tp11 足取り探し二日目④ ――Delivery!――
彼の言葉に
「ボクより年が上なのに、なんて泣き方。みっともないな。言ったでしょ、身体に心が引きずられるなんて、碌でもないよって」
そんなことを言われたって!
一月前までの俺なら、ここまで泣き虫なわけ、ないんだけど!
ひょっとしたら、半べそくらいはかくかもしれなくてもさ。
本当は、そう反論したかったのに、震える声でむきになって主張する姿なんて、余計に惨めに見える気がして、俺は何も言えずにいる。
お嬢様が目覚めた影響か、自分でも戸惑うくらいに涙もろくなってしまっている身体が、恨めしかった。
これが、笙真の言っている、身体に心が引きずられている、ということなのだろうか。
ちくしょう、わからない。
俺の魔法が、使えたら、簡単にはっきりするのに。
甲高く響き渡っている、泣き濡れた声が聞こえていないはずはないのに、二階から、ペギーは降りてこない。知恵先生もだ。
火傷、そんなに酷いのかな。
俯いて通り過ぎた、少女の様子を思い出すと、また喉が、震えた。
……やばいなあ。このままじゃ、引きつけでも起こすんじゃないか。
強く泣き入りすぎて、酸欠直前の頭で俺はぼんやりと考える。
転機がやってきたのは、その時だった。
「――――さいで」
え? 最低?
傍らに座り込んだまま、咽び泣きをしている俺をただ眺めているだけだった笙真が、話しかけてきた。
止められない泣き声に掻き消されて、正しく聞き取れない。
「今、何て」
言ったわけ? せっかく訪れた機会を逃したくなくて、仕方なく、涙声のまま尋ね直そうとした言葉の後半は、俺の耳にしか、たぶん届かなかった。
その瞬間、おもちゃ箱いっぱいに詰め込んだビー玉をひと息にばらまいたような、耳障りなけたたましさが、なんの前触れもなく、掃き出し窓の向こうで轟いたせい……だけじゃない。
どちらかと言えば、頭蓋ごと両耳に巻き付けられた彼の両腕と、意外にも薄くはなかった胸板に、レベッカお嬢様の声に乗せた俺の声がくぐもってしまったからだ。
笙真の腕越しにも関わらず、つんざくような音に驚いて、目を覚ましたお嬢様が、ぱちくりと目をまたたかせながら、やっぱり砂糖菓子で作られたような声音で「笙真君?」と呟く。
さっきと同じ轍なんて、踏むものか。
俺は、今度こそ彼女を取り逃さないよう、
「麗しの真珠様とその主様へ、真珠様の兄様からのお届けものだよ!! このラウラ様が、確かに届けに参ったから! サインはいらないからねー!」
けたたましい音が止むのと同時に、俺の思惑が及ばない場所から全てを台無しにしてくれた様尽くしの脳天気な声が、出水家の大きな掃き出し窓と、ミラーレースのカーテン、それから、笙真の体温越しに、俺だけが取り残されたレベッカお嬢様の耳朶を叩いた。
苛立ちを隠しもせず、笙真は荒っぽい手つきでシャッと音を立ててカーテンを引く。
その向こう、陽光をはね返すようにきらきらと
「夕方には戻るから、庭にきた荷物を上へ持っていってやって。マーゴットあてだよ」
「進捗状況を見てくれるんじゃなかったわけ?」
「ボクの嫌味で泣き言をいうくらい進んでないんだろ。なら、見る意味ってないと思うけど。――行ってきます」
レベッカお嬢様に向けていたのとは全然違う、
知恵先生が言う通り、どうせまた森なんだろうけど。
近景の芝生に、遠景の甲南湖の森。
そんな緑一色の景色の中で、場違いなくらい色とりどりのリボンで飾りつけられていた大きな荷物を、苦労して軒下まで押し込んだ俺は、額に浮かんだ汗の雫を袖口で拭った。
なんとなく視線を上げると、俺の先生と同じ顔に名前を持った少年が開けっ放しにしていたカーテンの向こうに、置き去りにされたままの俺たちの朝食に目が留まる。
今頃になってようやく湧いてきた食欲と、上にいるはずの女性陣二人、それから絶対に腹を空かせていそうな少年を頭の中ではかりにのせた俺は、二人分の献立だけを詰め直したコンビニの袋をむんずと掴んだ。
お嬢様のサイズぴったりに誂えられている真新しいエナメルの靴につま先を差し込みながら、LINEの送信ボタンを指でなぞった俺は、スマホをポシェットに押し込んで、玄関の引き戸をあけた。
ペギーみたいに上手な編込みなんて、流石にできないので、簡単に一つに括った長い髪を背中にしょって、荷物を二つだけ持った俺は、甲南湖の湖をぐるりと取り囲む森の入口に向けて、歩き出す。
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