーをグイッと飲み干し、ニコッと笑いながら言う。
「次はさっくんの番だよ。」
「俺?」
セツリは落ち着いた口調でサクに言う。
「さっくん、怪異解決所で働く気はない?」
サクはセツリの言ったことに思わず驚きの声をあげた。
「はい!?」
予想以上に大きい声に周りの客も、自身も驚く。
「え、えっと、働くって…。」
「そのままの意味だよ。君、解決所に向いてると思うんだ。」
「えぇ…?どういうことっすか?」
「普通の人間がアレに立ち向かうなんて、そうできることじゃない。…ましてや丸腰でなんて。」
サクは包帯を巻かれた右足を見る。
「だから、さっくんが嫌じゃなければ、ぜひ解決所で一緒に働いて欲しいんだけど…。」
「…。」
サクは少し考える。怯える女の子、あの禍々しい空気感。決して怖くなかったわけじゃない。でも…
「わかりました。」
サクはセツリの目を見て言う。
「俺も、怪異解決所で働きたいっす。」
サクの返事にセツリの表情はぱあっと明るくなった。
「よし、そうとなれば行こっか!」
セツリが席を立つ。
「えっ?どこにっすか!?」
「怪異解決所!」
セツリはカウンターテーブルにお金を置いて、足早に出口の方へ向かう。
「まっ待ってください!」
サクはそんなセツリを追いかけて、急いで席を立った。
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