黒血オーバー

けい

序章

第1話「怪異解決所」

犬や猫などの動物や人間を襲う"ケガレ"。毎年何件ものケガレによる被害が、怪異事件として報告されている。この問題を解決するため結成されたのが、「怪異解決所」。ケガレの駆除を専門とした"ハレ"によって結成された対ケガレ組織である。


「ふぅー…やっと終わった!」

サクは今年で16歳。サクのいる国では、16歳から成人である。早く独り立ちしたかったサクは、成人になってすぐ一人暮らしを始めることにした。無事引越しは住んだものの、引越しにかかった費用だけで貯金の半分を使ってしまった。親の反対を押し切って出てしまった手前、今から生活する金がないと泣きつくのは、サクのプライドが許さない。仕方ない。こうなればどこかで雇ってもらえるところを探すしかない。左腕の腕時計を確認する。10時24分、今日この後の予定は何も無い。サクはバイト探しがてら、近所を散歩してみることにした。

「うわぁー!綺麗だな!」

この美しさからの興奮は、どうしても口に出さずにはいられない。通りを挟むようにして並ぶレンガ造りの建物。太陽が降り注ぐイチョウの並木は、まるで黄金に輝いているようである。一人暮らしするために適当に選んだ街が、こんなに綺麗だったとは。今度みんなに見せてあげたい、なんて考えながら歩く。イチョウの葉がヒラヒラと舞う通りを抜け、大きく開けた広場に出た。

広場は大きな建物に囲まれており、上を見上げると天色の空が綺麗に長方形に切り抜かれている。中央には高さ3メートルほどの大きな噴水があり、中で子供たちが楽しそうに水をかけ合って遊んでいる。左側には音楽隊が来ており、多くの人が演奏に聴き入っていた。音楽隊が奏でるジャズは、この街並とよく合っている。ここは日当たりがいいのか、空気が暖かく心地良い。日光に照らされ、建物の窓がキラキラ反射している。そうやって広場を見渡していると、右側の建物の方から微かに女の子の悲鳴のような声が聞こえた。サクは声のした方へ走った。


「おーい!どこだ?!」

サクは声がした方の建物付近で立ち止まり、大声で声の主を探す。すると、後ろの路地裏の方から、ポタッと液体が垂れたような音がした。サクは振り向き、ハッと息を呑んだ。 恐怖に脅えた女の子の目。女の子の口元と身体をきつく縛り付ける黒いオーラ。不気味な冷気が地面を這う。女の子の傍には犬がしっぽを振ってこちらを見ている。サクは犬を無視し、女の子に近づこうとすると、女の子が何かを訴えるように「んー、んー!」と声を出す。

「どうしたんだ?!」

口を塞がれていて聞き取りにくい女の子の声を聞こうとしていると、突然足元に激しい痛みが走った。

「いっ…てえっ!」

足元を見ると、犬がサクの右足首に噛み付いている。サクは右足を思いっきり振り上げた。その勢いで剥がされた犬はそのまま壁に飛ばされ激突し、地面に倒れ込んだ。同時に女の子を縛り付けるオーラが解けた。

「大丈夫かっ!」

サクは女の子の方へ駆け寄り、肩を抱き寄せる。女の子はサクのほうをみるなり、目を見開き叫んだ。

「危ないッ!」

咄嗟に後ろを振り向くと、そこには隠れていたもう1匹の犬がサクに襲いかかろうとしていた――


フッと柔らかい風が頬を突き抜ける。サクはギュッと瞑った目を開けた。目の前を見上げると、背の高い金髪の男性が背を向けて立っている。手には白い短刀を持っており、黒い液体が数滴、地面に滴り落ちている。男性の足元には先程の犬2匹が、ドス黒い血を身体から出して死んでいるようだ。その一瞬の出来事に理解が追いつかず、2人は唖然とする。男性はこちらを振り返り、サクの足を見て話しかける。

「足、怪我したの?」

「はい…。」

そう返事をして、サクはズキズキと痛む右足を見る。先程噛まれたところから血がじんわり滲み出ている。男性は広場の方へ出て、ポケットからスマホを取り出して誰かに電話をかけ始めた。それを眺めていたサクは、ハッと思い出して女の子に声をかけた。

「どこも怪我してないか?!」

「うん!お兄ちゃんが助けてくれたおかげだよ!」

そう言ってニコッと微笑む女の子に、サクは嬉しそうに微笑み返す。電話が終わったのか、男性が路地裏の方に戻ってきた。

「仲間に手当を頼んだから、もう少ししたら来ると思うよ。」

「あ、ありがとうございます!」

先程の電話はそういうことか、とサクは納得する。

「じゃあ俺はこれで。」

と言い、立ち去ろうとする男性を、サクは咄嗟に呼び止めた。

「あのっ!」

男性はこちらを振り向き首を傾げた。

「お兄さん、何者っすか…?」

サクの質問に男性は少し面倒くさそうに微笑んでこう答えた。

「…さっきみたいなののお掃除を専門としてる"ハレ"だよ。」

「はれ…?」

男性は微妙な笑みを浮かべたまま、サクの目の前でしゃがみこんだ。胸ポケットの名刺をサクに渡す。

「俺はまだやらないといけないことがあるから。それじゃ。」

そう言って男性はその場から去っていった。サクは受け取った名刺を読み上げる。

「怪異解決所…。」

なんとなく、心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。

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