第52話 保たれる距離

「え? えっと……」

「だから、心奏かなで借り……じゃなくて、返してもらうわよ」


 急展開についていけないのは心音ここねも一緒らしい。突然現れた心羽みうに腕を引かれ、雄二ゆうじの肩組みから解放された心奏かなではそのまま昇降口まで連行された。

 そこでは心梛ここなが待っていた。何やら様子がおかしいのを見てとったのだろう。不安そうな表情を浮かべて駆け寄って来た。


「な、何かあったの? 大丈夫?」

「ええ、大した問題じゃないわよ。心奏かなでがちょっと絡まれただけ。ほら、帰りましょ」


 何かを言う間もなく心羽みうが答え、靴を履き替えていく。抵抗しても無駄だというのは分かりきっているので大人しく従い、先を歩き出した心羽みうの後ろを心梛ここなと並んで付いて行く。

 心梛ここな心梛ここなで状況が呑み込めていないらしく小首を傾げていた。


 しかし、心羽みうはどうして突然現れたのだろうか。たまたま話が聞こえたのか、教室を覗いてみたら見つけたのか。普段から学校で心奏かなでのことを気に掛けることはせず、廊下ですれ違っても無視を決め込むような徹底ぶりを見せていた心羽みうがいきなりこんな行動をするものだから、驚いてしまう。

 もちろん助けて貰えたことに感謝はしているが、疑問の方が勝ってしまう。


 なんで……って、待てよ? あの噂ってクラス内だけで完結していたのか? そんなことは無いのかもしれない。そんな誰もの気を引く内容でもないからそこまで広がらないと思っていたが、隣のクラスで広い人脈を持っている心羽みうなら聞いていてもおかしくない。

 もし心羽みうがその話を聞いていたとしたら? 何も思わないことはないだろう。それでも無視を貫くのが心羽みうだとは思うが、何か決定的に許せないことがあったのかもしれない。そうでもなければ心羽みうがわざわざ行動することも無いだろう。


「ね、ねえ心奏かなで君。何があったか、聞いても大丈夫?」

「え? ああ、うん、特に隠すようなことでも……」


 無い、のだろうか。いや、違うな。

 信用できる人になら何を言ってもいいというわけではない。言えばこちらは楽でも、告げられた側は困るかもしれない。友人同士でも秘密があるのは、そういうことなのかもしれない。


「いや、止めておく。たぶん言わないほうがいい」

「そっか。分かった。聞かないようにする」


 なんて素直に引いてくれる友人を持って、幸せなのかもしれない。


 本体なら一人ぼっちの俺の手を引いてくれる、誇れる双子と頼もしい幼馴染。

 もしかしたら俺は数日の間にあった出来事の数々に、多くを望みすぎていたのかもしれない。二兎を追う者は一兎をも得ず。頑張りすぎて足を滑らせるくらいなら、俺はもう踏み出さないことを選ぶべきなのかもしれない。


「でも、もし辛かったら言ってね。お話は聞いてあげられなくても、やって上げられること、色々あると思うんだ。好きなご飯を作ってあげる、雰囲気のいいカフェを教えてあげる、優しく撫でてあげることも……うん、出来る」


 心梛ここなは少し、恥ずかしそうにそう言った。

 

「私でよければ、幾らでも甘えてくれていいからね」

「……止めておく。俺も、子どもじゃないし」


 ダサい。何が、子どもじゃないし、だ。ガキ臭いにもほどがある。余程滑稽に映ったのだろう、心梛ここなは口元を隠して小さく笑った。でもまあ、いいか。心梛ここなが笑ってくれるなら、つられて笑ってやるのも悪くない。

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