漂着
「うわ……」
外に出ると、生ぬるい風が私を包んだ。生暖かい空気は舐めるようにじっとりとしていて、なんとなく気持ち悪い。多く湿気を含んだ空気の温度はどこか人の体温と似ていて、否応なく与えられるそれは酷く余計なお節介みたいだ。
じわり、じわりと体内にこもる熱が胸の中で渦巻いていく。慣れた、安全な帰路ですら、どこかぬかるんで、淀んで見えた。喉が圧迫されたように息は浅くなり、私は藻掻きながら、冷えた脇道にそっと逃げた。
日中にため込んだ熱がじわじわと溶け出していく街の中で、日の当たらなかった小さい道は、一筋の冷たい線を描いて住宅街を駆けていく。辿るように歩いていくと、アパートの影に隠れた静寂に、ちいさな公園を見つけた。鉄のパイプが鈍く街灯を反射し、唯一の入り口に立ちはだかっている。
するりと横を抜け公園内に足を踏み入れると、幾分か澄んだ空気が私の肺に滑り込む。私は漸く、ゆっくりと息を吸い込んだ。
ゆっくりと深い呼吸を繰り返しながら、私はその場から公園内をぐるりと見回した。動いていない水車小屋に細い池と、ベンチがひとつ。2つつながりの鉄棒と、真ん中に一際大きな、オバケみたいなシイの木がひとつ立っている。子供が遊べるような遊具は鉄棒以外に見当たらず、公園、というよりも、日々の息継ぎのための休憩所のようだった。
入ってすぐの右手にある水車小屋から、それに沿うように細く湾曲した、簡素な池が伸びていた。灰色に欠けた石に縁取られ、それを隠すように背の低い植木が申し訳程度に茂っている。幽かな街灯の光を頼りに目を凝らすと、透明に澄んだ水面の奥に、うっすらと泥が沈殿しているのが窺えた。
時に均された泥の表面はなめらかで、底の深さなど窺わせない、深い闇がそこにはあった。私はその近くにあった木の枝をそっと差し込んだ。
水面が揺れる。泥をいたずらにかき回すとふわりと暗いもやが浮き立ち、透明だった水面を巻き添えにしながら大きく揺らいだ。私はなんとなくばつが悪いように思えて、木の枝を茂みに放り、ベンチへと腰掛けた。
夜に当てられてか、ベンチはよく冷えていた。胸の真ん中に渦巻いていた嫌な熱がすっと冷やされ、霧散していくようだった。さわさわと風が柔らかく吹き、静まった池の土の匂いを運んでくる。ぐちゃぐちゃに絡まった頭の糸がしんと冷えて、その一本一本の輪郭が鮮明になっていく。
私はレジ袋を横に置いて、缶酎ハイを手に取った。
カシュ、と軽やかな音と共に炭酸がはじけ、空いた飲み口からは爽やかなレモンの香りが漂ってくる。多少の逡巡と緊張感をもって深く息を吸い込んで、恐る恐る口を付けた。
「う、げ……」
ぱちぱちと喉の奥ではじける炭酸とレモンの酸味とは別に、アルコールのせいだろうか、独特な滑らかさと苦みが入り交じる。焼くようなしびれが喉全体に行き渡り、独特な酒臭さと苦みに眉をしかめながら舌をだした。ぴりぴりと刺激の残るのどにはじんわりと後を引く酸味が残り、かみしめるように口の端を結び、下唇を柔く噛む。
ぼんやりと視線を前に投げると、一本の街灯が目に留まった。澄んだガラスの球体が支柱の上に行儀良く腰を据え、穏やかな橙の光で公園を満たしている。ゆっくりと瞬くように目を閉じると、瞼越しに街灯の柔い熱を感じることができた。
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